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第一章 アーウェン幼少期

少年は憧れる ②

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朝露を含む草の上をサクサクと進むアーウェンとロフェナ。
迷子にならないようになのか、なぜか手を繋がれて屋敷から少し離れて建てられている建物に向かう。
「おじょうさまは、おひとりでだいじょうぶでしょうか?」
「ええ、お嬢様のお世話の者がお側におられますから、いつ目を覚まされても大丈夫ですよ」
「そ、そう……ですか……」
では一体自分は何のためにこの家に呼ばれたのか──「下男ではない」と言われ、「お嬢様のお付きではない」と言われ、自分の役目がわからない。
だが先ほどこの男の人が「騎士様になれるように」と言ったが、もっと小さい頃に模擬戦用の剣すら持ち上げられなかった自分にその道があるとは思えなかった。
それが二~三歳の頃だったとしても、家で父親に「できないお前は役立たずだ」と事あるごとに罵倒され続けてきたアーウェンにとっては、大人と同じことができないのが当たり前だとは考えることができずに『できない=才能がない』に直結していたのである。
「……アーウェン様はエレノア様のお義兄様となられるのですから、『お嬢様』ではなく、お名前を呼ばれると良いと思いますよ」
「な…なまえ……で?」
キュッと手を握られ、アーウェンは思わず横に並んで歩くその人を見上げたが、返ってきたのは睨み付けるような表情ではなく、他意のない優しい笑顔である。
そんな顔で見つめられたことなど生まれてこの方一度もないアーウェンは、どう返していいのかわからずに目を泳がせてからパッと顔を俯けた。
何故か自分は使用人としてこの家に呼びつけられたと思い込んでいるこの小さな主人に対し、ロフェナはどうやってこの幼いアーウェンが『伯爵令息になった』ということを理解してもらえばいいのかと考えながら、そんな困惑は顔に出さずに微笑みながら頷く。


アーウェンの行動範囲は小さな男爵家の中だけで、三歳まで父親に荷物と共に領地である小さな村に運ばれた以外では外で遊んだことはない。
こんな綺麗に手入れのされた芝生の上を歩くことも、同じ年頃の子供たちと地面の上を転げまわって遊ぶ経験もなかった。
運動らしい運動をしてこなかった細い足は本館から緩やかに起伏する地に植えられた木立を進むうちに速度が落ち、次の一歩の幅も短くなっていく。
ロフェナはそれに気付きつつもアーウェンが自力で人工的な林を抜けるのに付き合い──ようやく目の前が開けた。
「こちらが伯爵家直属の兵が生活をする宿舎になります」
「うわぁ……」
むろん本館よりもこじんまりとしているのだが、王都内にある『剣術学校』を模して造られたその二階建ての建物を見たアーウェンは、その大きさに口をあんぐりと開けた。
高さはないものの、長さといえば男爵家のそばにある平民が住む長屋よりも長い。
「だいたい二百人ほどがこの王都での治安やこの伯爵家を守り固めるため、この宿舎で生活しております。王宮で勤務している場合は、そちらに一時的に居室を与えられますが」
「にひゃく……」
「伯爵領の領都には専属で約三千の兵がおります。領都内の町や村に駐屯する者、辺境や重要地点への派遣を合わせると、増減は多少ありますが、約二万の兵を所有するのがターランド伯爵家です」
「はあ………」
ロフェナが簡単に説明してくれるが、アーウェンにはさっぱりわからない。
だいたい自分が住んでいるこの王都にいったいどれくらいの人がいるのかすら知らないのに加え、勉学の基礎すら教えてもらったことがないアーウェンの算術的知識は「いち、に、さん、いっぱい」という幼児レベルとほぼ変わらず、十以上の桁に至っては認識すらしていなかった。
「そんなにたくさんのへいたい…さん、どうするんですか?」
「たくさん……」
無邪気な少年の問いかけに、いや、その問い方に、ロフェナは唖然とした。
『たくさん』と表現されてしまったが、王国に帰属する二十万人の軍の内のわずか一割しか担っていないし、その役割といえば偵察や報告通信、魔法による防御や治癒など、どちらかといえば後方支援に近い。
だからといって守られるばかりではなく、白兵戦においてもある程度は実力を示せるぐらいの訓練は行っている。
だが──目の前の座学が圧倒的に足りないと察せられる、発育不良の少年にどう説明すればよいか、ロフェナの課題は増えるばかりだった。


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