15 / 416
第一章 アーウェン幼少期
伯爵夫妻は浮かれる
しおりを挟む
「あのだね……あの子に今日食べさせたケーキをもうちょっと豪華にして、明日の誕生会で思いっきり食べさせたいと思っているんだが……どうかね?」
「明日?」
報告書の日付を見れば、二ヶ月前の同日。
「まあ!!あなたったら、いじわるね!なんてこと!あの子の母親から、誕生日を迎える前に連れてきてしまうなんて……」
「う…うむ……養子縁組の書類が揃ったのがつい一昨日で、気が急いてしまった……何より、あの子の身体を見ただろう?報告書にもあったように、はっきり言ってあの身体は栄養不足どころじゃない。下手をしたら、来年の誕生日を迎えるどころではなかったかもしれないと思うと……」
確かにアーウェンの発育は悪かった。
伯爵家の嫡男であるリグレ・デュ・ターランドが幼い頃に着ていた服をとりあえず着せたが、それが五歳の時の服でぴったりだと執事が言っていたことを思い出す。
「確かにあの年齢は水を飲んでも大きくなると言われているかもしれませんが……水しか飲んでいないのであれば、大きくなることすら叶わないですものね。大きくなるのは、水以外に果物や野菜であっても栄養を摂っていればこそ。今のあの子なら、ケーキだけで大きくなりそう」
そして、実の両親から一度も誕生を祝ってもらえず──父親からは誕生すら祝ってもらえなかった、その存在を不憫に思って、伯爵夫人はキュッと唇を噛みしめた。
「先ほどアフタヌーンティーで、好きなだけ食べて良いと申しましたの……ですのに、あの子はほとんどのひと口だけ……いえ、ケーキのクリームは喜んで食べてくれましたが……まず、テーブルマナーという以前の問題でしたわ」
スプーンぐらいはスープ──男爵たちが『食べさせていた』という表現をしていいのかも躊躇われるような食事ではそんな価値すらないのかもしれない代物を食する時ぐらいは使っていたのだとは思うが、アーウェンは自分の前にセッティングされたカラトリーを見ても何も反応を示さなかった。
まずほとんどが手で摘まめるような小さなカナッペやサンドイッチだったということもあるが、さすがにケーキや果物などはフォークを使う必要がある。
何もアーウェンの行儀作法や食事の仕方を試験しようと意地悪を込めて用意したつもりはないが、紅茶の飲み方ひとつ知らなかったのは事実だった。
「ああ、そのことについては……うん、報告も受けているし、その……アーウェンと対面した時に、私も見ている」
まずはアーウェンを養子にすることに関して話していたが、サウラス男爵の解釈がこちらの意図とはズレが生じていることを不審に思ったし、報告書にあったように飢餓状態にあったのならば当然のように甘いケーキなど見れば喜んで食べると思ったのだが、あの時のアーウェンはまるでただの人形か置物のように反応を示さなかった。
そしてラウドが軽く男爵の育児について咎めると大袈裟に反応した実父に対して、まるで棒で打たれるのを待つ犬のように──そう、あれは日常的に懲罰の類を受け入れ思考停止している者の表情だったり態度だった。
「あの子は……本当にサウラス男爵の実子なのかと疑いたくなるほど、あまりにも大切にされていない……」
「確かに子沢山で育児にも困難な低位貴族はおりましょう。残酷な話ですが、その口減らしで他家へ養子に出すというのもない話ではないですのに」
「うむ……しかも小さいながら、サウラス男爵家はターランド伯爵家から独立された妹様へ譲渡された領村を治めていると聞く。王都内で食わせていくことが難しければ、むしろ長男の手助けに末子を預けるという方法もある。それならば我が伯爵家との養子縁組など複雑な貴族籍移動の手続きなどもいらぬはずだが……」
納得できないようにラウドもヴィーシャムも首を傾げる。
さすがに十歳に満たない末弟を長兄の養子にということは、今回の貴族籍移動の手続きと同様に複雑でさらに倫理的に却下される可能性は高いが、領村で男手のひとりとして育成しつつ手伝わせ、長男夫婦に子ができなかった場合は末子に継承するとすれば、何も問題はないはずだ。
「……私どもが考えても意味のないことですわ。むしろ、あの可哀想な子が無事に我が家にいることに感謝いたしますわ、あなた」
「ああ!確かにそうだな。ところで、アーウェンもエレノアもアフタヌーンを食べ過ぎたとか?」
「ふふっ……エレノアもまだまだ淑女には程遠いですわ。義兄が一緒のテーブルに着いたのがよほど嬉しかったらしく、自分がどんなにたくさん食べられるかといつも以上に頑張りましたの。ひょっとしたら満腹になりすぎて、夜は軽い物しか食べられないかもしれませんわ」
「ははっ!確かにまだまだ……幼い頃のあなたに外見はよく似ているが、そのようにきょうだい仲を良くしようとしてくれる優しい心根はこれからも慈しみ育てねば」
「ええ、そうですわね……もしアーウェンが今夜の晩餐を食べられなくとも、代わりに明日はうんとご馳走を食べさせましょう!」
「ふふ……確かに楽しみだ。こう言っては何だが、あの子が幸せそうな笑顔を浮かべるのが見れるかと思うと、『初めての誕生日』を祝う嬉しさが倍増するね。リグレを無理やり帰らせるわけにはいかないが……次の長期休暇には帰って来るし、『建国祭』のお祝いというのはどうかな?」
「では、来年の今日は『アーウェンが伯爵家に来た記念日』にしましょうね?ああ、養子縁組が国王陛下と教会に認められたら『アーウェンの第二誕生日』にしましょう!正式にターランド伯爵家第二継承者アーウェン爵子の誕生なのですから!」
うっとりと手を組み、ヴィーシャムはテーブルを避けて架空のパートナーの肩に手をのせてゆったりと身体を動かすと、すかさず夫であるラウドが手を差し出し、音楽もなくふたりは幸せそうに踊り出す。
仕事を終えさせディナーを促そうと待ち構えていたターランド家の家令が、苦笑しながら窘めるまで──
「明日?」
報告書の日付を見れば、二ヶ月前の同日。
「まあ!!あなたったら、いじわるね!なんてこと!あの子の母親から、誕生日を迎える前に連れてきてしまうなんて……」
「う…うむ……養子縁組の書類が揃ったのがつい一昨日で、気が急いてしまった……何より、あの子の身体を見ただろう?報告書にもあったように、はっきり言ってあの身体は栄養不足どころじゃない。下手をしたら、来年の誕生日を迎えるどころではなかったかもしれないと思うと……」
確かにアーウェンの発育は悪かった。
伯爵家の嫡男であるリグレ・デュ・ターランドが幼い頃に着ていた服をとりあえず着せたが、それが五歳の時の服でぴったりだと執事が言っていたことを思い出す。
「確かにあの年齢は水を飲んでも大きくなると言われているかもしれませんが……水しか飲んでいないのであれば、大きくなることすら叶わないですものね。大きくなるのは、水以外に果物や野菜であっても栄養を摂っていればこそ。今のあの子なら、ケーキだけで大きくなりそう」
そして、実の両親から一度も誕生を祝ってもらえず──父親からは誕生すら祝ってもらえなかった、その存在を不憫に思って、伯爵夫人はキュッと唇を噛みしめた。
「先ほどアフタヌーンティーで、好きなだけ食べて良いと申しましたの……ですのに、あの子はほとんどのひと口だけ……いえ、ケーキのクリームは喜んで食べてくれましたが……まず、テーブルマナーという以前の問題でしたわ」
スプーンぐらいはスープ──男爵たちが『食べさせていた』という表現をしていいのかも躊躇われるような食事ではそんな価値すらないのかもしれない代物を食する時ぐらいは使っていたのだとは思うが、アーウェンは自分の前にセッティングされたカラトリーを見ても何も反応を示さなかった。
まずほとんどが手で摘まめるような小さなカナッペやサンドイッチだったということもあるが、さすがにケーキや果物などはフォークを使う必要がある。
何もアーウェンの行儀作法や食事の仕方を試験しようと意地悪を込めて用意したつもりはないが、紅茶の飲み方ひとつ知らなかったのは事実だった。
「ああ、そのことについては……うん、報告も受けているし、その……アーウェンと対面した時に、私も見ている」
まずはアーウェンを養子にすることに関して話していたが、サウラス男爵の解釈がこちらの意図とはズレが生じていることを不審に思ったし、報告書にあったように飢餓状態にあったのならば当然のように甘いケーキなど見れば喜んで食べると思ったのだが、あの時のアーウェンはまるでただの人形か置物のように反応を示さなかった。
そしてラウドが軽く男爵の育児について咎めると大袈裟に反応した実父に対して、まるで棒で打たれるのを待つ犬のように──そう、あれは日常的に懲罰の類を受け入れ思考停止している者の表情だったり態度だった。
「あの子は……本当にサウラス男爵の実子なのかと疑いたくなるほど、あまりにも大切にされていない……」
「確かに子沢山で育児にも困難な低位貴族はおりましょう。残酷な話ですが、その口減らしで他家へ養子に出すというのもない話ではないですのに」
「うむ……しかも小さいながら、サウラス男爵家はターランド伯爵家から独立された妹様へ譲渡された領村を治めていると聞く。王都内で食わせていくことが難しければ、むしろ長男の手助けに末子を預けるという方法もある。それならば我が伯爵家との養子縁組など複雑な貴族籍移動の手続きなどもいらぬはずだが……」
納得できないようにラウドもヴィーシャムも首を傾げる。
さすがに十歳に満たない末弟を長兄の養子にということは、今回の貴族籍移動の手続きと同様に複雑でさらに倫理的に却下される可能性は高いが、領村で男手のひとりとして育成しつつ手伝わせ、長男夫婦に子ができなかった場合は末子に継承するとすれば、何も問題はないはずだ。
「……私どもが考えても意味のないことですわ。むしろ、あの可哀想な子が無事に我が家にいることに感謝いたしますわ、あなた」
「ああ!確かにそうだな。ところで、アーウェンもエレノアもアフタヌーンを食べ過ぎたとか?」
「ふふっ……エレノアもまだまだ淑女には程遠いですわ。義兄が一緒のテーブルに着いたのがよほど嬉しかったらしく、自分がどんなにたくさん食べられるかといつも以上に頑張りましたの。ひょっとしたら満腹になりすぎて、夜は軽い物しか食べられないかもしれませんわ」
「ははっ!確かにまだまだ……幼い頃のあなたに外見はよく似ているが、そのようにきょうだい仲を良くしようとしてくれる優しい心根はこれからも慈しみ育てねば」
「ええ、そうですわね……もしアーウェンが今夜の晩餐を食べられなくとも、代わりに明日はうんとご馳走を食べさせましょう!」
「ふふ……確かに楽しみだ。こう言っては何だが、あの子が幸せそうな笑顔を浮かべるのが見れるかと思うと、『初めての誕生日』を祝う嬉しさが倍増するね。リグレを無理やり帰らせるわけにはいかないが……次の長期休暇には帰って来るし、『建国祭』のお祝いというのはどうかな?」
「では、来年の今日は『アーウェンが伯爵家に来た記念日』にしましょうね?ああ、養子縁組が国王陛下と教会に認められたら『アーウェンの第二誕生日』にしましょう!正式にターランド伯爵家第二継承者アーウェン爵子の誕生なのですから!」
うっとりと手を組み、ヴィーシャムはテーブルを避けて架空のパートナーの肩に手をのせてゆったりと身体を動かすと、すかさず夫であるラウドが手を差し出し、音楽もなくふたりは幸せそうに踊り出す。
仕事を終えさせディナーを促そうと待ち構えていたターランド家の家令が、苦笑しながら窘めるまで──
33
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる