その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は衝撃を受ける ②

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伯爵はそのまま無言で眺め続けたが、男爵もその息子──後ほど縁組の書類に親同士がサインすれば、正式にもう一人の息子・・・・・・・になる少年も、フォークを取るどころかカップにすら手を付けないことに溜め息をつく。
「……遠慮することはない。これから兵士として鍛えるに、君の身体はあまり標準的とは言えない。とにかく食べて筋力をつける方が先だな」
「もっ、申し訳ありません……」
俯いたままのサウラス男爵はビクッと肩を震わせて謝罪をしたが、それはアーウェンの発育不良についてではなく、単に咎められたことに対して反射的に言葉が出ただけである。
その動きにアーウェンも身を竦めたが、ただ目を瞑り何かを待っているかのように微動だにしない。
その姿勢にターランド伯爵は見覚えがあり、もしサウラス男爵とその息子がそれぞれ顔を上げていたとしたら、恐ろしいほど冷酷なその表情を目にしていただろう。
「……ご子息の発育状態について、直接確認できて幸いだった。すでに仕事についている次男と三男には必要ないだろうが、サウラス家への援助を行いたい。近日中に我が家の管財人を迎えるように手配を」
「はっ…はいっ…ですがっ、そっ、それは……」
『援助』という言葉を聞いて一瞬嬉しそうな顔をしたサウラス男爵は、ターランド伯爵が続けた言葉に青くなった。
大人同士の会話に口が挟めないために応答はすべて実父が行っているが、どうして喜んだり困ったり恐怖に縮こまったりと様子を変えているのかアーウェンにはわからない。
それはターランド伯爵も似たようなもので、かなり困窮しているサウラス家に対して好条件を示したはずなのに、遠慮というかむしろ迷惑がっているようにしか見えないのだ。
「それではアーウェンはケーキを食べなさい。そして貴君は……断れる立場だとでも?」
「はっ…はいっ……」
「けぇき……?」
サウラス男爵は青褪めて俯きながら両手を握りしめ、アーウェンは何を言われたのかわからない表情をして、テーブルの向かいに座るターランド伯爵の顔を見てから、ゆっくりと視線を差し出す手に下ろしてようやく『ケーキ』というものが自分の目の前にある物だと理解したようである。
だがその言葉に子供らしい喜びを浮かべるよりも、悲しさと困惑を混ぜた表情で幼子が実父を見上げるのをターランド伯爵が鋭い視線で観察し続ける。
そして父親はなぜか憎々し気に睨みながら、まるで犬か何かに許可を出すかのように息子に向かって顎をしゃくるのを余さず見ながら、冷めかけた紅茶の入ったカップを傾けた。
何を思ったのか少年は自分の皿の側にあるカラトリーを見ることなく、ぐしゃりと指でケーキの端を掴んで何故か驚いた顔をして、汚れた指を鼻へと近付ける。
一瞬だけ目を見開いた執事がそっとアーウェンの側に近付いて小さな手を取ろうとしたが、その指の汚れを拭われる前に、少年はそのまま口に潰れたクリームとスポンジを運んだ。
「あまぁ………」
「甘い」と「美味い」が一緒になって口から零れたが、それ以上の言葉は出てこない。
涎と油脂で汚れた指が拭われ、その手にそっとフォークを持たされてから、アーウェンはようやく人心地が付いたかのように、側に男の人が立っているのに気が付いたようだった。
「どうぞそちらをお使いください」
「は…は、い……」
しかし使い方がわからないのか、ザクリと先を突き立て崩れたスポンジを手に取り、やはり指で食べる。
とろけるような舌触りと甘さのケーキを口に含む様子は、産まれてから一度も食べたことのない天国の味とでもいうようだ。
「かあさま、と……にいさまも、たべる……」
思わずポツリと零れたその声に父がビクッと身体を震わせ、なぜだかわからないが自分に向けた怒りの表情に気付いたアーウェンは、先ほどと同じように目を瞑って諦めたように身体を固くする。
その普通でない様子を吹き飛ばすように、ターランド伯爵はわざと明るい声でアーウェンの言葉を褒めた。
「ハハハ!気に入ったかね?幼かろうと、素直な者には口に合うらしい。これは王宮御用達の店のもだ……サウラス夫人にもぜひご賞味いただけるよう、後ほど持たせよう」
「あ…ありがとう…ございますっ……」
座ったまま父は深々と頭を下げたが、まるで糸で繋がれたように頭を下げたアーウェンがチラリと盗み見ると、まるで殺さんばかりの目付きでこちらを睨みつけていた。
(ヒッ………)
声を出してはいけない──そう感じ、アーウェンは慌てて父から目を逸らし、頭を上げて残りのケーキを口に頬張る。
それは甘みを味わうというよりもただ父の目に耐えられず、温くなった紅茶でグイグイと無理やり飲み込むようにしか見えなかったが、ターランド伯爵が見ているものはその解釈で間違いなかった。


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