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第一章
第10話 少女の正体(2)
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「スオウ君、今の声って……」
エーリッヒは空耳だったのか否かを確認するために、スオウに尋ねる。
「た、多分……」
スオウもまた自分の記憶に間違いがないことを確認するようにしながら返答する。
そうこうしていると、少女のまぶたがゆっくり開いていくのが見えた。
少女は一週間ぶりに開かれた目をキョロキョロと動かし、自分の状況を確認しようとする。
「ん……ここは、どこ……?」
そう言いながら、少女はまたゆっくりと、ベッドの上で上体を起こした。
「ここは、ベルリンの天使研究所だよ。今、君の身体検査をしていたところなんだ」
「ッ……! だ、誰……⁉」
エーリッヒが状況を説明するが、少女は怯えた表情で、叫ぶように尋ねる。
「あー……えっと、僕はエーリッヒ。エーリッヒ・リートミュラー。そっちにいるのは……」
「スオウ。スオウ・アマミヤだ」
エーリッヒが名乗り、スオウを指差すと、スオウはエーリッヒの言葉に続くように名乗った。
「君の名前を教えてくれないかな?」
続けてエーリッヒは、少女の名前を尋ねる。
「名前……わからない。私は、誰……?」
少女はそう言って首を傾げた。
「……記憶障害かな……スオウ君、この子が現れたときと今とで、変わったことはあるかい?」
エーリッヒは少女の返答に驚きつつ、今度はスオウに質問する。
「なんというか……明らかに幼くなってますね。最初はもう少し大人びていたんですが……」
スオウは一週間前の印象を思い出しながら返答し、腕を組んで唸った。
「……さて、どうしたものだろう」
唸る声だけが聞こえていた部屋に、エーリッヒの発言が響く。
「その子はスオウ君に懐いているみたいだけど、スオウ君に預けるわけにもいかないしなぁ」
エーリッヒの視線の先には、すぐそばに立つスオウの袖をキュッと掴みながらベッドに座っている少女がいた。
紆余曲折を経て、結局、少女は一度研究所の病棟に預けられることになった。
「あの子、なんだかめちゃくちゃ嫌がってましたけど……よかったんですか?」
少女はよっぽどスオウと離れたくなかったのか、引き離そうとすると一週間昏睡していたとは思えない勢いで抵抗した。
スオウが一緒に病棟に行くことで沈静化したのだが、その少女の様子について、スオウと交代で研究室に来たエーリッヒの助手が尋ねる。
「あはは……思ったよりも懐かれてたみたいだね」
エーリッヒは苦笑するしかなく、頭をかいた。
「……とにかく、僕たちは僕たちの仕事に集中しよう。個々の結果を渡していくから、報告書にまとめておいてくれ」
エーリッヒは両手をパンと打ち鳴らすと、そう言って机に戻る。
「わかりました。二部でいいですよね?」
助手は苦笑しながら返答し、スオウたちに渡すものと研究所に保管するものの二部を作ればいいのかと確認した。
エーリッヒが首を縦に振ると、机に向かって作業を始めた。
ほとんど同時刻、天使研究所の保護観察病棟の一室。
スオウが、ベッドに座る少女にいくつかの質問をしていた。
「……なあ、本当に何も覚えてないか?」
「うん……なんにも」
少女は真っ白な髪を揺らしながら、首を横に振って言う。
「そうか……それじゃあ、俺は戻るぞ。何かあったらまた来る」
スオウはそう言うと、椅子から立ち上がって退室しようとした。
「いっ、いやっ!」
次の瞬間、彼は怯えているようにも聞こえる少女の声で引き止められてしまった。
「嫌ってお前……よく知らない人間がずっと近くにいるよりは、誰もいないほうがマシじゃないか?」
スオウがそう言うと、少女は少し戸惑いながら首を横に振る。
正直なところ、少女自身もどうしてスオウを引き止めたのかわかっていなかったのである。ただ、漠然と胸の奥深くから「彼を離してはいけない」という声が聞こえてきたような気がしたのだ。
「はあ……わかった。お前が寝るまではここにいてやる。もう夜なんだから、ちゃんと寝ろよ」
「うん! ありがとう、スオウ……!」
少女は嬉しそうに笑顔を浮かべながら言う。
エーリッヒが諸々の検査をしたり、少女がスオウと引き離されまいと激しく抵抗したりしていたせいか、どうやらかなりの時間が経っていたようで、昼頃にベルリンに到着したはずなのだが、もう日没時間を迎え、窓の外は暗くなっていた。
「ッ……!」
笑顔の少女を見た瞬間、スオウは硬直する。
やはり、どこかで見たことがある――彼はそう思わずにはいられなかった。
しかし、どこで見たのかが思い出せないのだ。
「まあ、追い追い……だな……」
スオウは一度そう呟いて深みにはまりかけた思考を止め、目の前の少女に意識を向けた。
「どうかしたの? スオウ……」
少女はキョトンとした表情で問う。
「ああ、いや、なんでもない。えーっと……」
スオウは手を胸の前で振って言ったが、その続きを言おうとして少し考え込む。
考えてみれば、少女をどう呼ぶか決めていなかった。名前がないと見舞うこともできないし、何かと不便だろう。
さらにカイの性格を考えると、少女を大隊で引き取って面倒を見ようとも言い出しかねない。
そう思って、一度閉じた口を再び開いた。
「……そういえば、俺はお前をどう呼べばいい?」
ひとまずスオウは少女に尋ねてみた。
「どう呼べば……うーん……スオウに決めてほしい。私の、名前……」
少女は十数秒ほど唸ったあと、スオウにそう頼んだ。
「俺が? お前がそれでいいなら、まあ……」
スオウはそう言うと腕を組んで考える。
少女が現れた場所やその時の状況などを思い出し、スオウのボキャブラリーから引き出された言葉。それは――。
「……そうだな、じゃあ――」
スオウは考えた名前と、その意味を口にした。
少女は何度かその言葉を繰り返すと、破顔して「えへへっ」と声を漏らした。
「ありがとう、スオウ!」
少女はスオウに礼を言うと、すぐに小さくあくびをした。少女の口から「ふぁぁ……」と小さな声が漏れ出ると、本人は気付いていなかったかもしれないが、スオウは薄く笑みを浮かべていた。
「さあ、もう寝るか」
スオウは少女を軽く抱きかかえると、眠る体勢になるようにベッドに寝かせた。
「……うん……」
あくびをしたことで自分の眠気を意識したのか、少女のまぶたはどんどん閉じていく。
「おやすみ、スオウ……」
「ああ、おやすみ……」
スオウは心中で少女の名前を呼んだ。少女は再びその意識を手放し、健やかな寝息をたてていた。
少女が眠ったのを確認して、スオウは部屋を出た。午後十時になるかならないか、それくらいの時刻だった。
そして再び夜が明ける。
何年にも渡って続けてきたライフスタイルによって、スオウたち抵天軍人には何もなくても朝六時に起床する癖がついている者が多い。
スオウやその上官、エルヴィン・ボスマン軍曹もその一人であった。
二人は同時に起床すると、手慣れた動作で身支度をし、軍服に袖を通す。それが終わると二人は、ひとまずエーリッヒの研究室に向かうことにした。
まだ七時になろうとしていた頃のことである。
エーリッヒの研究室の前に到着したスオウは、扉を何度かノックする。
三回ほど繰り返したあと、部屋の中から何かが勢いよくズレるような音が聞こえ、その後すぐに、パタパタと走ってくるような音がした。
そしてドアノブが動き、ドアが開く。
「やあ、お二方、お早いお越しで……」
扉を開けた男、もといエーリッヒが、眠たそうな目で二人を少し恨めしそうに見ながら、ややおどけた調子で言った。
「あっ……すまない、リートミュラー研究員。つい私達の感覚で来てしまった……」
エルヴィンが朝早くに訪問してしまったことを謝罪すると、エーリッヒは「いえいえ」と手を振って言い、言葉を続ける。
「ちょうどそろそろ起きるつもりだったので、気に病むことではないですよ。ただ、ふぁ~……ぁ……」
エーリッヒはあくびを噛み殺しきれず、小さく声が漏れた。
「……まあとりあえず、諸々のお話は朝食を食べてからにしましょう。検査の結果はそのときに」
エーリッヒに遅れること五分ほどして彼の助手も合流し、四人は簡単な朝食をとる。
「さて……本題をお話しましょうか……」
研究室に戻ってきたエーリッヒは椅子に座ると、ため息にも似た息を吐くと、体を伸ばしてから言った。
「まあ、二人もちょっと座ってください」
エーリッヒが空いている椅子を指さしてそう指示したので、二人は椅子を持ってきて座った。
「まあまず結果から言うと……」
エーリッヒは手に持っていた資料を二人の方に向けてから続ける。
「彼女は、一応人間です」
その瞬間、スオウの目には一瞬だけ、ほんの僅かに安堵の光が灯った。おそらく本人は気付いていなかったことだろう。
「……一応?」
エーリッヒの発言を咀嚼したエルヴィンは訝しげに問う。
「ええ。まだ現時点では、『一応』なんです。身体構造の九五パーセントはヒトと一致していましたが、人間と断定するには数値に自信がなくて……」
エーリッヒはそう返答して頭をかいた。
そしてまた別の資料を取り出して話を続ける。
「あと、彼女はちょっと、人間にしては血中の魔力濃度が高すぎる。スオウ君も人間にしては相当高い方なんだけど、それとは比べ物にならない」
「……えっ、俺の魔力濃度の話、聞いたことないんですけど……」
エーリッヒがサラッと明かした情報に、スオウは驚きの声を上げる。
「君の契約悪魔が何か言ってたりしなかったかい?」
エーリッヒがそう言うと、スオウの心中に声が響く。
――あー……そういえば言ってなかったかもしれん。オレを呼び出せた時点で相当なもんだと自覚してると思っていた。
スオウには、アザゼルが頭をかきながらそう話していたように思われた。
「……まあいい、話を続けよう。一週間昏睡していたのは、一気に力を使いすぎたことが原因なんじゃないかなぁと僕は推測してる。スオウ君も確かあったでしょ? 兵学校にいたときに」
血中魔力を少しずつ継続的に放出することで、スオウたちは連続して戦うことができる。
しかし、宿天武装が大量の魔力を要求したり、悪魔が契約者の魔力を吸い取ったりした場合には、その血中魔力が一度に大量に放出される。そうなると貧血や酸欠と似たような状態になり、めまいや立ちくらみ、失神などの症状が出る。
以前スオウが戦闘後に気を失ったように、少女もまた魔力の使いすぎで倒れ、その程度が重かったのではないか、というのがエーリッヒの意見であった。
「なるほど……その状態でもまだ魔力濃度が高かったってことは、相当人間離れした魔力量ってことだな……」
エルヴィンは呻くように呟いた。エルヴィンはまだ、少女が「天使」である可能性を大いに感じている。
「でも、彼女が天使じゃないことを裏付けるような証拠も、あるにはあるんだよね……」
エーリッヒは戸惑いながら呟き、さらに資料を出した。
エーリッヒは空耳だったのか否かを確認するために、スオウに尋ねる。
「た、多分……」
スオウもまた自分の記憶に間違いがないことを確認するようにしながら返答する。
そうこうしていると、少女のまぶたがゆっくり開いていくのが見えた。
少女は一週間ぶりに開かれた目をキョロキョロと動かし、自分の状況を確認しようとする。
「ん……ここは、どこ……?」
そう言いながら、少女はまたゆっくりと、ベッドの上で上体を起こした。
「ここは、ベルリンの天使研究所だよ。今、君の身体検査をしていたところなんだ」
「ッ……! だ、誰……⁉」
エーリッヒが状況を説明するが、少女は怯えた表情で、叫ぶように尋ねる。
「あー……えっと、僕はエーリッヒ。エーリッヒ・リートミュラー。そっちにいるのは……」
「スオウ。スオウ・アマミヤだ」
エーリッヒが名乗り、スオウを指差すと、スオウはエーリッヒの言葉に続くように名乗った。
「君の名前を教えてくれないかな?」
続けてエーリッヒは、少女の名前を尋ねる。
「名前……わからない。私は、誰……?」
少女はそう言って首を傾げた。
「……記憶障害かな……スオウ君、この子が現れたときと今とで、変わったことはあるかい?」
エーリッヒは少女の返答に驚きつつ、今度はスオウに質問する。
「なんというか……明らかに幼くなってますね。最初はもう少し大人びていたんですが……」
スオウは一週間前の印象を思い出しながら返答し、腕を組んで唸った。
「……さて、どうしたものだろう」
唸る声だけが聞こえていた部屋に、エーリッヒの発言が響く。
「その子はスオウ君に懐いているみたいだけど、スオウ君に預けるわけにもいかないしなぁ」
エーリッヒの視線の先には、すぐそばに立つスオウの袖をキュッと掴みながらベッドに座っている少女がいた。
紆余曲折を経て、結局、少女は一度研究所の病棟に預けられることになった。
「あの子、なんだかめちゃくちゃ嫌がってましたけど……よかったんですか?」
少女はよっぽどスオウと離れたくなかったのか、引き離そうとすると一週間昏睡していたとは思えない勢いで抵抗した。
スオウが一緒に病棟に行くことで沈静化したのだが、その少女の様子について、スオウと交代で研究室に来たエーリッヒの助手が尋ねる。
「あはは……思ったよりも懐かれてたみたいだね」
エーリッヒは苦笑するしかなく、頭をかいた。
「……とにかく、僕たちは僕たちの仕事に集中しよう。個々の結果を渡していくから、報告書にまとめておいてくれ」
エーリッヒは両手をパンと打ち鳴らすと、そう言って机に戻る。
「わかりました。二部でいいですよね?」
助手は苦笑しながら返答し、スオウたちに渡すものと研究所に保管するものの二部を作ればいいのかと確認した。
エーリッヒが首を縦に振ると、机に向かって作業を始めた。
ほとんど同時刻、天使研究所の保護観察病棟の一室。
スオウが、ベッドに座る少女にいくつかの質問をしていた。
「……なあ、本当に何も覚えてないか?」
「うん……なんにも」
少女は真っ白な髪を揺らしながら、首を横に振って言う。
「そうか……それじゃあ、俺は戻るぞ。何かあったらまた来る」
スオウはそう言うと、椅子から立ち上がって退室しようとした。
「いっ、いやっ!」
次の瞬間、彼は怯えているようにも聞こえる少女の声で引き止められてしまった。
「嫌ってお前……よく知らない人間がずっと近くにいるよりは、誰もいないほうがマシじゃないか?」
スオウがそう言うと、少女は少し戸惑いながら首を横に振る。
正直なところ、少女自身もどうしてスオウを引き止めたのかわかっていなかったのである。ただ、漠然と胸の奥深くから「彼を離してはいけない」という声が聞こえてきたような気がしたのだ。
「はあ……わかった。お前が寝るまではここにいてやる。もう夜なんだから、ちゃんと寝ろよ」
「うん! ありがとう、スオウ……!」
少女は嬉しそうに笑顔を浮かべながら言う。
エーリッヒが諸々の検査をしたり、少女がスオウと引き離されまいと激しく抵抗したりしていたせいか、どうやらかなりの時間が経っていたようで、昼頃にベルリンに到着したはずなのだが、もう日没時間を迎え、窓の外は暗くなっていた。
「ッ……!」
笑顔の少女を見た瞬間、スオウは硬直する。
やはり、どこかで見たことがある――彼はそう思わずにはいられなかった。
しかし、どこで見たのかが思い出せないのだ。
「まあ、追い追い……だな……」
スオウは一度そう呟いて深みにはまりかけた思考を止め、目の前の少女に意識を向けた。
「どうかしたの? スオウ……」
少女はキョトンとした表情で問う。
「ああ、いや、なんでもない。えーっと……」
スオウは手を胸の前で振って言ったが、その続きを言おうとして少し考え込む。
考えてみれば、少女をどう呼ぶか決めていなかった。名前がないと見舞うこともできないし、何かと不便だろう。
さらにカイの性格を考えると、少女を大隊で引き取って面倒を見ようとも言い出しかねない。
そう思って、一度閉じた口を再び開いた。
「……そういえば、俺はお前をどう呼べばいい?」
ひとまずスオウは少女に尋ねてみた。
「どう呼べば……うーん……スオウに決めてほしい。私の、名前……」
少女は十数秒ほど唸ったあと、スオウにそう頼んだ。
「俺が? お前がそれでいいなら、まあ……」
スオウはそう言うと腕を組んで考える。
少女が現れた場所やその時の状況などを思い出し、スオウのボキャブラリーから引き出された言葉。それは――。
「……そうだな、じゃあ――」
スオウは考えた名前と、その意味を口にした。
少女は何度かその言葉を繰り返すと、破顔して「えへへっ」と声を漏らした。
「ありがとう、スオウ!」
少女はスオウに礼を言うと、すぐに小さくあくびをした。少女の口から「ふぁぁ……」と小さな声が漏れ出ると、本人は気付いていなかったかもしれないが、スオウは薄く笑みを浮かべていた。
「さあ、もう寝るか」
スオウは少女を軽く抱きかかえると、眠る体勢になるようにベッドに寝かせた。
「……うん……」
あくびをしたことで自分の眠気を意識したのか、少女のまぶたはどんどん閉じていく。
「おやすみ、スオウ……」
「ああ、おやすみ……」
スオウは心中で少女の名前を呼んだ。少女は再びその意識を手放し、健やかな寝息をたてていた。
少女が眠ったのを確認して、スオウは部屋を出た。午後十時になるかならないか、それくらいの時刻だった。
そして再び夜が明ける。
何年にも渡って続けてきたライフスタイルによって、スオウたち抵天軍人には何もなくても朝六時に起床する癖がついている者が多い。
スオウやその上官、エルヴィン・ボスマン軍曹もその一人であった。
二人は同時に起床すると、手慣れた動作で身支度をし、軍服に袖を通す。それが終わると二人は、ひとまずエーリッヒの研究室に向かうことにした。
まだ七時になろうとしていた頃のことである。
エーリッヒの研究室の前に到着したスオウは、扉を何度かノックする。
三回ほど繰り返したあと、部屋の中から何かが勢いよくズレるような音が聞こえ、その後すぐに、パタパタと走ってくるような音がした。
そしてドアノブが動き、ドアが開く。
「やあ、お二方、お早いお越しで……」
扉を開けた男、もといエーリッヒが、眠たそうな目で二人を少し恨めしそうに見ながら、ややおどけた調子で言った。
「あっ……すまない、リートミュラー研究員。つい私達の感覚で来てしまった……」
エルヴィンが朝早くに訪問してしまったことを謝罪すると、エーリッヒは「いえいえ」と手を振って言い、言葉を続ける。
「ちょうどそろそろ起きるつもりだったので、気に病むことではないですよ。ただ、ふぁ~……ぁ……」
エーリッヒはあくびを噛み殺しきれず、小さく声が漏れた。
「……まあとりあえず、諸々のお話は朝食を食べてからにしましょう。検査の結果はそのときに」
エーリッヒに遅れること五分ほどして彼の助手も合流し、四人は簡単な朝食をとる。
「さて……本題をお話しましょうか……」
研究室に戻ってきたエーリッヒは椅子に座ると、ため息にも似た息を吐くと、体を伸ばしてから言った。
「まあ、二人もちょっと座ってください」
エーリッヒが空いている椅子を指さしてそう指示したので、二人は椅子を持ってきて座った。
「まあまず結果から言うと……」
エーリッヒは手に持っていた資料を二人の方に向けてから続ける。
「彼女は、一応人間です」
その瞬間、スオウの目には一瞬だけ、ほんの僅かに安堵の光が灯った。おそらく本人は気付いていなかったことだろう。
「……一応?」
エーリッヒの発言を咀嚼したエルヴィンは訝しげに問う。
「ええ。まだ現時点では、『一応』なんです。身体構造の九五パーセントはヒトと一致していましたが、人間と断定するには数値に自信がなくて……」
エーリッヒはそう返答して頭をかいた。
そしてまた別の資料を取り出して話を続ける。
「あと、彼女はちょっと、人間にしては血中の魔力濃度が高すぎる。スオウ君も人間にしては相当高い方なんだけど、それとは比べ物にならない」
「……えっ、俺の魔力濃度の話、聞いたことないんですけど……」
エーリッヒがサラッと明かした情報に、スオウは驚きの声を上げる。
「君の契約悪魔が何か言ってたりしなかったかい?」
エーリッヒがそう言うと、スオウの心中に声が響く。
――あー……そういえば言ってなかったかもしれん。オレを呼び出せた時点で相当なもんだと自覚してると思っていた。
スオウには、アザゼルが頭をかきながらそう話していたように思われた。
「……まあいい、話を続けよう。一週間昏睡していたのは、一気に力を使いすぎたことが原因なんじゃないかなぁと僕は推測してる。スオウ君も確かあったでしょ? 兵学校にいたときに」
血中魔力を少しずつ継続的に放出することで、スオウたちは連続して戦うことができる。
しかし、宿天武装が大量の魔力を要求したり、悪魔が契約者の魔力を吸い取ったりした場合には、その血中魔力が一度に大量に放出される。そうなると貧血や酸欠と似たような状態になり、めまいや立ちくらみ、失神などの症状が出る。
以前スオウが戦闘後に気を失ったように、少女もまた魔力の使いすぎで倒れ、その程度が重かったのではないか、というのがエーリッヒの意見であった。
「なるほど……その状態でもまだ魔力濃度が高かったってことは、相当人間離れした魔力量ってことだな……」
エルヴィンは呻くように呟いた。エルヴィンはまだ、少女が「天使」である可能性を大いに感じている。
「でも、彼女が天使じゃないことを裏付けるような証拠も、あるにはあるんだよね……」
エーリッヒは戸惑いながら呟き、さらに資料を出した。
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