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序章

第3話(1) 別れ(3)

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 ハルカと別れたあと、カイはスオウを連れて戦場を走る。
「おいスオウ、かなり走ってきたが大丈夫か?」
 カイが足を止めて尋ねる。
「だい、じょうぶ……!」
 スオウは続いて足を止め、肩で息をしながら返答した。
「よし、あともうちょっとで着くからな」
 カイが言うと、スオウは頷き、体勢を整えた。

 だがそのとき、カイたちのすぐ近くで建物が倒壊する音がした。
 家屋が一棟、天使の攻撃によって崩れたのである。
「こんなところにまでいやがったか……!」
 カイはスオウを庇いながら臨戦態勢をとる。
 その天使は両手を開くと、他に比べると小さい、身長十五センチメートルほどの天使を大量に放出した。その一体一体の胸部には、コアが見られた。
「小型⁉ だが……!」
 カイは剣を握り直すと、小型天使の大群に対峙した。
――契約者よ、あの子供を守りながら戦うのは無理があるんじゃないか?
 カイの宿天武装に宿っている悪魔が言う。
「それをなんとかするのが俺たちの仕事だろ……!」
 カイはその姿勢を保ちながら言った。
――……とりあえず、安全を確保しよう。
「そうだな……行くぞ。スオウ、俺の陰から出るなよ!」
 カイはスオウにそう伝え、目前に迫った天使たちを蹴散らし始めた……しかし。
「ッ……自爆……⁉」
 数体の天使が、カイの目の前で爆音と衝撃とともに四散する。彼の契約悪魔が障壁を張らなければ、カイはそのまま死んでいたかもしれない距離だった。
「耐爆防御は任せた!」 
 カイはそう言い放つと、一見すると無鉄砲に、天使の爆弾の大群に突っ込んでいった。
 しかし、カイは怪我一つしない。彼の契約悪魔が障壁を張り続け、四方八方から降り注ぐ爆発の衝撃と天使の残骸を防いでいるのだ。
 カイは走る速度を上げ、親機の役割をしている天使を間合いに捉える。
「はぁっ!」
 そしてそのまま袈裟斬りのようにその体を切った。天使の体は砕け、残骸となった。

 それとほとんど同じタイミングのことである。
 カイの後方で爆発音が響く。
 カイが悪い予感を抱きながら急いで振り返ると、そこにはスオウが、少し吹き飛ばされた場所で倒れていた。
「しまった……! スオウっ!」
 カイはすぐにスオウに駆け寄る。
「うっ、ぐぁ……」
 スオウはうめく。
「おいスオウ、しっかりしろ!」
 スオウの左脇腹と肋骨の左下部には天使の外殻と思しき白い破片や、コアと思しき赤い破片が突き刺さり、ひどい出血だった。意識も途切れ、危険な状態である。
――……やはり無理があったんだ。どうする、契約者?
「決まってるだろ。こいつは人から預かった人間だ。絶対に死なせるかよ……!」
 そう言うやいなや、カイは急いで応急処置を始めた。

 気休め程度の処置をしたスオウを抱えて走っていたカイは、第三支援連隊と合流した第七遊撃大隊の一部を見つけた。
「第七遊撃大隊と第三支援連隊か?」
 カイは急いで駆け寄り、尋ねる。
「そうです。カイ・リートミュラー大尉ですね? 大隊長からお話は伺っております」
 その中の一人がカイに敬礼し、返答した。
「そうか……悪いが、こいつを頼む」
 カイはスオウを、その兵士に差し出す。
「この子供は……? 大怪我じゃないですか……!」
「アマミヤ曹長の弟……俺たちと一緒にいた民間人の生存者の一人だ。すまないが処置を頼みたい」
「この怪我はどうしたんですか?」
「ついさっき、天使からの攻撃を受けたんだ」
 兵士の顔には驚きに満ちた表情が浮かぶ。
「……了解しました。こちらで保護します」
「これからまた生存者が来るはずだ。処置を頼む」
 カイはそう言うと、すぐに走り去ろうとした。
「大尉、どちらへ⁉」
「俺は戻る。あっちを放置はできない。応援要請もよろしく頼んだ!」
 そう言い残し、カイは一直線に走っていった。


「六十……七!」
 ハルカは叫ぶと同時に剣を振り下ろし、天使の体を装甲ごと両断する。
「はあっ、はあっ……ぐっ……」
 ハルカの息は半ば絶え絶えだった。
――あと一三五体……ハルカ、力の配分には気をつけて。
「わかって、る……!」
 そう言いながら迫ってきた天使を叩き切ると、ハルカは一旦体勢を立て直した。
「次から次に……キリがない」
 ハルカの周囲には、集まってきた天使たちが群がっている。幸いなことに、天使たちはハルカの様子をうかがうような挙動をしており、ハルカはギリギリ対応できていた。
 しかし、あちらが動かないからといって飛び込んでいけば、囲まれるのは必至である。それを警戒して、ハルカは退路を見出せずにいた。
「……ちょっと賭けに出てみるかな」
 ハルカは呟く。そして、一瞬だけ深呼吸をしてから言った。
「リミッター、第四、第五段階を、解除リリース!」
――ちょっと待ってハルカ! そんなことしたら君の体に尋常じゃない負荷がかかる! 最悪そのまま死ぬんだよ⁉
 驚いてヤシャが叫ぶ。ハルカは、宿天武装の全てのリミッターを外し、ヤシャの全力を出せるようにしたのである。それは身体への影響を度外視したものであり、「いくらハルカでも耐えられない」とヤシャは思ったわけだ。
「がぁっ……ぐ……っ……」
 ヤシャの思いと裏腹に、ハルカの体にはヤシャの力が流れ込む。宿天武装の第五リミッターで抑えられた力は、悪魔にとって不随意な力なのだ。
「ぐ……ああーーっ!」
 しかし、ハルカはその力を受け止めた。
 ヤシャの力が漏れ出たのか、彼女が握る宿天武装のブレードは、薄く黒みがかった紫色の、淡い光を放つ。
 ハルカはゆっくりと剣を構えると、風のような速度で走り出した。彼女の軌跡が、密集する天使の群れにはっきりと表れた。
 天使たちに動揺のようなものが浮かぶ。一部は空に飛び上がり、ハルカから逃れようとした。
 しかし、ハルカはそれを許さなかった。彼女は天使たちを追って、天使を足場にして滞空し、片端から切り捨てた。
 彼女の動きは洗練されていた。ヤシャの力を制御するために、「目の前の天使を殺す」ということに意識を集中させていたのだ。


 同時刻。
「師団長! 密集地点の天使の反応、急激に減少しています!」
 エルサレムの市街地の東、オリーブ山の近くに構えられた抵天軍第二管区総司令部兼第三師団司令部の臨時指揮所で、一人の兵士がそう報告した。
「どういうことだ……⁉」
 報告を受けた初老の男性……抵天軍第二管区司令兼第三師団長、エイステン・ホーンスリュード中将が説明を求めた。
「師団長、渦中から第七遊撃大隊、ハルカ・アマミヤ曹長の識別コードが確認されました!」
 情報の収集と整理にあたっていた兵士が叫ぶ。
「アマミヤ曹長…………今すぐオプステルテンに連絡を繋げ!」
 エイステンが指示を出した。

『閣下、ディック・オプステルテン中佐です』
 数分後、ディックからの無線が入ってきた。
「中佐、第七遊撃大隊のハルカ・アマミヤ曹長が今単独で行動しているのは本当か?」
『はっ……本当です』
 エイステンの質問にディックが返答する。
「彼女は無事なのか?」
『……わかりません。現在連絡が取れない状況にありまして……閣下、アマミヤ曹長の動向がわかるのでしたら教えて下さい』
「ああ、わかった――」
 エイステンは、ハルカの位置をディックに伝えた。


「はい、ありがとうございます。それでは失礼します」
 ディックはそう言って通信を切る。
「中佐、アマミヤ曹長はどこに?」
 ノイマンが尋ねた。
「……ここから南西に一キロといったところだな」
 ディックは地図を指差しながら言った。そして再び通信機を手に取ると、
「リートミュラー大尉、今からアマミヤ曹長の居場所を教える。彼女の救援を頼みたい」
『救援……? 戦闘中なんですか⁉』
 カイは焦燥感を含んだ声で尋ねる。
「そのようだ……いくらアマミヤ曹長といえど、いつ倒れるかわからん」
 そう言って、ディックはエイステンから聞いた情報をそのままカイに伝えた。
「少尉、アマミヤ小隊を呼んできてくれるか?」
 通信を切ったディックは、ノイマンにそう頼んだ。彼は返事をして、戦闘の事後処理に加わっているハルカの小隊のもとに走っていった。

 ディックの前に、アマミヤ小隊がやってきたのはそれから数分後のことだった。
「大隊長、何かご用でしょうか」
 臨時で指揮を執っていたウラスがディックに尋ねる。
「アマミヤ曹長の居場所がわかった。ついては、君たちには彼女の救援と回収に向かってもらいたい。リートミュラー大尉も急行しているが、それだけでは少し心もとないのでな」
 ウラスの目が見開かれる。ウラスだけではない。その場にいた小隊の全員が同様だった。
「……しかし大隊長、ここはよろしいのですか?」
 ウラスはハッと冷静さを取り戻し、尋ねた。
「ああ。このあたりの天使は一掃した。むしろ、今天使が集まっているこの地点……アマミヤ曹長の方に、リートミュラーと合流して行ってもらいたい。ここから負傷者と生存者の護送は我々が預かる」
 ディックは地図を指差しながらそう言った。
 それを聞き、ウラスは敬礼をして言った。
「了解。アマミヤ曹長の救援に向かいます」
 ウラスに続き、他の面々も敬礼をして、ディックが指し示した場所に向かって走っていった。


 それから十数分後、ウラス以下アマミヤ小隊は、カイを発見した。
「リートミュラー大尉!」
 ザンディがそう呼びかける。
「お前らは……アマミヤ曹長の……」
 カイが言いかけたのを聞いて、ほぼ全員がうなずく。
「臨時小隊長代行のシェナイ・ウラス軍曹です。大隊長より、大尉と合流し、アマミヤ曹長の救援に向かうようにとの命令を受けました」
 ウラスがカイの目の前に出て敬礼し、言った。
「そうか……よし。それなら急ごう。あいつがいつまでつかわからない」
 少し離れた場所で土煙が上がるのが見えた。ハルカはもうすぐ近くにいるのである。
 カイの言葉に、小隊の面々はうなずき、それぞれ戦闘態勢に入った。そして、カイを戦闘として、ハルカのもとに向かって走り出した。
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