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妖精

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 ヴィクティムはどんどんと進んでいく。まるで周りなど足手纏いかのようなスピードだ。

 時折周囲をキョロキョロと警戒しながら、迷いなく森の中心部へと駆けて行く。

 俺たちも奴の後について、ひたすらに走る。

「はあ、はあ……ちょっと……早いかもです……!」

 エステルは息を荒げながら、俺の横で必死に走っている。
 他の受験生も、ついていこうとそのスピードに合わせる。

「強化魔術を使っての行軍とか、やけに急いでんじゃん」

 エステルとは反対、俺の右隣を走る青髪の長髪男は、余裕そうな表情で呆れながら言う。

「そうね……私そこまで強化魔術よりじゃないんだけど」

 俺のちょっと後ろを走る黒髪ショートの少女も、僅かに苦しそうな顔でそう溢す。

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はラピッド。ラピって呼んでくれや」
「私は……サシャ……」

 二人はそう淡々と語り、よろしくと挨拶を交わす。

「俺はレクス。リーゼの護衛だ」
「「!!」」

 二人の顔が、ぴくりと反応する。
 昨日の今日だ、あのやり取りが既に広まっているんだろう。

「ははぁーん、それであのヴィクティム坊やとばちばちってわけね」
「まあ、そんなところだね」
「じゃあ、あんたとヴィクティムの連携は無理そうね」

 だろうな、と俺は肩をすくめる。

「まあいいさ、チームプレイも加点対象だろ? ヴィクティムはソロでも結果を残せるんだろうが、俺はそこまでしゃねえ。こっちはこっちで連携をとってこうぜ」
「賛成」
「意義はないよ」
「んで、もう一人の子は……」

 エステルはパッと顔を上げると、息絶え絶えに答える。

「エ、エステル……です!」
「おやまぁ、キツそうだな。よろしくな」
「だ、大丈夫です!」
「そりゃ強え子だ。何とか俺たち全員突破しよう」

 おー! と、俺たちは結束を高める。
 平民で無能な俺と、息絶え絶えのエステル。その様子を見て自分が前に出ないとと判断したか。さすがに二次試験まで残るだけあるな。

 しばらく森を走り、不意にヴィクティムが止まる。

 それに合わせて、俺たちの足も止まる。

「なにが――」

 とエステルが口を開いた時、ヴィクティムはしーっ……と口元に手を当て、エステルの喋りを抑制する。

 すると、ヴィクティムはちょいちょいと俺たちを呼ぶ。

 どうやら協力する気はあるようだ。
 ついてこれないやつは置いていく、って感じか。

 ヴィクティムのもとに集まると、ヴィクティムは小声で話し始める。

「見ろ、早速ご登場だ」

 言われてヴィクティムが指さす方を見ると、そこには空を舞う美しい光が見えた。

 キラキラと光の粉を振り撒き、鈴を鳴らすような音をたて飛ぶ。

「妖精《フェアリー》……!」
「捕まえるぞ。おい、お前たちは妖精が逃げないように囲んでおけ。私が捕まえる」
「おい、それはずるいんじゃあねえか、ヴィクティムさんよお」

 ラピは片眉をあげ、挑発するようにヴィクティムに迫る。

「今回の課題は妖精の確保。見つけたの一匹だけってんなら、平等にじゃんけんでもするのが筋じゃあねえのか?」
「何を言い出すかと思えば。いいかい、この中で一番強いのは私だ」

 当然だろ? とヴィクティムは自信満々に胸を張る。

「なら私からやるべきだが。違うか?」
「……なあレクス、こいつ大丈夫か?」
「伯爵様だ、自信があるんだろう。先にやらせてやれ」

 妖精はグループで一匹捕まえれば課題達成となる。つまり、もしあっけなくヴィクティムが捕まえてしまえば、俺たちはアピールする間もなく終わりだ。

 だが、それならグループにする必要性がない。
 他に意図があるはずだ。簡単にいくとは思えない。

「ふん、昨日の一件で少しはしおらしくなったか。それとも、ご主人さまが居ないと怖くて虚勢も晴れないか?」
「なんとでも。さあ、見せてくれよ、ヴィクティムさん」

 言われてなくても、とヴィクティムは静かにその場から動き出すと、妖精の方に向かっていく。

 妖精の動きといえば先ほどと変わらず、静かにその場を輪を描くように飛んでいる。

 こちらに気が付く気配はない。そして、ゆっくりとそのまま近づき、ヴィクティムは体を捻って構える。

「捕獲なら、”光の輪ホーリーリング”が最適解だな。素早く拘束できる」
 
 変化魔術と付与魔術を合わせた汎用魔術だ。
 まあ、単純に捕まえるだけならそれだろうな。だが、俺は妖精の軌道を見ながらあることに気がついた。妖精は不必要なほどこちらに寄ってこようとしていない。

 その原因が俺たちにあるとしたら……。

「ヴィクティム、失敗するな」
「え?」

 瞬間、ヴィクティムは魔術を発動させようと魔力を錬成する。

「——フィィィィィ!!」
「「「「「!?」」」」」

 妖精は急に金切り声を上げると、一瞬にして加速し、森の中へと逃げ込んでいった。

 それは、本当にあっけないほど一瞬だった。

「な、何が……」

 あっけに取られるヴィクティムに、俺は言う。

「魔力に敏感な個体、ってところかな。俺たちの体から発せられる微弱な魔力では逃げなかったようだけど、瞬間的に跳ね上がった魔力の錬成が妖精に危険を察知させたんだ」
「魔術の試験で、魔術を使うなと言うのか……!!」

 ヴィクティムはイライラした様子で、その辺りの草を蹴り飛ばす。

『あーあー、1グループ。試験突破』
「「「「「!?」」」」」

 不意に森中に響く拡声魔術。
 その言葉に全員が耳を疑った。——俺以外。

「あ、ありえねえ、まだ始まったばかりだぜ!?」
「いったい誰が……」

 まあそうだろうな。それが誰かは、聞かなくてもわかっていた。

『捕獲は——リーゼリア・アーヴィン』
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