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たとえ距離を置いても

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    8月に入り、ますます暑さを増し、連日の猛暑日で身体は悲鳴を上げていた。

 「お疲れ様です。麦茶どうぞ。」  
    私は、営業から戻ってきた飯島主任の机の上に、冷えた麦茶を置いた。
「鈴原さん、ありがとう。外はめちゃくちゃ暑いよ。」
「そうですよね。午後2時と言えば、1日で一番暑い時間帯ですもんね。」
    エアコンの効いたオフィスで仕事ができる私は恵まれていると思うけど、営業の皆は大変だ。
「少し涼んでからまた出掛けるよ。」
「本当にお疲れ様です。」

     朋輝と私は、一度、距離を置く事に決め、今までみたいな毎週のお泊まりはやめて、ひと月に一度、私が朋輝の家にお泊まりデートをしに行こうという事になった。後ろ向きな決断ではない。

    朋輝のプロポーズはとても嬉しくて、私も、将来的には家族になりたいと思って、その事もきちんと伝えて、「将来結婚しようね」と、気持ちを確かめあった。

    その上で、私は、朋輝の気持ちを聞かせてもらって、改めて朋輝程には自分に自信を持っていなかった事に気付かされた。
    仕事もまだ数ヶ月間勤めたばかり、花嫁修業もろくにしていない、中途半端な状態だ。それでいて、朋輝の過去や縁談を気にしたりして………。
    悩んで、この一年間は、仕事と、家事を頑張る事に決めた。今のまま週末朋輝に甘やかされていたら、私は、いつまでたってもいい奥さんにはなれない。
……苦渋の決断だけど、話し合って、この一年間はそうしてみようという事になった。
    朋輝は、
「自信が持てるようになったら、早めでもいいからおいで。」
と笑って言ってくれた。
    そういう風に、サラっと言えるところが、朋輝の大人の魅力だ。

    私も、早く朋輝に追いついて、隣に立ってお似合いだと言って貰える位の、大人のいい女を目指して頑張るぞ~!………あくまで目標ですが………。

「お疲れ様です」
「長島君、お疲れ様です」
「はぁ~、事務所内は涼しくて落ち着くね。」
「今、麦茶いれるね。」

    心の中で、(外回りしてる皆、頑張って~)と秘かに応援した。


─────

    会社の夏季休暇まであと10日程。
    今回の夏季休暇を利用して、私の故郷、群馬県の実家に朋輝が挨拶に一緒に来てくれる事になった。
    実家には、姉夫婦の家族も同居している為、挨拶の後、朋輝と二人で温泉旅行に出掛ける予定だ。
    緊張している朋輝には悪いが、私には楽しみでしょうがない。
    
    一つ年上の姉は、短大を卒業と同時に結婚して、翌年息子が生まれたので、私はもう叔母さんだ。
    それを聞いた朋輝は、
「美都が叔母さんだなんてびっくりだな」
と驚いた顔をしていた。

─────

・・・

    私達は、無事私の両親に結婚を前提のお付き合いを認めてもらい、晴れて草津温泉に来ていた。

「うわぁ、硫黄の匂い凄いね。」
「いかにも身体に良さそうだよな」
「そだね、それにしても、さっきの朋輝、おかしかったなぁ~ふふふっ」
「美都、大人をからかってはいけませんって習わなかったのか」
「だって、カチンコチンの朋輝、初めて見たんだもん、可愛かったな………。」

「こいつ、いつまで笑ってるんだ?」
そう言って、朋輝は私の鼻を摘まむ。
「ごべんなだい」鼻声で謝る。
  
    朋輝を茶化して笑ってしまったけど、本当はすごく感動していた。多分、朋輝もその事に気づいてる。私は涙もろくて、涙腺のスイッチがグラグラなのだ。朋輝が私の両親に向かって話している光景だけで胸がいっぱいだった。
    緊張して、でも、精一杯真摯に、両親に挨拶し、結婚を申し込んでくれた朋輝の姿を、私は生涯忘れないだろう。

「あっ湯畑が見えてきた!」
「お、湯の泡沫がまるで花みたいだな」
「本当ね」

    湯畑を見る朋輝の横顔を見ながら、幸せを噛みしめた。朋輝を待たせない。1日1日を未来の為に大切に生きよう、と、胸の中で反芻した。

    




    




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