優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ

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ざわつく心2

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「おはようございます、三友火災海上の山中です」

「おはようございます、山中さん、1件追加の申込書があるので、少し待ってていただけますか?」と私は声を掛けた。

「はい、待っていますので、ゆっくりどうぞ。」
そう言った山中さんに、小川さんが話し掛ける。
「山中さん、鈴原さんが来てから来る頻度が高くなりましたよね?」
「いやっ、たまたま、来る用事が多くなって………」
「あら、そう?そう言えば損保会社って3年で異動よね?もう山中さん、3年目じゃない?」
「そうです。だから多分3月で異動ですね。」
「そっか、結婚してるんだっけ?」
「はい、…前の前の、大宮支社にいた時、アジャスターの方にいた女性と去年…。」
───びくっと少し反応してしまった。小川さんも同じだったようで、
「前の前だと8年位前よね?うちの杉崎課長も大宮にいた頃じゃない?」
「そうです!ちょうど特級の資格の講習を受けに支社へよくいらしてました。」
………どくん。
「あのイケメンですから、支社の女の子達は、はしゃいじゃって凄かったですよ。」
「わかるわー。」
「お偉いさんの娘さんまで色めきたってましたからね。」
「そんなに………?」
「自分には縁がない話ですよ、ははは」
「なーに言ってるんですか、ちゃんと奥さん捕まえたんでしょう?」
「ははは、どうにかこうにか、です」

私は、申込書を作り、耳に入ってくる会話を複雑な思いで聞いていた。

「山中さん、お待たせしました。」
「お疲れ様です、お預かりします!」

………こんな会話を聞いた事も、課長には軽く話題にはできないな、と、この事についても、尋ねたい気持ちを飲み込んでしまったのだった。

・・・

    7月も後半に入り、真夏日ならまだまし、という、猛暑日が続いていた。
    朋輝の家のエアコンが効いた部屋で、くっついてDVDを観終えた後、朋輝が言った。
「今月の最後の土曜日は花火大会があるから、美都、行こうか。」
「うん、行きたい。浴衣着て行こうかな。朋輝は甚平とか持ってる?」
「いや、持ってない。美都は、浴衣を着るのか…。って事はもしかして自分で着られるのか?」
「うん、着物は無理だけど、浴衣位なら」
「そっか、楽しみだな。」
「花火きれいだよね。私も楽しみ」
チュ、というリップ音。
「え、ちょっ、何……ぁっ」
朋輝が、覆い被さって服の中に手を入れて胸を弄っている。
「美都、したい」
DVDの内容も、さっきの会話もそんな雰囲気はなかった筈だが、朋輝の目を見ると、スイッチはもうONになってしまったようだった。
「好きだよ」
「朋輝……私も、好き」

    空調の効いた部屋で、熱く蕩けあった。

─────

    翌日の日曜日は、用事があると言って、朋輝の家には行かなかった。
    母の誕生日のプレゼントと、来週の花火大会用に、朋輝の甚平を買いに行く為だ。
    朋輝に連れて行って貰ったら、自分の甚平や私の母へのプレゼントまで払ってくれてしまいそうだからだ。
    ゆっくりお昼を食べてから家を出て、ショピングモールへ行き、あれこれ悩んで買い物が終わると、もう5時になっていた。駅へ行こうと歩いていると、眩暈がしてうずくまった。
    涼しい店内に長くいて、急に炎天下に出たせいだろうか。
    少しの間うずくまっていると、通り沿いの建物から出てきた、二人の人影が私の元に立った。
「やっぱり……!鈴原さん……!」
「部長………、奥様ですか?初めまし、…」
立ち上がり挨拶をしようとしたが、無理だった。
「立ち上がっちゃ駄目だ、翔子、経口補水液を買ってさっきのホテルのロビーに来てくれないか?この人、部下なんだ。」
「勿論よ。運んであげて。」
    部長の奥様にお使いを頼んでしまうなんて………と、恐縮したが、力が入らない。
「すみません、少し休まないと歩けないみたいです。迷惑をかけてしまってごめんなさい………。」
「嫌じゃなければ運んでもいいか?この炎天下で私も暑いしね。」
「嫌だなんて……、重いですよ?」
「任せとけ。学生の頃カヌー部にいたんだぞ」
「……お言葉に甘えて、お願いします」私は力なく笑ってお願いする事にした。
    まさか、その様子を見ていた人がいるとは思わずに……。
   
     そのホテルは、部長のお兄さんが勤めるホテルで、先ほどは、ホテル内のカフェで法事の話をし終えて出た所だったそうだ。
    まもなく、奥様が経口補水液を買ってきてくれ、比較的軽い症状だった為に、水分を補給したおかげで、私の体は割りと早く回復した。
    私は、助けてくれた部長達に感謝の気持ちでいっぱいだった。
    けれど、部長達は、その場では頑としてお礼を受け取ってくれなかったので、後で何かお礼の品を買って渡す事にして、その場は、お礼を言うだけにしてそれぞれ帰宅したのだった。
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