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プロローグ
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まわりには、リクルートスーツを着た男女がちらほらといるオフィス街で、目的の会社の少し手前まで来た私は、緊張を和らげようと大きく深呼吸をした。
就職活動も大詰め、第1志望の会社、岡崎コーポレーションの最終面接が40分後に受付開始となる。
あいにくの雨で、少し気分が沈んでしまうが、気持ちを入れ直して再び足を進めた。
最終面接まで来られたという事は、前回のグループでの面接では、まあ、上手くいったのだろう。けれど、今日は重要な個人面接で失敗はできない。
──うん、ちょうど30分前に受付できる時間だな。
「うぉっ」
声と同時に後ろから男の人(おじいさん?)が倒れてきて、私の真横に手をついた。どうやら暴走してきた人に押されて倒されたらしい。
「だ、だ、大丈夫ですか。」
お年寄りが、雨の中手をついて倒れるなんて見ていられなかった。私のお祖父ちゃんはもう亡くなってしまったが、小さい頃は同居していて可愛いがってもらっていた為、その人がお祖父ちゃんと重なって見えてしまった。
夢中で傘を手放して、助け起こそうとすると、男の人は「あっ」という顔をして、申し訳なさそうに言った。
「お嬢さん、すまんね。大事なスーツをびしょ濡れにしてしまったようだ。」
「私?私はいいんです。それより歩けそうですか。あ、タクシー…は断られちゃうかな…。」
「いやぁ、年のせいかな。歩くのは無理みたいだ。今携帯で助けを呼ぶからね。お嬢さん、ありがとうね。その格好…、後これ、ほら受けとって。」
ササっとメモの切れ端に名前と電話番号のようなものをなぐり書き、それと一緒に1万円札を渡され、慌てる。
「そんな、何もしていないのに、受け取れません。」
ぐいぐいと男の人に押しつけて返そうとするがお互いに受け取らず、雨の中、人目もあり、困っていると、
「まだ近くに車がいる筈だから待ってなさい。その格好をなんとかしないとな。」
男の人は、ポケットから携帯を出し
「さっきの場所まで迎えを頼む。」と告げた。
どうやら、迎えの車が近くにいるようだ。……良かった。
「では、私は失礼します。これはお返ししますね。」
失礼かと思ったが、男の人のポケットにメモとお金をねじ込んで、会社とは反対の方向へ引き返し、走った。
「お嬢さんっ!?待って!」
…少し涙が出たが、スーツがここまでびしょ濡れになっては面接どころではない。残念だが、家に帰り、会社へは辞退の連絡をいれよう、とあきらめる決心をした。
結局、男の人を助ける事はできなかったが、迎えの車がすぐに来る雰囲気だったし、一応助けようとした気持ちだけは伝わっただろう。
第1志望の会社に就職する事は叶わなかったが、幸い第2志望の会社には、既に内定が貰えている。
後でクリーニング店にスーツを持っていかなきゃなぁ…、とため息をついたが、
「気持ちを切り替えないと。」
と独り言を呟き顔をあげた。
───
その3日後、驚くべき事に、辞退した岡崎コーポレーションから内定の連絡の電話がきた。
最終面接を受けられなかった事で辞退したのに、何故、再面接の機会もないのに内定が貰えたのか全くわからなかった。
「何がなんだか分からない…。でも、チャンスが貰えて、本当に良かった…。」
私は、グループ面接の時の面接官の1人だった、優しい言葉をかけてくれた男性を思い浮かべて、また会えるかもしれない…と微笑んだ。
岡崎コーポレーションは、ネットショップ・カタログ販売部門を主軸にした会社で、その他保険・金融部門も持っている。私は、保険の仕事をしたいと思っていた。
私は、大学に入ってすぐに運転免許を取得し、母の車を借りて運転していて事故を起こしてしまった事がある。その時、保険屋さんの対応がとても良くて、私もそんなお仕事がしてみたい、と思ったのがきっかけだった。
グループ面接の時、その話をして、私が保険部門を希望している事を知った涼しげな目元のその面接官はこう言ってくれた。
「私も保険部門におります。やりがいのある部署ですよ。配属になったら頑張って下さい。」
そう言って口角を上げた時は、ドキューンと胸に何かを撃ち込まれた気がした。
「やれる事はやっておこう。」
私は、入社の日までに、必要になりそうな資格の勉強や、実務にまつわる一般常識の確認にいそしむ事にした。
就職活動も大詰め、第1志望の会社、岡崎コーポレーションの最終面接が40分後に受付開始となる。
あいにくの雨で、少し気分が沈んでしまうが、気持ちを入れ直して再び足を進めた。
最終面接まで来られたという事は、前回のグループでの面接では、まあ、上手くいったのだろう。けれど、今日は重要な個人面接で失敗はできない。
──うん、ちょうど30分前に受付できる時間だな。
「うぉっ」
声と同時に後ろから男の人(おじいさん?)が倒れてきて、私の真横に手をついた。どうやら暴走してきた人に押されて倒されたらしい。
「だ、だ、大丈夫ですか。」
お年寄りが、雨の中手をついて倒れるなんて見ていられなかった。私のお祖父ちゃんはもう亡くなってしまったが、小さい頃は同居していて可愛いがってもらっていた為、その人がお祖父ちゃんと重なって見えてしまった。
夢中で傘を手放して、助け起こそうとすると、男の人は「あっ」という顔をして、申し訳なさそうに言った。
「お嬢さん、すまんね。大事なスーツをびしょ濡れにしてしまったようだ。」
「私?私はいいんです。それより歩けそうですか。あ、タクシー…は断られちゃうかな…。」
「いやぁ、年のせいかな。歩くのは無理みたいだ。今携帯で助けを呼ぶからね。お嬢さん、ありがとうね。その格好…、後これ、ほら受けとって。」
ササっとメモの切れ端に名前と電話番号のようなものをなぐり書き、それと一緒に1万円札を渡され、慌てる。
「そんな、何もしていないのに、受け取れません。」
ぐいぐいと男の人に押しつけて返そうとするがお互いに受け取らず、雨の中、人目もあり、困っていると、
「まだ近くに車がいる筈だから待ってなさい。その格好をなんとかしないとな。」
男の人は、ポケットから携帯を出し
「さっきの場所まで迎えを頼む。」と告げた。
どうやら、迎えの車が近くにいるようだ。……良かった。
「では、私は失礼します。これはお返ししますね。」
失礼かと思ったが、男の人のポケットにメモとお金をねじ込んで、会社とは反対の方向へ引き返し、走った。
「お嬢さんっ!?待って!」
…少し涙が出たが、スーツがここまでびしょ濡れになっては面接どころではない。残念だが、家に帰り、会社へは辞退の連絡をいれよう、とあきらめる決心をした。
結局、男の人を助ける事はできなかったが、迎えの車がすぐに来る雰囲気だったし、一応助けようとした気持ちだけは伝わっただろう。
第1志望の会社に就職する事は叶わなかったが、幸い第2志望の会社には、既に内定が貰えている。
後でクリーニング店にスーツを持っていかなきゃなぁ…、とため息をついたが、
「気持ちを切り替えないと。」
と独り言を呟き顔をあげた。
───
その3日後、驚くべき事に、辞退した岡崎コーポレーションから内定の連絡の電話がきた。
最終面接を受けられなかった事で辞退したのに、何故、再面接の機会もないのに内定が貰えたのか全くわからなかった。
「何がなんだか分からない…。でも、チャンスが貰えて、本当に良かった…。」
私は、グループ面接の時の面接官の1人だった、優しい言葉をかけてくれた男性を思い浮かべて、また会えるかもしれない…と微笑んだ。
岡崎コーポレーションは、ネットショップ・カタログ販売部門を主軸にした会社で、その他保険・金融部門も持っている。私は、保険の仕事をしたいと思っていた。
私は、大学に入ってすぐに運転免許を取得し、母の車を借りて運転していて事故を起こしてしまった事がある。その時、保険屋さんの対応がとても良くて、私もそんなお仕事がしてみたい、と思ったのがきっかけだった。
グループ面接の時、その話をして、私が保険部門を希望している事を知った涼しげな目元のその面接官はこう言ってくれた。
「私も保険部門におります。やりがいのある部署ですよ。配属になったら頑張って下さい。」
そう言って口角を上げた時は、ドキューンと胸に何かを撃ち込まれた気がした。
「やれる事はやっておこう。」
私は、入社の日までに、必要になりそうな資格の勉強や、実務にまつわる一般常識の確認にいそしむ事にした。
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