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story.1「頼まれ事を引き受けたら脚フェチ男に執着されました」
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「頼む。他に頼める宛てがなくて、本当に困っているんだ。プライベートだし、休みの日にこんな事を部下にお願いするのは心苦しいんだが、どうか引き受けてくれないか?」
「木島課長、話はわかりました。でも、パーティーは明日の土曜日ですよね?着ていけるようなドレス?スーツ?どちらも持っていないですし、美容院だってお金かかるじゃないですか。それに、一緒に行くお相手の男性って、なんだか難しそうな人ですよね?全くモチベーションが上がらないんですけど。」
「ぐ……。ドレスと美容院は向こう持ちだから心配しなくていい。仕事帰りに、聞いてあるブティックに送って行くから、サイズの合うやつを受け取って帰るよう言われている。明日の美容院はここ、10時に『駿河』の名前で予約してあるから、メイク込みで。ドレスと靴を持って行って。それと、あいつ、駿河の事だが、難しい奴かも知れないが、今回のは、ただ『用意したドレスの似合う女性』である事だけが条件だから、それをクリアしているなら、横でただ立っていればOKだそうなんだ。無論、仏頂面では困るとは言っていたが。」
「そのドレス、どういうドレスなんです?何故私に似合うと?」
「うーん、まぁ、駿河とは大学からの付き合いで、あいつの好みは充分理解しているから。モデルでは駄目なんだよな。あ、ブティックのサイズ合わせに行く時間だ、送るから帰る準備して。」
「えー?…はい。課長、一つ貸しですよ?」
「分かってる、悪いな。」
────
課長は、W大卒の飾らない性格の面倒見のいいタイプで、一人息子を溺愛している愛妻家だ。
公私はきっぱり分ける性格なので、プライベートで頼み事をされるとは思っていなかった。
けれど、普段から課長には何かとお世話になっている為、私で出来る事ならと、話を聞いてみた所、さっきの話となり、ただ今課長の車の助手席に乗っている真っ最中、という訳だ。
「あの店だ。」
「うわぁ、高そうですね。ブランドは詳しくないんですけど。」
課長がコインパーキングに車を止めて、案内されたそのブティックは、明らかに高級そうな雰囲気を醸していた。
「いらっしゃいませ。木島様と、そちらは駿河様のお連れ様ですね。お待ちしておりました。」
私達は、すぐに奥のフィッティングルームに通され、薦められた手間のソファーに課長と並んで座ると、名刺を差し出され、自己紹介をされる。
「フィッティングする前にお茶を飲みながら、少々お話させていただいてもよろしいですか?」
その後、数分間雑談を交わした。どうやら、私の性格について知っておきたかったようだ。
「桜子様には、今後とも是非に当店を贔屓にしていただきたいです。」などと私を持ち上げてから、「ただいまお持ちいたします。」と奥へ行った。
値札のついていない高級ブティック。今後二度と来る機会は訪れないだろうが、曖昧に微笑んで会釈をして見送った。
「課長、ご家族が待っているんでしょう?私は一人で帰れますから、気にせずもう家に帰って下さいね。」
「う、菅野、いいのか?無理やり連れて来たのに悪い。それじゃこれ、タクシー代。私の懐は心配するなよ?駿河からぶんどったやつだから。」
「ありがたく、受け取ります。この店もそうだけど、招待状を見る限り、駿河さんは相当なお金持ちみたいだから、遠慮はしませんので。」
「あはは、そうだ。駿河はこんな出費痛くも痒くもない奴だから安心して受け取ればいい。せっかくの休みに悪いな。」
「はい。課長、お疲れ様でした。」
────
翌日。
予約の美容院に着くと、いきなりブランチだといってサンドイッチやフルーツなどでもてなされた。次はヘアメイクかと思いきや、全身エステ(無駄毛の除毛を含む)を施されてしまった。
私は全身つるんつるんになった(色んな意味で)。
会場までの送迎の車が来るとの事で、ヘアメイクされ、ドレスアップされて、装いが整った所で、呼ばれて、店外へと歩いていった。
ホルターネックの濃紺のドレスは、落ち着いた色合いのせいで、一見シックでとても上品に見える。
けれど、歩くと、深いスリットから脚が見える。
さらっと「深いスリット」と言ったが、ただの深いスリットではない。深さのレベルは相当なものだ。大股で歩いたら、下着が見えるのでは、と思える程だ。実際、ラインが出ないようにTバックの下着をつけさせられている。今思えば、その為のエステに、ビキニラインの処理、だったのかも知れない。
今、急ぎ足で歩いてみたら、太ももが露(あらわ)になっていて、自分でもぎょっとした。大股でなくても見えそうな、かなり挑戦的なギリギリのスリットだった。
ちなみに私の太ももはちょっとむちっとしていてそれほど細いという訳でもない。
(かなり際どいけれど、課長は当日、立ってるだけでいいって言ってたし、会場に知り合いもいる筈ないし、まぁいいか。)
あれこれ考えつつ、停車した迎えの車を見ると、後部座席から男性が降りてきた。
「木島の会社の菅野桜子さんですね。私は駿河賢人です。今日は引き受けてくださってありがとう。」
駿河さんは、そう言ってフランクに手を差し出してきた。
「はじめまして。菅野桜子です。今日は横で立っていればいいとお聞きしました。ご希望はこのドレスの御披露目だけ…、という事なんでしょうか。」
「いや、それが、木島に頼んだ後、少々こちらの事情が変わりまして。できれば桜子さん、車の中で到着するまでの間、役目の打ち合わせさせていただけないだろうか。」
「はい、私で出来る範囲の事でしたら。」
「良かった。ではどうぞ。」
実際に会った駿河賢人は、「難しそうな人」とは程遠く、優しい雰囲気の気さくでスマートな男性だった。
それにえらく顔がいい。
(駿河賢人がこんな人だったなんて。俄然、やる気がわいてきた。ただ立ってるだけより、何か役割でもあった方がよっぽど楽しくなりそうだし。)
ワクワクと車に乗り込み、早速、駿河賢人の話を聞いた。
その内容は以下の通りだった。
①会場では恋人の振りをする。
その設定はこうだ。
友人の紹介(これはその通りだから問題なし)で1ヶ月前に知り合ったばかり。
お互いに一目惚れして燃え上がり付き合い始めた。
駿河はすぐにプロポーズしたが、桜子にはまだ返事を貰っていない。貰えたらすぐにでも婚約したいと思っている。
※あくまでも恋人同士なので、会場では疑われないようそれらしく振る舞う。
②明日以降も、お互いに、今日の話になるべく矛盾が出ないように努める。
③必要に応じて恋人の振りを延長する事が認められる。その場合は都度契約を交わす。
④本日の成功報酬は10万円
私達は、以上の取り決めをして、連絡先の交換をした。
「細かくお願いして申し訳ない。」
「そんな!とんでもない事で……。破格の報酬まで約束していただいて、本当にいいんですか?このドレスだっていただけるなんて。と言っても、今後着ていけるような機会は私にはないかも知れませんが……」
私の発言をにこっと笑って流すと、駿河は急に表情と態度を和らげた。
「それじゃ、今から敬語はなしで。燃え上がってる付き合いたての恋人だからね。軽いスキンシップも大丈夫だよね?」
「まぁ、そうね。少しなら。それに、私演劇部にいた事があるの。わりと上手く出来ると思う。」
「頼もしいな。桜子。」
そう言って私の手を取り、握った。
負けるもんか、と私も駿河の手の甲にもう片方の手を添えた。私は負けず嫌いな性分なのだ。
「任せて?賢人さんが素敵だから演技に全く問題ないわ。」
「ふっ、期待している」
駿河の視線が、時々私の脚の方にある気がしたが、気のせいだろう。
車内での打ち合わせとの合間に、ちょいちょい雑談に脱線しつつ、私達はかなり打ち解けて会場のホテルに到着した。
車を降りる時、かなりスレスレの所までスリットが捲れたが、ここで恥ずかしがるのは余計にいけない。ちっとも気に止めていないという振りをしながら、駿河にエスコートして貰って、エントランスへと向かった。
駿河の演技力はかなり高いようだ。私を見る目は、まるで愛しい女性を見る目付きそのものだった。
(負けてられない)
10万という大金を貰って演技を要求されているのに、払う側の駿河の演技に負けるようでは、元演劇部の名が廃る。それに、演技は必要ない程、駿河は顔もスタイルもステイタスも性格までも完璧なのだから。
うっとりと駿河を見つめてから頷いて中へと進む。
腰に添えられた駿河の手をなるべく意識しないようにしながら。
────
車内で聞かされて分かった事がいくつかある。
一つ目は駿河賢人の職業だ。
駿河賢人は、デザイナーで、あのブティックは駿河賢人のものだった(課長!何故言ってくれなかった?)。
今日の私のドレスは、駿河の新作で、急遽本日発表する事に決めたようだった。
二つ目は今日のパーティーの内容だ。今日の主役の立石博行氏は、不動産会社の社長であり、都内に建築予定の商業用ビルの施工を祝うパーティーとの事で、招待された中には各業界の有識者も多いらしい。
そんな著名人や投資家、企業の重役の方々がいるフロアで、私達は、付き合いたての、お互いしか見えない、ちょっと痛い恋人同士を演じつつ、挨拶して回った。
「ご結婚はいつ?」などと言われる程に、盛り上がっている二人を演出する事には成功したようだ。駿河を狙っていたであろう女性達の羨望や嫉妬の目が突き刺さる事を除けば、概ね楽しい時間が過ごせた。
一息つきたくて、駿河と離れてトイレへ行き、手を洗っていると、女性が私に声をかけてきた。
「随分脚を出しているようだけど、その程度の脚でまさか自信があるの?私なら無理だわ。この、モデルのリナみたいに細くて長い脚だったらいいんだけど。…そう思わない?」
隣のスラリとした美女を見ると、確かに細く長い脚が魅力的でスレンダーな、まさにモデル体型の女性だった。
「自信はないけれど、今日は彼がどうしてもって言うので……。お友達のモデルのリナさんですか?完璧なスタイルをお持ちですね。同じ女性でこうも違うなんて、本当に羨ましいです。」
確かに、私の脚はすごく細くもないし、すごく長くもない。だからといって、完璧な体型と比較して卑屈になっている訳でもない。
日本人の平均身長に見合った私の脚は、太ももはちょっとむちっとしているし、細いだけのふくらはぎでもなく程良く筋肉がついているし。けれど、適度に歩いたり、時々は運動もしているので、足首は細く引き締まっていると思う。
「では、彼が待っていますので、失礼します。」会釈をして私はさっさとトイレを出た。
駿河の元へ歩いていると、やはり駿河は私の脚を凝視しているように見えたが、近付くと爽やかに笑って労いの言葉をかけてくれた。
「桜子、疲れただろう。今日はこの後、家まできちんと送るからね。今夜は早めにゆっくり休んで。」
「ありがとう。少し疲れたけれど、とても楽しかったわ。」
駿河は約束通り、家まで紳士的に私を送り届けて帰っていった。明日また会って、今後の対応の確認と報酬の受け渡しをする事になっている。約束は15時だから、朝はゆっくり起きればいい。こんな頼み事をしてくれた課長にお礼でも言いたい気分だ。
(駿河賢人が難しい人なんてデタラメじゃない?課長も友達なのになんで否定しなかったのか…。
兎に角明日、もう一度会って報酬を受け取る時には、手土産の一つでも持っていこう。)
────
迎えに来た車を見ると、賢人本人が運転していた。車も昨日のものとは違う。
「桜子」
車を降りて私を愛しそうに呼ぶ。報酬の受け渡しが終わるまでは恋人設定継続、という事なのだろうか。私はくすぐったく感じた。
「賢人さん、昨日はありがとうございました。これ、ご家族の皆さんでどうぞ。」
私は買った手土産を差し出した。
「これは?中身を聞いたら失礼かな?」
「いえ、中村屋本陣の和菓子です。もしお嫌いでしたらこちら、ゴディバンのチョコレートです。」
選んでいるうちに分からなくなり、二つも買ってしまった為、後からもう一つの菓子折りも手渡す。
「両方ともいただいていいの?どちらも家族は喜ぶと思うよ。そうだ、直接渡してくれないか?ちょうど、夕方そっちに行くって言ってあるから。」
「ええっ?直接って……。ご家族は昨日の事情は知ってらっしゃるんですか?」
「それについて、車で話しながら向かおうと思うんだが、いいかな。」
「はい、それはいいですけど。」
国産の少し大きめの白い車の助手席に座り、シートベルトをしめた。
「それじゃあ、しばらくご家族にも、私達は恋人同士だと、昨日の設定のまま接するっていう事ですか?」
「そうなるね。当然、契約、報酬は更新させて貰うよ?」
賢人の話を要約すると、昨日のパーティーで、賢人に結婚を考えているお相手がいると知った家族は、とても喜んでくれたらしい。
ただ、パーティーであれだけ仲良さそうにしていたのに、翌日すぐに断られたというのも昨日の今日でばつが悪い。少なくとも3ヶ月程度は交際して、その後に振られてしまった、という流れにして貰えないか、という事のようだ。
「そういう事なら……分かりました。」
考えてみれば、賢人ほどの男だ。ご家族だって私より釣り合いの取れたお相手は山ほどいると思っているだろう。それなのに、1日やそこらで「私」なんぞに振られたなどとは、言いたくはない筈だ。
「ただ、嘘はつきたくないので、仕事や私の家族については正直にお話させて貰いますね。」
「勿論、その方が俺も嬉しい。じゃ、向かおう。了承してくれてありがとう。」
────
「もう、帰ってしまうの?まだ2時間も経ってないのに。桜子ちゃん、賢人に『もっと居たい』ってお願いしてちょうだい?二人が帰ってしまったら、お母さん寂しいわぁ。ねぇ?お父さん?」
「美沙子、寂しいからと言ってあまり引き留めてはいけないよ。日曜日の夕方、もう18時だろう。桜子ちゃんは木島君の会社で働いているんだ。5年近く賢人に引き会わせなかった位だ。かなり優秀で辞められたくない人材なんじゃないのか?なぁ、賢人。」
賢人のご両親のやり取りに、私は赤面してしまう。そんな大層なもんではない。
「そうなんだ。木島は、部下に桜子がいる事、5年も俺に隠してたんだ。自分はとっくに結婚しておいてな。俺の好みを知ってるクセに、全く腹がたつよ。」
「そうよね。木島さんがもっと早く紹介してくれてたら、今頃は孫を抱けてかも知れないのにねぇ?」
賢人まで何を言っているのだろう。そんな風におだてられ、いたたまれなくなって賢人を見た。けれど、賢人はにこっと笑って両親にこう答えた。
「木島には頭にくるけど。桜子の事、急かさないでやって。プロポーズ断られたらどうするんだ?OKが貰えたら、そのうち孫の顔も見せられるさ。気長に待っててよ。それに、貴重な休日だし、俺達はもう帰るよ。」
「本当に残念だわー」「桜子ちゃん、またすぐに遊びにいらっしゃい」と賢人の両親は私に言ってくれて、家族との対面が嵐のように過ぎ去った。
その日も、ディナーをご馳走してくれて、私を家まで送ってくれた。
(私、かなりいい思いをしてる気がする。
それに、『駿河賢人は難しい人』というのは全く解せない。完璧な見た目だけど中身が横暴なのかと思っていたのに、全然違う。話は面白いし、気遣いは満点。一体どうなってるの?)
考えながら、帰宅し、お風呂に入って、ベッドに入ると、私はいつの間にか夢の中にいた。
────
週末になると、賢人からお誘いがあり、その度にデートをした。何か要求されるでもなく、誰かに紹介されるでもない。水族館や、ちょっとしたイベントや、テーマパークへ出かけ、ディナーの後に家まで送られる。
そんな風に仲良く週末を過ごしていたが、約束の3ヶ月がじわじわ迫ってくるにつれ、楽しい時間は逆に私を落ち着かなくさせた。
また、週末がやって来る前に、はっきりさせておく事がありそうだ。
「あの、課長。ちょっとお話を聞いて貰う訳にはいきませんか?」
とうとう私は課長に相談してみる事に決めた。
だって賢人とは友達だし、賢人の事はよく知っている筈だ。
「あぁ、私も気になっていたから丁度良かった。お昼食べながら話そうか。ギリギリ帰って来られる個室のある食事処があるから、すぐ出よう。」
そう言って、課長はスマホを片手に予約の電話をしているようだ。私はバッグを持ってついていった。
「……要約すると、駿河の何が問題か分からないって事か?何一つ欠点がないから?」
「そう言われると……。でも、まぁ、そうです。難しい人だって聞いてましたけど、どの辺が難しいのか全く分からなくて。あのパーティー以来、恋人として振る舞ってはいますが、特に誰かに紹介される事もないし、何の為の付き合ってるアピールなのか、さっぱり。」
「菅野に賢人の難しい所がわからないなら、難しい所なんかないって事じゃないかな。」
「でも、難しいって事に課長も否定してなかったですし。」
「うーん、なんて言うか。駿河の難しい所は、人によって現れるものなんだよ。
誰に対しても気さくに優しく接するってのは、私と全く同じ。異性に対しても通常の付き合いはできるんだが、一線を越えて恋人面してくると、あいつもう容赦ないよ。それこそ、ベタベタと触れたりして来られたら、演技でも穏便に済ませられない程怒り出すね。本気で泣かされた子も山ほど見て来たよ。」
「ええ?賢人さんが……?」
「最初、パーティーで立ってるだけでいいって言ったのは、スキンシップで駿河を怒らせない為に、役をやって貰う人には必ずいつも言う事だからだったんだよ。」
「それじゃあ、今までどうやって女の人と付き合ってきたんですか?」
「それは本人に聞くべき事じゃないか?少なくとも、菅野には演技だとしても触れられて怒らないでいられるんだし、何が問題なのか、私には余計にわからない事だがね。」
課長に話を聞いてもらい、色々考えているうちに、私はドキドキと鼓動が早くなったような感覚がした。
(相手が「私」だから、恋人の演技が出来るって事なのかなぁ?)
賢人本人に聞けって課長は言ってたけど。
私の事を特別に思ってくれてますか?とは聞きにくい。今週末には、約束の3ヶ月の期限が来るのに。
(勇気を出すしかないのかなぁ……)
これまで、賢人の優しさは恋人の演技だと自分に言い聞かせて、期待しないようにしてきた。けれど、契約の関係は終わりにして、自分の気持ちを打ち明けようと決心した。傷つくのを畏れて、ずるずると嘘の恋人ではいられない、とようやく悟った。
────
「桜子。3ヶ月間どうもありがとう。」
「いいえ、お礼を言うのは私の方です。賢人さん、本当にありがとうございました。過大な報酬までいただき、感謝しています。それに、とても楽しかったです。」
「ああ。俺もだ。桜子には感謝している。約束通り、今日は契約の終了の確認をしよう。落ち着いて話したいから、俺の家に行こう。いいね?」
「はい、お願いします。」
実際に賢人の口から「契約終了」の言葉を聞くと、少し、いや、かなり寂しい。決心が揺らぐ前に、賢人の家で落ち着いて話すことに同意すると、車は家に向かって走り出した。
「どうぞ、入って。」
「お邪魔します。」
リビングに通されて、契約中の書類を確認して、終了に合意してサインを済ませた。
そして、呆気なく、恋人ごっこは終わってしまった。
「──桜子。契約は終わった。
改めて言うが、恋人になって欲しい。もう桜子を手離すなんてあり得ない。結婚を前提に付き合ってくれないか。」
私は、言おうとしていた事を先に言われた驚きで、言葉を失った。何も言わない私を優しく見つめて、賢人は話を続けた。
「俺は、話の分かるやつが好きだし、会話が楽しい人としか一緒に居たくない、そんな我が儘な性格なんだ。───それだけじゃない。俺は、」
そう言ってから賢人は黙ってしまった。
私は、言いにくい事を頑張って話してくれようとしている賢人を愛しく思って、思いきって自分の気持ちを打ち明ける事にした。
「賢人さん、本当は私から言おうと思っていました。私は、賢人さんの事が好きです。一緒にいてとても落ち着くし楽しいし。契約が終わってしまうのが辛い位、賢人さんとの時間は素晴らしいものでした。だから、さっき本当に付き合いたいと言われて、すぐにはいと言ってしまいたい位嬉しく思いました。」
賢人は私がそこまで言い終えると、私を抱き寄せて、「桜子!それじゃあ、俺と結婚前提に付き合ってくれるのか?」と言った。
私は、「賢人さんが望んでくれるなら。」と答えた。すると、賢人は意外な事を言い始めた。
「桜子!プロポーズを受けてくれて本当に良かった。正直、もう、我慢の限界だった。」
「我慢?って、何を我慢して…」
「俺は、異性に対して、好ましいと思う感情に乏しくてね。ましてや、性的な興奮は滅多にわかない体質なんだ。」
「性的……?」
「それが、桜子は一目見た時から全てが理想のど真ん中だった。その上、あのドレスからチラ見した桜子の脚…!!完璧な、どストライクの脚を目にした俺のあの時の衝撃が分かるだろうか。細過ぎないむっちりした太もも。ふくらはぎの形、きゅっと引き締まった足首。桜子なら、脚だけでいける自信がある位だ。」
「……、いける?」
「最初は外見だけで判断してはいけないと、興奮を隠して健全なお付き合いをしていた。だが、この気持ちは本物だと気づいた。何もしないまま理性で3ヶ月を乗りきったんだからな。凄い事だと思わないか?」
性格を褒められているようだが、褒められている気がしないのは何故だろう。
「でも、桜子も同じ気持ちだったら、もう、健全である必要はないな。本当に良かったよ。」
「いや、私が言ってるのは、そういう事では。契約じゃなくて、本当にお付き合いを始め……あっ、」
「桜子…」賢人は私を押し倒し、動けなくしてから優しくキスをした。
「桜子、好きだ。」
「私も。賢人さんが好き。好きですけど。」
だんだん、キスは深く激しいものになってゆく。そして。
「桜子、脱がせるね?」
……私は、急展開に戸惑いながらも、こくんと頷く。
胸のボタンを外されるのかと思っていたら、スカートを剥ぎ取られた。
(いきなり…?)と思ったが、賢人は私の両脚の間に顔を挟んでうっとりしている。
(あ、脚…?)
そう言えば脚だけでどうとか、さっき……。
賢人は、脚に頬を寄せたり、太ももに吸い付いたり、撫でたり、ひとしきり私の脚を隅々まで愛でて堪能していた。それから、思い出したかのように、胸を揉みはじめた。そして、胸や秘所に、キスしたり愛撫したりを繰り返した。脚の時とテンションが少し違うような気もしたが、賢人の唇と指先に、すっかりトロトロに蕩かされてしまった。
「愛してる」
賢人の言葉は胸に響いて、心から信じられる気がした。私が頷くと、賢人の先尖がぬるりと入ってきた。ゆさゆさと優しく揺すり、少しずつ膣壁を開き、私を数回達かせてから、賢人は激しいピストンで精を吐き出した。
一緒に眠って、夜中に目が覚めると、賢人が私の太ももに唇を寄せてしがみついていたのには、正直ドン引きしたが。
─────私の脚を好き過ぎる事を除けば、賢人は完璧な理想の婚約者である事は間違いない。
◆ 完 ◆
「木島課長、話はわかりました。でも、パーティーは明日の土曜日ですよね?着ていけるようなドレス?スーツ?どちらも持っていないですし、美容院だってお金かかるじゃないですか。それに、一緒に行くお相手の男性って、なんだか難しそうな人ですよね?全くモチベーションが上がらないんですけど。」
「ぐ……。ドレスと美容院は向こう持ちだから心配しなくていい。仕事帰りに、聞いてあるブティックに送って行くから、サイズの合うやつを受け取って帰るよう言われている。明日の美容院はここ、10時に『駿河』の名前で予約してあるから、メイク込みで。ドレスと靴を持って行って。それと、あいつ、駿河の事だが、難しい奴かも知れないが、今回のは、ただ『用意したドレスの似合う女性』である事だけが条件だから、それをクリアしているなら、横でただ立っていればOKだそうなんだ。無論、仏頂面では困るとは言っていたが。」
「そのドレス、どういうドレスなんです?何故私に似合うと?」
「うーん、まぁ、駿河とは大学からの付き合いで、あいつの好みは充分理解しているから。モデルでは駄目なんだよな。あ、ブティックのサイズ合わせに行く時間だ、送るから帰る準備して。」
「えー?…はい。課長、一つ貸しですよ?」
「分かってる、悪いな。」
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課長は、W大卒の飾らない性格の面倒見のいいタイプで、一人息子を溺愛している愛妻家だ。
公私はきっぱり分ける性格なので、プライベートで頼み事をされるとは思っていなかった。
けれど、普段から課長には何かとお世話になっている為、私で出来る事ならと、話を聞いてみた所、さっきの話となり、ただ今課長の車の助手席に乗っている真っ最中、という訳だ。
「あの店だ。」
「うわぁ、高そうですね。ブランドは詳しくないんですけど。」
課長がコインパーキングに車を止めて、案内されたそのブティックは、明らかに高級そうな雰囲気を醸していた。
「いらっしゃいませ。木島様と、そちらは駿河様のお連れ様ですね。お待ちしておりました。」
私達は、すぐに奥のフィッティングルームに通され、薦められた手間のソファーに課長と並んで座ると、名刺を差し出され、自己紹介をされる。
「フィッティングする前にお茶を飲みながら、少々お話させていただいてもよろしいですか?」
その後、数分間雑談を交わした。どうやら、私の性格について知っておきたかったようだ。
「桜子様には、今後とも是非に当店を贔屓にしていただきたいです。」などと私を持ち上げてから、「ただいまお持ちいたします。」と奥へ行った。
値札のついていない高級ブティック。今後二度と来る機会は訪れないだろうが、曖昧に微笑んで会釈をして見送った。
「課長、ご家族が待っているんでしょう?私は一人で帰れますから、気にせずもう家に帰って下さいね。」
「う、菅野、いいのか?無理やり連れて来たのに悪い。それじゃこれ、タクシー代。私の懐は心配するなよ?駿河からぶんどったやつだから。」
「ありがたく、受け取ります。この店もそうだけど、招待状を見る限り、駿河さんは相当なお金持ちみたいだから、遠慮はしませんので。」
「あはは、そうだ。駿河はこんな出費痛くも痒くもない奴だから安心して受け取ればいい。せっかくの休みに悪いな。」
「はい。課長、お疲れ様でした。」
────
翌日。
予約の美容院に着くと、いきなりブランチだといってサンドイッチやフルーツなどでもてなされた。次はヘアメイクかと思いきや、全身エステ(無駄毛の除毛を含む)を施されてしまった。
私は全身つるんつるんになった(色んな意味で)。
会場までの送迎の車が来るとの事で、ヘアメイクされ、ドレスアップされて、装いが整った所で、呼ばれて、店外へと歩いていった。
ホルターネックの濃紺のドレスは、落ち着いた色合いのせいで、一見シックでとても上品に見える。
けれど、歩くと、深いスリットから脚が見える。
さらっと「深いスリット」と言ったが、ただの深いスリットではない。深さのレベルは相当なものだ。大股で歩いたら、下着が見えるのでは、と思える程だ。実際、ラインが出ないようにTバックの下着をつけさせられている。今思えば、その為のエステに、ビキニラインの処理、だったのかも知れない。
今、急ぎ足で歩いてみたら、太ももが露(あらわ)になっていて、自分でもぎょっとした。大股でなくても見えそうな、かなり挑戦的なギリギリのスリットだった。
ちなみに私の太ももはちょっとむちっとしていてそれほど細いという訳でもない。
(かなり際どいけれど、課長は当日、立ってるだけでいいって言ってたし、会場に知り合いもいる筈ないし、まぁいいか。)
あれこれ考えつつ、停車した迎えの車を見ると、後部座席から男性が降りてきた。
「木島の会社の菅野桜子さんですね。私は駿河賢人です。今日は引き受けてくださってありがとう。」
駿河さんは、そう言ってフランクに手を差し出してきた。
「はじめまして。菅野桜子です。今日は横で立っていればいいとお聞きしました。ご希望はこのドレスの御披露目だけ…、という事なんでしょうか。」
「いや、それが、木島に頼んだ後、少々こちらの事情が変わりまして。できれば桜子さん、車の中で到着するまでの間、役目の打ち合わせさせていただけないだろうか。」
「はい、私で出来る範囲の事でしたら。」
「良かった。ではどうぞ。」
実際に会った駿河賢人は、「難しそうな人」とは程遠く、優しい雰囲気の気さくでスマートな男性だった。
それにえらく顔がいい。
(駿河賢人がこんな人だったなんて。俄然、やる気がわいてきた。ただ立ってるだけより、何か役割でもあった方がよっぽど楽しくなりそうだし。)
ワクワクと車に乗り込み、早速、駿河賢人の話を聞いた。
その内容は以下の通りだった。
①会場では恋人の振りをする。
その設定はこうだ。
友人の紹介(これはその通りだから問題なし)で1ヶ月前に知り合ったばかり。
お互いに一目惚れして燃え上がり付き合い始めた。
駿河はすぐにプロポーズしたが、桜子にはまだ返事を貰っていない。貰えたらすぐにでも婚約したいと思っている。
※あくまでも恋人同士なので、会場では疑われないようそれらしく振る舞う。
②明日以降も、お互いに、今日の話になるべく矛盾が出ないように努める。
③必要に応じて恋人の振りを延長する事が認められる。その場合は都度契約を交わす。
④本日の成功報酬は10万円
私達は、以上の取り決めをして、連絡先の交換をした。
「細かくお願いして申し訳ない。」
「そんな!とんでもない事で……。破格の報酬まで約束していただいて、本当にいいんですか?このドレスだっていただけるなんて。と言っても、今後着ていけるような機会は私にはないかも知れませんが……」
私の発言をにこっと笑って流すと、駿河は急に表情と態度を和らげた。
「それじゃ、今から敬語はなしで。燃え上がってる付き合いたての恋人だからね。軽いスキンシップも大丈夫だよね?」
「まぁ、そうね。少しなら。それに、私演劇部にいた事があるの。わりと上手く出来ると思う。」
「頼もしいな。桜子。」
そう言って私の手を取り、握った。
負けるもんか、と私も駿河の手の甲にもう片方の手を添えた。私は負けず嫌いな性分なのだ。
「任せて?賢人さんが素敵だから演技に全く問題ないわ。」
「ふっ、期待している」
駿河の視線が、時々私の脚の方にある気がしたが、気のせいだろう。
車内での打ち合わせとの合間に、ちょいちょい雑談に脱線しつつ、私達はかなり打ち解けて会場のホテルに到着した。
車を降りる時、かなりスレスレの所までスリットが捲れたが、ここで恥ずかしがるのは余計にいけない。ちっとも気に止めていないという振りをしながら、駿河にエスコートして貰って、エントランスへと向かった。
駿河の演技力はかなり高いようだ。私を見る目は、まるで愛しい女性を見る目付きそのものだった。
(負けてられない)
10万という大金を貰って演技を要求されているのに、払う側の駿河の演技に負けるようでは、元演劇部の名が廃る。それに、演技は必要ない程、駿河は顔もスタイルもステイタスも性格までも完璧なのだから。
うっとりと駿河を見つめてから頷いて中へと進む。
腰に添えられた駿河の手をなるべく意識しないようにしながら。
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車内で聞かされて分かった事がいくつかある。
一つ目は駿河賢人の職業だ。
駿河賢人は、デザイナーで、あのブティックは駿河賢人のものだった(課長!何故言ってくれなかった?)。
今日の私のドレスは、駿河の新作で、急遽本日発表する事に決めたようだった。
二つ目は今日のパーティーの内容だ。今日の主役の立石博行氏は、不動産会社の社長であり、都内に建築予定の商業用ビルの施工を祝うパーティーとの事で、招待された中には各業界の有識者も多いらしい。
そんな著名人や投資家、企業の重役の方々がいるフロアで、私達は、付き合いたての、お互いしか見えない、ちょっと痛い恋人同士を演じつつ、挨拶して回った。
「ご結婚はいつ?」などと言われる程に、盛り上がっている二人を演出する事には成功したようだ。駿河を狙っていたであろう女性達の羨望や嫉妬の目が突き刺さる事を除けば、概ね楽しい時間が過ごせた。
一息つきたくて、駿河と離れてトイレへ行き、手を洗っていると、女性が私に声をかけてきた。
「随分脚を出しているようだけど、その程度の脚でまさか自信があるの?私なら無理だわ。この、モデルのリナみたいに細くて長い脚だったらいいんだけど。…そう思わない?」
隣のスラリとした美女を見ると、確かに細く長い脚が魅力的でスレンダーな、まさにモデル体型の女性だった。
「自信はないけれど、今日は彼がどうしてもって言うので……。お友達のモデルのリナさんですか?完璧なスタイルをお持ちですね。同じ女性でこうも違うなんて、本当に羨ましいです。」
確かに、私の脚はすごく細くもないし、すごく長くもない。だからといって、完璧な体型と比較して卑屈になっている訳でもない。
日本人の平均身長に見合った私の脚は、太ももはちょっとむちっとしているし、細いだけのふくらはぎでもなく程良く筋肉がついているし。けれど、適度に歩いたり、時々は運動もしているので、足首は細く引き締まっていると思う。
「では、彼が待っていますので、失礼します。」会釈をして私はさっさとトイレを出た。
駿河の元へ歩いていると、やはり駿河は私の脚を凝視しているように見えたが、近付くと爽やかに笑って労いの言葉をかけてくれた。
「桜子、疲れただろう。今日はこの後、家まできちんと送るからね。今夜は早めにゆっくり休んで。」
「ありがとう。少し疲れたけれど、とても楽しかったわ。」
駿河は約束通り、家まで紳士的に私を送り届けて帰っていった。明日また会って、今後の対応の確認と報酬の受け渡しをする事になっている。約束は15時だから、朝はゆっくり起きればいい。こんな頼み事をしてくれた課長にお礼でも言いたい気分だ。
(駿河賢人が難しい人なんてデタラメじゃない?課長も友達なのになんで否定しなかったのか…。
兎に角明日、もう一度会って報酬を受け取る時には、手土産の一つでも持っていこう。)
────
迎えに来た車を見ると、賢人本人が運転していた。車も昨日のものとは違う。
「桜子」
車を降りて私を愛しそうに呼ぶ。報酬の受け渡しが終わるまでは恋人設定継続、という事なのだろうか。私はくすぐったく感じた。
「賢人さん、昨日はありがとうございました。これ、ご家族の皆さんでどうぞ。」
私は買った手土産を差し出した。
「これは?中身を聞いたら失礼かな?」
「いえ、中村屋本陣の和菓子です。もしお嫌いでしたらこちら、ゴディバンのチョコレートです。」
選んでいるうちに分からなくなり、二つも買ってしまった為、後からもう一つの菓子折りも手渡す。
「両方ともいただいていいの?どちらも家族は喜ぶと思うよ。そうだ、直接渡してくれないか?ちょうど、夕方そっちに行くって言ってあるから。」
「ええっ?直接って……。ご家族は昨日の事情は知ってらっしゃるんですか?」
「それについて、車で話しながら向かおうと思うんだが、いいかな。」
「はい、それはいいですけど。」
国産の少し大きめの白い車の助手席に座り、シートベルトをしめた。
「それじゃあ、しばらくご家族にも、私達は恋人同士だと、昨日の設定のまま接するっていう事ですか?」
「そうなるね。当然、契約、報酬は更新させて貰うよ?」
賢人の話を要約すると、昨日のパーティーで、賢人に結婚を考えているお相手がいると知った家族は、とても喜んでくれたらしい。
ただ、パーティーであれだけ仲良さそうにしていたのに、翌日すぐに断られたというのも昨日の今日でばつが悪い。少なくとも3ヶ月程度は交際して、その後に振られてしまった、という流れにして貰えないか、という事のようだ。
「そういう事なら……分かりました。」
考えてみれば、賢人ほどの男だ。ご家族だって私より釣り合いの取れたお相手は山ほどいると思っているだろう。それなのに、1日やそこらで「私」なんぞに振られたなどとは、言いたくはない筈だ。
「ただ、嘘はつきたくないので、仕事や私の家族については正直にお話させて貰いますね。」
「勿論、その方が俺も嬉しい。じゃ、向かおう。了承してくれてありがとう。」
────
「もう、帰ってしまうの?まだ2時間も経ってないのに。桜子ちゃん、賢人に『もっと居たい』ってお願いしてちょうだい?二人が帰ってしまったら、お母さん寂しいわぁ。ねぇ?お父さん?」
「美沙子、寂しいからと言ってあまり引き留めてはいけないよ。日曜日の夕方、もう18時だろう。桜子ちゃんは木島君の会社で働いているんだ。5年近く賢人に引き会わせなかった位だ。かなり優秀で辞められたくない人材なんじゃないのか?なぁ、賢人。」
賢人のご両親のやり取りに、私は赤面してしまう。そんな大層なもんではない。
「そうなんだ。木島は、部下に桜子がいる事、5年も俺に隠してたんだ。自分はとっくに結婚しておいてな。俺の好みを知ってるクセに、全く腹がたつよ。」
「そうよね。木島さんがもっと早く紹介してくれてたら、今頃は孫を抱けてかも知れないのにねぇ?」
賢人まで何を言っているのだろう。そんな風におだてられ、いたたまれなくなって賢人を見た。けれど、賢人はにこっと笑って両親にこう答えた。
「木島には頭にくるけど。桜子の事、急かさないでやって。プロポーズ断られたらどうするんだ?OKが貰えたら、そのうち孫の顔も見せられるさ。気長に待っててよ。それに、貴重な休日だし、俺達はもう帰るよ。」
「本当に残念だわー」「桜子ちゃん、またすぐに遊びにいらっしゃい」と賢人の両親は私に言ってくれて、家族との対面が嵐のように過ぎ去った。
その日も、ディナーをご馳走してくれて、私を家まで送ってくれた。
(私、かなりいい思いをしてる気がする。
それに、『駿河賢人は難しい人』というのは全く解せない。完璧な見た目だけど中身が横暴なのかと思っていたのに、全然違う。話は面白いし、気遣いは満点。一体どうなってるの?)
考えながら、帰宅し、お風呂に入って、ベッドに入ると、私はいつの間にか夢の中にいた。
────
週末になると、賢人からお誘いがあり、その度にデートをした。何か要求されるでもなく、誰かに紹介されるでもない。水族館や、ちょっとしたイベントや、テーマパークへ出かけ、ディナーの後に家まで送られる。
そんな風に仲良く週末を過ごしていたが、約束の3ヶ月がじわじわ迫ってくるにつれ、楽しい時間は逆に私を落ち着かなくさせた。
また、週末がやって来る前に、はっきりさせておく事がありそうだ。
「あの、課長。ちょっとお話を聞いて貰う訳にはいきませんか?」
とうとう私は課長に相談してみる事に決めた。
だって賢人とは友達だし、賢人の事はよく知っている筈だ。
「あぁ、私も気になっていたから丁度良かった。お昼食べながら話そうか。ギリギリ帰って来られる個室のある食事処があるから、すぐ出よう。」
そう言って、課長はスマホを片手に予約の電話をしているようだ。私はバッグを持ってついていった。
「……要約すると、駿河の何が問題か分からないって事か?何一つ欠点がないから?」
「そう言われると……。でも、まぁ、そうです。難しい人だって聞いてましたけど、どの辺が難しいのか全く分からなくて。あのパーティー以来、恋人として振る舞ってはいますが、特に誰かに紹介される事もないし、何の為の付き合ってるアピールなのか、さっぱり。」
「菅野に賢人の難しい所がわからないなら、難しい所なんかないって事じゃないかな。」
「でも、難しいって事に課長も否定してなかったですし。」
「うーん、なんて言うか。駿河の難しい所は、人によって現れるものなんだよ。
誰に対しても気さくに優しく接するってのは、私と全く同じ。異性に対しても通常の付き合いはできるんだが、一線を越えて恋人面してくると、あいつもう容赦ないよ。それこそ、ベタベタと触れたりして来られたら、演技でも穏便に済ませられない程怒り出すね。本気で泣かされた子も山ほど見て来たよ。」
「ええ?賢人さんが……?」
「最初、パーティーで立ってるだけでいいって言ったのは、スキンシップで駿河を怒らせない為に、役をやって貰う人には必ずいつも言う事だからだったんだよ。」
「それじゃあ、今までどうやって女の人と付き合ってきたんですか?」
「それは本人に聞くべき事じゃないか?少なくとも、菅野には演技だとしても触れられて怒らないでいられるんだし、何が問題なのか、私には余計にわからない事だがね。」
課長に話を聞いてもらい、色々考えているうちに、私はドキドキと鼓動が早くなったような感覚がした。
(相手が「私」だから、恋人の演技が出来るって事なのかなぁ?)
賢人本人に聞けって課長は言ってたけど。
私の事を特別に思ってくれてますか?とは聞きにくい。今週末には、約束の3ヶ月の期限が来るのに。
(勇気を出すしかないのかなぁ……)
これまで、賢人の優しさは恋人の演技だと自分に言い聞かせて、期待しないようにしてきた。けれど、契約の関係は終わりにして、自分の気持ちを打ち明けようと決心した。傷つくのを畏れて、ずるずると嘘の恋人ではいられない、とようやく悟った。
────
「桜子。3ヶ月間どうもありがとう。」
「いいえ、お礼を言うのは私の方です。賢人さん、本当にありがとうございました。過大な報酬までいただき、感謝しています。それに、とても楽しかったです。」
「ああ。俺もだ。桜子には感謝している。約束通り、今日は契約の終了の確認をしよう。落ち着いて話したいから、俺の家に行こう。いいね?」
「はい、お願いします。」
実際に賢人の口から「契約終了」の言葉を聞くと、少し、いや、かなり寂しい。決心が揺らぐ前に、賢人の家で落ち着いて話すことに同意すると、車は家に向かって走り出した。
「どうぞ、入って。」
「お邪魔します。」
リビングに通されて、契約中の書類を確認して、終了に合意してサインを済ませた。
そして、呆気なく、恋人ごっこは終わってしまった。
「──桜子。契約は終わった。
改めて言うが、恋人になって欲しい。もう桜子を手離すなんてあり得ない。結婚を前提に付き合ってくれないか。」
私は、言おうとしていた事を先に言われた驚きで、言葉を失った。何も言わない私を優しく見つめて、賢人は話を続けた。
「俺は、話の分かるやつが好きだし、会話が楽しい人としか一緒に居たくない、そんな我が儘な性格なんだ。───それだけじゃない。俺は、」
そう言ってから賢人は黙ってしまった。
私は、言いにくい事を頑張って話してくれようとしている賢人を愛しく思って、思いきって自分の気持ちを打ち明ける事にした。
「賢人さん、本当は私から言おうと思っていました。私は、賢人さんの事が好きです。一緒にいてとても落ち着くし楽しいし。契約が終わってしまうのが辛い位、賢人さんとの時間は素晴らしいものでした。だから、さっき本当に付き合いたいと言われて、すぐにはいと言ってしまいたい位嬉しく思いました。」
賢人は私がそこまで言い終えると、私を抱き寄せて、「桜子!それじゃあ、俺と結婚前提に付き合ってくれるのか?」と言った。
私は、「賢人さんが望んでくれるなら。」と答えた。すると、賢人は意外な事を言い始めた。
「桜子!プロポーズを受けてくれて本当に良かった。正直、もう、我慢の限界だった。」
「我慢?って、何を我慢して…」
「俺は、異性に対して、好ましいと思う感情に乏しくてね。ましてや、性的な興奮は滅多にわかない体質なんだ。」
「性的……?」
「それが、桜子は一目見た時から全てが理想のど真ん中だった。その上、あのドレスからチラ見した桜子の脚…!!完璧な、どストライクの脚を目にした俺のあの時の衝撃が分かるだろうか。細過ぎないむっちりした太もも。ふくらはぎの形、きゅっと引き締まった足首。桜子なら、脚だけでいける自信がある位だ。」
「……、いける?」
「最初は外見だけで判断してはいけないと、興奮を隠して健全なお付き合いをしていた。だが、この気持ちは本物だと気づいた。何もしないまま理性で3ヶ月を乗りきったんだからな。凄い事だと思わないか?」
性格を褒められているようだが、褒められている気がしないのは何故だろう。
「でも、桜子も同じ気持ちだったら、もう、健全である必要はないな。本当に良かったよ。」
「いや、私が言ってるのは、そういう事では。契約じゃなくて、本当にお付き合いを始め……あっ、」
「桜子…」賢人は私を押し倒し、動けなくしてから優しくキスをした。
「桜子、好きだ。」
「私も。賢人さんが好き。好きですけど。」
だんだん、キスは深く激しいものになってゆく。そして。
「桜子、脱がせるね?」
……私は、急展開に戸惑いながらも、こくんと頷く。
胸のボタンを外されるのかと思っていたら、スカートを剥ぎ取られた。
(いきなり…?)と思ったが、賢人は私の両脚の間に顔を挟んでうっとりしている。
(あ、脚…?)
そう言えば脚だけでどうとか、さっき……。
賢人は、脚に頬を寄せたり、太ももに吸い付いたり、撫でたり、ひとしきり私の脚を隅々まで愛でて堪能していた。それから、思い出したかのように、胸を揉みはじめた。そして、胸や秘所に、キスしたり愛撫したりを繰り返した。脚の時とテンションが少し違うような気もしたが、賢人の唇と指先に、すっかりトロトロに蕩かされてしまった。
「愛してる」
賢人の言葉は胸に響いて、心から信じられる気がした。私が頷くと、賢人の先尖がぬるりと入ってきた。ゆさゆさと優しく揺すり、少しずつ膣壁を開き、私を数回達かせてから、賢人は激しいピストンで精を吐き出した。
一緒に眠って、夜中に目が覚めると、賢人が私の太ももに唇を寄せてしがみついていたのには、正直ドン引きしたが。
─────私の脚を好き過ぎる事を除けば、賢人は完璧な理想の婚約者である事は間違いない。
◆ 完 ◆
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