めざメンター

そいるるま

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第1章「明人の本音」

第1章 8

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 加納かのうは、海里かいり隼優しゅんゆうから交互に明人あきひとの様子を聞いていた。そのため、ここ数日はせいと二人で事務所にいることが多い。仕事の合間に今回の事件について調べていた。

「まったく怪しいところがないなぁ」加納はため息をつく。
「欧州音研ですか?」欧州世界音響研究機関を日本人はこのように略して呼んでいる。
「過去にも訴訟などを起こしている形跡がない。なんであんなリスクをとってまで強硬手段に出たんだか……」
「あれだけ大きな機関ならもみ消すことはできるでしょ」
「しかし、今回は警察沙汰だ。経歴にもキズがつく。少女を大っぴらに連れていくなんて世界中から非難轟々だ。投資家も失うだろうし」

 海里がホテルから戻ってきた。

「あ~あ、今日で五日目かぁ。誠が行くと隼優が嫌がるしなぁ。たくみは別件で忙しいし。先生が行ってくださいよ~」
「海里。明人君は全く変化がないのか」
「目が覚める気配もないです。もう明歌ちゃんを見てるのが辛くて。すっかりやつれちゃってるし。ご両親はわりと元気なんですけどね」

 加納がクスッと笑う。

「……あのご両親は明人君の意識が戻ることをわかっているからね」
「えっ? なんですか、それ」海里が不思議そうな顔をする。
「君たちより達観しているということだよ」
「でも加納さん、このままじゃ明歌ちゃんが……」

 加納も何よりそれが辛い。

「うーん、そろそろ起こしにいくか。でもなぁ、起きないのも本人の意識なんだけどねぇ。あんまり介入できないんだが」
「じゃあ、ほっとけば起きるんですか」
「まぁね。問題は足の方だよ。複雑骨折のうえ、医者の話じゃ回復が遅れているらしい。当分歩けないな」
「それにしてもこの事件、ずいぶん穴だらけだとは思いませんか」誠は事件後に自分が聴き取ったフロランタンの話の内容を記録した。……明歌ちゃんを勧誘するだけならなぜあんな人が多い場所を選んだのか。騒ぎを起こすことが目的だったようにも思える。

「そうだね。明歌ちゃんを連れていくなら、隼優がいる時を避けるだろう」
「じゃあ、彼らの目的は何です?」
「明人君だ」


 隼優は明人の病室の前で座っていた。明人護衛の任務についた警察官が隼優に話しかけている。

「倉斗くん~考えてみてくれよぉ~」
「毎日毎日、よく同じ話して飽きませんね。あんた達の精鋭部隊は優秀でしょ。今更俺が入らなくたって……」

 隼優は警視庁内では以前から注目されていた。特殊部隊に入れば負けなしだと言われているからだ。今回の騒ぎで病院に警察が入り浸るようになり、隼優はしつこいほど勧誘を受けていた。


 隼優は廊下の先からこちらに向かってくる人影に気づく。

「──大先生、どうしたんだ?」隼優が加納に会うのは事件の日以来だった。加納は警察官に軽く会釈する。

「隼優。右手の調子はどうだい」
「俺、あの時かなり正気を失っちまって……力も加減できなかった。だから思ったより治りが遅い」
「私は君にはあまり力は使えないよ。明人君に会いに来たからね」
「……大先生?」

 加納は隼優の右手を両手で覆い、目をつぶった。

「い……痛みが……」隼優の右手から痛みがひいていった。
「──これで少し治癒が早まるだろう。明歌ちゃんは中に?」
「ああ」
「私は明歌ちゃんと少し話がしたい。隼優はここで待機してくれないか」
「わかった」


 加納は明人の病室のドアを開ける。明歌が明人のベッドの脇にある椅子に座っていた。

「加納さん……」
「明歌ちゃん、大変だったね」

 明歌は首をふる。
「みんながいてくれたから。大丈夫。でも……」明歌は視線を落とした。
「明歌ちゃん、ひとついいかな」
「はい」

「自分があの機関に行っていればこんなことにならなかった──とは思っていないだろうね」

 明歌は目を見開く。

「ひとつの出来事を今の視点だけで見てはいけない。これは長い人生の中での小さなポイントに過ぎないから」
「ポイント?」
「そのポイントをつないでいくと、やがて大きな視点に行き当たる。そのために小さないくつものポイントがあったのだとわかるだろう」

 明歌の目から涙が流れた。

「加納さん……私、ここに……みんなと一緒にいて大丈夫でしょうか」
「明歌ちゃん、私は君にここにいてほしい。隼優は素直じゃないし、みんなは正直に言わないから私が代表して言っておく」

「そう言えば……」
「なんだい」
「誠がこの前来てね、加納さんと同じようなこと言ってるの。君がいてくれればいいって。いつも女の子に同じこと言ってるのかなぁって、誠の前で笑っちゃったの。そしたら、不機嫌になっちゃって」

「まぁ……同じことは言ってるね」

 でも本心は全く違うけどね、と加納は誠に同情する。普段から誠がとりまきの女性に囁いている言葉も、いざという時には真実味のない言葉になってしまうのかもしれない。しかし、こんなに憔悴しょうすいしている明歌ちゃんを笑わすとはこましの才能もあなどれない。加納は自分にはない才能を持った誠に感心した。

 加納は目の前で眠っている明人に近付き、何かがおかしいことに気づいた。
「ん? これは……」
「どうしたの、加納さん」
「明人くんが起きない理由がわかった。だが、これは……」


 明歌と話した後、加納はドアを開けて隼優を病室の中へ入れる。

「──君たち、いきなり熟睡中に起こされたらどうする」
「俺は親父を殴ったことがある」
「ボーっとしてへんなことを口走りそう」
「つまり寝ている方から見れば、ろくでもない行為と言うことだ。だが、私が見たところ意識は浅くなっている。だからうまくいくかもしれない」
「──え?」明歌と隼優は加納の言葉にきょとんとした。

 加納は明人の額に手をかざす。

「──明人君、目覚めるか、それとも眠り続けるか、君次第だよ」

 加納が言葉をかけると、明人のまぶたが少し動く。

「戻ってきたら、君は軌道を修正するだろう。だから起きても大丈夫だ」
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