めざメンター

そいるるま

文字の大きさ
上 下
11 / 20
第1章「明人の本音」

第1章 3

しおりを挟む
 隼優しゅんゆうは予想外の言葉に耳を疑う。明歌めいかは思わず本音を漏らしてしまったことに気づく。途端に苦しい言い訳をした。
「に、兄さんと私を置いてどっかへ行っちゃったら悲しいから……」
「……それが反対だったらどうする」
「隼優?」明歌はきょとんとした。
「いや、何でもない」
 ずっとそばにいろ、と言いたいのはこっちの方なんだが。


 隼優と明歌は繁華街に近いカフェに入った。そのカフェはアイスの専門店で隼優の大学からも歩ける距離だった。
 二人が話していると、一人の女性が話しかけてきた。
「ねぇ、倉斗くらとくん。その人、新しい彼女?」
 その女性は隼優と同じ経済学部の知人だ。
 明歌は誤解を解くため咄嗟に言い訳しようとした。
「ち……違います! 私は……」
明人あきひとの妹だよ。今日はあいつの代わりにここへ連れてきただけだ」
「ええ~!? 鹿屋かのや君にこんなかわいい妹さんがいたの? だけどねぇ……」
 どう見たってこれじゃあ恋人じゃない。遠目に見たって倉斗くんの別人のような態度は何なの、とその女性は隼優が普段見せない表情に驚いていた。
「何だよ」
「まぁいいわ。じゃあ、また明日」その女性はカフェから出ていった。

「しゅ……隼優、ごめんね。誤解されたかな」
「今までだってあったろ。俺だって明歌のファンに殴られそうになったし……よけたけどな」
 隼優は素人相手には余計なことをせず、かわして逃げることが多い。
「そんなことがあったの?」
「あったな。つきまとうなって怒ってた。おまえの歌の力は尋常じゃないな、とあせったよ」
「それ、いつなの」
「おまえが丸焼き珈琲のイベントに参加して、しばらくした後」
 隼優は二年ほど前のことを回想する。


「──え? カフェで歌う?」
 隼優は明人から話を聞いて眉をひそめた。
「明歌はまだ中学生だろ。子供に歌わせるようなカフェなんて信用できるのか」
「そう言うと思ったよ。カフェ自体は普通の喫茶店なんだ。そこが一日貸切りでイベントを開くらしくて。明歌の友達が勝手に申し込んじゃったんだよ」
「……ろくな友達じゃねぇな」すでにこの頃、明歌の特殊な才能は周辺の知人たちに知れ渡っていた。
「それでね、万が一ってこともあるし、隼優に立ち会ってもらえればと思ったんだ。バイトのほう、何とかなるかな」
「俺はかまわないが断った方がいいんじゃないか」
「……同感。でもさ、明歌の一番仲のいい友達らしくて。他の子なら断っても大したことないけど」
「それって友達なのかよ」
 明人は少し笑った。
「そういう時代ってあるよね」
「どういう時代だ」
「大学に入ってみて気づいたんだ。高校まではさ、ほとんどの授業がクラス単位だろ。だから、一人で行動するのは若干気がひける」
「つまり誰か一緒に行動するやつがいないと困ると?」
「たとえそれが友達らしき存在じゃなくてもね。女の子は特にそうだ」
「それじゃあ……」隼優は明人の真意に気づく。
「何かを断って続くような関係って友達なの? って僕が明歌に言ってしまうのは簡単さ。でも、本人が自分で気づいた方がいいこともあるよね」
 隼優はうなずいた。
「わかった。とりあえずは立ち会うよ。──だが、参加が不適切だと判断したら強制的に連れ帰るからな」
 うわぁ~わが友ながら怖えぇ~、強制送還にならなきゃいいけど……と、明人はため息をついた。


 イベントが行われる喫茶店は名を『丸焼き珈琲』と言った。西新宿の路地裏にあり、常連に愛されている店だ。個人経営の喫茶店にしては珍しく商談用の個室を所有していた。西新宿はあらゆる場所で商談が行われていることもあり、個室のレンタルはかなりの盛況ぶりだった。

 店内はマスターとアルバイトの古株である由希ゆきが切り盛りしており、あとは日替わりでバイトを雇っていた。

 イベント当日である土曜日の午後、音響機材が運びこまれ、イベントのスタッフが出入りしている中、明歌は他の参加者とともに、昼過ぎにはリハーサルを開始した。


 隼優は二年前、舞台の裏方をしていた。その日の搬入が済みロッカーへ行くと隼優の携帯が鳴る。
「倉斗くん? 今どこ」当時の彼女からだった。
「バイト終えたとこだ。これから新宿へ行く」
「あの……今日お休みだし会えない?」
「そうしたいけど……明日なら」
「今日はこれから何か用事?」
「ああ、明人から頼まれごとをしてて」
 なぜか隼優は後ろめたい気分になる。明歌が関わるといつもそうだ。彼女はまだ子供なのに……
「あなたたちってホントに仲いいね。わかったわ。じゃあ明日」
 隼優と明人の仲の良さは異常なレベルに見えるらしい。周囲からは「おまえら、デキてるだろ」といつもからかわれている。


「隼優、こっちだよ」喫茶店に入ると明歌が席を確保しておいてくれた。大学に入ってからは隼優が明歌に会う回数はめっきり減った。鹿屋家で夕食をとることもほとんどない。久しぶりに会うと小さい頃の明歌と違って見える。
 おまけに今日は普段着る機会のないワンピースを着て少し化粧をしていたせいか、なぜか見とれてしまう。そんな隼優の顔を明歌は不思議そうに覗き込む。
「……隼優?」
「──ああ、何でもない。明人は?」隼優は咄嗟に顔に手をあてて、表情を隠そうとした。
「兄さんは薬を買いに行ってくれてるの。私、朝から少し熱っぽくて。……でも、ちょっと遅いね。もうすぐ始まるんだけど」
「出番まで休んでろ。外で待ってみるよ」
 隼優は喫茶店の外へ出た。周囲には出番を待つ歌手やスタッフが立ち話をしている。五メートルほど先の脇道に明歌と同じ年ぐらいの女子が二人、立ち話をしているのに気づく。
「──明歌はいくらだって客が呼べるもの。利用しない手はないわ」
 隼優は咄嗟に脇道から身を隠す。
「でもさぁ、歌いたいのは実花みかでしょ。確かに明歌は異次元だけどさぁ。実花だっていい線いくと思うよ。人のファンクラブ作ってどーすんの」
「稼げるじゃない。明歌は私の言うことはほぼ聞いてくれるもの」
 隼優は会話を聞き終わらないうちに、すぐ喫茶店へ戻った。


 一人目はもう歌い終わり、客は歓談中だ。
「──隼優、兄さんいなかった?」
「明歌。控室はどこだ、ちょっと話がある」
 明歌は怪訝そうな顔をする。
「こっちだよ」
 明歌は商談用の個室へ隼優を連れていく。ドアを開けると化粧道具や鏡、各参加者の上着などが並んでいる。参加者は出払っていた。

「隼優。どうしたの」
「──明歌。すまない。しばらく眠ってくれ」
「え?」
 隼優は明歌の額に手をあて、軽く叩いた。明歌は一瞬で気を失い、倒れそうになるところを隼優が支えた。
「まったく……どうせこんな事だろうと思ってたんだ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...