8 / 20
序章「仲間の集結」
序章 8
しおりを挟む
「明人だよ。明歌が歌えば歌うほど周囲は騒々しくなる。あいつは俺と違って寄ってくるやつらを威嚇できない。でも、明歌を危険な目にあわせたくない。だから仕方なかった」
隼優と明人の考えは違っていたが、隼優には明人の気持ちが理解できるため、明歌に歌を禁止したことをとがめることはなかった。
誠には気になることがあった。
「でもさ、歌が上手い子なんて今時そのへんにわらわらいるだろう? よく癒しにもなるなんて言う倍音だって訓練すればある程度出せるしさ。明歌ちゃんって歌手っていう華やかな感じでもないよね。それなのになんであの力がバレたの?」
「あの……なんか佐竹さんって元気ないですね」
明歌がまだ病気を発症してなかった頃、同級生や先輩たちとカラオケへ遊びに行くことがあった。佐竹貢とは明歌が入っている書道部のOBで、当時、高等部の二年生だった。
「ああ、佐竹くんね、プチ鬱なんだって」
明歌の先輩である女性は声を落とす。
「あんまり大きい声で言えないんだけど、心療内科とかにも通ってるらしいよ」
「──え? そんなにひどいんですか。ただ落ち込んでる感じじゃないんだ……」
その時歌っていたメンバーの曲が終わった。次の曲までの間、みんながそれぞれしゃべっている。
「次、明歌が入れた歌じゃない?」
「あ、ホントだ」
明歌があるミュージカルナンバーを歌い出した。
「ひょえ~やっぱ明歌の音域って広すぎだよね~」
みんなが聞き惚れていたが、中でも佐竹の興奮の仕方は異常だった。
「鹿屋さんっ! な、なんかわからないけど、スゴイ! もう一度歌って!」
「さ、佐竹さん、順番だから。また後で歌いますから、ねっ?」
明歌は佐竹が急にテンションを上げたのを見て驚き、若干ひいた……
それから約一年後、隼優と明歌が高等学校を卒業したOBとの交流会に参加した時、佐竹が明歌を見つけて突進してきた。
「さ、佐竹さん」明歌は驚いて隼優の後ろに隠れる。
「誰だ、こいつ」隼優は佐竹が明歌に近寄ろうとするのを止めた。
「鹿屋さんっ! 僕、君のおかげで京大に受かったんだよ。一年前、僕は鬱が治らなくて勉強どころじゃなかったんだ。でも、君の歌を聴いた日から、なぜかどんどん元気になって、受験勉強もはかどったんだ!」
「そ、そうなんですか。でも、それは佐竹さんの実力です。私は歌っただけで、何もしていませんよ~」明歌は笑ってごまかす。
「いや! 君のおかげなんだ。僕は今までの人生で、こんなに成功したことがないんだ」
「何言ってんだ。おまえ、まだ十八だろ。たった十八年間で何度も成功してみろ。そんなやつ人間じゃねーだろうが」
「そうだよね、君、誰だか知らないけど勘がいいよ! 僕は鹿屋さんのおかげで、人間を超越し始めたのかもしれないんだ……」佐竹は陶酔したような表情だ。
──なぜ話がそっちへ行く! と、隼優は怒りを通りこして二の句が継げない。
隼優と明歌は話があらぬ方向へ行きそうなのを必死に食い止める。しかし、鬱から生き返った人間のパワーは計り知れない。そのうち、二人の会話を周辺で聞いていた卒業生や学生まで集まってきてしまった。
「その後も自分が京大に受かったのは、さも明歌のおかげみたいに言いふらした」
誠は京大に受かるような秀才のお粗末な短絡思考に、開いた口がふさがらない。
「鬱が治ったのはともかく、京大に受かったのは明歌ちゃんとは関係ないんじゃ……?」
「そりゃそうだ。結局、本人が持ってる力だろ。俺も話がややこしくなりそうだから、気のせいだろって否定しまくったんだけど、噂って怒涛のように広がるんだよ。そのうち『明歌とカラオケに行って元気になるツアー』みたいな企画までするやつが現われた」
うわぁ、僕が思った通りだ、と誠は明歌の身を案じる。
「明歌を無理に誘うやつまで出てきたもんだから、俺が蹴散らしてもキリがない。それで……」
「──明人くんが歌っちゃいけない、と?」
「もちろん、俺や明人の前ではいくらでも歌っていいって言ったさ。でもなぜか明歌のやつ歌わなくなった。それにあいつ、難病にかかって歌どころじゃねぇし」
「明歌ちゃんの病はほぼ治ったよ」
隼優は誠が信じがたいことをさらっと言うので拍子抜けした。
「……は? 何言ってんだ、あんた。医者も治せない病だぞ」
「ああ、君は病気をしたことがないんだね。病気には必ず、その人固有の原因がある。たとえ同じ症状であってもね。それに、人によってはいくつもの複雑な理由が絡み合っていることもある。それをカウンセラーが一回のカウンセリングで突き止めるはずがないと、特に長年苦しんできた人はそう思うだろう。加納さんは一回で治るとクライアント自身の意識の抵抗にあうから、わざと何回かに分けて治すんだ。どんなクライアントもまさか自分の難病が一度の治療で治るはずがない、っていう先入観を持っているからね」
隼優は誠の説明を黙って聞いていた。
「じゃあ……本当に治ったのか?」
「明歌ちゃんに聞いてみるんだね」
隼優は意を決したように立ち上がる。
「──で? 俺は何をすればいいんだ」
「え? じゃあ、協力してくれるの」
「明歌を治してもらった礼だ」
隼優は疑惑の目を向けていた誠に、ようやくさわやかな笑顔を見せた。
「──と、いうわけでめでたく彼を懐柔しました!」
誠が事務所へ戻ってくると、おぉ~素晴らしい!!と、加納とスタッフ達が拍手喝采。
「さすが誠! 顔だけの男じゃなかったんだなぁ~」海里が皮肉を言うと、誠はじろりとにらむ。
「顔だけ──って言えば、初め隼優くんを見つけた時は、こいつこんな顔で格闘技ができるのか? って思いましたよ」
「ん? 優しそうな人なんですか」たくみが聞いた。
「いや、僕と似たような体格のいい男なんだ。僕ほどじゃないけどさ」
加納がクスッと笑う。
「ふーん、誠がいい男って言うってことは相当かっこいいはずだね」
「しかし……加納さん。ありゃ、何です? 彼にとって明歌ちゃんはただの幼なじみとかいうレベルを超えてる」
「そうだろうね……彼も小さい頃、明歌ちゃんの魔法にかかったのかな」
私もそのうちの一人だけどね……と、加納は心の中でつぶやいた。
めざメンター 序章 「仲間の集結」END
次回 第1章 「明人の本音」
隼優と明人の考えは違っていたが、隼優には明人の気持ちが理解できるため、明歌に歌を禁止したことをとがめることはなかった。
誠には気になることがあった。
「でもさ、歌が上手い子なんて今時そのへんにわらわらいるだろう? よく癒しにもなるなんて言う倍音だって訓練すればある程度出せるしさ。明歌ちゃんって歌手っていう華やかな感じでもないよね。それなのになんであの力がバレたの?」
「あの……なんか佐竹さんって元気ないですね」
明歌がまだ病気を発症してなかった頃、同級生や先輩たちとカラオケへ遊びに行くことがあった。佐竹貢とは明歌が入っている書道部のOBで、当時、高等部の二年生だった。
「ああ、佐竹くんね、プチ鬱なんだって」
明歌の先輩である女性は声を落とす。
「あんまり大きい声で言えないんだけど、心療内科とかにも通ってるらしいよ」
「──え? そんなにひどいんですか。ただ落ち込んでる感じじゃないんだ……」
その時歌っていたメンバーの曲が終わった。次の曲までの間、みんながそれぞれしゃべっている。
「次、明歌が入れた歌じゃない?」
「あ、ホントだ」
明歌があるミュージカルナンバーを歌い出した。
「ひょえ~やっぱ明歌の音域って広すぎだよね~」
みんなが聞き惚れていたが、中でも佐竹の興奮の仕方は異常だった。
「鹿屋さんっ! な、なんかわからないけど、スゴイ! もう一度歌って!」
「さ、佐竹さん、順番だから。また後で歌いますから、ねっ?」
明歌は佐竹が急にテンションを上げたのを見て驚き、若干ひいた……
それから約一年後、隼優と明歌が高等学校を卒業したOBとの交流会に参加した時、佐竹が明歌を見つけて突進してきた。
「さ、佐竹さん」明歌は驚いて隼優の後ろに隠れる。
「誰だ、こいつ」隼優は佐竹が明歌に近寄ろうとするのを止めた。
「鹿屋さんっ! 僕、君のおかげで京大に受かったんだよ。一年前、僕は鬱が治らなくて勉強どころじゃなかったんだ。でも、君の歌を聴いた日から、なぜかどんどん元気になって、受験勉強もはかどったんだ!」
「そ、そうなんですか。でも、それは佐竹さんの実力です。私は歌っただけで、何もしていませんよ~」明歌は笑ってごまかす。
「いや! 君のおかげなんだ。僕は今までの人生で、こんなに成功したことがないんだ」
「何言ってんだ。おまえ、まだ十八だろ。たった十八年間で何度も成功してみろ。そんなやつ人間じゃねーだろうが」
「そうだよね、君、誰だか知らないけど勘がいいよ! 僕は鹿屋さんのおかげで、人間を超越し始めたのかもしれないんだ……」佐竹は陶酔したような表情だ。
──なぜ話がそっちへ行く! と、隼優は怒りを通りこして二の句が継げない。
隼優と明歌は話があらぬ方向へ行きそうなのを必死に食い止める。しかし、鬱から生き返った人間のパワーは計り知れない。そのうち、二人の会話を周辺で聞いていた卒業生や学生まで集まってきてしまった。
「その後も自分が京大に受かったのは、さも明歌のおかげみたいに言いふらした」
誠は京大に受かるような秀才のお粗末な短絡思考に、開いた口がふさがらない。
「鬱が治ったのはともかく、京大に受かったのは明歌ちゃんとは関係ないんじゃ……?」
「そりゃそうだ。結局、本人が持ってる力だろ。俺も話がややこしくなりそうだから、気のせいだろって否定しまくったんだけど、噂って怒涛のように広がるんだよ。そのうち『明歌とカラオケに行って元気になるツアー』みたいな企画までするやつが現われた」
うわぁ、僕が思った通りだ、と誠は明歌の身を案じる。
「明歌を無理に誘うやつまで出てきたもんだから、俺が蹴散らしてもキリがない。それで……」
「──明人くんが歌っちゃいけない、と?」
「もちろん、俺や明人の前ではいくらでも歌っていいって言ったさ。でもなぜか明歌のやつ歌わなくなった。それにあいつ、難病にかかって歌どころじゃねぇし」
「明歌ちゃんの病はほぼ治ったよ」
隼優は誠が信じがたいことをさらっと言うので拍子抜けした。
「……は? 何言ってんだ、あんた。医者も治せない病だぞ」
「ああ、君は病気をしたことがないんだね。病気には必ず、その人固有の原因がある。たとえ同じ症状であってもね。それに、人によってはいくつもの複雑な理由が絡み合っていることもある。それをカウンセラーが一回のカウンセリングで突き止めるはずがないと、特に長年苦しんできた人はそう思うだろう。加納さんは一回で治るとクライアント自身の意識の抵抗にあうから、わざと何回かに分けて治すんだ。どんなクライアントもまさか自分の難病が一度の治療で治るはずがない、っていう先入観を持っているからね」
隼優は誠の説明を黙って聞いていた。
「じゃあ……本当に治ったのか?」
「明歌ちゃんに聞いてみるんだね」
隼優は意を決したように立ち上がる。
「──で? 俺は何をすればいいんだ」
「え? じゃあ、協力してくれるの」
「明歌を治してもらった礼だ」
隼優は疑惑の目を向けていた誠に、ようやくさわやかな笑顔を見せた。
「──と、いうわけでめでたく彼を懐柔しました!」
誠が事務所へ戻ってくると、おぉ~素晴らしい!!と、加納とスタッフ達が拍手喝采。
「さすが誠! 顔だけの男じゃなかったんだなぁ~」海里が皮肉を言うと、誠はじろりとにらむ。
「顔だけ──って言えば、初め隼優くんを見つけた時は、こいつこんな顔で格闘技ができるのか? って思いましたよ」
「ん? 優しそうな人なんですか」たくみが聞いた。
「いや、僕と似たような体格のいい男なんだ。僕ほどじゃないけどさ」
加納がクスッと笑う。
「ふーん、誠がいい男って言うってことは相当かっこいいはずだね」
「しかし……加納さん。ありゃ、何です? 彼にとって明歌ちゃんはただの幼なじみとかいうレベルを超えてる」
「そうだろうね……彼も小さい頃、明歌ちゃんの魔法にかかったのかな」
私もそのうちの一人だけどね……と、加納は心の中でつぶやいた。
めざメンター 序章 「仲間の集結」END
次回 第1章 「明人の本音」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる