めざメンター

そいるるま

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序章「仲間の集結」

序章 3

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 当時、明歌めいかは血管炎という病気を患っていた。この病気にはさまざまな種類があるが、彼女の場合は手や足に点々と血が飛び散ったような色が見られ、微熱が続く。疲労のあまり外へ出られないことも多かった。根本的に治すことは難しい。薬も効かなかった。仕方なく食事療法などをしていたが症状に大して違いはなかった。

 ある時、明歌は本屋で、心を変えて身体に変化を起こすという不思議な内容の本を手にとった。それをヒントにセラピーやカウンセリングなどを受けるようになる。そんな生活を続けるうち、もしかして自分の病気には精神的な問題があるのではないかと気づいた。

 その後、ネットでそういった分野に詳しい権威を探しまくり、実に怪しげなサイトを発見する。それは『カウンセリングでほぼどんな病気でも改善できる』しかも一回、三千円程度の料金だと言うのだ。なんてうさんくさいサイトなんだろう。その怪しげな文言に明歌の目は釘付けだ。

 でも、そのサイトにはなぜか他のインチキ臭い金目当てのコンサルティングとは違う、温かみのようなものが感じられた。うまくいかなくても初回は三千円だし、もはや明歌には自分を救える余地がなかった。ダメ元で受けてみることにしたのだ。

 その怪しげなサイトを作成したのは加納聖かのうせいという西新宿に本拠を置くコンサルタントだった。
  その事務所は新宿駅の喧騒から少し外れた場所に建つ雑居ビルの中にあった。職業柄、引きこもりの子供を連れた主婦、個人の学生やら社会人、大企業の取締役、どっかの国の王族までやって来るような場所だが、セキュリティには無頓着、ビルの玄関にはオートロックすらない。それでも責任者である加納聖はおかまいなしだった。加納が危険にさらされると、なぜか困るような連中が世界中にいるらしく、いつだったか、事務所の前に警備員が勝手に配置され、丁重にお断りしたこともある。当人はあらゆる危機に慣れているようだった。

 加納の本業は心理カウンセラーだったが、現在はその能力が多岐に渡り、世界中にクライアントが存在する。


 明歌は初回相談の日、加納の事務所が入っている雑居ビルの前に来た時点で「ああ、ホントにお金儲けとは無縁そう……」だと実感した。何しろ築何十年だかわからない、昭和の時代を彷彿とさせるビルだったからだ。

 明歌はエレベーターで四階まで上がり、事務所の前へ来て驚いた。玄関のドアが開けっ放しだ。そーっと中を覗いてみる。

 事務所内はビルの外観からは想像できないほどリフォームされていた。加納は場合によっては治療に催眠を用いることもあるため、クライアントにリラックスできる空間を提供する、という目的で工事をしたが、本人はからきし部屋のデザインなどには関心がない様子だった。弟子の中で古株である小野海里おのかいりがリフォームをするよう進言し、どうにか内装を整えたらしい。

 予約をしていたにも関わらず、なんと加納は熟睡中だった。普通なら起きてクライアントを待つのが常識だ。

 明歌は一瞬、帰ろうかなぁ……と思った。でも、ここで帰ったら一生このままのような気がしたのだ。

 しかし、加納は彼女の気配に気づいた。「……誠か? すまない、そろそろクライアントが来るはずなんだが寝てしまったよ」加納は頭をかきながら起き上がる。

「す、すみません。起こしてしまったみたいで……加納先生ですか?」明歌はおずおずと加納のいるソファへ近づく。

 加納は明歌の声を聞いた瞬間、奇妙な感覚がしてその感覚に気が動転した。目の前にいる少女を半開きの眼で凝視する。明歌は加納の視線に気がつき緊張したが、それよりも加納の若さに驚いていた。ほぼどんな病気でも治せるなどと言うから、かなり経験値を積んだ仙人のようなおじいさんが診てくれるのだろう、と想像していたのだ。

 明歌の勝手な想像を裏切った加納はすぐにハッと我に返る。

「ああ、お嬢さん、大変失礼したね。今、スタッフが全員出払っていて……えーっと、こちらへどうぞ」加納はそう言って、明歌を窓側のソファに座らせる。

「あの、お嬢さん」

「鹿屋明歌と言います。先生のホームページを見つけてここへ来ました」

 明歌はさっきから加納が心なしか、自分の声に耳を澄ませているような気がしてならない。加納は海里が用意していたクライアントのカルテに目を通す。

「そうか、明歌さんね。毛細血管に少し炎症があるのかな、熱もあるし体力もないね」

 明歌は驚きのあまり目を見開く。予約の申し込みの時点では病状については書いていないからだ。ほんの一瞬で加納は明歌の身体の状態を見破った。

「どうして……」

「ああ、大丈夫。変な霊視とか、そういうのはしてないよ。人間がかつては普通に持っていた勘みたいな力だ。今、わかるのは病状と……あ、忘れてた。君、コーヒーと紅茶、どっち飲む?」
「あ、じゃあコーヒーにします」

 加納はソファから立ち上がり、給湯のテーブルに向かった。

「ええと、粉はどこだったかな? うーん、これかな。いや違うな」

 加納はコーヒーの粉が見つけられない。明歌が見かねて立ち上がる。装飾の綺麗な缶の蓋を開けて加納に渡す。

「これじゃないですか?」
「あれ、ホントだ。明歌さん、ありがとう。今セットするからね」

 加納がコーヒーメーカーにスイッチを入れて、しばらくたつと、なぜかゴボゴボ音が鳴りだし、コーヒーの液体がポットからあふれ出した。

「うあっ、大変だ」

 ソファに戻った明歌がまた加納の元に駆け付けた。

「先生、これ、はまってませんよ」

 よく見ると、ポットが所定位置から外れている。あふれたコーヒーは床まで滴り落ちていた。

「でも、よかった。君の分ぐらいは残ってるよ」
「そんな、先生。半分ずつにしましょう?」

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