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12 社交性の死んでないセルゲウス様
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お茶会が終わって、人の姿が消えたサロンのソファに座って、ずっと緊張していた肩を軽く動かしてから背もたれに身体を預けた。
ハーティス伯爵令息は今回のお茶会で私の事は諦めるだろう。彼が自分で「噂を広めた」と言ってくれたので、今回「噂好き」な令嬢を集めたこのお茶会ですっかり私の評判は変わるだろうし、ハーティス伯爵令息の評価も変わるに違いない。だって、同じ社交界の「噂好き」の人に私はその姿で、ハーティス伯爵令息はお隣の領地なのに憶測で噂を流したのだから。
そんな嘘吐きな男など、誰も婿に欲しい訳がない。そのまま独身で実家の片隅で静かに余生を暮らして欲しい。あんなモラハラ男を婿に迎え入れた家なんて苦労するに決まっている。
私自身の噂が流れたのは私のせいだから仕方がない。領地に籠っていたのだから。けれど、自分の結婚を盤石のものにするために悪い噂を流すような真似をする馬鹿と結婚する気はない。
「お疲れ様でした、バーバレラ嬢」
「セルゲウス様。こちらこそ、本日はご協力くださりありがとうございました」
私の頬に当たるように冷えたアイスティーのグラスを持ってきてくれたのは、最後まで残ってくれたセルゲウス様だった。
隣に座って、彼もアイスティーを飲む。
「協力? 私は、君の王子様になりたくて頑張ったからね。やっとその一歩がかなって嬉しいよ。……断るつもりだった婚約も、少しは前向きに考えてくれている、と思っていいのかな?」
笑いを含んだ声で尋ねられる。
今日一日彼を見ていて分かったが、彼は本当に、徹底的に、他の令嬢に対して冷たいし毒舌だった。特に、色気を見せて来るような相手には。
それが小さいころから聞いていて、姿も知らない『婚約者』の私のためだというのだから……徹底にも程がある。公務に支障は無いのだろうかと心配になる程だ。
セルゲウス様にそれを聞いても、きょとんとされてしまう。
「だって、私は君と結婚したかったし、その約束だし、他の女性に気を持たせても仕方ないだろう? すっぱり振ってあげた方がいいだろうし、憎まれ役になった方が女性もスッキリするだろう」
「……セルゲウス様は本当にお優しいのに、徹底しすぎて裏目に出るタイプなんですね」
「他の令嬢の評判なんてどうでもいいよ。君以外にはどう思われていても、どうでもいい」
そう言って美しい顔で微笑んでくる。優しい、紳士、それでいて眉目秀麗で文武両道で、私が辺境伯で自分が公爵のまま結婚しようと当たり前のように言ってくれる。
私なんて、ちょうど隣の領で次男坊が余ってるみたいだからくっつけばいいやあっはっは、という適当さだったのに、親の酒の席での契約書一枚で真剣すぎないかな……?!
なんだか自分がとんでもない悪人になった気分で、少しだけ意気消沈してしまった。両手にグラスをもって、中の氷をカランと転がす。
「……私、とても嫌な女かもしれませんよ」
「少なくとも私の目の前にいる君は、怪物でもなければ、理知的で優しく賢い人だけれど?」
「でも……」
「知らなかった事を責める気は無い。バーバレラ嬢、私にも秘密がある。今度、ゆっくり婚約の話をしよう。今日は本当にお疲れ様」
私が言い募ろうとしたところで、労わるように笑ったセルゲウス様が立ち上がり、そっと髪型が崩れないように頭を撫でて帰って行った。
「…………ずるいわ」
急速に、好きになってしまう。最悪夫は添え物でいい、と思っていた将来に、セルゲウス様が居て欲しいと思ってしまう。
ソファのクッションを抱えて、私は赤い顔を埋めた。
ハーティス伯爵令息は今回のお茶会で私の事は諦めるだろう。彼が自分で「噂を広めた」と言ってくれたので、今回「噂好き」な令嬢を集めたこのお茶会ですっかり私の評判は変わるだろうし、ハーティス伯爵令息の評価も変わるに違いない。だって、同じ社交界の「噂好き」の人に私はその姿で、ハーティス伯爵令息はお隣の領地なのに憶測で噂を流したのだから。
そんな嘘吐きな男など、誰も婿に欲しい訳がない。そのまま独身で実家の片隅で静かに余生を暮らして欲しい。あんなモラハラ男を婿に迎え入れた家なんて苦労するに決まっている。
私自身の噂が流れたのは私のせいだから仕方がない。領地に籠っていたのだから。けれど、自分の結婚を盤石のものにするために悪い噂を流すような真似をする馬鹿と結婚する気はない。
「お疲れ様でした、バーバレラ嬢」
「セルゲウス様。こちらこそ、本日はご協力くださりありがとうございました」
私の頬に当たるように冷えたアイスティーのグラスを持ってきてくれたのは、最後まで残ってくれたセルゲウス様だった。
隣に座って、彼もアイスティーを飲む。
「協力? 私は、君の王子様になりたくて頑張ったからね。やっとその一歩がかなって嬉しいよ。……断るつもりだった婚約も、少しは前向きに考えてくれている、と思っていいのかな?」
笑いを含んだ声で尋ねられる。
今日一日彼を見ていて分かったが、彼は本当に、徹底的に、他の令嬢に対して冷たいし毒舌だった。特に、色気を見せて来るような相手には。
それが小さいころから聞いていて、姿も知らない『婚約者』の私のためだというのだから……徹底にも程がある。公務に支障は無いのだろうかと心配になる程だ。
セルゲウス様にそれを聞いても、きょとんとされてしまう。
「だって、私は君と結婚したかったし、その約束だし、他の女性に気を持たせても仕方ないだろう? すっぱり振ってあげた方がいいだろうし、憎まれ役になった方が女性もスッキリするだろう」
「……セルゲウス様は本当にお優しいのに、徹底しすぎて裏目に出るタイプなんですね」
「他の令嬢の評判なんてどうでもいいよ。君以外にはどう思われていても、どうでもいい」
そう言って美しい顔で微笑んでくる。優しい、紳士、それでいて眉目秀麗で文武両道で、私が辺境伯で自分が公爵のまま結婚しようと当たり前のように言ってくれる。
私なんて、ちょうど隣の領で次男坊が余ってるみたいだからくっつけばいいやあっはっは、という適当さだったのに、親の酒の席での契約書一枚で真剣すぎないかな……?!
なんだか自分がとんでもない悪人になった気分で、少しだけ意気消沈してしまった。両手にグラスをもって、中の氷をカランと転がす。
「……私、とても嫌な女かもしれませんよ」
「少なくとも私の目の前にいる君は、怪物でもなければ、理知的で優しく賢い人だけれど?」
「でも……」
「知らなかった事を責める気は無い。バーバレラ嬢、私にも秘密がある。今度、ゆっくり婚約の話をしよう。今日は本当にお疲れ様」
私が言い募ろうとしたところで、労わるように笑ったセルゲウス様が立ち上がり、そっと髪型が崩れないように頭を撫でて帰って行った。
「…………ずるいわ」
急速に、好きになってしまう。最悪夫は添え物でいい、と思っていた将来に、セルゲウス様が居て欲しいと思ってしまう。
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