【完結】辺境伯令嬢は国境で騎士領主になりたいのに!

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
8 / 23

8 モラハラ男

しおりを挟む
 明後日、ハーティス伯爵令息は馬車でやってきた。

 優しい容貌だが背は高く、服装の趣味も悪くない。今日は特別な会談という訳ではないので、私も裾の長いワンピース姿だったが、彼もジャケットにシャツ、チェックのパンツに革靴というラフな出で立ちだった。

 手土産にと都で人気の焼き菓子を貰い、それをお茶請けの一つにしてサロンでもてなした。

 茶色の髪に水色の瞳で、微笑みを絶やさず、礼儀正しい。

「本日は、突然の訪問にも関わらずお招きくださりありがとうございます。お忙しいかと思ったのですが、お隣の領ですし、先に顔合わせがしたいと思いまして」

「確かに、お隣なのに顔も合わせた事がないというのは変でしたわね。お気遣いくださりありがとうございます」

 そう、和やかな空気でちょっとした雑談をしていたのだ。お互いの領地の事や、両親同士は交流があるからこれからはもっと顔を合わせたいですねー、おほほ、なんて感じで。

 基本は王都で過ごしているらしいので、私も多少は王都に出るように習慣付けようかしら、と思ったりもした。

 やはり政治の中心は王都だし、辺境伯となった後の社交の為にもハーティス伯爵令息と親しくなっておいて損は無い。……そう思っていたのだが。

「少し、二人で話したいのですが……」

「あら、構いませんわよ。――席を外してちょうだい」

 私が侍女たちを下がらせて部屋に二人きりになった途端、ハーティス伯爵令息がとたんに脚を組んで尊大に顎を上げて此方を見下すような視線でつま先から頭のてっぺんまでを舐めるように見られた。

 ものすごく不愉快に感じて眉を顰めると、はぁ、と溜息を吐いたハーティス伯爵令息は、まぁまぁだな、と呟いた。

「……まったく、次男坊になんて生れ付いたからどこかに婿入りしなきゃならねぇ。まぁ、ちょうどお隣が辺境伯様の領地で良かったぜ。まぁまぁの見た目、まぁまぁのスタイル、ちょっと男勝りで政治に口出しするような可愛げのなさには目を瞑ってやるか」

「………………は?」

「お前で我慢してやるって言ってるんだよバーバレラ嬢。お前も婿を探してたんだろ? 外面だけはいいからよ、家の中は俺が好き勝手するけど、まぁ、面倒な領地の管理だのなんだのはやってくれるみてぇだし、楽させてもらうわ」

「………………………………はい?」

 私はさっぱり理解が追い付かなかった。確かに、婿に丁度いいな、とは思っていたけれど、それはお互いをちゃんと知って合意の上で結婚するならばの話だ。

 さっきまでの優しい男性だったらそのまま話を進めても構わなかったが、この目の前の傲岸不遜な男は誰だ?

「頭の血の巡りは悪いのか? っは、つかえねぇな……まぁ身分が高いんだから、物覚えが悪いってこたねぇだろうけどよ」

 私は思わず腰に手をやった。無意識の行動だったが、帯剣していたら、この侮辱をタダで聞き逃してやるほど私は甘くない。

 狡猾さを前面に出した嫌味な笑顔でハーティス伯爵令息はさらに言う。

「お茶会に令嬢を呼ぶ餌が欲しかったんだろう? いいぜ、しっかり餌になってやるよ。条件だけは最高のお前に変に目が向かないように『怪物姫』のあだ名を広めたのは俺だしな。払拭するにしても社交シーズンは終わってる、令嬢の噂は男は本気にしない。お前は結局俺を婿にとる以外は行き遅れになるしか道が無いのさ」

 かっと全身の血が沸き立つようだった。この目の前の男が、第二王女から始まった噂を広めた男。……王都に居なかった私が悪いとはいえ、まさかこんな悪辣な馬鹿に目を付けていたとは、私も馬鹿だった。

「さて、帰るわ。それなりに見た目もいいし、社交界に出ても俺に恥をかかせ無さそうなところは気に入った。じゃあな、将来の辺境伯様。精々楽させてもらうぜ」

 鼻で笑いながらそう吐き捨てたハーティス伯爵令息は立ち上がって、ドアの外の侍女ににこやかに話しかけ、私を振り返って「また来ますね」などと先程までの態度が嘘のようにして立ち去っていった。

 これはまずい。当てが外れた。絶対にこの男と結婚するわけにはいかない。

 しかし、ユージーン公爵と結婚したら私は嫁入りする事になってしまう。

 ここは先にユージーン公爵に会いに行って、お茶会の席では一芝居打ってもらうか……? 私は考え込みながら、先程のモラハラ最低男をどう追い払おうかを必死に考えていた。

 お茶会まではとりあえず図に乗らせておくとして、その後だ。

 次から次へと降りかかる問題に、そもそも酒の席で私の結婚を生まれる前に決めた父親への憎悪が募っていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。

米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。 孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...