【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃

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18 元婚約者は孤独になったようです

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 たまに王宮に顔を出せるくらいには落ち着いた、と魔術師団長からの連絡があったので、忙しいだろうからと甘いものの差し入れを持って王宮に訪れた。

 王妃殿下に最初に会いにいくと、本当に娘になるのを楽しみにしていたのよ、と言ってくれる。優しい人だ、怒らせたらいけないのは……あの件で身に染みたけれど。

 王妃殿下も国王陛下を支えるので疲弊していらした。お二人でどうぞ、と甘い焼き菓子を差し入れ、落ち着いたらお茶にしましょうねと誘われたのに頷いて、次は宰相閣下の部屋を訪ねた。

 お忙しいのは分かっているので、取次の方にたくさんの焼き菓子を預ける。部下の方とお分けくださいと伝言を残して、次は魔術師団の兵舎に向かう。

 途中、通路から騎士団の訓練が見えた。

 明らかにやつれたアンドリュー殿下は、もはや誰にも相手にされていない。ジェニットの社交力には舌を巻く。騎士団員は貴族でもあるから、手当たり次第に手を出したアンドリュー殿下は当たり前のように嫌われた。

 木剣すら渡されていない。ひたすら走り続けて、倒れても誰も手も貸さなければ喝も入れない。どうやら、得意の剣ですら、もう見込み無しとされたようだ。

 訓練場にただ『居るだけ』の人になったアンドリュー殿下は、侘しい牢獄の中に一人で居るより孤独に見えた。

 ……知らなかったとはいえ、国庫に手を付けた人間と手を組んでいた事には変わらない。金で国を裏切る(知らなかったとはいえ)王子など、私だって怖くて戦場に立たせたくない。近いうちに、人目を避けるようにされるはずだ。

 今はまだ新しい財務の責任者が帳簿を洗っている最中だ。その後、アンドリュー殿下の刑が決まる。

 ただ、どれだけ生易しくても王宮に軟禁、きびしければ投獄されて生涯幽閉となるだろう。処刑はしない、隣国は敵と分かったのだから、国民にまで混乱の種を撒くわけにはいかない。

 その隣国との交渉もあるだろう。暫く国のトップに立つ方々は忙しくなる。クレイ殿下も例外じゃないが……、帰りに図書室に寄ってみて、居なければ執務室の取次に差し入れを預けよう。

 アンドリュー殿下の姿を見るのはこれが最後かもしれない。

 そう思いながら、私は魔術師団の兵舎へ再び足を進めた。

 魔術師団は魔術師団で忙しかった。盗聴結果を保存して複製も作成し、それを証拠に陛下たちは隣国との交渉に挑む。

 総出とは言わないが、忙しなくしているところを見て、ユガルグ卿が差し入れ欲しさにちょっとした嘘をついたのがバレバレだ。

 おかしくなってちょっと笑い、騎士団の分も差し入れを預けて、今度は本当に落ち着いたら連絡してください、と言ってすぐに辞去した。

 図書室へ足を向ける。

 忙しくしているはずのクレイ殿下が、待っていたかのように本棚の間で本を読んでいた。私に気付いて顔をあげる。胸がトクンと高鳴った。

「リーン様……、今日来られるということだったので、少し、休憩中です」

「……そうでしたか。あの、よければこれを食べて、頑張ってください。もう命の危険はありませんか……?」

 私が近付いて最後の差し入れを手渡すと、クレイ殿下は微笑んで頷いた。

 第二王子派は、今は身の潔白を証明するのに大忙しだ。今の地位すら危なくなるかもしれないのだから、必死に中立派や第一王子派に取り入ろうとしているらしい。

「ご無事で本当に何よりです……、ずっと、心配だったので」

「リーン様……、これは、私の独り言です。だから、聞かなかったことにしてくださっても構いませんし、答えないでください」

 私はその言葉に胸がざわついて、頷きも声を出しもしなかった。

「落ち着いたら必ず迎えに行きます。貴女程の素晴らしい女性を……いえ、愛しい人を、私は今後見つけられない」

 私は答えることも何もせずに、その言葉に顔を真っ赤にすると、暫く真剣な眼差しのクレイ殿下と見つめ合ってから、礼をして立ち去った。

 クレイ殿下、私は……、あなたを待ちます。胸の中で何度も繰り返しながら、馬車に乗った。
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