18 / 21
18 元婚約者は孤独になったようです
しおりを挟む
たまに王宮に顔を出せるくらいには落ち着いた、と魔術師団長からの連絡があったので、忙しいだろうからと甘いものの差し入れを持って王宮に訪れた。
王妃殿下に最初に会いにいくと、本当に娘になるのを楽しみにしていたのよ、と言ってくれる。優しい人だ、怒らせたらいけないのは……あの件で身に染みたけれど。
王妃殿下も国王陛下を支えるので疲弊していらした。お二人でどうぞ、と甘い焼き菓子を差し入れ、落ち着いたらお茶にしましょうねと誘われたのに頷いて、次は宰相閣下の部屋を訪ねた。
お忙しいのは分かっているので、取次の方にたくさんの焼き菓子を預ける。部下の方とお分けくださいと伝言を残して、次は魔術師団の兵舎に向かう。
途中、通路から騎士団の訓練が見えた。
明らかにやつれたアンドリュー殿下は、もはや誰にも相手にされていない。ジェニットの社交力には舌を巻く。騎士団員は貴族でもあるから、手当たり次第に手を出したアンドリュー殿下は当たり前のように嫌われた。
木剣すら渡されていない。ひたすら走り続けて、倒れても誰も手も貸さなければ喝も入れない。どうやら、得意の剣ですら、もう見込み無しとされたようだ。
訓練場にただ『居るだけ』の人になったアンドリュー殿下は、侘しい牢獄の中に一人で居るより孤独に見えた。
……知らなかったとはいえ、国庫に手を付けた人間と手を組んでいた事には変わらない。金で国を裏切る(知らなかったとはいえ)王子など、私だって怖くて戦場に立たせたくない。近いうちに、人目を避けるようにされるはずだ。
今はまだ新しい財務の責任者が帳簿を洗っている最中だ。その後、アンドリュー殿下の刑が決まる。
ただ、どれだけ生易しくても王宮に軟禁、きびしければ投獄されて生涯幽閉となるだろう。処刑はしない、隣国は敵と分かったのだから、国民にまで混乱の種を撒くわけにはいかない。
その隣国との交渉もあるだろう。暫く国のトップに立つ方々は忙しくなる。クレイ殿下も例外じゃないが……、帰りに図書室に寄ってみて、居なければ執務室の取次に差し入れを預けよう。
アンドリュー殿下の姿を見るのはこれが最後かもしれない。
そう思いながら、私は魔術師団の兵舎へ再び足を進めた。
魔術師団は魔術師団で忙しかった。盗聴結果を保存して複製も作成し、それを証拠に陛下たちは隣国との交渉に挑む。
総出とは言わないが、忙しなくしているところを見て、ユガルグ卿が差し入れ欲しさにちょっとした嘘をついたのがバレバレだ。
おかしくなってちょっと笑い、騎士団の分も差し入れを預けて、今度は本当に落ち着いたら連絡してください、と言ってすぐに辞去した。
図書室へ足を向ける。
忙しくしているはずのクレイ殿下が、待っていたかのように本棚の間で本を読んでいた。私に気付いて顔をあげる。胸がトクンと高鳴った。
「リーン様……、今日来られるということだったので、少し、休憩中です」
「……そうでしたか。あの、よければこれを食べて、頑張ってください。もう命の危険はありませんか……?」
私が近付いて最後の差し入れを手渡すと、クレイ殿下は微笑んで頷いた。
第二王子派は、今は身の潔白を証明するのに大忙しだ。今の地位すら危なくなるかもしれないのだから、必死に中立派や第一王子派に取り入ろうとしているらしい。
「ご無事で本当に何よりです……、ずっと、心配だったので」
「リーン様……、これは、私の独り言です。だから、聞かなかったことにしてくださっても構いませんし、答えないでください」
私はその言葉に胸がざわついて、頷きも声を出しもしなかった。
「落ち着いたら必ず迎えに行きます。貴女程の素晴らしい女性を……いえ、愛しい人を、私は今後見つけられない」
私は答えることも何もせずに、その言葉に顔を真っ赤にすると、暫く真剣な眼差しのクレイ殿下と見つめ合ってから、礼をして立ち去った。
クレイ殿下、私は……、あなたを待ちます。胸の中で何度も繰り返しながら、馬車に乗った。
王妃殿下に最初に会いにいくと、本当に娘になるのを楽しみにしていたのよ、と言ってくれる。優しい人だ、怒らせたらいけないのは……あの件で身に染みたけれど。
王妃殿下も国王陛下を支えるので疲弊していらした。お二人でどうぞ、と甘い焼き菓子を差し入れ、落ち着いたらお茶にしましょうねと誘われたのに頷いて、次は宰相閣下の部屋を訪ねた。
お忙しいのは分かっているので、取次の方にたくさんの焼き菓子を預ける。部下の方とお分けくださいと伝言を残して、次は魔術師団の兵舎に向かう。
途中、通路から騎士団の訓練が見えた。
明らかにやつれたアンドリュー殿下は、もはや誰にも相手にされていない。ジェニットの社交力には舌を巻く。騎士団員は貴族でもあるから、手当たり次第に手を出したアンドリュー殿下は当たり前のように嫌われた。
木剣すら渡されていない。ひたすら走り続けて、倒れても誰も手も貸さなければ喝も入れない。どうやら、得意の剣ですら、もう見込み無しとされたようだ。
訓練場にただ『居るだけ』の人になったアンドリュー殿下は、侘しい牢獄の中に一人で居るより孤独に見えた。
……知らなかったとはいえ、国庫に手を付けた人間と手を組んでいた事には変わらない。金で国を裏切る(知らなかったとはいえ)王子など、私だって怖くて戦場に立たせたくない。近いうちに、人目を避けるようにされるはずだ。
今はまだ新しい財務の責任者が帳簿を洗っている最中だ。その後、アンドリュー殿下の刑が決まる。
ただ、どれだけ生易しくても王宮に軟禁、きびしければ投獄されて生涯幽閉となるだろう。処刑はしない、隣国は敵と分かったのだから、国民にまで混乱の種を撒くわけにはいかない。
その隣国との交渉もあるだろう。暫く国のトップに立つ方々は忙しくなる。クレイ殿下も例外じゃないが……、帰りに図書室に寄ってみて、居なければ執務室の取次に差し入れを預けよう。
アンドリュー殿下の姿を見るのはこれが最後かもしれない。
そう思いながら、私は魔術師団の兵舎へ再び足を進めた。
魔術師団は魔術師団で忙しかった。盗聴結果を保存して複製も作成し、それを証拠に陛下たちは隣国との交渉に挑む。
総出とは言わないが、忙しなくしているところを見て、ユガルグ卿が差し入れ欲しさにちょっとした嘘をついたのがバレバレだ。
おかしくなってちょっと笑い、騎士団の分も差し入れを預けて、今度は本当に落ち着いたら連絡してください、と言ってすぐに辞去した。
図書室へ足を向ける。
忙しくしているはずのクレイ殿下が、待っていたかのように本棚の間で本を読んでいた。私に気付いて顔をあげる。胸がトクンと高鳴った。
「リーン様……、今日来られるということだったので、少し、休憩中です」
「……そうでしたか。あの、よければこれを食べて、頑張ってください。もう命の危険はありませんか……?」
私が近付いて最後の差し入れを手渡すと、クレイ殿下は微笑んで頷いた。
第二王子派は、今は身の潔白を証明するのに大忙しだ。今の地位すら危なくなるかもしれないのだから、必死に中立派や第一王子派に取り入ろうとしているらしい。
「ご無事で本当に何よりです……、ずっと、心配だったので」
「リーン様……、これは、私の独り言です。だから、聞かなかったことにしてくださっても構いませんし、答えないでください」
私はその言葉に胸がざわついて、頷きも声を出しもしなかった。
「落ち着いたら必ず迎えに行きます。貴女程の素晴らしい女性を……いえ、愛しい人を、私は今後見つけられない」
私は答えることも何もせずに、その言葉に顔を真っ赤にすると、暫く真剣な眼差しのクレイ殿下と見つめ合ってから、礼をして立ち去った。
クレイ殿下、私は……、あなたを待ちます。胸の中で何度も繰り返しながら、馬車に乗った。
60
お気に入りに追加
5,688
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す
干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」
応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。
もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。
わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】裏切ったあなたを許さない
紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。
そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。
それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。
そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染との真実の愛は、そんなにいいものでしたか?
新野乃花(大舟)
恋愛
アリシアとの婚約関係を築いていたロッド侯爵は、自信の幼馴染であるレミラとの距離を急速に近づけていき、そしてついに関係を持つに至った。そして侯爵はそれを真実の愛だと言い張り、アリシアの事を追放してしまう…。それで幸せになると確信していた侯爵だったものの、その後に待っていたのは全く正反対の現実だった…。
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染のために婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです
新野乃花(大舟)
恋愛
クライク侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたエレーナの事を受け入れていた。しかしクライクはその後、自身の幼馴染であるシェリアの事ばかりを偏愛し、エレーナの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにクライクはエレーナのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったクライクは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。
まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」
そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる