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10 近衛騎士団長がお怒りです
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数日後、お言葉に甘えて魔術師団の方々の所へ向かう途中、騎士団の訓練所が見える道を通った。ここしか通路がないから仕方がない。
アンドリュー殿下と顔を合わせないかヒヤヒヤしたが、それ以上の光景を見てしまった。
近衛騎士団長が直にアンドリュー殿下と組合をしている。いえ……手解き、というのも生温い。あれは、しごきというものだろう。
騎士団の方々にもアンドリュー殿下の好みを聞くのに顔を出して仲良くなったけれど、さすがに私が顔を出すのはまずいだろう。
とはいえ、聞こえてくる怒号は凄まじかった。
「アンドリュー、現在のお前の位は何だ」
「アンドリュー殿下だ、ごふっ」
通路の壁に隠れて、そっと訓練所を覗き見る。今は、口答えをしてアンドリュー殿下が木剣で吹き飛ばされた所だ。
周りの騎士たちは通常の訓練を積んでいる中、そこだけが異質だった。
「まだ分かっていないようだな。貴様は下級騎士見習い、腕前と邪魔にそびえ立つプライドだけはあるが、今のお前は戦列に加えられない。補給兵にもできない。一度それを粉々に砕かんとならん」
40を超えて尚衰えない剣の腕前と、兵達を仕切る采配能力に長けた、普段は温和で優しい近衛騎士団長のベリアル・コーウェン卿が、まるで別人のように冷たい声で怒鳴っている。
よくこの人に口答えできるものだと、アンドリュー殿下の肝の太さに感心するが、先日聞いた魔道具のせいか遠目にも顔色が悪くゲッソリとしている。
それでも剣を支えに立ち上がるが、それをコーウェン卿は許さない。
「剣は杖では無い! 立ち上がるならば地べたに手をつき己の力で立て! 訓練場20周! お前には木剣もまだ早い!」
「ぐっ……! 俺は王子だぞ?!」
「身の程を弁えろ! 貴様に今課せられている肩書きは『下級騎士見習い』だ! まだ打たれたいと見える」
怒号に怒号で返された殿下は、立ち上がる支えにしていた木剣を容易く弾き飛ばされて膝をついた。
両肘をついて肩で息をしている。本当に疲れが取れないのだろう。死んでしまわないかと、逆にハラハラしてしまうが、訓練で死んだ人は居ないと聞いている。
加減も見極めも近衛騎士団長には当然分かっている。分かっていて、精魂絞り取ろうとしごいている。
さすがに反抗心が多少砕かれたのか、青い顔色で憎々しげな表情をして、アンドリュー殿下は訓練場の周りを走り始めた。
歩こうとすると近くの騎士から怒号が飛ぶ。
「リーン様が3年お前に注ぎ込んだ時間を返せないなら、1年くらい耐えてみろ!」
「あの方は努力を怠らなかったぞ! 身分を傘に着ることもなかったしな!」
「どうした! 20周走る程度、ここの誰でも安易にこなすぞ! 見習い!」
というか、騎士団長以外もかなりのお怒りで、アンドリュー殿下のプライドを砕きにいっている。
私は騎士団の方々には訓練の邪魔にならないよう休憩中に差し入れのお菓子を持っていき、お休みの時間を割いてもらって殿下の好みや剣の腕前を聞いていた。
負けず嫌いで時には怪我をすると聞いて、回復魔法を習いに行ったのだけれど……ついぞ出番はなかった。
今こそ役立てる時なのだろうが、確かにアンドリュー殿下はどの身分であっても戦場に連れて行けない気がする。むしろ、負けず嫌いが災いして、敵の捕虜なんてことも安易に想像がつく。
近衛騎士団長のしごきは、そんな殿下の思い上がりを矯正するためのもの。のはず。
私の事で怒って私情が混ざっているなんて事……、と思ったら騎士団長が振り返って目があった。気付いていたらしい。
腰に片手を当てて、もう片手の親指を力強く立てて微笑まれた。うん、私情混じりだ。
どうやら私の味方はここにもいたらしい。顔を出してはきっと台無しなので、後ほどアンドリュー殿下に気付かれないようにお礼を何とかして伝えよう。
そうか……周りの人がこれだけ怒るような真似を、私はされていたのか。
この考えを頭の隅に置きながら、私はそっと魔術師団の兵舎へと向かった。
アンドリュー殿下と顔を合わせないかヒヤヒヤしたが、それ以上の光景を見てしまった。
近衛騎士団長が直にアンドリュー殿下と組合をしている。いえ……手解き、というのも生温い。あれは、しごきというものだろう。
騎士団の方々にもアンドリュー殿下の好みを聞くのに顔を出して仲良くなったけれど、さすがに私が顔を出すのはまずいだろう。
とはいえ、聞こえてくる怒号は凄まじかった。
「アンドリュー、現在のお前の位は何だ」
「アンドリュー殿下だ、ごふっ」
通路の壁に隠れて、そっと訓練所を覗き見る。今は、口答えをしてアンドリュー殿下が木剣で吹き飛ばされた所だ。
周りの騎士たちは通常の訓練を積んでいる中、そこだけが異質だった。
「まだ分かっていないようだな。貴様は下級騎士見習い、腕前と邪魔にそびえ立つプライドだけはあるが、今のお前は戦列に加えられない。補給兵にもできない。一度それを粉々に砕かんとならん」
40を超えて尚衰えない剣の腕前と、兵達を仕切る采配能力に長けた、普段は温和で優しい近衛騎士団長のベリアル・コーウェン卿が、まるで別人のように冷たい声で怒鳴っている。
よくこの人に口答えできるものだと、アンドリュー殿下の肝の太さに感心するが、先日聞いた魔道具のせいか遠目にも顔色が悪くゲッソリとしている。
それでも剣を支えに立ち上がるが、それをコーウェン卿は許さない。
「剣は杖では無い! 立ち上がるならば地べたに手をつき己の力で立て! 訓練場20周! お前には木剣もまだ早い!」
「ぐっ……! 俺は王子だぞ?!」
「身の程を弁えろ! 貴様に今課せられている肩書きは『下級騎士見習い』だ! まだ打たれたいと見える」
怒号に怒号で返された殿下は、立ち上がる支えにしていた木剣を容易く弾き飛ばされて膝をついた。
両肘をついて肩で息をしている。本当に疲れが取れないのだろう。死んでしまわないかと、逆にハラハラしてしまうが、訓練で死んだ人は居ないと聞いている。
加減も見極めも近衛騎士団長には当然分かっている。分かっていて、精魂絞り取ろうとしごいている。
さすがに反抗心が多少砕かれたのか、青い顔色で憎々しげな表情をして、アンドリュー殿下は訓練場の周りを走り始めた。
歩こうとすると近くの騎士から怒号が飛ぶ。
「リーン様が3年お前に注ぎ込んだ時間を返せないなら、1年くらい耐えてみろ!」
「あの方は努力を怠らなかったぞ! 身分を傘に着ることもなかったしな!」
「どうした! 20周走る程度、ここの誰でも安易にこなすぞ! 見習い!」
というか、騎士団長以外もかなりのお怒りで、アンドリュー殿下のプライドを砕きにいっている。
私は騎士団の方々には訓練の邪魔にならないよう休憩中に差し入れのお菓子を持っていき、お休みの時間を割いてもらって殿下の好みや剣の腕前を聞いていた。
負けず嫌いで時には怪我をすると聞いて、回復魔法を習いに行ったのだけれど……ついぞ出番はなかった。
今こそ役立てる時なのだろうが、確かにアンドリュー殿下はどの身分であっても戦場に連れて行けない気がする。むしろ、負けず嫌いが災いして、敵の捕虜なんてことも安易に想像がつく。
近衛騎士団長のしごきは、そんな殿下の思い上がりを矯正するためのもの。のはず。
私の事で怒って私情が混ざっているなんて事……、と思ったら騎士団長が振り返って目があった。気付いていたらしい。
腰に片手を当てて、もう片手の親指を力強く立てて微笑まれた。うん、私情混じりだ。
どうやら私の味方はここにもいたらしい。顔を出してはきっと台無しなので、後ほどアンドリュー殿下に気付かれないようにお礼を何とかして伝えよう。
そうか……周りの人がこれだけ怒るような真似を、私はされていたのか。
この考えを頭の隅に置きながら、私はそっと魔術師団の兵舎へと向かった。
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