【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
10 / 21

10 近衛騎士団長がお怒りです

しおりを挟む
 数日後、お言葉に甘えて魔術師団の方々の所へ向かう途中、騎士団の訓練所が見える道を通った。ここしか通路がないから仕方がない。

 アンドリュー殿下と顔を合わせないかヒヤヒヤしたが、それ以上の光景を見てしまった。

 近衛騎士団長が直にアンドリュー殿下と組合をしている。いえ……手解き、というのも生温い。あれは、しごきというものだろう。

 騎士団の方々にもアンドリュー殿下の好みを聞くのに顔を出して仲良くなったけれど、さすがに私が顔を出すのはまずいだろう。

 とはいえ、聞こえてくる怒号は凄まじかった。

「アンドリュー、現在のお前の位は何だ」

「アンドリュー殿下だ、ごふっ」

 通路の壁に隠れて、そっと訓練所を覗き見る。今は、口答えをしてアンドリュー殿下が木剣で吹き飛ばされた所だ。

 周りの騎士たちは通常の訓練を積んでいる中、そこだけが異質だった。

「まだ分かっていないようだな。貴様は下級騎士見習い、腕前と邪魔にそびえ立つプライドだけはあるが、今のお前は戦列に加えられない。補給兵にもできない。一度それを粉々に砕かんとならん」

 40を超えて尚衰えない剣の腕前と、兵達を仕切る采配能力に長けた、普段は温和で優しい近衛騎士団長のベリアル・コーウェン卿が、まるで別人のように冷たい声で怒鳴っている。

 よくこの人に口答えできるものだと、アンドリュー殿下の肝の太さに感心するが、先日聞いた魔道具のせいか遠目にも顔色が悪くゲッソリとしている。

 それでも剣を支えに立ち上がるが、それをコーウェン卿は許さない。

「剣は杖では無い! 立ち上がるならば地べたに手をつき己の力で立て! 訓練場20周! お前には木剣もまだ早い!」

「ぐっ……! 俺は王子だぞ?!」

「身の程を弁えろ! 貴様に今課せられている肩書きは『下級騎士見習い』だ! まだ打たれたいと見える」

 怒号に怒号で返された殿下は、立ち上がる支えにしていた木剣を容易く弾き飛ばされて膝をついた。

 両肘をついて肩で息をしている。本当に疲れが取れないのだろう。死んでしまわないかと、逆にハラハラしてしまうが、訓練で死んだ人は居ないと聞いている。

 加減も見極めも近衛騎士団長には当然分かっている。分かっていて、精魂絞り取ろうとしごいている。

 さすがに反抗心が多少砕かれたのか、青い顔色で憎々しげな表情をして、アンドリュー殿下は訓練場の周りを走り始めた。

 歩こうとすると近くの騎士から怒号が飛ぶ。

「リーン様が3年お前に注ぎ込んだ時間を返せないなら、1年くらい耐えてみろ!」

「あの方は努力を怠らなかったぞ! 身分を傘に着ることもなかったしな!」

「どうした! 20周走る程度、ここの誰でも安易にこなすぞ! 見習い!」

 というか、騎士団長以外もかなりのお怒りで、アンドリュー殿下のプライドを砕きにいっている。

 私は騎士団の方々には訓練の邪魔にならないよう休憩中に差し入れのお菓子を持っていき、お休みの時間を割いてもらって殿下の好みや剣の腕前を聞いていた。

 負けず嫌いで時には怪我をすると聞いて、回復魔法を習いに行ったのだけれど……ついぞ出番はなかった。

 今こそ役立てる時なのだろうが、確かにアンドリュー殿下はどの身分であっても戦場に連れて行けない気がする。むしろ、負けず嫌いが災いして、敵の捕虜なんてことも安易に想像がつく。

 近衛騎士団長のしごきは、そんな殿下の思い上がりを矯正するためのもの。のはず。

 私の事で怒って私情が混ざっているなんて事……、と思ったら騎士団長が振り返って目があった。気付いていたらしい。

 腰に片手を当てて、もう片手の親指を力強く立てて微笑まれた。うん、私情混じりだ。

 どうやら私の味方はここにもいたらしい。顔を出してはきっと台無しなので、後ほどアンドリュー殿下に気付かれないようにお礼を何とかして伝えよう。

 そうか……周りの人がこれだけ怒るような真似を、私はされていたのか。

 この考えを頭の隅に置きながら、私はそっと魔術師団の兵舎へと向かった。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

幼馴染との真実の愛は、そんなにいいものでしたか?

新野乃花(大舟)
恋愛
アリシアとの婚約関係を築いていたロッド侯爵は、自信の幼馴染であるレミラとの距離を急速に近づけていき、そしてついに関係を持つに至った。そして侯爵はそれを真実の愛だと言い張り、アリシアの事を追放してしまう…。それで幸せになると確信していた侯爵だったものの、その後に待っていたのは全く正反対の現実だった…。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

幼馴染のために婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです

新野乃花(大舟)
恋愛
クライク侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたエレーナの事を受け入れていた。しかしクライクはその後、自身の幼馴染であるシェリアの事ばかりを偏愛し、エレーナの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにクライクはエレーナのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったクライクは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。

【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。

まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」 そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。

処理中です...