【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
8 / 21

8 従兄弟の筆頭公爵がお怒りです

しおりを挟む
 家に帰ると見慣れた馬車が停まっていて、私たちが馬車を降りるとその馬車からその人は飛び出してきた。

 従兄弟の……我が家は彼の家の傍系なのだけれど……筆頭公爵である、パスカル・グレイ公爵が足早に近付いてきて私の前に立った。

 パスカルお兄様と呼んで慕っていて、彼も私を妹のように大事にしてくれている。が、お父様にもお母様にも目をくれず私の前に来た彼の第一声は。

「アンドリューという馬鹿者とはちゃんと別れられたのか?!」

 だった。

 パスカルお兄様、仮にも筆頭公爵が第二王子を、馬鹿者、呼ばわりはどうかと思いますよ、とは言えなかった。あまりの剣幕に怯んで、こくこくと縦に首を振るので精一杯だ。

「あなた、落ち着いてください。リーンちゃんが怯えてますよ」

 そのパスカルお兄様の耳を引っ張って離させてくれたのは、奥様であるユレイヌ・グレイ公爵夫人だ。

 詳しい話は家の中でという事で、広めのサロンにお茶の用意をさせて、私たちはそこに座った。

 機嫌がいい人が誰もいないという状況も珍しい。お父様とお母様はまだ分かるが、パスカルお兄様とユレイヌ様まで話を聞いて機嫌が悪くなっている。

「まぁまぁ……、なんと甘いこと。王室に苦言を進呈した方がよろしいかしら」

「あまりに生温い。……はぁ、リーンがその馬鹿と結婚しなくてよかったというのが唯一の救いだが……」

「まったくだ。あの場で動揺したからと娘を阿婆擦れ、あの女呼ばわり。素行は私たちも調べていたが……」

「男としての機能を無くして雑居房に放り込みたくなってしまいましたわ」

「それはよいお考えですね」

 男性の怒り心頭な態度も怖いが、お母様とユレイヌ様の笑みを含んだお上品なお言葉は絶対零度の冷たさだ。

「あの……、そんなに怒らなくても。殿下は元々あの位は私に言う方ですし、私は気にしていないので……」

 宥めたつもりが、部屋の空気がまた少し冷たくなった。

 あれ? 私への暴言は記録にとってあって、お父様とお母様はその書面を見てたはずよね……?

「……確か、暴言の内容は」

「『私の社交を邪魔するなどと、妻として不適格だ』『もっと似合う服があるだろうに、なぜ似合わぬ服を着てくるのか』……程度でしたねぇ」

 そんなかわいらしい暴言は暴言とも誹謗中傷とも言わないのではないだろうか。私はその辺を読む前にアンドリュー殿下に書類をひったくられたので、確認していない。

 パスカルお兄様の剣幕が恐ろしいことに、その隣のユレイヌ様の笑顔の後ろに吹雪いた氷の山が見える。

「詳しく話すんだ、リーン。あの馬鹿者に何を言われたか。……誰か、筆記具を」

「婚約者に対する暴言としては先のでも充分ですが……定例会の様子を、ちゃんと話してくださる?」

 グレイ公爵夫妻に迫られた私は、思い出せる限り正確に、定例会の様子を話した。

 お父様とお母様も初耳の内容だ。私が好みの女性になれなくて、という話しかしてなかった裏で、お父様はアンドリュー殿下を調べていたようだけど、定例会の事までは知らなかったようだ。

「ふー……、国の大事な時に、まさか、王室の一人がそこまで馬鹿者だとは……いや、馬鹿に失礼だな、これは」

「なぜ今更政略結婚をするのか、そこに考えも至らなければ、婚約破棄を狙ってそっけない態度を取る……にしても、やりすぎですね。大方あの馬鹿公爵の手入れでしょうけど……」

「一大事業を前に膿を出すいい機会だ。どちらかといえば、リーンに対する無礼の数々を精算させる機会だが……ただ命一つで済むと、我々を敵に回して王室が無事であれるとは思わぬことだな……」

 私以外の大人4名が色々とどす黒くなっている。もう誰も隠す気がないようだ。

 私一人、あまりよく全貌が分かっていない。あの、私がそもそもアンドリュー殿下の好みになれなかったのですよ……? 私、臣下の娘の一人ですからね……?
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

幼馴染との真実の愛は、そんなにいいものでしたか?

新野乃花(大舟)
恋愛
アリシアとの婚約関係を築いていたロッド侯爵は、自信の幼馴染であるレミラとの距離を急速に近づけていき、そしてついに関係を持つに至った。そして侯爵はそれを真実の愛だと言い張り、アリシアの事を追放してしまう…。それで幸せになると確信していた侯爵だったものの、その後に待っていたのは全く正反対の現実だった…。

幼馴染のために婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです

新野乃花(大舟)
恋愛
クライク侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたエレーナの事を受け入れていた。しかしクライクはその後、自身の幼馴染であるシェリアの事ばかりを偏愛し、エレーナの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにクライクはエレーナのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったクライクは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。

まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」 そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。

処理中です...