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8 従兄弟の筆頭公爵がお怒りです
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家に帰ると見慣れた馬車が停まっていて、私たちが馬車を降りるとその馬車からその人は飛び出してきた。
従兄弟の……我が家は彼の家の傍系なのだけれど……筆頭公爵である、パスカル・グレイ公爵が足早に近付いてきて私の前に立った。
パスカルお兄様と呼んで慕っていて、彼も私を妹のように大事にしてくれている。が、お父様にもお母様にも目をくれず私の前に来た彼の第一声は。
「アンドリューという馬鹿者とはちゃんと別れられたのか?!」
だった。
パスカルお兄様、仮にも筆頭公爵が第二王子を、馬鹿者、呼ばわりはどうかと思いますよ、とは言えなかった。あまりの剣幕に怯んで、こくこくと縦に首を振るので精一杯だ。
「あなた、落ち着いてください。リーンちゃんが怯えてますよ」
そのパスカルお兄様の耳を引っ張って離させてくれたのは、奥様であるユレイヌ・グレイ公爵夫人だ。
詳しい話は家の中でという事で、広めのサロンにお茶の用意をさせて、私たちはそこに座った。
機嫌がいい人が誰もいないという状況も珍しい。お父様とお母様はまだ分かるが、パスカルお兄様とユレイヌ様まで話を聞いて機嫌が悪くなっている。
「まぁまぁ……、なんと甘いこと。王室に苦言を進呈した方がよろしいかしら」
「あまりに生温い。……はぁ、リーンがその馬鹿と結婚しなくてよかったというのが唯一の救いだが……」
「まったくだ。あの場で動揺したからと娘を阿婆擦れ、あの女呼ばわり。素行は私たちも調べていたが……」
「男としての機能を無くして雑居房に放り込みたくなってしまいましたわ」
「それはよいお考えですね」
男性の怒り心頭な態度も怖いが、お母様とユレイヌ様の笑みを含んだお上品なお言葉は絶対零度の冷たさだ。
「あの……、そんなに怒らなくても。殿下は元々あの位は私に言う方ですし、私は気にしていないので……」
宥めたつもりが、部屋の空気がまた少し冷たくなった。
あれ? 私への暴言は記録にとってあって、お父様とお母様はその書面を見てたはずよね……?
「……確か、暴言の内容は」
「『私の社交を邪魔するなどと、妻として不適格だ』『もっと似合う服があるだろうに、なぜ似合わぬ服を着てくるのか』……程度でしたねぇ」
そんなかわいらしい暴言は暴言とも誹謗中傷とも言わないのではないだろうか。私はその辺を読む前にアンドリュー殿下に書類をひったくられたので、確認していない。
パスカルお兄様の剣幕が恐ろしいことに、その隣のユレイヌ様の笑顔の後ろに吹雪いた氷の山が見える。
「詳しく話すんだ、リーン。あの馬鹿者に何を言われたか。……誰か、筆記具を」
「婚約者に対する暴言としては先のでも充分ですが……定例会の様子を、ちゃんと話してくださる?」
グレイ公爵夫妻に迫られた私は、思い出せる限り正確に、定例会の様子を話した。
お父様とお母様も初耳の内容だ。私が好みの女性になれなくて、という話しかしてなかった裏で、お父様はアンドリュー殿下を調べていたようだけど、定例会の事までは知らなかったようだ。
「ふー……、国の大事な時に、まさか、王室の一人がそこまで馬鹿者だとは……いや、馬鹿に失礼だな、これは」
「なぜ今更政略結婚をするのか、そこに考えも至らなければ、婚約破棄を狙ってそっけない態度を取る……にしても、やりすぎですね。大方あの馬鹿公爵の手入れでしょうけど……」
「一大事業を前に膿を出すいい機会だ。どちらかといえば、リーンに対する無礼の数々を精算させる機会だが……ただ命一つで済むと、我々を敵に回して王室が無事であれるとは思わぬことだな……」
私以外の大人4名が色々とどす黒くなっている。もう誰も隠す気がないようだ。
私一人、あまりよく全貌が分かっていない。あの、私がそもそもアンドリュー殿下の好みになれなかったのですよ……? 私、臣下の娘の一人ですからね……?
従兄弟の……我が家は彼の家の傍系なのだけれど……筆頭公爵である、パスカル・グレイ公爵が足早に近付いてきて私の前に立った。
パスカルお兄様と呼んで慕っていて、彼も私を妹のように大事にしてくれている。が、お父様にもお母様にも目をくれず私の前に来た彼の第一声は。
「アンドリューという馬鹿者とはちゃんと別れられたのか?!」
だった。
パスカルお兄様、仮にも筆頭公爵が第二王子を、馬鹿者、呼ばわりはどうかと思いますよ、とは言えなかった。あまりの剣幕に怯んで、こくこくと縦に首を振るので精一杯だ。
「あなた、落ち着いてください。リーンちゃんが怯えてますよ」
そのパスカルお兄様の耳を引っ張って離させてくれたのは、奥様であるユレイヌ・グレイ公爵夫人だ。
詳しい話は家の中でという事で、広めのサロンにお茶の用意をさせて、私たちはそこに座った。
機嫌がいい人が誰もいないという状況も珍しい。お父様とお母様はまだ分かるが、パスカルお兄様とユレイヌ様まで話を聞いて機嫌が悪くなっている。
「まぁまぁ……、なんと甘いこと。王室に苦言を進呈した方がよろしいかしら」
「あまりに生温い。……はぁ、リーンがその馬鹿と結婚しなくてよかったというのが唯一の救いだが……」
「まったくだ。あの場で動揺したからと娘を阿婆擦れ、あの女呼ばわり。素行は私たちも調べていたが……」
「男としての機能を無くして雑居房に放り込みたくなってしまいましたわ」
「それはよいお考えですね」
男性の怒り心頭な態度も怖いが、お母様とユレイヌ様の笑みを含んだお上品なお言葉は絶対零度の冷たさだ。
「あの……、そんなに怒らなくても。殿下は元々あの位は私に言う方ですし、私は気にしていないので……」
宥めたつもりが、部屋の空気がまた少し冷たくなった。
あれ? 私への暴言は記録にとってあって、お父様とお母様はその書面を見てたはずよね……?
「……確か、暴言の内容は」
「『私の社交を邪魔するなどと、妻として不適格だ』『もっと似合う服があるだろうに、なぜ似合わぬ服を着てくるのか』……程度でしたねぇ」
そんなかわいらしい暴言は暴言とも誹謗中傷とも言わないのではないだろうか。私はその辺を読む前にアンドリュー殿下に書類をひったくられたので、確認していない。
パスカルお兄様の剣幕が恐ろしいことに、その隣のユレイヌ様の笑顔の後ろに吹雪いた氷の山が見える。
「詳しく話すんだ、リーン。あの馬鹿者に何を言われたか。……誰か、筆記具を」
「婚約者に対する暴言としては先のでも充分ですが……定例会の様子を、ちゃんと話してくださる?」
グレイ公爵夫妻に迫られた私は、思い出せる限り正確に、定例会の様子を話した。
お父様とお母様も初耳の内容だ。私が好みの女性になれなくて、という話しかしてなかった裏で、お父様はアンドリュー殿下を調べていたようだけど、定例会の事までは知らなかったようだ。
「ふー……、国の大事な時に、まさか、王室の一人がそこまで馬鹿者だとは……いや、馬鹿に失礼だな、これは」
「なぜ今更政略結婚をするのか、そこに考えも至らなければ、婚約破棄を狙ってそっけない態度を取る……にしても、やりすぎですね。大方あの馬鹿公爵の手入れでしょうけど……」
「一大事業を前に膿を出すいい機会だ。どちらかといえば、リーンに対する無礼の数々を精算させる機会だが……ただ命一つで済むと、我々を敵に回して王室が無事であれるとは思わぬことだな……」
私以外の大人4名が色々とどす黒くなっている。もう誰も隠す気がないようだ。
私一人、あまりよく全貌が分かっていない。あの、私がそもそもアンドリュー殿下の好みになれなかったのですよ……? 私、臣下の娘の一人ですからね……?
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