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1 3年間頑張ってみました
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「やだぁ、もう、アンドリュー殿下ったら」
「何、嫌なのか? 私の部屋はスイートルームより素晴らしいのに」
「もう、そういう意味じゃないの解っていらっしゃるでしょう?」
という、『婚約者』と別の女性の語尾がとろけた甘ったるい会話を聞きながら、約束の時間を30分過ぎたところまで『婚約者の部屋』で一人でお茶を飲みながら待っていたのが、リーン・メルコム。メルコム侯爵の娘、つまり私だ。
扉を開けた婚約者のメルト王国のアンドリュー第二王子……アンドリュー殿下は、目を丸くして、少し不愉快そうに片眉を上げる。隣の女性は私を見て血の気が引いたようだ。
「あぁ……定例は今日だったか」
「し、失礼しました!」
もう見てしまったものは見てしまったし……今更あまり、関係は無いけれど。
「またな、ビアンカ。手紙を出すよ」
アンドリュー殿下の隣に寄り添って……というよりも腰を抱かれていた肉感的で真っ赤で派手なドレスを着た女性は、逃げるように去って行く。
ここは王宮、はっきり言って逃げるのが遅い、と思うのだけれど、まかり通ってしまうのだ、アンドリュー様の場合は。
私は今15歳。アンドリュー殿下は17歳。2歳差の婚約は5年前に交された。
アンドリュー殿下と……つまり王室と我が家の婚約は、当然ながら政略結婚であり、我が家は宝飾品や服飾の事業の成功と領地に輝石の鉱山や養蚕といった高級品を特産に持つことから多額の税を納める侯爵家で、向こうからは王家との縁ができるという、やや実利はうちにあるような婚約ではあった。
それでも、幼い私は王子様との結婚に夢を見ていたし、アンドリュー様もその頃は私に笑いかけてくれていた。
太陽の色をした赤味の濃い金髪に、ミステリアスな紫の瞳。容姿は完璧に王子様で、その方が私に微笑みかけてくれる。
アンドリュー様の笑顔は、女性という性別ならだれにでも向けられるものだともしらずに、私はうっかりときめいてしまったのだ。
そしてアンドリュー様が15歳になる頃から、彼の笑顔の対象は変わった。というより、嗜好性がはっきりしてきた。
胸が大きくて腰が張っていて、ウエストは引き締まっていて、派手そうな顔の美人で、服装も多少露出が多くて派手な……、つまりは、男性としての本能に忠実な方向に。
私にも胸はある。ただ、露出の高いドレスは若い私にはまだ品が無いと着せてもらえなかったし、私もそこまで好まない。
お化粧も最低限だし、腰回りは……そんなに肉がつかなかった。ウエストは細いと思うけれど、これではあまり、アンドリュー殿下のお好みではない。
髪色は銀髪で、ルビーの目をしている。この顔に派手な化粧をするとけばけばしいというものになるので、控えめな化粧だ。
王室育ちなのは分かっているから、『指南役』がいるのも知っている。ちゃんと綺麗に遊んでいるのだろうとも思うし、あの日感じたときめきは私の中で風化した。
「で、いつ帰るんだ?」
「……せめて、ご一緒にお茶を1杯飲みませんか?」
弱弱しく告げるので精いっぱいだ。アンドリュー殿下は舌打ちして、仕方なしに私の向かいに腰を下ろすと、温いお茶を一気に飲み干した。
「飲んだぞ」
「……畏まりました」
こうして御前を失礼して、私は悲しい気持ちで馬車に乗る。
(このままじゃダメだわ……私も、変わらないと……)
そうして、私は3年間の期限を決めて努力した。食べ物に気を使い、けばけばしくならない程度に華やかな化粧を研究し、品のある露出の高いドレスのデザインを高級ブティックのマダムと通い詰めて相談し、月に一度の定例のお茶会に着て行った。
王妃様や陛下とも仲良くして、お兄様の王太子様とも会話ができるよう勉強し、それでアンドリュー様とも会話ができたかというと……アンドリュー様は女性にそんなものは求めていなかった。
他にも魔術師団長に回復魔法などを習いに行ったり、アンドリュー様が剣を嗜むと聞いていたので騎士団にも顔を出し、それぞれお礼や差し入れをしては、アンドリュー様の好みについて客観的な意見を貰ったりもした。
「無理に変わる事はありませんよ」
「これ以上どう美しくなられるつもりですか」
「貴女はすごく頑張っているわ、王太子妃としてもやっていけるくらいよ」
周囲の人達はみんなそうやって『慰めて』くれるけれど、私はアンドリュー様に顧みられないのは、やはり努力が足りないからだと思う。
3年間、努力をしてみた。けれど、あの日変わらなければと決めた日と、アンドリュー様の態度は変わらない。
いえ、むしろ酷くなった。
「なんだ? その下品なドレスは」
「お前の顔が濃ゆくて見ていられない」
「やめろ、せっかく仕事のない日に政治の話なんて振るんじゃない」
「騎士団や魔術師団に顔を出してるそうだな? いよいよ男漁りでも始めたのか」
そんな一言と一緒に、ぬるいお茶を飲み干して定例会は終わる。
あまりの惨めさに、私は3年間の期限が終わった日、一人で声を上げて泣いた。
涙が止まらないまま、両親の部屋に行き、申し訳ございませんと謝って、私はアンドリュー様との婚約の解消をお願いした。
泣いている私の背を、両親は優しく撫でてくれた。
「何、嫌なのか? 私の部屋はスイートルームより素晴らしいのに」
「もう、そういう意味じゃないの解っていらっしゃるでしょう?」
という、『婚約者』と別の女性の語尾がとろけた甘ったるい会話を聞きながら、約束の時間を30分過ぎたところまで『婚約者の部屋』で一人でお茶を飲みながら待っていたのが、リーン・メルコム。メルコム侯爵の娘、つまり私だ。
扉を開けた婚約者のメルト王国のアンドリュー第二王子……アンドリュー殿下は、目を丸くして、少し不愉快そうに片眉を上げる。隣の女性は私を見て血の気が引いたようだ。
「あぁ……定例は今日だったか」
「し、失礼しました!」
もう見てしまったものは見てしまったし……今更あまり、関係は無いけれど。
「またな、ビアンカ。手紙を出すよ」
アンドリュー殿下の隣に寄り添って……というよりも腰を抱かれていた肉感的で真っ赤で派手なドレスを着た女性は、逃げるように去って行く。
ここは王宮、はっきり言って逃げるのが遅い、と思うのだけれど、まかり通ってしまうのだ、アンドリュー様の場合は。
私は今15歳。アンドリュー殿下は17歳。2歳差の婚約は5年前に交された。
アンドリュー殿下と……つまり王室と我が家の婚約は、当然ながら政略結婚であり、我が家は宝飾品や服飾の事業の成功と領地に輝石の鉱山や養蚕といった高級品を特産に持つことから多額の税を納める侯爵家で、向こうからは王家との縁ができるという、やや実利はうちにあるような婚約ではあった。
それでも、幼い私は王子様との結婚に夢を見ていたし、アンドリュー様もその頃は私に笑いかけてくれていた。
太陽の色をした赤味の濃い金髪に、ミステリアスな紫の瞳。容姿は完璧に王子様で、その方が私に微笑みかけてくれる。
アンドリュー様の笑顔は、女性という性別ならだれにでも向けられるものだともしらずに、私はうっかりときめいてしまったのだ。
そしてアンドリュー様が15歳になる頃から、彼の笑顔の対象は変わった。というより、嗜好性がはっきりしてきた。
胸が大きくて腰が張っていて、ウエストは引き締まっていて、派手そうな顔の美人で、服装も多少露出が多くて派手な……、つまりは、男性としての本能に忠実な方向に。
私にも胸はある。ただ、露出の高いドレスは若い私にはまだ品が無いと着せてもらえなかったし、私もそこまで好まない。
お化粧も最低限だし、腰回りは……そんなに肉がつかなかった。ウエストは細いと思うけれど、これではあまり、アンドリュー殿下のお好みではない。
髪色は銀髪で、ルビーの目をしている。この顔に派手な化粧をするとけばけばしいというものになるので、控えめな化粧だ。
王室育ちなのは分かっているから、『指南役』がいるのも知っている。ちゃんと綺麗に遊んでいるのだろうとも思うし、あの日感じたときめきは私の中で風化した。
「で、いつ帰るんだ?」
「……せめて、ご一緒にお茶を1杯飲みませんか?」
弱弱しく告げるので精いっぱいだ。アンドリュー殿下は舌打ちして、仕方なしに私の向かいに腰を下ろすと、温いお茶を一気に飲み干した。
「飲んだぞ」
「……畏まりました」
こうして御前を失礼して、私は悲しい気持ちで馬車に乗る。
(このままじゃダメだわ……私も、変わらないと……)
そうして、私は3年間の期限を決めて努力した。食べ物に気を使い、けばけばしくならない程度に華やかな化粧を研究し、品のある露出の高いドレスのデザインを高級ブティックのマダムと通い詰めて相談し、月に一度の定例のお茶会に着て行った。
王妃様や陛下とも仲良くして、お兄様の王太子様とも会話ができるよう勉強し、それでアンドリュー様とも会話ができたかというと……アンドリュー様は女性にそんなものは求めていなかった。
他にも魔術師団長に回復魔法などを習いに行ったり、アンドリュー様が剣を嗜むと聞いていたので騎士団にも顔を出し、それぞれお礼や差し入れをしては、アンドリュー様の好みについて客観的な意見を貰ったりもした。
「無理に変わる事はありませんよ」
「これ以上どう美しくなられるつもりですか」
「貴女はすごく頑張っているわ、王太子妃としてもやっていけるくらいよ」
周囲の人達はみんなそうやって『慰めて』くれるけれど、私はアンドリュー様に顧みられないのは、やはり努力が足りないからだと思う。
3年間、努力をしてみた。けれど、あの日変わらなければと決めた日と、アンドリュー様の態度は変わらない。
いえ、むしろ酷くなった。
「なんだ? その下品なドレスは」
「お前の顔が濃ゆくて見ていられない」
「やめろ、せっかく仕事のない日に政治の話なんて振るんじゃない」
「騎士団や魔術師団に顔を出してるそうだな? いよいよ男漁りでも始めたのか」
そんな一言と一緒に、ぬるいお茶を飲み干して定例会は終わる。
あまりの惨めさに、私は3年間の期限が終わった日、一人で声を上げて泣いた。
涙が止まらないまま、両親の部屋に行き、申し訳ございませんと謝って、私はアンドリュー様との婚約の解消をお願いした。
泣いている私の背を、両親は優しく撫でてくれた。
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