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19 「私の天使」の理由
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「リナ……、終わったよ。明日からは、外に出られる」
若干ふらふらとした様子でソファに座っていた私の隣にくると、倒れ込むようにして抱きつかれてあやうく押し倒されるところだった。
体幹は鍛えてあるのでちゃんと受け止めましたよ。そういうつもりじゃないのは、目の下のクマを見ればわかるので。
「お疲れ様でした、クロウウェル様。……ありがとうございます」
「君と、笑って外を散歩したいから……、危ない目に遭わせたくない。私が傍にいない時に、もう二度と」
綺麗な造作の顔は疲れて顔色も悪く、今すぐ眠った方がいいのは確か。
それでも彼は笑って私を抱きしめる。本当は、今すぐにでもベッドに横になりたいでしょうに。
「……怖かったね。一人にしてしまってごめん。もう大丈夫だよ、私の天使」
「……どうして。どうしてです? こんなによくしてくれるの……」
私はその笑顔に胸が締め付けられて、疲れ切ったクロウウェル様を抱きしめながら尋ねる。
クロウウェル様はずっと私を大事にする理由は言ってくれなかったけど、今日は疲れていたからか、私が危ない目にあったからか、少しの沈黙の後口を開いた。
「あれは私が7歳の頃、直轄地の視察に行くという父について回った。もちろん仕事の話など分からない、まずはどんな場所があってどんな所を巡るのかに着いていくだけ。……そこで、君の領地に行ってね。同年代の少年少女が、岩に登ったり、木に登ったりしてる。私でもできるかもしれない、とフラフラと父の元を離れて、木に登ったんだ。登ったのはよかったんだけど……降りれなくてね」
少し照れ臭そうに話しているけど、木登りも降りるのもみんな失敗してうまくなることなので、登れただけたいしたものだ。それは今は、黙っておくとして。
「降りれないうちに夕方が近づいて来た。どうしよう、どうしようと焦っていると、座っていた木の枝からバランスを崩して落ちてしまって」
「まぁ……! お怪我はありませんでしたか?」
「うん。——君のおかげでね」
「へ?」
クロウウェル様が体を離して私の顔を見ます。綺麗な造作の顔は本当に愛おしそうに私を見つめ、頰に手を添えて、親指で目元を撫でられると、心臓がドキドキと早くなってしまって。
「小さな女の子が叫んだんだ。頭をかかえて! 地面に転がって! って。私は無我夢中でその通りにした。頭を両手で抱えて、体を丸めて、転がるつもりで落っこちてゴロゴロと転がったら……全然痛くない。怪我もしなかった。恐る恐る腕を外して空を見上げていると、その子がぬっと頭の上から顔を出してね。ビックリするほど綺麗な空色の瞳と、夕暮れに染まる麦畑のような茶髪の、小さい女の子。その子がね、私の顔を見て、へにゃっと笑って、よかったねぇ、上手だったねぇ、って頭を撫でてくれた……もう分かるだろう?」
「…………すみません、私、全然覚えてなくて」
「それはそうだよ、4歳だったからね、君は」
満足そうに笑いながらクロウウェル様は続けた。
「4歳の女の子が私を助けてくれた。その時の、笑って私を撫でてくれた女の子……私の天使だと思うには充分だった。この子が好きだと、いつか絶対に結婚するんだと……、でも私がただの公爵の息子では釣り合わない。君は私が無事だと分かったら、ここにいてね、と言って大人を呼びに行って戻ってこなかった。君を繋ぎ止めておくには……生半な地位ではダメだと思ったよ。その日から猛勉強して公爵になった」
クロウウェル様は私にもたれ掛かるように再度抱きしめながら、安堵したように息を吐く。
「やっと、私の手元に降りて来てくれた天使。離してあげない、離してあげられない。……ずっと、君だけが好きだ」
若干ふらふらとした様子でソファに座っていた私の隣にくると、倒れ込むようにして抱きつかれてあやうく押し倒されるところだった。
体幹は鍛えてあるのでちゃんと受け止めましたよ。そういうつもりじゃないのは、目の下のクマを見ればわかるので。
「お疲れ様でした、クロウウェル様。……ありがとうございます」
「君と、笑って外を散歩したいから……、危ない目に遭わせたくない。私が傍にいない時に、もう二度と」
綺麗な造作の顔は疲れて顔色も悪く、今すぐ眠った方がいいのは確か。
それでも彼は笑って私を抱きしめる。本当は、今すぐにでもベッドに横になりたいでしょうに。
「……怖かったね。一人にしてしまってごめん。もう大丈夫だよ、私の天使」
「……どうして。どうしてです? こんなによくしてくれるの……」
私はその笑顔に胸が締め付けられて、疲れ切ったクロウウェル様を抱きしめながら尋ねる。
クロウウェル様はずっと私を大事にする理由は言ってくれなかったけど、今日は疲れていたからか、私が危ない目にあったからか、少しの沈黙の後口を開いた。
「あれは私が7歳の頃、直轄地の視察に行くという父について回った。もちろん仕事の話など分からない、まずはどんな場所があってどんな所を巡るのかに着いていくだけ。……そこで、君の領地に行ってね。同年代の少年少女が、岩に登ったり、木に登ったりしてる。私でもできるかもしれない、とフラフラと父の元を離れて、木に登ったんだ。登ったのはよかったんだけど……降りれなくてね」
少し照れ臭そうに話しているけど、木登りも降りるのもみんな失敗してうまくなることなので、登れただけたいしたものだ。それは今は、黙っておくとして。
「降りれないうちに夕方が近づいて来た。どうしよう、どうしようと焦っていると、座っていた木の枝からバランスを崩して落ちてしまって」
「まぁ……! お怪我はありませんでしたか?」
「うん。——君のおかげでね」
「へ?」
クロウウェル様が体を離して私の顔を見ます。綺麗な造作の顔は本当に愛おしそうに私を見つめ、頰に手を添えて、親指で目元を撫でられると、心臓がドキドキと早くなってしまって。
「小さな女の子が叫んだんだ。頭をかかえて! 地面に転がって! って。私は無我夢中でその通りにした。頭を両手で抱えて、体を丸めて、転がるつもりで落っこちてゴロゴロと転がったら……全然痛くない。怪我もしなかった。恐る恐る腕を外して空を見上げていると、その子がぬっと頭の上から顔を出してね。ビックリするほど綺麗な空色の瞳と、夕暮れに染まる麦畑のような茶髪の、小さい女の子。その子がね、私の顔を見て、へにゃっと笑って、よかったねぇ、上手だったねぇ、って頭を撫でてくれた……もう分かるだろう?」
「…………すみません、私、全然覚えてなくて」
「それはそうだよ、4歳だったからね、君は」
満足そうに笑いながらクロウウェル様は続けた。
「4歳の女の子が私を助けてくれた。その時の、笑って私を撫でてくれた女の子……私の天使だと思うには充分だった。この子が好きだと、いつか絶対に結婚するんだと……、でも私がただの公爵の息子では釣り合わない。君は私が無事だと分かったら、ここにいてね、と言って大人を呼びに行って戻ってこなかった。君を繋ぎ止めておくには……生半な地位ではダメだと思ったよ。その日から猛勉強して公爵になった」
クロウウェル様は私にもたれ掛かるように再度抱きしめながら、安堵したように息を吐く。
「やっと、私の手元に降りて来てくれた天使。離してあげない、離してあげられない。……ずっと、君だけが好きだ」
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