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19 ジャスミン様、お互いに
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「フリージア様!」
「ジャスミン様!」
私たちは歓声を上げてエントランスで抱き合った。転げるように馬車を居りてきた彼女を受け止めて、久しぶりの再会を本当に、心から喜んだ。
私が向こうへ行こうかと思ったけれど、療養中の人間の元に何度も人が訪れるのもよくない。
それならば、元気になったという報せがきたら、彼女が好きなお菓子と好きなお茶、好きな花を用意して待つことにした。
「もう、お加減は?」
「すっかり元気です! あぁ、でもフリージア様の歌が聞けなかったのが、本当に悔しくて、悔しくて……」
「まぁ、ふふ。さぁ、いらして、ジャスミン様にお話したいことがたくさんあるの」
「私も、フリージア様とお話したいことがあります」
手を引いて少女のようにサロンに向かう私たちを、侍女たちが何やら温かい目で見ていた気がしたが、まぁ、これでやっと日常という気がしないでもない。
きっと、周りにいた人にとっても、私とジャスミン様がこんなに会わないで過ごすことが、非日常だったのだろう。
彼女の喜ぶ物ばかりを集めた空間に、ジャスミン様は素直に喜んでくれた。さっそく長椅子に座って、溜まっていた分のお喋りを楽しむ。
が、今日は先に、私が話したい事がある、と切り出した。
「……私、バロック様と婚約したの。彼の家に嫁ぐことにしたわ。両親も昔から、好きにしていい、と言ってくれたから、もう家同士でのお話が進んでいるの。事後報告になったけれど、一番にジャスミン様に知らせようと思って」
私の言葉にそこまでの意外性が無かったのか、分かっていたのか……恐らく後者だろう、彼女は私のことを自分のことよりよく見ている。嬉しそうに笑う顔が、本物の天使のようだった。
「おめでとうございます、フリージア様。バロック様なら……きっと、フリージア様を幸せにしてくれます。でも、私ともちゃんと会うようにしてくださいませね? 絶対、絶対遊びに行きますから」
「もちろんよ。それに、まだまだ結婚は先の話。もっと一緒に社交活動を重ねて、お互いを知り合ってからと決めてあるの。だって、あの方のプロポーズの言葉……自分は悪い男です、だったもの。私を泣かせるような悪い男じゃないように、ジャスミン様にはたくさんお話を聞いて欲しいわ」
「まぁ。フリージア様を泣かせるようなことをしたら、私、この髪を切って奪いに行きますから」
「それはだめよ! せっかくの綺麗な金髪が勿体ないわ。絶対ダメ。……一緒に、泣いてくれたら、それでいいの。一緒に怒ってくれたら。……お願いできるかしら?」
「もちろんです。……それに、私も、フリージア様にお話したいことがあるんです」
少し恥ずかしそうな、ちょっと言い難そうな話し方に、普段のジャスミン様には見えない影のようなものが見える。
一体何があったのだろう。心配して眉を寄せると、違うんです、と何か弁明めいた言葉が先に出た。
「あの……私、好きな人が、できたんです。フリージア様が一番好きなのですけれど、異性の方で……私の心の中に、いつの間にか場所をとっていた方がいて。でも、私はそれを無意識に拒否してしまっていて、叶うかどうか分からない恋なのですけれど」
「それは、ローラン様のことね?」
「……フリージア様にまで丸わかりだったんですね。私、どうしましょう、とても、冷たい態度をとってしまって」
嫌われているんじゃないか、と心配する彼女の手をとって、それは絶対にないから安心して、と私はジャスミン様を励ました。
思えば、私がジャスミン様を励ます、なんて初めてのことかもしれない。逆はよくあるのだけれど。
「大丈夫よ、ジャスミン様。ローラン様は、いつでも、どんな時でも、初めて出会ったあの日から貴女に夢中だもの」
「フリージア様……」
「今度、4人でお茶会をしましょう。少し早めに解散して、ローラン様に送ってもらいなさいな。きっとうまくいくわ」
他にも、また声楽会を開く話や、ハンナ様も交えたお茶会の話、私たち二人だけの世界じゃない話を、日が暮れるまで楽しく続けた。
ジャスミン様、私も貴女も、お互いに一歩、踏み出しましょう。言葉にはしなかったけれど、きっとその思いは伝わったと信じている。
「ジャスミン様!」
私たちは歓声を上げてエントランスで抱き合った。転げるように馬車を居りてきた彼女を受け止めて、久しぶりの再会を本当に、心から喜んだ。
私が向こうへ行こうかと思ったけれど、療養中の人間の元に何度も人が訪れるのもよくない。
それならば、元気になったという報せがきたら、彼女が好きなお菓子と好きなお茶、好きな花を用意して待つことにした。
「もう、お加減は?」
「すっかり元気です! あぁ、でもフリージア様の歌が聞けなかったのが、本当に悔しくて、悔しくて……」
「まぁ、ふふ。さぁ、いらして、ジャスミン様にお話したいことがたくさんあるの」
「私も、フリージア様とお話したいことがあります」
手を引いて少女のようにサロンに向かう私たちを、侍女たちが何やら温かい目で見ていた気がしたが、まぁ、これでやっと日常という気がしないでもない。
きっと、周りにいた人にとっても、私とジャスミン様がこんなに会わないで過ごすことが、非日常だったのだろう。
彼女の喜ぶ物ばかりを集めた空間に、ジャスミン様は素直に喜んでくれた。さっそく長椅子に座って、溜まっていた分のお喋りを楽しむ。
が、今日は先に、私が話したい事がある、と切り出した。
「……私、バロック様と婚約したの。彼の家に嫁ぐことにしたわ。両親も昔から、好きにしていい、と言ってくれたから、もう家同士でのお話が進んでいるの。事後報告になったけれど、一番にジャスミン様に知らせようと思って」
私の言葉にそこまでの意外性が無かったのか、分かっていたのか……恐らく後者だろう、彼女は私のことを自分のことよりよく見ている。嬉しそうに笑う顔が、本物の天使のようだった。
「おめでとうございます、フリージア様。バロック様なら……きっと、フリージア様を幸せにしてくれます。でも、私ともちゃんと会うようにしてくださいませね? 絶対、絶対遊びに行きますから」
「もちろんよ。それに、まだまだ結婚は先の話。もっと一緒に社交活動を重ねて、お互いを知り合ってからと決めてあるの。だって、あの方のプロポーズの言葉……自分は悪い男です、だったもの。私を泣かせるような悪い男じゃないように、ジャスミン様にはたくさんお話を聞いて欲しいわ」
「まぁ。フリージア様を泣かせるようなことをしたら、私、この髪を切って奪いに行きますから」
「それはだめよ! せっかくの綺麗な金髪が勿体ないわ。絶対ダメ。……一緒に、泣いてくれたら、それでいいの。一緒に怒ってくれたら。……お願いできるかしら?」
「もちろんです。……それに、私も、フリージア様にお話したいことがあるんです」
少し恥ずかしそうな、ちょっと言い難そうな話し方に、普段のジャスミン様には見えない影のようなものが見える。
一体何があったのだろう。心配して眉を寄せると、違うんです、と何か弁明めいた言葉が先に出た。
「あの……私、好きな人が、できたんです。フリージア様が一番好きなのですけれど、異性の方で……私の心の中に、いつの間にか場所をとっていた方がいて。でも、私はそれを無意識に拒否してしまっていて、叶うかどうか分からない恋なのですけれど」
「それは、ローラン様のことね?」
「……フリージア様にまで丸わかりだったんですね。私、どうしましょう、とても、冷たい態度をとってしまって」
嫌われているんじゃないか、と心配する彼女の手をとって、それは絶対にないから安心して、と私はジャスミン様を励ました。
思えば、私がジャスミン様を励ます、なんて初めてのことかもしれない。逆はよくあるのだけれど。
「大丈夫よ、ジャスミン様。ローラン様は、いつでも、どんな時でも、初めて出会ったあの日から貴女に夢中だもの」
「フリージア様……」
「今度、4人でお茶会をしましょう。少し早めに解散して、ローラン様に送ってもらいなさいな。きっとうまくいくわ」
他にも、また声楽会を開く話や、ハンナ様も交えたお茶会の話、私たち二人だけの世界じゃない話を、日が暮れるまで楽しく続けた。
ジャスミン様、私も貴女も、お互いに一歩、踏み出しましょう。言葉にはしなかったけれど、きっとその思いは伝わったと信じている。
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