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13 ジャスミン様が居ないのに
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声楽会の当日、会場となるトレニオン伯爵家に、ジャスミン様は現れなかった。
参加したい、と言っていたけれど、ここの所私の家にも遊びに来ていなかった。どうにも風邪をこじらせてしまったらしく、移したらいけないので、と手紙だけはくださっていた。
ジャスミン様のいない社交の場に一人でいる事に、私はかなり動揺してしまっている。自分でも驚く程、ジャスミン様を心の支えにしていたのだと理解してしまった。
私の顔色はとても分かりやすく変わっていたのだろう。講堂を案内してくださったトレニオン伯爵令嬢と、ジャスミン様の代わりに着いて来てくださったバロック様が心配そうに私の様子を窺っている。
ちなみに、ローラン様はジャスミン様が風邪と聞いてお見舞いにトンボ帰りしようとしたのを、止めた。
病気中の姿なんて、余程親しい友人か婚約者でもないと、男性に見せられたものでは無い。それに、トレニオン伯爵令嬢にも失礼だ、とバロック様が怒っていたけれど、本当にそう思う。
ただ、ローラン様がジャスミン様にご執心なのは誰がどう見てもそうだったので、呆れ交じりではあったけれど。私より落ち込んで顔色の悪いローラン様を見ていると、なんだか少しだけ落ち着いて来た。
夜会の時の方が規模も人数も圧倒的に多かったけれど、講堂は天井が高く広々とした作りで、長椅子が並べられてそこにいっぱいのお客様がいる。どうやら、発表会をしあう仲の方がトレニオン伯爵令嬢には多いようだった。同年代の令嬢が殆どだが、舞台袖にいる私とトレニオン伯爵令嬢、バロック様と、時間を経て冷静になり少し立ち直ったローラン様が、私を励ましてくれる。
「大丈夫ですわ。今日のお客様は誰も何も笑ったりいたしません。程よい緊張は逆に良いともいいます、フリージア様の歌声に酔いしれない方はおりません」
と、トレニオン伯爵令嬢が華奢な拳を握って力強く励ましてくれ。
「君の歌声は……ジャスミン嬢がフリージア嬢を一番に気にかけるのも納得の、本物だ。どうか私を励ますためにも、楽しんで歌って欲しい。それに……その感想を、私はジャスミン嬢にお伝えしたい」
と、ローラン様が微笑んで仰ってくれる。その役目は、バロック様にお願いしたい所だけれど……何せ、ローラン様には申し訳ないが、ジャスミン様が熱い視線を向けているのはバロック様にだ。お二人で行ってくれたらいいのかしら。
そう思ってちらっとみたバロック様は、この世の物とは思えないような美しい微笑を浮かべていた。
印象が、髪色や瞳のせいもあるからだろうか、ジャスミン様に重なる。それとは別に、私の心臓は緊張とは別のものできゅっと締め付けられるようだった。
「大丈夫、君なら。ただ楽しみに、君の歌を聴くよ」
落ち着いたその声に、体全部が拍動しているのではないかと思う程ドキドキしてしまった。
ジャスミン様、ごめんなさい。今日だけは、私、ジャスミン様が想いを寄せているバロック様のために歌います。
励ましてくれた3人が客席の最前列に座り、進行の方が私の紹介をしてくれる。今日はピアノの伴奏付きだ。
5曲、歌うことになる。ステージの真ん中で一礼すると、私はバロック様を一度見てから、微笑んで歌い始めた。
参加したい、と言っていたけれど、ここの所私の家にも遊びに来ていなかった。どうにも風邪をこじらせてしまったらしく、移したらいけないので、と手紙だけはくださっていた。
ジャスミン様のいない社交の場に一人でいる事に、私はかなり動揺してしまっている。自分でも驚く程、ジャスミン様を心の支えにしていたのだと理解してしまった。
私の顔色はとても分かりやすく変わっていたのだろう。講堂を案内してくださったトレニオン伯爵令嬢と、ジャスミン様の代わりに着いて来てくださったバロック様が心配そうに私の様子を窺っている。
ちなみに、ローラン様はジャスミン様が風邪と聞いてお見舞いにトンボ帰りしようとしたのを、止めた。
病気中の姿なんて、余程親しい友人か婚約者でもないと、男性に見せられたものでは無い。それに、トレニオン伯爵令嬢にも失礼だ、とバロック様が怒っていたけれど、本当にそう思う。
ただ、ローラン様がジャスミン様にご執心なのは誰がどう見てもそうだったので、呆れ交じりではあったけれど。私より落ち込んで顔色の悪いローラン様を見ていると、なんだか少しだけ落ち着いて来た。
夜会の時の方が規模も人数も圧倒的に多かったけれど、講堂は天井が高く広々とした作りで、長椅子が並べられてそこにいっぱいのお客様がいる。どうやら、発表会をしあう仲の方がトレニオン伯爵令嬢には多いようだった。同年代の令嬢が殆どだが、舞台袖にいる私とトレニオン伯爵令嬢、バロック様と、時間を経て冷静になり少し立ち直ったローラン様が、私を励ましてくれる。
「大丈夫ですわ。今日のお客様は誰も何も笑ったりいたしません。程よい緊張は逆に良いともいいます、フリージア様の歌声に酔いしれない方はおりません」
と、トレニオン伯爵令嬢が華奢な拳を握って力強く励ましてくれ。
「君の歌声は……ジャスミン嬢がフリージア嬢を一番に気にかけるのも納得の、本物だ。どうか私を励ますためにも、楽しんで歌って欲しい。それに……その感想を、私はジャスミン嬢にお伝えしたい」
と、ローラン様が微笑んで仰ってくれる。その役目は、バロック様にお願いしたい所だけれど……何せ、ローラン様には申し訳ないが、ジャスミン様が熱い視線を向けているのはバロック様にだ。お二人で行ってくれたらいいのかしら。
そう思ってちらっとみたバロック様は、この世の物とは思えないような美しい微笑を浮かべていた。
印象が、髪色や瞳のせいもあるからだろうか、ジャスミン様に重なる。それとは別に、私の心臓は緊張とは別のものできゅっと締め付けられるようだった。
「大丈夫、君なら。ただ楽しみに、君の歌を聴くよ」
落ち着いたその声に、体全部が拍動しているのではないかと思う程ドキドキしてしまった。
ジャスミン様、ごめんなさい。今日だけは、私、ジャスミン様が想いを寄せているバロック様のために歌います。
励ましてくれた3人が客席の最前列に座り、進行の方が私の紹介をしてくれる。今日はピアノの伴奏付きだ。
5曲、歌うことになる。ステージの真ん中で一礼すると、私はバロック様を一度見てから、微笑んで歌い始めた。
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