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8 天使と天使が何やら剣呑です
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「初めまして、フリージア嬢。私はバロック。レディアン公爵家の子息です。先ほどの歌声、実に見事でした。どうか最初のダンスの栄光を私にお願いいたします」
さっき、歌う前に目が合った青年は公爵令息だったらしい。微笑みながらの優しい言葉と、紳士的に差し出された白手袋の手を取ろうかどうか迷っていると、ジャスミン様はジャスミン様でもう一人の青年に話しかけられていた。
「は、はじめまして。ローラン。ローラン・フュレイルです。侯爵家の子息になります、あの、お名前をよろしいですか、天使様?」
緊張に頬を紅潮させながら、彼もまた整った顔立ちの、栗色の髪の優し気な方だった。
ジャスミン様はどう思っているのかしら、と思って横を見ると、これまで見た事が無い程不機嫌そうな顔をしている。これでは天使の美貌が台無しだ。
「ジャスミン・ユルートです。伯爵家の子女でございます。フュレイル侯爵令息様に気にかけていただく程の者ではございませんので、お気になさらず」
あ、これは明確な拒絶だ。目を伏せたまま顔を見ようともしていない。
フュレイル侯爵令息は気にもせずジャスミン様に見惚れている。わかる、見てて飽きない美貌だもの。
しかし、ジャスミン様の興味はどちらかといえばレディアン公爵令息にある……いえ、これは、敵意?
私は自分を鼓舞した理由……平凡な私でも誰かに見つけてもらえるかも……という希望が早速かなったので、そっと差し出されていた手に手を乗せた。
「あ、あの……よろこんで。どうか、私の事はフリージアと……」
「光栄です。私の事も、バロックと」
こうして挨拶を済ませて手を取り合ってフロアの端の方に向かう。ジャスミン様の顔は……あぁ、すごく嫌そう。悔しそう? よくわからないけれど、先程までとは打って変わって不機嫌なのは間違いない。
横目でちらりと見ている間に、フュレイル侯爵令息と踊る事にはしたらしい。この二人が親しそうだったからかもしれない。
歌ったお陰で、却って遠巻きにされてしまった私は、くん、と軽く手を引かれてバロック様の方に向き直った。
「今度は楽団の出番です。貴女の歌声に適う音楽はありませんが、せっかくのデビュタントですから。楽しく踊りましょう」
「ありがとうございます。――バロック様は、その、何故私に声を……? なんだか遠巻きにされてしまったので、不思議で……」
そんなことをしゃべっている間に、楽団の音楽がダンス用の曲を奏で始めた。ゆっくりとしたステップの簡単な曲だ。なんとか足を踏まずに済みそうだ、と思いながら、アイスブルーの涼し気な瞳が楽しそうに笑っているのを見上げている。
「貴女に……持っていかれたので」
「……? 何をでしょう?」
「それはいずれ。今日は、私と親しくなってくださると嬉しい」
「私の方からお願いしたいくらいです。今まで社交活動を行って来なかったので……お友達になっていただけますか?」
「喜んで」
踊りながら自然と笑顔がこぼれた。今は、バロック様の天使のような美貌を見上げながら、他愛無い言葉を交わしてステップを踏む。それが楽しくて仕方なかった。
その間も、ジャスミン様はフュレイル侯爵令息とダンスをしながらもバロック様を睨みつけていた事には気付かなかった……ことにしたかったのだけれど、背中に痛いほどの視線はずっと感じながら、ダンスを終えて歓談し、あっという間に帰る時間がきてしまった。
さっき、歌う前に目が合った青年は公爵令息だったらしい。微笑みながらの優しい言葉と、紳士的に差し出された白手袋の手を取ろうかどうか迷っていると、ジャスミン様はジャスミン様でもう一人の青年に話しかけられていた。
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緊張に頬を紅潮させながら、彼もまた整った顔立ちの、栗色の髪の優し気な方だった。
ジャスミン様はどう思っているのかしら、と思って横を見ると、これまで見た事が無い程不機嫌そうな顔をしている。これでは天使の美貌が台無しだ。
「ジャスミン・ユルートです。伯爵家の子女でございます。フュレイル侯爵令息様に気にかけていただく程の者ではございませんので、お気になさらず」
あ、これは明確な拒絶だ。目を伏せたまま顔を見ようともしていない。
フュレイル侯爵令息は気にもせずジャスミン様に見惚れている。わかる、見てて飽きない美貌だもの。
しかし、ジャスミン様の興味はどちらかといえばレディアン公爵令息にある……いえ、これは、敵意?
私は自分を鼓舞した理由……平凡な私でも誰かに見つけてもらえるかも……という希望が早速かなったので、そっと差し出されていた手に手を乗せた。
「あ、あの……よろこんで。どうか、私の事はフリージアと……」
「光栄です。私の事も、バロックと」
こうして挨拶を済ませて手を取り合ってフロアの端の方に向かう。ジャスミン様の顔は……あぁ、すごく嫌そう。悔しそう? よくわからないけれど、先程までとは打って変わって不機嫌なのは間違いない。
横目でちらりと見ている間に、フュレイル侯爵令息と踊る事にはしたらしい。この二人が親しそうだったからかもしれない。
歌ったお陰で、却って遠巻きにされてしまった私は、くん、と軽く手を引かれてバロック様の方に向き直った。
「今度は楽団の出番です。貴女の歌声に適う音楽はありませんが、せっかくのデビュタントですから。楽しく踊りましょう」
「ありがとうございます。――バロック様は、その、何故私に声を……? なんだか遠巻きにされてしまったので、不思議で……」
そんなことをしゃべっている間に、楽団の音楽がダンス用の曲を奏で始めた。ゆっくりとしたステップの簡単な曲だ。なんとか足を踏まずに済みそうだ、と思いながら、アイスブルーの涼し気な瞳が楽しそうに笑っているのを見上げている。
「貴女に……持っていかれたので」
「……? 何をでしょう?」
「それはいずれ。今日は、私と親しくなってくださると嬉しい」
「私の方からお願いしたいくらいです。今まで社交活動を行って来なかったので……お友達になっていただけますか?」
「喜んで」
踊りながら自然と笑顔がこぼれた。今は、バロック様の天使のような美貌を見上げながら、他愛無い言葉を交わしてステップを踏む。それが楽しくて仕方なかった。
その間も、ジャスミン様はフュレイル侯爵令息とダンスをしながらもバロック様を睨みつけていた事には気付かなかった……ことにしたかったのだけれど、背中に痛いほどの視線はずっと感じながら、ダンスを終えて歓談し、あっという間に帰る時間がきてしまった。
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