【完結】何故か私を独占崇拝している美人の幼馴染を掻い潜って婚約したいのですが

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
5 / 20

5 陛下のお願い=命令

しおりを挟む
 私が茫然としてジャスミン様の言葉に固まっている間に、何やら王城に勤めているらしい方が近付いてきて私の横で一礼した。

 戸惑いながらドレスをつまんで淑女の礼を返す。ダンスの申し込みでは無さそうだ。

「ドントベルン侯爵令嬢とお見受けいたします。噂に違わぬ本当に素晴らしいお声で、陛下が余興に一曲というお願いをされているのですが……」

「あの、お待ちになって? 私は今日がデビュタントです。陛下のお耳に入るような機会もこれまで無かったかと思うのですが……」

 私の返答にその方も些か驚いたような顔を上げる。私の返答にではなく、どうにも声に純粋に驚いているようだ。

「貴女の教養の家庭教師……声楽の師は、我が国でも権威ある宮廷音楽家でございます。ドントベルン侯爵たっての願いで一度でもいいので娘の声を聞いて欲しい、と嘆願され、それ以降ご自身の身分を隠して貴女の家庭教師を勤めておりました。ヘルクス卿……、家庭教師のお名前はそれで間違いございませんね?」

 たしかにヘルクス先生に教わって私は声楽を習っていたけれど、何が起きているのかさっぱり分からない私の顔がどんどん曇っていくのが自分でも分かる。

 陛下のお願い……というのは、まぁ命令だ。という事は、私はこの会場の方々の前で一曲披露するのは決定事項だ。

 貴女が行けば行事になる……、と言っていた両親を一瞥すると、言った通りになったろう? とばかりに笑っている。ダメだ、勝てない。

 そっと私の手を握るジャスミン様の手の力が強くなった。振り返ると、天使の笑顔が横にある。

「フリージア様。お願いです、私もフリージア様の歌が久しぶりに聴きたいです」

「ジャスミン様……」

 これ以上、陛下の使いの方も陛下もお待たせする訳にはいかないだろう。それに、一曲歌えば、見た目が標準な私でも誰か殿方が見つけてくれるかもしれない。

 私は歌で大成したいという気持ちは無いし、それは歌うのは楽しいけれど、それ以上に貴族の子女として結婚し、貴族の一人として責任を持って生きていきたい。

 デビュタントでいきなり素敵な方に出会えるなんて思っていなかったけれど、見た目が平凡なのだから、陛下に目を掛けて貰ったことでもあるし、チャンスは活かしていくべきかもしれない。

 無理矢理そんな言い訳で自分を鼓舞した私は、硬い顔で使いの方に向き直った。

「わかりました。精いっぱい歌わせていただきます。曲目は?」

「『暁の乙女』がいいだろうと……歌詞が無いので、貴女の声が純粋に響くだろうという陛下のリクエストです」

 しかも、伴奏の無いアカペラだ。低音から高音までを音程だけで歌い上げる曲だが、その曲ならば好きでよく歌っているから問題無いだろう。

 頷いた私はジャスミン様の手を離れ、その使いの方について楽団の前に向かった。

 その時、すれ違い様に一人の青年と目があった。なんだかよく分からないけれど、薄い金髪にアイスブルーの涼し気な顔をしたその殿方はジャスミン様と並べたら対の天使と言われても信じてしまいそうな綺麗な方だった。

 その方も驚いたように私を見ていた。一瞬、ほんの一瞬目が合っただけなのだけれど、その視線が背中にずっとついてきている気がする。なんだか、少し自意識過剰になっているのかもしれない。恥ずかしい。

 楽団の前に立つと、円状に人が離れて立っている。左手の階段の上に陛下と王妃様、王子殿下たちが座っていて、最前列に先程の天使のような殿方が人波をかき分けて立っていた。

 デビュタントの恥は、多少はお目こぼしされる。今日の失敗は噂する方が恥ずかしい。

 今後こんなに目立つ事もないだろう。私はそんな気持ちで一礼すると、目を伏せて稜線を切り裂く朝陽を思い浮かべた。

 まだ紫紺と青の入り交ざる夜明けの空の低音を、深く息を吸って会場中に響くように発声した。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...