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21 本物の花姫

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「遅れてしまい申し訳ありません兄上、いえ、陛下。連れ合いが招待されたからには万全の姿勢で臨みたいと……少し、調整をしておりまして」

 シュトーレン公爵は現国王陛下の歳の離れた弟君に当たります。こういった盛大なパーティー会場は入り口が2階、会場は1階になっていて、その2階から恭しく国王陛下に礼をします。隣の美しい人もドレスを摘んで深くお辞儀をしました。

 そして、次に発せられた声は街中で話していた人とはまるで別人のような声です。

「本日は私のような者を余興に招いてくださり感謝いたします。花姫のルミエール、建国祭という華々しい場にお招きに預かり光栄の至りです。……所で、今、花姫という言葉が扉の外まで聞こえてきたのですが、招かれたのは私以外にもいるのでしょうか?」

 まるで人間の声とは思えませんでした。目を奪われ、耳を奪われ、会場の誰もがシンとして彼女を見つめています。

 結い上げた銀髪は輝かんばかりに梳られ、瞳の色に合わせた宝石の髪飾りで彩られています。金糸に縁取られ銀箔のラメを散りばめた蒼いマーメイドスタイルのドレス、肩から胸まで開いた完全に体に合わせたその姿。首元には同じく瞳の青と同じ豪奢な首飾りがあり、彼女の良さを最大限に引き出しています。

 そして声。ただ喋っているだけなのに、天上の楽器を思わせる豊かで響き渡る声。先ほどまでの耳障りな声をそれだけで洗い流していくような、そんな錯覚に陥ります。

 シュトーレン公爵にエスコートされた花姫・ルミエールは粛々と階段を降りて行きます。

 騒ぎの中心となっていたこちらに近付いてくると、ポカンと口を開けて見惚れているラトビア侯爵を素通りし、お父様も道を開け、彼女は私たちの前に立ちました。

「素敵よ、レディたち。貴女たちは何も辱められるような事は無いわ。こんな幼気なレディを騙して寝室に連れ込んだのは、彼。そうでしょう?」

 彼女がそう言って入り口を扇子で示すと、そこにはレイと、彼の兄であるリチャード様が一人の男を縄で縛って連れてきました。ローズが、なんで、と呟いて口元を押さえます。

 服装は平民が少しお洒落をして着崩したようなもの。伸ばしっぱなしの茶色混じりの金髪の、顔は整っているが品のない男です。……彼が、ローズに最初に手を出し、何もかもを教え込んだ張本人でしょう。ローズは見たくないものを、それでも驚きをもって眺めていました。

「ローズ。貴女は間違いを犯したわ。それは違いないのよ。でもね、仕組まれたことに巻き込まれた、そんな側面もあるわ。私は爵位を持たないただの女。花姫と呼ばれるまでに、幾度も間違いを犯して強くなった。……さぁ、笑うのよ。リリー、貴女も。女性は、幸せそうに微笑む時、一番美しく強いものなのですから」

 天上の楽器が、私とローズに向かって語りかけながら、周りの醜悪な表情をしていた女性たちへ釘を刺します。

「そして、私が人生を賭けて掴んだ花姫という言葉を、こんな成人したばかりのレディへの侮辱と醜聞に使った男たち。全て知っているわよ。今後二度と自分の恋人や奥方以外の女に優しくされると思わないことね。もちろん、女性陣も……花姫を敵に回せば、あなた方の旦那様の地位も名誉も転げ落ちること、ご存知でございましょう?」

 会場に集まった全ての男女は、……ただし、サリバンの家と王族を除いて……皆顔面を蒼白にしていた。

「さて、ラトビア侯爵様。裏町の男を使ったのはまずうございましたね。私はこの国で1番の花姫、色と歌と情報……全てが武器にございます。地位は関係ございませんの、特に閨ではね。貴方の悪行をここで全て歌って聞かせるには、余りにお粗末で醜いのでこれだけ。——成人したばかりの娘を辱め、サリバン辺境伯の家名に泥を塗り信用を失墜させるために、あの男を使ってローズを騙し、噂を流して貴族の子息にローズを汚させましたね。彼女はこれから花を開くの、今はまだ蕾です。恥を知りなさい!」

 天上の楽器の一喝は、肥って着飾った狐に尻餅をつかせるのに相応しい力を持っていました。

「余罪については、あちらの騎士様方から陛下にご報告があるでしょう。私は知っているだけ、あらゆる情報は私に入ってきます。……陛下、御前でこのように場を騒がせてしまい申し訳ございません。ステージが整わなければ、私が歌う事もできませんの。一先ず、この目障りな犯罪者を舞台から降ろしていただけますか?」

 美しく微笑みながらルミエールが礼をすると、陛下が片手をあげます。警備に当たっていた近衛兵たちがラトビア侯爵をひっつかんで外へと連れ出そうとします。我に帰ったラトビア侯爵は必死の形相で叫びました。

「ち、違う! 何をする! 俺は侯爵だぞ、穀倉地帯を担う重役だ! やめろ! 俺に罪などない! サリバン! 全てお前の仕込みだな?! 許さんぞ、サリバン!!」

 叫び声は給仕の出入りする入り口の向こうに消えて行きました。

「花姫ルミエール。貴殿をお呼びしたのは他でもないこの我だ。愚弟に連れて来させたが、このような騒ぎで気を悪くされてなければ、この場でこの喜ばしい場を盛り上げてはくれまいか?」

 陛下がここまでへりくだる。それが花姫……この国一の花姫ルミエール。

 彼女は喜んでと告げると、会場の真ん中に立ちます。

 ここに居るのは、この国の王侯貴族諸侯だけ。国を動かし、国のために民を収めるひとびと。

 ルミエールはそんな人間全てを魅了する笑みを浮かべて会場の中央に立ち。

 その素晴らしい天上の楽器を使って、会場中に届く喜びの唄をこの建国祭のために捧げました。
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