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9 王都

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「久しぶりね、ここも」

 手紙を受け取ったその日にお母様と私はすぐさま王都へ向かった。それでも何日もかかり、途中途中の街に泊まっては経済を回しながら、1週間後ようやく王都の屋敷に着いた。

 王城に程近い貴族街の奥まった場所にある、庭のある広い屋敷。ここに居を構えられるのは、侯爵家以上の家格の家ばかり。

 ローズは伯爵以上の爵位の家に嫁ぐ予定です。でなければ生活環境があまりに違いすぎますし、良い結婚にはならないでしょう。身分差のある恋愛結婚というものは、それなりの覚悟がお互いになければできません。離縁するような事があれば女は実家で生涯を終えるという事もあり得ます。

 と、久しぶりの王都の我が家を見てなんとはなしに考えていましたが、レイノルズ様は叙勲されれば伯爵領を与えられる可能性は高いです。なんと言っても侯爵家の方ですし。

 今は内戦もなければ周辺諸国とも良い関係を築いていますので、そこまでの活躍の場があるかは分かりませんが……王立騎士団は年に2回、王都から主要な国内の都市の周りを巡回して盗賊や獣や魔物を狩り、安全を確保します。

 そんな危ない仕事を騎士団に入ってから1年……新人なら何度も怪我をすると言われているそれを、無傷で潜り抜けてこられたと道中の街で聞きました。

 使用人に迎え入れられながら王都の屋敷の自分の部屋に向かいました。掃除もされていて、ここには私が社交界デビューの時に着たドレスがスッキリとクローゼットに収まっています。

 幸いここにまでローズのおさがりは無いようです。もうあんな胸の悪くなるようなものは見たくないので安心しました。

 部屋に荷を置いて使用人に後を任せ、お母様とサロンでお茶を飲み、ひと心地つきます。肝心のローズはどうしているのでしょう? まだ顔を合わせて居ません。

「ローズお嬢様は、お出掛けでいらっしゃいます」

「あら、どちらに?」

 お母様の問いに、王都の屋敷の執事を任されているナイジェルが顔を奇妙な形に歪めています。

「……騎士団の訓練の、その、……見学に」

 私もお母様も聞いた事が信じられずに茶器を取り落としかけました。

「……ローズが、どこへですって?」

「はい、……王立騎士団の訓練の見学でございます」

 お母様が余りに驚いて聞き直しても同じ答えが帰ってきます。

 あのローズが、ブティックでもジュエリーショップでもカフェでもお茶会でもなく、土埃が立ち、男たちの怒号飛び交う騎士団の訓練の見学。家の私兵の訓練すら、汚れたら嫌、と一度も見にいった事が無いローズが。

「余程いれあげてるのねぇ……ちょうどいいわ。ナイジェル、今のローズの評判について聞かせて頂戴」

「……先の社交シーズンの春までは、ローズお嬢様の評判は、我々使用人の耳に届く程悪かったのは確かです。しかし、内容が内容なだけに、また、夜会に同伴されている旦那様や奥様に申し上げるのも憚られる、あくまで噂でしたので何も申し上げませんでした。申し訳ございません」

「それは仕方ないわ。私たちが気付かなかったのが悪いのよ。ただ、今後は噂であっても耳に入れて頂戴。それで、今は……?」

 お母様が自分の責任である事を明確に示して、次からは、と言った事でナイジェルも少し安心したようでした。微笑んでローズの今の評判を語ってくれます。

「それが、モリガン侯爵家は代々続く騎士の家系で、第二子であるレイノルズ様も将来は伯爵位を得られるだろうと評判のお方です。そんな方がローズお嬢様に花を贈り、きっと叙勲されるから、とローズお嬢様に交際を申し込まれた事で、今までローズお嬢様に近付いていたような男は寄って来なくなり、ローズお嬢様の奔放さも落ち着かれ、お二人仲良く休日にはお出掛けなさったりと清い交際をしております。騎士とは忠誠があってこその、モリガン侯爵家の子息のする事ですから周囲の噂も鎮火し、今では仲睦まじい恋人同士として有名です」

 私は胸が痛くなりました。レイノルズ様はそれ程までにローズに入れ込んでいる……、そしてローズも。

 おかげでサリバン辺境伯家の評判の悪さも、いまでは皆口をつぐんでいる。

 嬉しい事なのに……、どうしようもなく胸が痛くて、私は自室で休みますと言ってサロンを引き上げました。
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