上 下
6 / 23

6 レイノルズの初恋(※レイノルズ視点)

しおりを挟む
 最近、騎士団の間でも、社交界でも、噂になっている女性がいる。それもよくない噂だ。

 その話をするときの男たちの顔は皆下品な笑いを浮かべていて、浮名を流しているどこかの貴族の次男坊なんかは鼻で笑っていた。

 噂の女性の名前は、ローズ・サリバン辺境伯令嬢。そして、彼女の噂になっている別名は……『花姫・ローズ』。

 花姫とは本来、誇りのある、身体だけではなく歌や芸、幅広い知識をも売りにした女性を指すある意味尊称で、身分の高い男性が有名な花姫を伴って社交の場に訪れれば一目置かれる。ある意味そこらの貴族以上の評価を得ている、そんな存在だ。

 しかし、ローズの場合はただの蔑称となる。本物の花姫がこの噂を聞けば、噂をしている貴族の子息はあらゆる手段によって潰されかねない。しかし、辺境伯の娘とあっては『娼婦』とまでは噂であっても言えない。そこで、花姫、と呼ばれている。誘えば誰にでも股を開く、と、男たちの間では最早知らぬ者がいない程の奔放ぶりだ。

 ローズはそんな事を知る由も無いだろうが、このままいけば嫁の貰い手は誰もいないだろう。色を好む中年の、家格の低い貴族の愛妾になるのが精々だ。

 私はサリバン辺境伯の事は……もっと有り体にいうなれば、ローズの姉のリリーについてはよく覚えていた。

 リリーは忘れられない人だ。細いように見えてキビキビと動き、姿勢がよく、聡明でいながら社交界という場には不似合いな無愛想な人。美しく礼儀正しいのに、淑女らしい愛想はなく、しかし会話を始めればどんな話題でも深く鋭い切り込みを見せて話を広げる博識さ。

 女性は淑女としての教養があればいいとされているこの国で、政治経済に関しても鋭く論じる事ができる女性だ。並大抵の男では彼女に釣り合う事は無いだろう。

「私は仕事が好きなのです。一緒に肩を並べて領を盛り上げてくださるような……そんな方といつか添い遂げたく思います」

 ハッキリと自分の将来を語る灰色の瞳に、私はすっかり骨抜きにされた。侯爵家の次男として生まれ、剣の道に進んだが、どこに婿入りしても恥ずかしく無い程度には教育も受けてきた。

 しかしどうだろう。リリーという女性はそんな私の慢心を一蹴しながらも、淑女としても恥ずかしく無い立ち回りをし、その儚げな美貌とは裏腹な強い眼差しで未来を見据えている。

 お陰で彼女は高嶺の花として、未来の旦那を見つける事は出来ないまま領に帰ってしまった。私はその時、彼女の隣に並ぶ自信がなく機会を逃したのだ。そして騎士となってからも、領地経営や事業について積極的に学び直した。

 どうしてローズとリリーはここまで違ってしまったのだろう? このままではサリバン辺境伯の名にまで泥を塗る事になる。いや、社交シーズンを終えた後のローズの奔放さは度を超えていて、相手の男が本気で自分に惚れていて騙されていると思っている。皆、花姫とはただの遊びで裏では噂をしているというのに。

 ローズはとっくに家名に傷を付けているのだ。リリーが守ろうとしているサリバン辺境伯領に、このままでは影響しかねない。

 私が出した一つの結論……、もし機会があるのなら、リリーを助ける事ができるのなら……、ローズを騙そう。

 ローズに本気で私に恋をさせ、夢中にさせ、他の男たちに手を出さないように紐で繋いでおく。

 しかし、同時に一つ決めていた。決して身体だけは許さない。口付けすらしない。私が好きなのは、恋に落ちたのはリリーだ。全てはリリーの為に行われ、ローズにはいずれ似合いの嫁ぎ先を見つけてやろう。それを、嫁ぐと言っていいのかは分からないが。

 だから、ローズが私に声を掛けて来た時にはチャンスだと思った。

「……君が、あの……。失礼、レイノルズと申します。モリガン侯爵家の第二子です」

 第二子と言っておけば彼女の本命になる事はまずない。しかし、結婚相手と恋をする相手が違うのは、ここまでの彼女の行動を知っていれば皆分かっている事だ。

 精々本気で恋をしているように振る舞おう。リリーの大事な物を、その存在だけで傷付けるローズ。君自身に恨みは無いが、君が慎みという言葉さえ知っていればこんな手段に出ようと思わなかった。

 さぁ、私の人生における汚点、一世一代の茶番を始めよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます

tartan321
恋愛
最後の結末は?????? 本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。

【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜

よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」  いきなり婚約破棄を告げられました。  実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。  ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。  しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。  私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。  婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。  しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。  どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます

夜桜
恋愛
 令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。  アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

今さらなんだというのでしょう

キムラましゅろう
恋愛
王宮で文官として新たに働く事になったシングルマザーのウェンディ。 彼女は三年前に別れた男の子供を生み、母子二人で慎ましくも幸せに暮らしていた。 そのウェンディの前にかつての恋人、デニス=ベイカーが直属の上官として現れた。 そのデニスこそ、愛娘シュシュの遺伝子上の父親で……。 家の為に政略結婚している筈のデニスにだけはシュシュの存在を知られるわけにはいかないウェンディ。 しかし早々にシュシュの存在がバレて……? よくあるシークレットベイビーもののお話ですが、シリアスなロマンス小説とはほど遠い事をご承知おき下さいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字も大変多い作品となります。菩薩の如き広いお心でお読みいただきますと嬉しゅうございます。 性行為の描写はありませんが、それを連想させるワードや、妊娠出産に纏わるワードやエピソードが出てきます。 地雷の方はご自衛ください。 小説家になろうさんでも投稿します。

冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。 流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。 異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。 夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。 そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。 自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。 [もう、彼に私は必要ないんだ]と 数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。 貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

処理中です...