10 / 18
10 世界に一つだけの指輪
しおりを挟む
「失礼します」
「あぁ」
ドアを開けて身なりの整った店員が、商品に直に触れないよう白手袋をして黒い天鵞絨張りの箱を持ってきた。白金の縁に留め具がついた、小さな箱だ。
私は不思議そうにそれを見つめる。ヴァンツァーのタイピンでも入ってるのかな? と思っていたら、目の前のソファに座った店員が箱の蓋を開けた。
中には白い金属の指輪が収まっていた。白金よりももっと白い、だが、安っぽさはない。シンプルな指輪で石も嵌っていない。
ヴァンツァーの指に嵌めるには小さいし、私の指には大きい品だ。誰用だろう、とヴァンツァーを見ると、私の右手を取って、その指輪を薬指に通した。
「え?」
「プロポーズの返事は貰えていないが、ミーシャを予約したい」
だから、これを作った、と言っているが、サイズなんて教えたこともない。
が、指輪は私の指に通るとぴったりのサイズにしゅるんと収まった。
驚いてまじまじと指輪を眺めていると、店員が説明を始める。
「これはドラゴンの鱗を鍛えてから精製したものです。ドラゴンは転変……人の姿であったり、動物の姿であったり、姿を変える生き物なのですが、その性質からドラゴンの素材で作ったものは装着者の身体に合わせて変形するのです」
それだけに高価であり、防具などに回されるはずのその素材を、隣の男は指輪にしてしまったらしい。
いや、鱗の1枚くらいならいいかもしれないけれど……怖くて値段は聞けない。それに、誕生日プレゼントには高すぎる。
「あの、ヴァンツァー……」
「予約の証だ、誕生日プレゼントは別にある」
「……」
無駄だ。これと決めたらやり遂げる男に、何かを説くという無駄はしない方がいい。
私たちはまだ婚約者でもない。店員は微笑ましそうに見ているが、まったくもって恥ずかしいことをしでかしてくれる。
ヴァンツァーはその時の精一杯を私にくれる。この指輪が彼の今の精一杯なのだとしたら、すごく遠くに感じる。
私はヴァンツァーに何を返せるだろう。何も成していない私から、ヴァンツァーに返せるものなんてあるのかな。
指輪はとても軽くて、邪魔にもならず、綺麗だ。
だけど、その軽いはずの指輪が重い。
ヴァンツァーは腕を失ってまでドラゴンを倒した。小さい頃の私の涙のために、約束のために。自惚れではなく、ヴァンツァーは私のためにやってくれた。
私はまだ、突然出て行って帰ってきた、変わったヴァンツァーについていけていない。
隣に立つのが恥ずかしいくらいだ。彼にこんなに尽されるほど、私の価値はあるのだろうか?
指輪を見たまま沈黙した私を促して、ヴァンツァーは店を出ようと言った。
「あ、あのね、ヴァンツァー」
「ん?」
「ありがとう……、嬉しくて、どういう顔をしたらいいのか分からなくて。でも、ありがとう」
私の照れた様子に、ヴァンツァーは何も言わず頭を撫でた。
彼が私の頭を撫でる時は、必ず右手だと、ようやく思い至った。
「あぁ」
ドアを開けて身なりの整った店員が、商品に直に触れないよう白手袋をして黒い天鵞絨張りの箱を持ってきた。白金の縁に留め具がついた、小さな箱だ。
私は不思議そうにそれを見つめる。ヴァンツァーのタイピンでも入ってるのかな? と思っていたら、目の前のソファに座った店員が箱の蓋を開けた。
中には白い金属の指輪が収まっていた。白金よりももっと白い、だが、安っぽさはない。シンプルな指輪で石も嵌っていない。
ヴァンツァーの指に嵌めるには小さいし、私の指には大きい品だ。誰用だろう、とヴァンツァーを見ると、私の右手を取って、その指輪を薬指に通した。
「え?」
「プロポーズの返事は貰えていないが、ミーシャを予約したい」
だから、これを作った、と言っているが、サイズなんて教えたこともない。
が、指輪は私の指に通るとぴったりのサイズにしゅるんと収まった。
驚いてまじまじと指輪を眺めていると、店員が説明を始める。
「これはドラゴンの鱗を鍛えてから精製したものです。ドラゴンは転変……人の姿であったり、動物の姿であったり、姿を変える生き物なのですが、その性質からドラゴンの素材で作ったものは装着者の身体に合わせて変形するのです」
それだけに高価であり、防具などに回されるはずのその素材を、隣の男は指輪にしてしまったらしい。
いや、鱗の1枚くらいならいいかもしれないけれど……怖くて値段は聞けない。それに、誕生日プレゼントには高すぎる。
「あの、ヴァンツァー……」
「予約の証だ、誕生日プレゼントは別にある」
「……」
無駄だ。これと決めたらやり遂げる男に、何かを説くという無駄はしない方がいい。
私たちはまだ婚約者でもない。店員は微笑ましそうに見ているが、まったくもって恥ずかしいことをしでかしてくれる。
ヴァンツァーはその時の精一杯を私にくれる。この指輪が彼の今の精一杯なのだとしたら、すごく遠くに感じる。
私はヴァンツァーに何を返せるだろう。何も成していない私から、ヴァンツァーに返せるものなんてあるのかな。
指輪はとても軽くて、邪魔にもならず、綺麗だ。
だけど、その軽いはずの指輪が重い。
ヴァンツァーは腕を失ってまでドラゴンを倒した。小さい頃の私の涙のために、約束のために。自惚れではなく、ヴァンツァーは私のためにやってくれた。
私はまだ、突然出て行って帰ってきた、変わったヴァンツァーについていけていない。
隣に立つのが恥ずかしいくらいだ。彼にこんなに尽されるほど、私の価値はあるのだろうか?
指輪を見たまま沈黙した私を促して、ヴァンツァーは店を出ようと言った。
「あ、あのね、ヴァンツァー」
「ん?」
「ありがとう……、嬉しくて、どういう顔をしたらいいのか分からなくて。でも、ありがとう」
私の照れた様子に、ヴァンツァーは何も言わず頭を撫でた。
彼が私の頭を撫でる時は、必ず右手だと、ようやく思い至った。
10
お気に入りに追加
1,053
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。
112
恋愛
皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。
齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。
マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)
婚約者が肉食系女子にロックオンされています
キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19)
彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。
幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。
そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。
最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。
最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。
結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。
一話完結の読み切りです。
従っていつも以上にご都合主義です。
誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
ワシが育てた……脳筋令嬢は虚弱王子の肉体改造後、彼の元から去ります
キムラましゅろう
恋愛
ある日、侯爵令嬢のマーガレットは唐突に前世の記憶が蘇った。
ここは前世で読んだ小説の世界で自分はヒロインと敵対するライバル令嬢ボジだということを。
でもマーガレットはそんな事よりも重要な役割を見出す。
それは虚弱故に薄幸で虚弱故に薄命だった推しの第二王子アルフォンスの肉体改造をして彼を幸せにする事だ。
努力の甲斐あって4年後、アルフォンスは誰もが憧れる眉目秀麗な健康優良児(青年)へと生まれ変わった。
そしてアルフォンスは小説通り、ヒロインとの出会いを果たす。
その時、マーガレットは……。
1話完結の読み切りです。
それ故の完全ご都合主義。ノークオリティノーリアリティノーリターンなお話です。
誤字脱字の宝庫です(断言)広いお心でお読み下さいませ。
小説になろうさんにも時差投稿します。

【完結】山猿姫の婚約〜領民にも山猿と呼ばれる私は筆頭公爵様にだけ天使と呼ばれます〜
葉桜鹿乃
恋愛
小さい頃から山猿姫と呼ばれて、領民の子供たちと野山を駆け回り木登りと釣りをしていた、リナ・イーリス子爵令嬢。
成人して社交界にも出たし、今では無闇に外を走り回ったりしないのだが、元来の運動神経のよさを持て余して発揮しまった結果、王都でも山猿姫の名前で通るようになってしまった。
もうこのまま、お父様が苦労してもってくるお見合いで結婚するしか無いと思っていたが、ひょんな事から、木の上から落ちてしまった私を受け止めた公爵様に婚約を申し込まれてしまう。
しかも、公爵様は「私の天使」と私のことを呼んで非常に、それはもう大層に、大袈裟なほどに、大事にしてくれて……、一体なぜ?!
両親は喜んで私を売りわ……婚約させ、領地の屋敷から王都の屋敷に一人移り住み、公爵様との交流を深めていく。
一体、この人はなんで私を「私の天使」などと呼ぶのだろう? 私の中の疑問と不安は、日々大きくなっていく。
ずっと過去を忘れなかった公爵様と、山猿姫と呼ばれた子爵令嬢の幸せ婚約物語。
※小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる