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9 言ってなかったか?じゃないでしょ!
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ヴァンツァーはずっと悩んでるようだった。その間に、皿に可愛くデコレーションされたケーキが運ばれてきて、それでも黙っていて。
ティーカップの中が空になったのでようやく此方を見たかと思うと、先に食べよう、と言ってお茶のおかわりをもらい、ケーキを食べた。
先に、という事は後で話してくれるということだ。私はそれに頷くと、真っ赤なストロベリージュレにハートのチョコレート飾りのついた、ストロベリームースのケーキにフォークを刺した。
「ん! お、美味しい……、すごい苺の味がするのに、とっても甘い!」
甘酸っぱさも感じるが、ムース部分が柔らかな甘さでジュレの酸っぱさを和らげている。チョコレートとも相性が良くて、チョコの甘さとほろ苦さに、苺の味を煮詰めたような、それでいて苺ミルクのように柔らかい甘さがクセになって、あっという間に半分食べてしまった。
「気に入ったか?」
「とっても! また、ここに来たいわ」
紅茶のシフォンケーキにたっぷりの生クリームの乗った皿をすぐに空にしたヴァンツァーは、私がケーキを食べ終わるのを待っていてくれた。彼も実は、かなり甘い物が好きだ。そこは変わっていない。
無口で無表情になっただけで、ヴァンツァーの内面はあまり変わってないのかもしれない。だからこそ、気になる。
何かから自分を守っているのかのような、その表面の変化が。
「ここは人目があるから……宝石店でも覗きに行くか」
「人目がない場所じゃなきゃ、話せないの?」
「あぁ」
そう言って彼はお会計を済ませると、なるべく高級なジュエリーショップに入った。
「頼んだものは?」
「できております。お持ちしますか?」
「いや、奥の部屋を少し借りる。15分後に持ってきてくれ」
「畏まりました」
何かアクセサリーを頼んでいたらしい。店の中は数点の見本がガラスケースに入っていて、奥にいくつか商談用の小部屋がある、私もあまり入らないような高級店だ。
ヴァンツァーと連れ立って部屋に通された私は、彼の左隣に座った。黒い革張りのソファに沈み込まないように座ると、おもむろにヴァンツァーは左手の手袋を外し、袖のボタンも外して肘の上まで捲り上げた。
「…………何、コレ」
「俺の肩から先は、義手だ。魔具士に作ってもらったから、ほとんど本物と同じに動かせる。……昨日の剣と揃いの盾を持っていたんだが、ドラゴンに肩から食われた」
肘と手首のところに、薄く光る魔法石が埋まっている。他は、人間の肌に近い質感をしていて、肩にも魔法石が埋まっているそうだ。
「これのせいで、こう……左側の顔や首の筋肉が、うまく動かない。笑わないんじゃなく……恥ずかしい。舌も、やっとこのくらい話せるようになった」
晩秋のドラゴンを倒して暫く、彼は療養とリハビリに努めていたと言う。
「言ってなかったか? すまない」
「言ってなかったか? じゃないわよ! なんで、もう、……ヴァンツァー……」
私はかける言葉もなければ、謝ることもできなかった。ありがとうとも言えない。ここで発する言葉は、必ず彼の誇りを何か傷付ける。
彼が服を戻し、手袋を嵌めようとしたところで、私は手に触れた。
本物の人の肌のようで、ちょっと違う。作り物の手だが、ちゃんと温かい。肩に頭を寄せて、耳まで赤くして私は言った。
「……大好きよ、ヴァンツァー。下手でもいいの。私の前では、笑って」
「……分かった」
そんな会話をしているうちに、扉がノックされたので、私は慌てて彼から離れた。
残念だ、と小さな声で言った彼は、確かに左側の唇が上がらない、下手な笑い方をした。
心臓が、煩かった。
ティーカップの中が空になったのでようやく此方を見たかと思うと、先に食べよう、と言ってお茶のおかわりをもらい、ケーキを食べた。
先に、という事は後で話してくれるということだ。私はそれに頷くと、真っ赤なストロベリージュレにハートのチョコレート飾りのついた、ストロベリームースのケーキにフォークを刺した。
「ん! お、美味しい……、すごい苺の味がするのに、とっても甘い!」
甘酸っぱさも感じるが、ムース部分が柔らかな甘さでジュレの酸っぱさを和らげている。チョコレートとも相性が良くて、チョコの甘さとほろ苦さに、苺の味を煮詰めたような、それでいて苺ミルクのように柔らかい甘さがクセになって、あっという間に半分食べてしまった。
「気に入ったか?」
「とっても! また、ここに来たいわ」
紅茶のシフォンケーキにたっぷりの生クリームの乗った皿をすぐに空にしたヴァンツァーは、私がケーキを食べ終わるのを待っていてくれた。彼も実は、かなり甘い物が好きだ。そこは変わっていない。
無口で無表情になっただけで、ヴァンツァーの内面はあまり変わってないのかもしれない。だからこそ、気になる。
何かから自分を守っているのかのような、その表面の変化が。
「ここは人目があるから……宝石店でも覗きに行くか」
「人目がない場所じゃなきゃ、話せないの?」
「あぁ」
そう言って彼はお会計を済ませると、なるべく高級なジュエリーショップに入った。
「頼んだものは?」
「できております。お持ちしますか?」
「いや、奥の部屋を少し借りる。15分後に持ってきてくれ」
「畏まりました」
何かアクセサリーを頼んでいたらしい。店の中は数点の見本がガラスケースに入っていて、奥にいくつか商談用の小部屋がある、私もあまり入らないような高級店だ。
ヴァンツァーと連れ立って部屋に通された私は、彼の左隣に座った。黒い革張りのソファに沈み込まないように座ると、おもむろにヴァンツァーは左手の手袋を外し、袖のボタンも外して肘の上まで捲り上げた。
「…………何、コレ」
「俺の肩から先は、義手だ。魔具士に作ってもらったから、ほとんど本物と同じに動かせる。……昨日の剣と揃いの盾を持っていたんだが、ドラゴンに肩から食われた」
肘と手首のところに、薄く光る魔法石が埋まっている。他は、人間の肌に近い質感をしていて、肩にも魔法石が埋まっているそうだ。
「これのせいで、こう……左側の顔や首の筋肉が、うまく動かない。笑わないんじゃなく……恥ずかしい。舌も、やっとこのくらい話せるようになった」
晩秋のドラゴンを倒して暫く、彼は療養とリハビリに努めていたと言う。
「言ってなかったか? すまない」
「言ってなかったか? じゃないわよ! なんで、もう、……ヴァンツァー……」
私はかける言葉もなければ、謝ることもできなかった。ありがとうとも言えない。ここで発する言葉は、必ず彼の誇りを何か傷付ける。
彼が服を戻し、手袋を嵌めようとしたところで、私は手に触れた。
本物の人の肌のようで、ちょっと違う。作り物の手だが、ちゃんと温かい。肩に頭を寄せて、耳まで赤くして私は言った。
「……大好きよ、ヴァンツァー。下手でもいいの。私の前では、笑って」
「……分かった」
そんな会話をしているうちに、扉がノックされたので、私は慌てて彼から離れた。
残念だ、と小さな声で言った彼は、確かに左側の唇が上がらない、下手な笑い方をした。
心臓が、煩かった。
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