【完結】冷徹騎士のプロポーズ〜身分の差を実力で捩じ伏せた幼馴染の執着〜

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
7 / 18

7 誕生日デートの誘い

しおりを挟む
 私が泣き終わるのをじっと待っていてくれたヴァンツァーは、手袋をハメ直すとポケットチーフを渡してきた。

「鼻をかむといい」

「そこは涙を拭くじゃないのね……」

 どこまでも実用一辺倒な感じというか、必要な事があまりに正確に分かるところは、デリカシーに欠けると思う。

 私はさすがに鼻はかめないので、垂れてきそうな鼻水はペーパーナプキンで横を向いて拭いて、ハンカチで涙を拭った。洗って返すわ、と言って預かったそれは、無地の絹で、刺繍でもして返そうかしらと思った。暫くしてないから、何か簡単なものになるだろうけれど。

「なぁミーシャ。明日は誕生日だろう? まだ夕方から領民の出入り自由なガーデンパーティーをやっているのか?」

「そうね。私は社交界を避けて生きてきたから、今も年に一度のお祝いはそれよ」

 ヴァンツァーの問いかけに首を傾げながら答えると、彼は口許を抑えて少し考えた。

「では、パーティーに間に合うように帰るから、明日の10時からデートに行かないか」

 私はポカン、としてヴァンツァーを見詰めてしまった。

 あのヴァンツァーが……いえ、むしろ、このヴァンツァーが、デートと言った? 聞き間違いじゃなく?

 この表情筋が全て死んだようになって帰ってきた彼が、デートのお誘い?

「…………くわ」

「ん?」

「行くわ! 10時ね? どこに行くの?」

「あぁ、うちの街を見て回ろうかと……」

「分かった、動きやすくて目立たない格好ね。領主様だもの、街を見て回るのは良い事だわ」

 私が勢いよくまくしたてたものだから、ヴァンツァーが今度は黙ってしまった。

 彼はまた、静かに頷く。

「では、10時に迎えにくる。俺も目立たない格好にしよう、屋敷に揃えられていた服はこんなのばかりだったから何か適当に使用人に服を借りるか」

 それはちょっと無理がある気がする。とは、言わなかったけれど……。ヴァンツァーは上背も高くて肩も広いし胸も厚い。脚も長いし、果たして使用人の服で着丈が合うだろうか。おへそが出てしまわないかな? そしたら笑ってしまうだろうな。

 想像だけでも笑えてしまって、それを堪えて私は咽せてしまった。大丈夫か、と抑揚のない声で尋ねられたから、大丈夫、と胸を押さえて答えた。

 明日どんな格好できても、笑うのはやめよう。そしてできれば、少しだけかっこいい格好で来て欲しい。

 少しずつヴァンツァーとの時間が戻ってきた感じがする。

 私はそれが嬉しくて、ずっと待っていた相手が私の願いを全部叶えてくれた事が、とてもとても嬉しくて。

「ありがとう、ヴァンツァー」

 心から、そう思って、笑顔で彼に告げた。

 無表情なヴァンツァーは少ししてから視線を逸らし、椅子の上でもぞりと座り直す。照れているようだ。

 表情はどこに置いてきたのかは分からないけれど、彼の感情はそこにあって、私はそれを感じる事ができる。

 その後は、少しだけ冒険者時代の話をしてくれた。どんな魔物を倒したとかの過激な話ではなく、どんな冒険者がいたのかとか、どんな武器屋の店員だったのかとか……ヴァンツァーは一人で出て行ったけど、一人では無かった。

 私は、それが嬉しかったし、少しだけ自分が恥ずかしかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

112
恋愛
 皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。  齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。  マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ

川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」 フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。 ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。 その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。 彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。 しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。 貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。 そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。 一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。 光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。 静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

婚約者が肉食系女子にロックオンされています

キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19) 彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。 幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。 そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。 最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。 最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。 結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。 一話完結の読み切りです。 従っていつも以上にご都合主義です。 誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...