【完結】忌子と呼ばれ婚約破棄された公爵令嬢、追放され『野獣』と呼ばれる顔も知らない辺境伯に嫁ぎました

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
20 / 21

20 『野獣』は『忌子』の呪いを解く

しおりを挟む
「うーん、分からないなぁ」

 森の奥にあるエルピスの実家に、珍しく召使いでもアルへオ家の人間でもない人物がいた。
 小さく唸り声をあげながら、頭を抱えているのは戦闘用の軽装に着替えたニルだ。
 ニルが今回エルピスとの同行をするにあたって、セラからなるべく権能の開放を進められるようにお願いされている。
 姉から同行を許された手前、それに対して答えないわけにもいかず、遥希という人間の修行をしているエルピスの事を観察しながらニルは権能の開放条件を探していた。

「ニル……ちゃん? 何か困りごとでも?」
「好きに呼べばいいよ。エルピスの神の称号の解放条件に付いて調べているんだ。
 彼の性格上はおそらく設定した開放する順番というものがあるはず、それに条件付けされた何かがあるとは思うんだけどそれがね……」

 エルピスの話とニル個人が調べた結果、いまエルピスが使用している三つの称号については解放条件が判明している。
 龍神の称号は耐え難い怒りから、魔神の称号は10年以上魔力を貯め続けること、邪神の称号は本来の解放条件は身近な者の死。
 本来創生神に想定されていた人生とエルピスの人生はおそらくすでに乖離しているのだろうが、創生神がその程度でどうにかなるほどの甘い条件設定をしているとは思えない。

「残念だけれど感情が絡んでくる物だと私にはどうにもできない。それ以外だったらできる限りの手伝いをさせてもらうのだけれど」

 仙桜種は創世の時から現代まで、遥かなる永遠とも呼べる時間をこの世界で過ごしてきている。
 その中で仙桜種達が造物主であるところの創生神の願いを叶えるために拾ったもの、捨てたものは決して少なくはない。
 自らの感情を捨てたことを簡単に吐露するレネスに対して、ニルは少し表情を歪めて嫌そうに口を開く。

「君たち仙桜種は感情を捨てることを良しとしがちだけれど、恋を司る私としては悲しいことだね。
 できる事なら感情は身に宿していてほしいものだ、君たちのような条件反射で答えられる機械のような生命体は愛してあげる事すらままならないよ」

 そう言って溜息を一つ付き、頬杖をつくニルの姿にはエルピスの前にいる時の様な柔らかさはない。

「感情を捨てることが創生神の武器になるべき私たちに最も求められるものだと思いますが、貴方の見解は違うのですか?」
「剣になることを求めているのならば彼の創り出す剣で事足りる。君たちがこの場にいる意味は何なのか。私は全知ではもうなくなってしまったから正確なことは分からないけれど、きっと創生神はこの世界で長く生きた君たちの感情を知りたいのだと思うよ」

 全知でないと前置きをして、とはいえニルが間違えるはずのない事を自信を持って口にする。
 創生神とは言わば知識欲と創作欲の塊から産まれるものだ。
 新しさを求める知性とそれを作り出すことに快感を覚える創作欲、この二面性は未来という不確定性の中に最も強く産まれるものである。
 ニルには理解しがたかった感情だが、ニルの読みが正しければそれが正解のはずだ。

「感情を知りたい……? いったい何のために」
「未来がそこにあるからだよ。動物的な繁殖ではなく、知識と感情をもって繁栄していく生物は創生神からしてみれば新たな未来の形の一つ。最もわくわくしながら日々を過ごしている神らしいよね」

 そう言ってニルは目を細めかつての記憶に意識を傾ける。
 ニルが出会った事のある創生神は戦場に立つ姿だが、戦場においても未知を求めて彼は戦っていた。
 殺意でも義務感でもなく、相手に対しての期待感で戦う創生神はニルからしてみれば初めて出会ったタイプの神でもあった。
 だからこそニルは彼を愛し、彼の為に動いている。

「ですが私達は強くあれと作られました。感情だけで強くなれるものでしょうか?」
「強くなれるよ。最後に全てを決めるのは思いの大きさだ、力も頭脳も運も同じならば後に残るのは生物としての在りどころだけだよ」

 だとするのならば感情を捨てて生きる仙桜種は、創造主の思惑とは違った人生を歩んでいるのだろうか。
 仙桜種最強であるレネスとしてはニルの言葉は信じられない、というより信じたくない言葉である。
 だがこの世界を想像した神と同種の存在であるニルの言葉は嘘ではない。
 伊達にレネスも長い間生きてきたわけでもないし、相手が嘘をついているのかどうかくらいの判断はつく。

「私達は間違っていたと言うのですか」
「それを決めるのは君達だよ。世界の真理はそうだけれど、それが違うと思うのならば世界の真理を覆せばいい。それが許された種族なんじゃないのかな君達は」
「……そうですね」

 まるでこれではこちら側がいじめているようではないか。
 感情はないにしろかつての名残で落ち込んでいるように見えるレネスの表情はニルとしても気まずい。

「そんな事よりも話を戻して大切なのは称号の解放条件だよ。
 エルピスが解放している称号の順番は、創生神が想定している通りに解放していると言うのが僕の見解。
 妖精神を解放しようとしているエルピスの判断は昨今の情勢を鑑みれば間違いではないし、僕もそれが正しいと思うんだけれど、その解放条件が一体なんなのか」
「怒りの龍神、慣れの魔神、哀しみの邪神、魔神を除いて邪神と龍神の二つはエルピス君の激情からくる物です。
 それを考えれば……そうですね、熱烈な愛なんてどうでしょうか。私が見た妖精神はのほほんとしていました、もしかしすれば幸福を感じることがトリガーかもしれませんが、そうだとしても条件はクリアできそうな物です」

 感情との関連性についてはニルも一考していたが、そういわれてみればこの仮説にも現実性が増してくる。
 解放条件さえ満たしてしまえば権能は自然とエルピスの体に馴染み、エルフの国であったような大惨事は避けることができる。
 第二神格に移行する際の負担はあったにしろ、あの時のエルピスの肉体的な被害の殆どが、条件を満たしていない邪神の称号故だ。
 ともすれば呪いとも呼べるそれを、エルピスに宿した創生神の狙いは何なのか。

「なるほど。確かに恋愛的な面で言えば、まだこれといって深い進展も無く、肉体関係も誰かと持ったわけでもない。
 条件つけするとしてもエルピスがこなす可能性も高いし、おかしい判断ではないか」
「そうなったとして誰が彼の相手を?」
「ーーもちろん僕だよ」

 レネスの問いかけに対して、一瞬の間すら開けずにニルは答える。
 その目は黒く、怯えという感情を消し去ったレネスには理解できない身体の震えが言いようのない不快感を口の中に残す。

「もうダメだ。これ以上は許容ができない。彼に関する全ては本来僕の元にあるべき物だ、いやあるべき物だと言うわけでは無くあって然るべき物であるはずだ。
 何故なら僕は狂愛の神だ、狂う恋を、愛をするべき神だ。そんな僕を差し置いてまるでそれが当然かのように肌を重ねるだなんて、許して言い訳が無いじゃないか」

 その目は確実に先程までのニルとは違い、狂ったものしかできない目だ。
 レネスも長い年月をかけて狂ってしまった人物を見たことがある、その時も同じような目をしていたが、ニルの瞳の暗さは比較にならない。

「エルピスの隣に僕以外の女の子が居るのもゆるそう。エルピスが僕を捨て他の女を横に置いてもそれでエルピスが幸せになれるのならば僕はそれを許容する。だけれど僕を恋人にした以上は、もうダメだ。何度も見逃してあげた、姉さんにすら僕の庭である迷宮で愛を囁くことを許した。だけれどもういい加減に待つのは飽きた」

 話は止まる気配もなく、レネスはただ目の前のそれが話終えるのを待つ。
 途中で遮ってもみればどうなるか分かったものでは無い、それに何よりもレネスの感が邪魔をするべきでは無いと訴えかけてきているのだ。

「僕はそもそも我慢強い方じゃないんだよ。恋しくて愛おしくて狂ってしまいそうなんだ、この感情をほんの少し、僕の感情の水を一滴エルピスの胸に垂らしてあげれば称号を解放できるんじゃないかと思えるほどにね」
「ーーそれは結構な事で。それで如何様に?」

 ようやく話が終わってくれたことに安堵しながら、レネスはニルに対して疑問を問いかける。

「仙桜種の最高戦力である君がここに居るのはきっと居なければいけないから居るんだ、その理由も大体僕は察しが付く。
 だから一言、私が手を出すまで手を出すな。それすら守れば僕はまた君の良き相談役にもそれ以外にもなる」

 ニルの目は遠いところを眺めている。
 一体その目が何を見据えているのか、それはレネスには到底思いつかない事だ。
 だがきっと彼女の事だから、エルピスのことでも考えているのだろう。
 他人の気持ちを考えるという共感性、それすら捨ててしまったレネスにはそれ以上考えられることもないがおおよそそれが全てだろう。

「よろしくお願いするよレネス」
「分かりました神の獣よ」

 きっとニルは何かを知っている。
 それは今後のこの世界の行く末すら左右してしまう様なものだろうが、レネスにそれを聞く事はできない。
 きっと聞いてしまえばこのゆったりとした暮らしも終わってしまう、そう思っている事にすら疑問を抱かずにレネスはニルの元を後にするのだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。 しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。 彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。 ............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。 招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。 送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。 そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。 『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』 一日一話 14話完結

処理中です...