【完結】忌子と呼ばれ婚約破棄された公爵令嬢、追放され『野獣』と呼ばれる顔も知らない辺境伯に嫁ぎました

葉桜鹿乃

文字の大きさ
上 下
15 / 21

15 見知らぬ再会

しおりを挟む
「メルクールお嬢様、ですか……?!」

 それは、市井のマーケットを見て歩いている時のことだった。

 護衛と侍女に囲まれた私は、銀髪に紫の目という、貴族特有の配色のせいですぐに分かったのだろう。

 この国では、貴族に金髪や銀髪、瞳の色は青、赤、紫、という色の人間が生まれやすい。

 逆に市井には茶色や赤毛、ブルネットや黒髪が多く、瞳の色も珍しければ緑で、他は茶色や黒、灰色という配色の人間が多い。何故かは、わからないけれど。

 だから、私が「お嬢様」と呼ばれることには何の不思議もなかったし、領主の嫁としてメルクールという貴族の子女が嫁いできたのも知られていることだろうけれど、メルクールお嬢様、というのは仕えたことがある、ないしは、仕えている人の呼称だ。

 まして、この領に来てからの私は「奥様」だ。そんな呼ばれ方をする所以は無いし、何だろう、と思って静かに足を止めて振り返った。

 声を掛けてきたのは中年を少し過ぎた女性で、ふくよかな体躯をシンプルな服に包んでいた。私のお母様より5つか6つは年上だろう。

 泣きそうな、複雑な表情をして私を見ていたが、私には彼女の表情の理由が分からない。そもそも、振り返ったはいいが知らない人なのに変わりはない。

「わ、私は以前、お嬢様の乳母をしておりました。命を狙われて……家族ともども、なんとかこのグラスウェル領で匿ってもらい……あぁ、何からお話したらいいのか」

 私の顔色がさっと変わった。血の気が引いたのが自分でも分かったが、ここでは忌子の風習は無いのだと自分に言い聞かせて呼吸を整える。

「どうしましょう、どこかで……話を聞きたいのだけれど、それは話しても、あなたの命には関わりが無いことかしら。ごめんなさい、私はあなたのことを覚えていないから……」

「いいえ、いいえ。いいんです、私もここに来るまでは忌子の風習に囚われていましたから。警戒されるのも分かります……あぁ、生きていらして、本当によかった……」

 泣きながらそんな風に私を言う見知らぬ女性を悪いようにもできず、私はどこか座れる所に移動しましょう、と言って道端のベンチに向かった。

 護衛や侍女に隠すことは無いので(何せ、見知らぬ女性だ)側にいてもらい、よく冷えた果実水を飲みながら、ゆっくりと話を聞いた。

 アルトメア公爵家では、私とブレンダが生まれた時に働いていた使用人から産婆、乳母に至るまで、少しずつ時間をかけて『処分』していったという。肥立ちが悪かった私を担当していた乳母が彼女で、その真実に気付いてすぐに逃げ出したらしい。

 忌子の世話をしている分お給金もよかったらいしが、それも全て殺してしまえば……存在を抹消してしまえばアルトメア公爵家に少しは戻ってくる。

 逆に、殺してしまわなければ永遠に高い給料を払って、口止めし続け、さらには脅された時にはもっと金を積まなければならない。

 ならばいっそ殺してしまえばいい、と、少しずつ、少しずつ、私とブレンダの出産と育児に関わった人間が消えていったという。

 なんとか助かりたくて、夜中に家族を連れて王都を出て、歩いて次の街で馬車に乗った時に、グラスウェル領の話を聞いてそこに逃げこんだらしい。

 這う這うの体で命を守って欲しい一心で、なんとか壁を越えてヘンリー様のお父様に御目見えし、全てを話し、匿ってもらったという。

 しばらくは屋敷の使用人として家族で住み込みで働き、ほとぼりが冷めた頃に市井で仕事を見つけて今は幸せに暮らしているとか。使用人として働いている間に、忌子の風習がこの領には無いことも聞いて、でも、と言う度にそこは怒られたそうだ。

 すっかりこの領に馴染むまで、当時のグラスウェル辺境伯も彼女を手元に置いておきたかったのだろう。

 悪い噂と言うのはとかく広まりやすい。匿ったのに、下手に忌子の風習が広まるのを避けたかったのだろう。

 そして、私の髪と瞳の色、それから、ヘンリー様が自分の奥さん……私のことだ……のことを誰にも隠さなかったので、私を見かけてつい声をかけたのだと。

 私は、自分の生家ならそこまでやるだろう、ということを冷静に受け止めながら、体の芯から凍えるような思いをしていた。

 忌子というだけで、こんなにも人を死なせ、追いやってしまった自分は、やはり災いの元のような気がする。

「ですが、領主様と……ヘンリー様とお嬢様が一緒になられると聞いて、ほっとしました」

 見知らぬ再会を果たした乳母は、自分も被害者だろうに、私に優しい目を向けている。

「グラスウェル領には、王都の追手もかかりませんから。この街は……この領は、この国にありながら、この国の偉い人たちに恐れられているんですよ。理由は知りませんけどね」

 お陰で私も安心して生活できています、と言って、女性は家事があるからと去っていった。

 一体、私は、どこに嫁いできたのだろう。そう考え込んでしまうが、明後日にはヘンリー様が帰ってくる。

 全ては帰ってきてから聞けばいい。

 足も大分慣れてきた。きっと、一番外側の壁の前で、彼を出迎えることができるだろう。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます

夜桜
恋愛
 令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。  アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

精霊の加護を持つ聖女。偽聖女によって追放されたので、趣味のアクセサリー作りにハマっていたら、いつの間にか世界を救って愛されまくっていた

向原 行人
恋愛
精霊の加護を受け、普通の人には見る事も感じる事も出来ない精霊と、会話が出来る少女リディア。 聖女として各地の精霊石に精霊の力を込め、国を災いから守っているのに、突然第四王女によって追放されてしまう。 暫くは精霊の力も残っているけれど、時間が経って精霊石から力が無くなれば魔物が出て来るし、魔導具も動かなくなるけど……本当に大丈夫!? 一先ず、この国に居るとマズそうだから、元聖女っていうのは隠して、別の国で趣味を活かして生活していこうかな。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

処理中です...