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5 辺境伯領都の屋敷にて
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夕陽で長く大きな影ができる城壁の間際に来た時には、思わず窓から見上げてぽかんと口を開けてしまった。
あまりに巨大すぎる。人の手で造られたものとは到底思えない。
「すごいだろう? ここは一応、隣国との砦も兼ねているから、街全体がこんな調子で壁に囲まれている。街の中にも壁が二重にあって、隣国がわには跳ね橋のかかっている大きな堀がある」
「すごいです……! こんなに大きな壁に、堀に跳ね橋だなんて……!」
「街の中は毎日お祭りのような賑やかさだよ。さぁ入るよ」
馬車の紋章を見て、門兵は敬礼するだけで私たちを中に入れた。
忌子である私をこんなすんなり受け入れていいものなのか、と思ったけれど、ヘンリー様が何も言わないのなら私も口をつぐんでおく。
「領主様、お帰りなさい!」
「その子が嫁さんかい? これまたべっぴんだねぇ!」
と、街の人たちがヘンリー様に気軽に声をかけ、また、ヘンリー様も笑顔で応じている。
そうして街中の2枚の壁を潜る頃には、閑静な住宅街にたどり着いた。ここは一軒一軒の敷地が広く、まるで王都の貴族街のようだ。
「この辺は静かだろう? 僕はいいんだけど、やっぱり警備の面からある程度屋敷近くは重用している部下や出入りの商人なんかの屋敷でないと不安らしい」
「こんなに皆様に愛されているのに、誰かがヘンリー様を狙う事があるんですの?」
「まぁ、隣国とは仲が悪いからね、仕方ないよ」
言って、街の中心にある大きなお屋敷に馬車は吸い込まれるように入っていった。
屋敷の中では使用人総出で出迎えられ、私は今の見窄らしい格好に尻込みしてしまうような立派な造りの屋敷で大きな寝室を与えられ、そこでまずは体を洗って清潔な服に身を包み、傷を丁寧に治療されてと至れり尽くせりのもてなしを受けた。
馬車の中で飲み食いしただけあって、そこまでされると直ぐに眠気が襲ってくる。
侍女に手を引かれて優しく寝かしつけられると、そのまま意識を布団の中で手放した。
これまで生きてきた中で、一番ゆっくりと、そしてぐっすりと眠った夜だったかもしれない。
——夜中にトイレに起きると、控えていた侍女が部屋の中の洗面所を案内してくれた。
バスルームもだが、王都の屋敷や、下手をすれば王宮よりも衛生観念がしっかりしているように思う。
お手洗いには良い香りを放つ石鹸が備え付けられ、手を拭くタオルも清潔に保たれている。
バスルームも部屋とは区切りをつけてあり、体の隅々まで丹念に洗って流せるような……王都の屋敷では部屋の中に湯船があり、床を汚さないように侍女が体を洗ってくれたものだが……造りになっていた。
リネンも清潔な匂いがする。そう、この屋敷の中は、王宮よりも質素に見えても、何段も先をいく清潔さなのだと気付く。
ヘンリー様とは、明日ゆっくり話をしようと言ってエントランスで分かれた。
私も体を洗ったり新しい衣服を着たかったので頷いた。
明日から、ここの事を知ればいい。忌子に対するヘンリー様の、憎しみのようなとても強い感情……あれだけは、どう切り出していいのか分からないけれど。
避けては通れない話だが、彼は待ってと言った。ならば、待つ。
こうして丁寧に迎えられ、心地よく過ごさせてくれるだけで、ヘンリー様は私にとって救世主である事は間違いないのだから。
一度目が覚めたものの、ベッドに戻ればその誘惑には勝てず、私はまたぐっすりと寝入った。
あまりに巨大すぎる。人の手で造られたものとは到底思えない。
「すごいだろう? ここは一応、隣国との砦も兼ねているから、街全体がこんな調子で壁に囲まれている。街の中にも壁が二重にあって、隣国がわには跳ね橋のかかっている大きな堀がある」
「すごいです……! こんなに大きな壁に、堀に跳ね橋だなんて……!」
「街の中は毎日お祭りのような賑やかさだよ。さぁ入るよ」
馬車の紋章を見て、門兵は敬礼するだけで私たちを中に入れた。
忌子である私をこんなすんなり受け入れていいものなのか、と思ったけれど、ヘンリー様が何も言わないのなら私も口をつぐんでおく。
「領主様、お帰りなさい!」
「その子が嫁さんかい? これまたべっぴんだねぇ!」
と、街の人たちがヘンリー様に気軽に声をかけ、また、ヘンリー様も笑顔で応じている。
そうして街中の2枚の壁を潜る頃には、閑静な住宅街にたどり着いた。ここは一軒一軒の敷地が広く、まるで王都の貴族街のようだ。
「この辺は静かだろう? 僕はいいんだけど、やっぱり警備の面からある程度屋敷近くは重用している部下や出入りの商人なんかの屋敷でないと不安らしい」
「こんなに皆様に愛されているのに、誰かがヘンリー様を狙う事があるんですの?」
「まぁ、隣国とは仲が悪いからね、仕方ないよ」
言って、街の中心にある大きなお屋敷に馬車は吸い込まれるように入っていった。
屋敷の中では使用人総出で出迎えられ、私は今の見窄らしい格好に尻込みしてしまうような立派な造りの屋敷で大きな寝室を与えられ、そこでまずは体を洗って清潔な服に身を包み、傷を丁寧に治療されてと至れり尽くせりのもてなしを受けた。
馬車の中で飲み食いしただけあって、そこまでされると直ぐに眠気が襲ってくる。
侍女に手を引かれて優しく寝かしつけられると、そのまま意識を布団の中で手放した。
これまで生きてきた中で、一番ゆっくりと、そしてぐっすりと眠った夜だったかもしれない。
——夜中にトイレに起きると、控えていた侍女が部屋の中の洗面所を案内してくれた。
バスルームもだが、王都の屋敷や、下手をすれば王宮よりも衛生観念がしっかりしているように思う。
お手洗いには良い香りを放つ石鹸が備え付けられ、手を拭くタオルも清潔に保たれている。
バスルームも部屋とは区切りをつけてあり、体の隅々まで丹念に洗って流せるような……王都の屋敷では部屋の中に湯船があり、床を汚さないように侍女が体を洗ってくれたものだが……造りになっていた。
リネンも清潔な匂いがする。そう、この屋敷の中は、王宮よりも質素に見えても、何段も先をいく清潔さなのだと気付く。
ヘンリー様とは、明日ゆっくり話をしようと言ってエントランスで分かれた。
私も体を洗ったり新しい衣服を着たかったので頷いた。
明日から、ここの事を知ればいい。忌子に対するヘンリー様の、憎しみのようなとても強い感情……あれだけは、どう切り出していいのか分からないけれど。
避けては通れない話だが、彼は待ってと言った。ならば、待つ。
こうして丁寧に迎えられ、心地よく過ごさせてくれるだけで、ヘンリー様は私にとって救世主である事は間違いないのだから。
一度目が覚めたものの、ベッドに戻ればその誘惑には勝てず、私はまたぐっすりと寝入った。
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