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3 お喋りな『野獣』

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 草原の真ん中で、王宮にもあがれそうな立派な服を着た美青年と、汗と誇りに塗れた私のどちらが不似合いだろうか、などと考えがどんどん斜め上にいきそうになるのをなんとか引き戻す。

(この方が、野獣……)

 無理がある。

 険の無い表情を浮かべて優しい視線を向けてくる彼は、私の手を引いて馬車のドアを開けると、どうぞ、と中に座るのを促した。

 フカフカのクッションの置かれた立派な馬車に、今の私が座っては汚してしまう。

「あ、あの、私も御者席に……」

「お嫁さんをそんな扱いはしないよ。しかし、『病の療養』を理由にしておいてこの扱いは酷いな。あぁ、事情なら全部知っているから、気にしなくていい」

 彼はそう言いながら私を抱き上げて椅子に座らせ、荷物を足元に置くと御者席に戻っていった。

 馬車の中と御者席の間にある小口窓を開いて、グラスウェル辺境伯は気軽な調子で何かとお喋りをしてくれた。緊張を解そうとしてくれたのか、元々そういった性質なのかは分からないが、明るい人だ。

「道が無くてびっくりしただろう? この辺は魔物も獣も出るから、道を作ってないんだよ。人里がすぐに分かってしまうからね。あぁ、でも町に着いたらビックリするんじゃないかな? 楽しみにしていて」

「そ、そんなに危ない場所なのですか?」

「慣れない人にはね。この領で暮らす人間にとっては当たり前さ。隣国から冒険者もよく来るから、市井に下りれば楽しい話もいっぱい聞けるよ」

 という事は、グラスウェル辺境伯はよく市井に下りているという事なのだろうか?

 王都の貴族街すらまともに出歩いた事がない私には想像もつかない事だった。

 産まれた頃から疎まれ、利用され、その全てを台無しにされたあげく捨てられた私にとって、彼はそれらを和らげてくれる。

「僕もよく狩りに出るけど、大きいのが獲れたらみんなで祭にするんだ。それにこの馬車も、草が車輪に絡まないよう小さな刃がついていてね。草は直ぐに葉を伸ばすから道が出来ることもないし、王都の古い歴史に囚われないのがこのグラスウェル領だよ。気に入ってくれるといいなぁ」

 でも、まずは屋敷に着いたらお風呂と治療と着替えだね、と笑って言われて、やはり臭うのだと自分の姿を見て苦笑いするしかない。

「あの、グラスウェル辺境伯様……」

「ヘンリーでいいよ。なんだい?」

「あぁ、あの、ヘンリー様……、全てご存知と伺いましたが……」

 私が忌子である事も分かっているのだろうか、と不安になる程の明るさに、思わず確認するような事を言ってしまった。

 瞬間、馬車の中の気温が一気に下がったような寒気を感じる。身体が小刻みに震えて止まらない。自分で自分の体を反射的に抱きしめた。

「……もちろん知っている。僕も少し思う所があるから、それについては、少しの間忘れて過ごしてくれるかな」

 質問のようだが、これは強制だ。顔は見えないが、馬車の中に漂ったのが怒気……ないしは、殺気であることを悟るのに時間は要しなかった。

「はい、ヘンリー様……」

「うん。あぁ、ごめんよ、君に何かあるわけじゃないんだ。そのうち僕の話もするから……ほら、窓の外を見てごらん」

 冷えた温度が戻ってくる。促されて窓の外を見ると、森と森の間から高い城壁が見えた。まだ遠く離れているはずなのに、これだけ大きく見えるとは、余程巨大なのだろう。

「あそこがグラスウェル領の中心街だ。他にも農村や冒険者の街もあるけど、君が暮らすのはあの城壁の中で、とても安全だから安心していい。あと1時間位だから、もう少し楽しい話をしよう」

 お腹は空いてる? と聞かれた私は、口で答えるよりも先に鳴ってしまったお腹を押さえて、小さく、はい、と返事をした。

 向かいの椅子を持ち上げてごらん、と言われて持ち上げたそこには、パンや缶に入ったまだ温かいスープ、焼き菓子や飲み物がいっぱいに入っていた。

「僕は勝手に喋るから、君は食べていていいからね」

 碌な食べ物も水も与えられなかった1週間の空腹に、いきなり沢山のものを詰め込んではいけない。それは、家で忌子として罰される時の断食で痛いほど痛感している。

 まずは飲み物から……冷たい果物の風味がする水だった……、少しずつ口に含んで、ゆっくりとお腹を満たしていった。

 その間、ヘンリー様のお喋りは途絶える事がなかった。
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