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1 忌子と呼ばれた公爵令嬢

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「おのれ……ずっと私を騙していたのだな」

 今、憎々しげに私を睨みつけているのはこの国の王太子であるヨルング・ナーガフォレスト殿下。齢21歳の、金髪に青い瞳の、誰もが憧れる整った顔立ちに引き締まった体躯の『王子様』だ。

 無表情のまま俯くしかないのは、私、メルクール・アルトメア。銀の髪に紫の瞳をした公爵令嬢。

 今この時全ての希望と感情を殺されてしまった私は、細くて白い腕を見てただ次の罵声に備えるだけだ。

 ヨルング王太子殿下の隣に座っているのは、私と同じ銀の髪に赤い瞳の『姉』であるブレンダ・アルトメア。

 私とブレンダは、姉妹は姉妹だが、双子の姉妹である。そして、私は妹……双子の妹ないしは弟は、この国では忌子とされて不幸を呼び込むものとして、産まれた時に殺されることもある。

 しかし、子宝に恵まれなかった両親は、私とブレンダを年子として誤魔化し、ブレンダを手元に、私を王宮での発言力を高める道具として王太子と婚約させた。

 家での扱いも、王宮での王太子妃教育も厳しいものがあったが、私は生き残っただけ幸運だと思っていたし、王宮に嫁いでしまえば新しい人生が始まると思って耐えて耐えて耐え抜いてきた。

 ブレンダが王太子妃の座を狙っていただなんて、誰が思うだろう。そんなことを思う余裕なんて少しもなかった。それだけ、私は厳しい環境で、衣食住だけは高水準のものを与えられながら、必死に生きてきた。

「婚約破棄だ……、お前とは婚約破棄をし、ブレンダ嬢と婚約していたこととする」

「王太子殿下……」

「黙れ。その穢れた口で、穢れた声で、私を呼ぶな。王室にも公爵家にも体面という物がある。下手にこの事を知られれば内戦にもなりかねん。やはり、忌子は忌子であった」

 私はやはり、何も言えない。発言する権利も無く、昨日まで向けられていた優しい笑顔は、今は道端のゴミでも見るような視線に変わっている。

 いくらなんでも情が無さすぎるのでは無いかと思わなくもないが、これがこの国では当たり前なのだと痛感する。

「ブレンダとの婚約は一年後とし、それまでは内々に婚約者はブレンダであったと工作する。アルトメア公爵は王家に対する不敬罪を問いたいところだが、それでは問題が明るみに出る。父上と相談の上となるが……お前はグラスウェル辺境伯へと嫁ぐ事となるだろう。今更殺すこともできぬ」

 私は今年18歳になる。ブレンダもそうだ。書類の上では、私はまだ17歳だけれど。

 成人している貴族女性を殺すことなど難しい。まして、王太子の婚約者として社交活動も行っていた私に、どんな罪を着せるにしても、大事になる。

「まぁ、あの『野獣』と噂の……? よかったわね、メリー。殺されずに済んで」

「……」

 大袈裟に驚いて見せてから、私へ慈愛に満ちた笑顔を向けてくるそっくりな顔。

 私と違ってめりはりのある体付きのブレンダは、もう王太子妃気取りで王太子殿下の腕にまとわりついているが、王太子はとにかく頭を痛めていた。

 この方法しかない、という政治的判断は正しいのだろう。しかし、私と婚約している最中、彼に不幸は何も訪れなかった。

 私は双子の妹として産まれたばかりに、そして、欲をかいた両親と双子の姉のせいで、顔も知らない『野獣』と呼ばれる辺境伯の元に嫁ぐことになった。

 婚約破棄も、新たな嫁ぎ先も……辺境伯領には野生の獣や魔物も多く生息し、誰も好んで近寄らないのだ……私には口を挟むことも、顔を上げることも許されずに決まってしまった。

 その後、王室と父上との間で秘密裏に書類が交わされ、私は病の療養を名目として、辺境伯領へと嫁ぐ事になった。
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