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揺れる都 その2
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「もうすぐ京の都が見える。だが、遠い場所だ」
実真は傍らにいた祭子に言った。祭子が頷く。
二人は馬上の人だった。軍勢を引き連れて京への道を早足で駆けてゆく。
その少し前、東国武士団は二手に分かれた。
琵琶湖の水路を鍛治谷と志郎が往き、陸路を実真と祭子が往く。水路は遠回りだが危険が少なく、陸路は京に近いが逢坂の関を突破しなければならない。
実真は、戦う道を選んだ。
守備兵がずらりと整列する関所を前にして、実真は単騎で進み出る。
「無駄な血は流したくない! 我らは帝をお救いしに参ったのだ!」
「何という男だ……不世出の傑物か、はたまた大馬鹿者か」
守備隊の将は実真の胆力に敬意を抱きつつも弓を持ち、門の上から叫ぶ。
「何を申すか水野実真! かような軍勢で何を言っても脅しにしかならぬわ!」
そして背後の副将にぼそりと言った。
「援軍はまだか。三度も要請しているのだぞ」
「はっ、いまだ返事もありません」
「御堂様は何を考えておられる……くそっ、我らに死ねというのか」
「も、門を開きますか?」
「阿呆が! 逢坂の関は最後の砦だぞ! まったく今日は厄日だ……!」
守備隊の将は弓を構えた。実真に向かって矢を放つ。
「ええい、ままよ!」
鋭い矢は実真の顔めがけてまっすぐ飛んだ。が、皮一枚のところを実真は顔をわずかに逸らすだけでかわして見せる。
実真はダマスカの剣を頭上に掲げた。
「すまない……かかれッ!」
東国武士団が号令とともに、一気呵成に突撃した。兵士たちの気柱が波濤となって関所を呑み込む。
あっという間に門は破られた。
京の都を守る最後の砦は、歴史上初めて陥落した。
そして現在――決戦の舞台となる山科の地。京の都とは目と鼻の先である。山で囲まれた盆地となっており、遠目に朝廷の軍勢がハッキリと見える。
「敵も野戦での決着をお望みか」
祭子が馬上で言った。薙刀の柄を脇に挟み、刃をゆらりと下げている。
「数は向こうが勝っているな。ぶつかれば砕ける」
「ああ……」
実真は敵軍勢の中に多く立つ、紅に染め抜かれた軍旗を見つめた。御堂晴隆の麾下の兵である。西国から召喚を受け、この地に集まった。
御堂は今でこそ貴族の頂点に座しているが、そもそもが武士である。朝廷の有力な軍事貴族を抑えて権力を握るには、それだけの武力がいる。
「御堂殿は若い頃、瀬戸内の海賊衆を力で束ねたという。油断は禁物だ」
「こちらが東国の覇者ならば、向こうは西国の覇者か」
実真は陣形を組み直し、決戦の時を待った。
「実真―ッ!」
そこに鍛治谷と志郎の兵が合流した。迂回する進路を取った彼らだが、敵襲はまったくなく、無傷で合流することが出来た。
「志郎、船旅の感想は?」
祭子の意地悪な問いに、志郎はバツの悪そうに頭をかく。
「快適でしたよ……嫌なぐらいね」
「船酔いでもしたか」
「まさか。とてもそんな余裕はありませんよ。姉上、湖族は――いや、彼らだけじゃない。もっと多くの人間がこの戦の趨勢を見ています」
「というと?」
「我らが生き延びるには勝つほかありません」
志郎の言葉を聞いた鍛治谷が豪快に笑い飛ばした。
「カッハッハ! 何を今さら! 赤子でも知っておるわ!」
志郎は小さな溜め息を吐いた。鍛治谷はずっとこんな調子である。今ひとつこの戦の重みがわかっていない。負けると死ぬのは間違いないが、肉体の死を超えて名前も抹殺されるのがこの戦である。
反逆者という歴史の異端者。
この戦に負けるということは、歴史から消えるということだ。
いよいよ陣形が整った。両軍合わせて数万にものぼる。
馬のいななきもやみ、甲冑の擦れる音もやんだ。昼中にあって眼光鋭く、その息遣いは猛者の落ち着き。鬼童丸が率いた追討軍とは明らかに質を異にする。
「呑気なものだなァ」
鍛治谷があくびを一つ拵えて言った。敵が目の前にいるのに、ゆっくりと陣形を組むことが不思議だった。生き馬の目を抜く東国では考えられない。
それには祭子も志郎も黙っていたが、内心同感だった。
実真が彼らの前に馬を進めて言った。
「これが本当の戦だ」
「実真殿……」祭子がその背を見つめる。
「行って来る」
そう言って、実真はただ一人で歩を進めた。祭子たちの視線が、実真の姿を通して敵軍を捉える。
みな、息を止めた。
本当の戦――そこには小手先の技も策も入る余地がない。純粋なチカラとチカラのぶつかり合い。
どちらが強いのか。それを決めるための戦い。
祭子は祈るような気持ちだった。薙刀の柄を握りしめる。
少しも疑ったことのない実真の強さに、初めて不安を覚えた。
実真が戦場の中央まで進んだ。
すると朝廷軍からも何者かが単騎で進み出た。甲冑姿の御堂晴隆だった。
ゆっくりと接近する両者。矢ごろ(射程のこと)より少し遠い場所で二人は対峙した。
それを見ていた鍛治谷が不意に言った。
「アレは実真の間合いだろう? どうして斬らないんだ」
それに志郎が答える。
「もしここで実真殿が御堂殿を斬れば、たちまち我らの敗北となります」
「何故だ」
「日ノ本のすべてがこの戦に注目しています。ただ敵を倒せばいいというものではなく、正当に打ち克たねばなりません。やっと理解できましたよ、本当の戦という意味が。あの人は最初からわかっていたんだ……」
「祭子はわかっていたのか?」
鍛治谷が祭子に問いかけるも、その言葉は届いていない。
祭子は静かに実真の背中を見つめるだけだった。
実真と御堂の間に風が吹いた。御堂は微笑を浮かべた。
「酒宴以来だな、水野実真よ」
「帝をお救いしに参上仕った。帝はいずこか」
「結論を急ぐな。戦は本望ではあるまい、互いにな」
「当然だ。帝はご無事か?」
「さても実真、愚かな武者ぶりよ。お前がかつて帝に受けた仕打ちを忘れたとでもいうのか? 妻を奪われ、東夷に追われても、なお忠義を誓うと?」
「……それが武士の務めならば」
「ははは、立派な答えだ――この盗人が!!!」
戦場に御堂の叱声がこだました。
「何が武士だ! 何が務めだ! 帝の忠誠心を盗んだ貴様が、何を語ろうというのか!? その背にいる幾万の軍勢は、みな貴様に忠義を捧げている。これを大罪と言わずして何と言うのか!」
その言葉は透明な矢のように鋭く飛ぶ。
「何だあの野郎……! 叩き斬ってやる!」
激昂して駆け出そうとする鍛治谷の腕を祭子が掴んだ。ぎりぎりと凄まじい力である。鍛治谷は驚きと同時に冷静に引き戻された。
「行ってはならん……これは……実真殿の戦いだ」
「姉上……」
誰よりも駆け寄りたいと思っているのは他でもない祭子だった。志郎は眉宇に刻まれる深い皺を、胸に溜まった陰気とともに吐き出した。
「遠路はるばるここまで来たんですから。信じましょう、あの人を」
その頃、実真は意識を周囲に巡らせていた。
東国からここまで付き従ってくれた兵士たち。そんな自分たちと対峙せねばならない敵方の兵。無数の瞳が今、この戦いの意義を探している。
実真は拳を握った。大きく息を吸い込む。
「笑止!!」
言葉に乗せて闘気を放った。澄んだ声が響き渡る。
「そもそも忠は、人あるところに数多あり。されど義はただ一つなり。たしかに私は、最愛の妻を奪われた。恨みを抱き、憎しみに身を焦がした。だが情念のままに刃を振るったとて、心の闇を斬ることは叶わぬであろう! 私が京に舞い戻った理由はただ一つ――不義を滅することだ!」
実真はダマスカの剣をすばやく抜き放った。陽光を受けた黒い刀身が、キラリと白く輝く。
「御堂晴隆! 帝を幽閉し、権力をほしいままにした不義の行い。断じて見過ごすわけには行かん。己が罪を認めるがいい!」
実真の言葉を真正面から受け、晴隆は表情を無にした。
「見事なり――水野実真」
と、言った瞬間、ニヤリと笑う。
「その道理も古き世なれば、海内あまねく行き届いたであろう。しかし、世はすでに新たな日輪を戴いている――!」
御堂はとつぜん馬から降り、実真に背を向けると膝をついた。
そして深々と頭を垂れる。すると御堂の軍勢が雲海の切れ間のように真っ二つに割れ、その間からゆっくりと何者かが姿を現した。
轅を担ぐ何十人もの力者。それは鳳凰を象った神々しい意匠の輦輿。
まぎれもない。日ノ本にたった一人。帝にしか許されぬ乗り物。
「新しき世――新しき主――次代の帝の御成りである!!!!!」
輦輿にかかった御簾がゆっくりと巻き上げられた。
実真は息を止め、目の前の光景を真っ直ぐに見つめる。
重たい風が渦を巻く。鈍い光がその顔を照らした。
「まさか……宗人親王か……」
輦輿に乗っていたのはシュウジンだった。純白を基調とした淡い黄金色の錦の御服を身にまとい、日月星辰を模した煌びやかな宝冠をかぶっている。
ややうつむき加減に視線を落とし、実真たち東国武士団の前に姿を現した。
「バカな! 新たな帝だって!?」
志郎が取り乱した様子で声を上げた。
祭子も奥歯を噛んで冷静を必死に留めている。しかし――。
「最初から……これが狙いか……」
「姉上、術中に落ちました。新たな帝を戴くに留まらず、戦場にまで引きずり出すとは。その御身に弓引く我らは史上最悪の謀反人です」
そこに鍛治谷が馬を寄せた。
「志郎、何を戸惑う。帝を討つ絶好の機会ではないか」
「違うのです、鍛治谷殿。帝は言うなれば王者。覇者は王者に及びません。なぜなら、王者は徳によって国を治める者だからです。その王者を刃で弑逆すればすなわち、大義は大逆となりましょう」
「ぬう……強いヤツが勝つ! それがすべてだろう!?」
「その通りだ。だが――」
色を失った祭子の言葉が通り抜ける。
「帝を殺した瞬間、日ノ本すべてが敵となる。その時、我らは強き者でいられると思うか?」
鍛治谷はやっと事態の意味を理解した。額に脂汗が浮かぶ。
「進むも退くも……地獄だ……」
祭子は実真の背中を見つめた。その瞳がかすかに潤んだ。
実真は傍らにいた祭子に言った。祭子が頷く。
二人は馬上の人だった。軍勢を引き連れて京への道を早足で駆けてゆく。
その少し前、東国武士団は二手に分かれた。
琵琶湖の水路を鍛治谷と志郎が往き、陸路を実真と祭子が往く。水路は遠回りだが危険が少なく、陸路は京に近いが逢坂の関を突破しなければならない。
実真は、戦う道を選んだ。
守備兵がずらりと整列する関所を前にして、実真は単騎で進み出る。
「無駄な血は流したくない! 我らは帝をお救いしに参ったのだ!」
「何という男だ……不世出の傑物か、はたまた大馬鹿者か」
守備隊の将は実真の胆力に敬意を抱きつつも弓を持ち、門の上から叫ぶ。
「何を申すか水野実真! かような軍勢で何を言っても脅しにしかならぬわ!」
そして背後の副将にぼそりと言った。
「援軍はまだか。三度も要請しているのだぞ」
「はっ、いまだ返事もありません」
「御堂様は何を考えておられる……くそっ、我らに死ねというのか」
「も、門を開きますか?」
「阿呆が! 逢坂の関は最後の砦だぞ! まったく今日は厄日だ……!」
守備隊の将は弓を構えた。実真に向かって矢を放つ。
「ええい、ままよ!」
鋭い矢は実真の顔めがけてまっすぐ飛んだ。が、皮一枚のところを実真は顔をわずかに逸らすだけでかわして見せる。
実真はダマスカの剣を頭上に掲げた。
「すまない……かかれッ!」
東国武士団が号令とともに、一気呵成に突撃した。兵士たちの気柱が波濤となって関所を呑み込む。
あっという間に門は破られた。
京の都を守る最後の砦は、歴史上初めて陥落した。
そして現在――決戦の舞台となる山科の地。京の都とは目と鼻の先である。山で囲まれた盆地となっており、遠目に朝廷の軍勢がハッキリと見える。
「敵も野戦での決着をお望みか」
祭子が馬上で言った。薙刀の柄を脇に挟み、刃をゆらりと下げている。
「数は向こうが勝っているな。ぶつかれば砕ける」
「ああ……」
実真は敵軍勢の中に多く立つ、紅に染め抜かれた軍旗を見つめた。御堂晴隆の麾下の兵である。西国から召喚を受け、この地に集まった。
御堂は今でこそ貴族の頂点に座しているが、そもそもが武士である。朝廷の有力な軍事貴族を抑えて権力を握るには、それだけの武力がいる。
「御堂殿は若い頃、瀬戸内の海賊衆を力で束ねたという。油断は禁物だ」
「こちらが東国の覇者ならば、向こうは西国の覇者か」
実真は陣形を組み直し、決戦の時を待った。
「実真―ッ!」
そこに鍛治谷と志郎の兵が合流した。迂回する進路を取った彼らだが、敵襲はまったくなく、無傷で合流することが出来た。
「志郎、船旅の感想は?」
祭子の意地悪な問いに、志郎はバツの悪そうに頭をかく。
「快適でしたよ……嫌なぐらいね」
「船酔いでもしたか」
「まさか。とてもそんな余裕はありませんよ。姉上、湖族は――いや、彼らだけじゃない。もっと多くの人間がこの戦の趨勢を見ています」
「というと?」
「我らが生き延びるには勝つほかありません」
志郎の言葉を聞いた鍛治谷が豪快に笑い飛ばした。
「カッハッハ! 何を今さら! 赤子でも知っておるわ!」
志郎は小さな溜め息を吐いた。鍛治谷はずっとこんな調子である。今ひとつこの戦の重みがわかっていない。負けると死ぬのは間違いないが、肉体の死を超えて名前も抹殺されるのがこの戦である。
反逆者という歴史の異端者。
この戦に負けるということは、歴史から消えるということだ。
いよいよ陣形が整った。両軍合わせて数万にものぼる。
馬のいななきもやみ、甲冑の擦れる音もやんだ。昼中にあって眼光鋭く、その息遣いは猛者の落ち着き。鬼童丸が率いた追討軍とは明らかに質を異にする。
「呑気なものだなァ」
鍛治谷があくびを一つ拵えて言った。敵が目の前にいるのに、ゆっくりと陣形を組むことが不思議だった。生き馬の目を抜く東国では考えられない。
それには祭子も志郎も黙っていたが、内心同感だった。
実真が彼らの前に馬を進めて言った。
「これが本当の戦だ」
「実真殿……」祭子がその背を見つめる。
「行って来る」
そう言って、実真はただ一人で歩を進めた。祭子たちの視線が、実真の姿を通して敵軍を捉える。
みな、息を止めた。
本当の戦――そこには小手先の技も策も入る余地がない。純粋なチカラとチカラのぶつかり合い。
どちらが強いのか。それを決めるための戦い。
祭子は祈るような気持ちだった。薙刀の柄を握りしめる。
少しも疑ったことのない実真の強さに、初めて不安を覚えた。
実真が戦場の中央まで進んだ。
すると朝廷軍からも何者かが単騎で進み出た。甲冑姿の御堂晴隆だった。
ゆっくりと接近する両者。矢ごろ(射程のこと)より少し遠い場所で二人は対峙した。
それを見ていた鍛治谷が不意に言った。
「アレは実真の間合いだろう? どうして斬らないんだ」
それに志郎が答える。
「もしここで実真殿が御堂殿を斬れば、たちまち我らの敗北となります」
「何故だ」
「日ノ本のすべてがこの戦に注目しています。ただ敵を倒せばいいというものではなく、正当に打ち克たねばなりません。やっと理解できましたよ、本当の戦という意味が。あの人は最初からわかっていたんだ……」
「祭子はわかっていたのか?」
鍛治谷が祭子に問いかけるも、その言葉は届いていない。
祭子は静かに実真の背中を見つめるだけだった。
実真と御堂の間に風が吹いた。御堂は微笑を浮かべた。
「酒宴以来だな、水野実真よ」
「帝をお救いしに参上仕った。帝はいずこか」
「結論を急ぐな。戦は本望ではあるまい、互いにな」
「当然だ。帝はご無事か?」
「さても実真、愚かな武者ぶりよ。お前がかつて帝に受けた仕打ちを忘れたとでもいうのか? 妻を奪われ、東夷に追われても、なお忠義を誓うと?」
「……それが武士の務めならば」
「ははは、立派な答えだ――この盗人が!!!」
戦場に御堂の叱声がこだました。
「何が武士だ! 何が務めだ! 帝の忠誠心を盗んだ貴様が、何を語ろうというのか!? その背にいる幾万の軍勢は、みな貴様に忠義を捧げている。これを大罪と言わずして何と言うのか!」
その言葉は透明な矢のように鋭く飛ぶ。
「何だあの野郎……! 叩き斬ってやる!」
激昂して駆け出そうとする鍛治谷の腕を祭子が掴んだ。ぎりぎりと凄まじい力である。鍛治谷は驚きと同時に冷静に引き戻された。
「行ってはならん……これは……実真殿の戦いだ」
「姉上……」
誰よりも駆け寄りたいと思っているのは他でもない祭子だった。志郎は眉宇に刻まれる深い皺を、胸に溜まった陰気とともに吐き出した。
「遠路はるばるここまで来たんですから。信じましょう、あの人を」
その頃、実真は意識を周囲に巡らせていた。
東国からここまで付き従ってくれた兵士たち。そんな自分たちと対峙せねばならない敵方の兵。無数の瞳が今、この戦いの意義を探している。
実真は拳を握った。大きく息を吸い込む。
「笑止!!」
言葉に乗せて闘気を放った。澄んだ声が響き渡る。
「そもそも忠は、人あるところに数多あり。されど義はただ一つなり。たしかに私は、最愛の妻を奪われた。恨みを抱き、憎しみに身を焦がした。だが情念のままに刃を振るったとて、心の闇を斬ることは叶わぬであろう! 私が京に舞い戻った理由はただ一つ――不義を滅することだ!」
実真はダマスカの剣をすばやく抜き放った。陽光を受けた黒い刀身が、キラリと白く輝く。
「御堂晴隆! 帝を幽閉し、権力をほしいままにした不義の行い。断じて見過ごすわけには行かん。己が罪を認めるがいい!」
実真の言葉を真正面から受け、晴隆は表情を無にした。
「見事なり――水野実真」
と、言った瞬間、ニヤリと笑う。
「その道理も古き世なれば、海内あまねく行き届いたであろう。しかし、世はすでに新たな日輪を戴いている――!」
御堂はとつぜん馬から降り、実真に背を向けると膝をついた。
そして深々と頭を垂れる。すると御堂の軍勢が雲海の切れ間のように真っ二つに割れ、その間からゆっくりと何者かが姿を現した。
轅を担ぐ何十人もの力者。それは鳳凰を象った神々しい意匠の輦輿。
まぎれもない。日ノ本にたった一人。帝にしか許されぬ乗り物。
「新しき世――新しき主――次代の帝の御成りである!!!!!」
輦輿にかかった御簾がゆっくりと巻き上げられた。
実真は息を止め、目の前の光景を真っ直ぐに見つめる。
重たい風が渦を巻く。鈍い光がその顔を照らした。
「まさか……宗人親王か……」
輦輿に乗っていたのはシュウジンだった。純白を基調とした淡い黄金色の錦の御服を身にまとい、日月星辰を模した煌びやかな宝冠をかぶっている。
ややうつむき加減に視線を落とし、実真たち東国武士団の前に姿を現した。
「バカな! 新たな帝だって!?」
志郎が取り乱した様子で声を上げた。
祭子も奥歯を噛んで冷静を必死に留めている。しかし――。
「最初から……これが狙いか……」
「姉上、術中に落ちました。新たな帝を戴くに留まらず、戦場にまで引きずり出すとは。その御身に弓引く我らは史上最悪の謀反人です」
そこに鍛治谷が馬を寄せた。
「志郎、何を戸惑う。帝を討つ絶好の機会ではないか」
「違うのです、鍛治谷殿。帝は言うなれば王者。覇者は王者に及びません。なぜなら、王者は徳によって国を治める者だからです。その王者を刃で弑逆すればすなわち、大義は大逆となりましょう」
「ぬう……強いヤツが勝つ! それがすべてだろう!?」
「その通りだ。だが――」
色を失った祭子の言葉が通り抜ける。
「帝を殺した瞬間、日ノ本すべてが敵となる。その時、我らは強き者でいられると思うか?」
鍛治谷はやっと事態の意味を理解した。額に脂汗が浮かぶ。
「進むも退くも……地獄だ……」
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他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
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