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10.婚約破棄
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前世の記憶では、アエルバートは少し気弱だけど心優しい王子様だった。王位を継ぐのは兄の役目だと思って幼少期を過ごしていたのに、消えてしまった兄の代わりに次代の王を期待されるようになったせいで心のバランスを崩している、というのが設定だ。
どの攻略対象も何かしらの問題を抱えていたみたいだけど、たぶんアエルバートはそれがプレッシャーとかそういう類のはず。……これはまぁ、こっちの世界に来てから知った情報と合わせての想像だけど。
煌びやかな装飾が施された会場に入ると、今まで鳴っていたスローテンポの曲が止まった。数拍の間を置いて、ファンファーレが響き渡る。
「アエルバート王子とその婚約者のセラフィン=ハイタッド令嬢のお出ましです」
大臣の声が合図となり、会場の目が一斉にこちらを向いた。
聞いてない。こんな入ってすぐに注目されるなんて聞いてない。もう少し心の準備をする時間が欲しかった。
セラフィンが婚約破棄を言い渡されるのはこうして人々の注目を集める場面でばかりだった気がする。だからきっと、これから私は婚約破棄をされるはず……。
「セラフィン……」
いよいよきた。
アエルバートの手が離れて、彼は数メートルほど距離を取った。
「ハイタッド公爵家の令嬢・セラフィン! 今日このときをもって貴様との婚約を解消する‼」
大きく響いたアエルバートの声に周囲がざわめいた。結婚式の日取りが発表されると集められたのだから当然だわ。
「突然のことに皆を驚かせてしまってすまない。だが彼女は僕の妻――未来の王妃には相応しくない。彼女は嫉妬深く、好戦的で、被害者意識が強く、卑怯で、言い訳ばかりで謝罪さえ満足にできない女性だ!」
並べられた罵詈雑言に言葉もない。こんな風に人前で扱き下ろされて、めまいがしそうだった。
確かにセラフィンは性格が悪かった。しかし前回の夜会の一件だけでここまで言われる筋合いはない。
いきなり始まった悪口に周囲は唖然とした様子だった。アエルバートは普段の行いから多くの信頼を獲得しているけれど、こうして女性を悪く言う姿に同調していいものかと人々は迷いを見せる。
「根拠はある! おいで、ブレアナ」
呼ばれて進み出たのはグレーのボレロに若草色のドレスを着たブレアナだった。
ん? あの若草色のドレス、前回の夜会のときと同じ……? 前回はボレロを着ていなかった気がするけど。
「皆、これを見てくれ」
ブレアナがボレロを脱ぐと、どす黒いシミが露わになる。
「これがセラフィンのしたことだ。美しさに嫉妬し、催事中に赤ワインを掛けて彼女に恥をかかせたのだ」
アエルバートの言葉に「そうだったのか」と納得する者たちが出てくる。前回の夜会で私――セラフィンがアエルバートに冷たくあしらわれた姿を覚えている者たちもいるし、説得力があった。
「お言葉ですが、アエルバート様。セラフィン様が私のドレスにワインを掛けてしまったのは、体調が悪かったからかと思います。その後はお倒れになられてしまいましたし」
鈴を転がすような声でブレアナが述べると、アエルバートは「ほう」と感嘆の溜息を吐いた。
「なんと心が美しいんだ、ブレアナ。あなたを疎むような人は、人ではない魔物でしょう。心優しいブレアナは事故だと思っているようだが、僕はそうは思わない。それにセラフィンはあなたに謝りもしなかった」
「それは……」
「黙って、セラフィン」
「……」
アエルバートに黙れと言われれば黙るしかない。
けれど謝らなかったというのは誤解だ。きちんと謝罪の手紙と共に新品のドレスとそれに似合いそうな髪飾りをセットにしてブレアナの家――シュレイム伯爵家へお詫びとして送った。それを「受け取れない」と返されてしまっただけ。受け取ってもらえなかった以上謝罪をしていないとみなすのかもしれないけれど……。
ブレアナが出てきたことでアエルバートの言葉に説得力が増す。さらにアエルバートの言葉に訂正をしようとした私を見て、謝ることさえできないという印象を周囲の人間は持つだろう。
「貴様はただの公爵令嬢ではない。僕の婚約者となった時点で王家に限りなく近い地位にいた。その立場で民を傷つけた罪は重い」
アエルバートは腰に帯びたレイピアを静かに引き抜いた。
「そしてまた貴様を婚約者に選んでしまった落ち度が僕にはある。よって僕の手によってセラフィン=ハイタッドの処刑を行う!」
どの攻略対象も何かしらの問題を抱えていたみたいだけど、たぶんアエルバートはそれがプレッシャーとかそういう類のはず。……これはまぁ、こっちの世界に来てから知った情報と合わせての想像だけど。
煌びやかな装飾が施された会場に入ると、今まで鳴っていたスローテンポの曲が止まった。数拍の間を置いて、ファンファーレが響き渡る。
「アエルバート王子とその婚約者のセラフィン=ハイタッド令嬢のお出ましです」
大臣の声が合図となり、会場の目が一斉にこちらを向いた。
聞いてない。こんな入ってすぐに注目されるなんて聞いてない。もう少し心の準備をする時間が欲しかった。
セラフィンが婚約破棄を言い渡されるのはこうして人々の注目を集める場面でばかりだった気がする。だからきっと、これから私は婚約破棄をされるはず……。
「セラフィン……」
いよいよきた。
アエルバートの手が離れて、彼は数メートルほど距離を取った。
「ハイタッド公爵家の令嬢・セラフィン! 今日このときをもって貴様との婚約を解消する‼」
大きく響いたアエルバートの声に周囲がざわめいた。結婚式の日取りが発表されると集められたのだから当然だわ。
「突然のことに皆を驚かせてしまってすまない。だが彼女は僕の妻――未来の王妃には相応しくない。彼女は嫉妬深く、好戦的で、被害者意識が強く、卑怯で、言い訳ばかりで謝罪さえ満足にできない女性だ!」
並べられた罵詈雑言に言葉もない。こんな風に人前で扱き下ろされて、めまいがしそうだった。
確かにセラフィンは性格が悪かった。しかし前回の夜会の一件だけでここまで言われる筋合いはない。
いきなり始まった悪口に周囲は唖然とした様子だった。アエルバートは普段の行いから多くの信頼を獲得しているけれど、こうして女性を悪く言う姿に同調していいものかと人々は迷いを見せる。
「根拠はある! おいで、ブレアナ」
呼ばれて進み出たのはグレーのボレロに若草色のドレスを着たブレアナだった。
ん? あの若草色のドレス、前回の夜会のときと同じ……? 前回はボレロを着ていなかった気がするけど。
「皆、これを見てくれ」
ブレアナがボレロを脱ぐと、どす黒いシミが露わになる。
「これがセラフィンのしたことだ。美しさに嫉妬し、催事中に赤ワインを掛けて彼女に恥をかかせたのだ」
アエルバートの言葉に「そうだったのか」と納得する者たちが出てくる。前回の夜会で私――セラフィンがアエルバートに冷たくあしらわれた姿を覚えている者たちもいるし、説得力があった。
「お言葉ですが、アエルバート様。セラフィン様が私のドレスにワインを掛けてしまったのは、体調が悪かったからかと思います。その後はお倒れになられてしまいましたし」
鈴を転がすような声でブレアナが述べると、アエルバートは「ほう」と感嘆の溜息を吐いた。
「なんと心が美しいんだ、ブレアナ。あなたを疎むような人は、人ではない魔物でしょう。心優しいブレアナは事故だと思っているようだが、僕はそうは思わない。それにセラフィンはあなたに謝りもしなかった」
「それは……」
「黙って、セラフィン」
「……」
アエルバートに黙れと言われれば黙るしかない。
けれど謝らなかったというのは誤解だ。きちんと謝罪の手紙と共に新品のドレスとそれに似合いそうな髪飾りをセットにしてブレアナの家――シュレイム伯爵家へお詫びとして送った。それを「受け取れない」と返されてしまっただけ。受け取ってもらえなかった以上謝罪をしていないとみなすのかもしれないけれど……。
ブレアナが出てきたことでアエルバートの言葉に説得力が増す。さらにアエルバートの言葉に訂正をしようとした私を見て、謝ることさえできないという印象を周囲の人間は持つだろう。
「貴様はただの公爵令嬢ではない。僕の婚約者となった時点で王家に限りなく近い地位にいた。その立場で民を傷つけた罪は重い」
アエルバートは腰に帯びたレイピアを静かに引き抜いた。
「そしてまた貴様を婚約者に選んでしまった落ち度が僕にはある。よって僕の手によってセラフィン=ハイタッドの処刑を行う!」
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