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9.迫りくる処刑
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私の記憶では、NPCの薬師は町でアイテムを売ってくれるキャラクターだった。攻略対象でもなくスチルがあるわけでもないサブ。なのに立ち絵で分かるその顔の造作は間違いなくイケメンで、『こいつを攻略させろ』『どう考えてもサブのキャラデザじゃない』『絶対こいつ重要な立ち位置で話に関わって来るだろ』とファンを沸かせた。私もそう思ってた一人ではあったけど、残念ながらモブのまま終わってしまって出番なし。
そんな経緯のせいで記憶にはほとんど残っていなかった人だけど、まさか町で出会うことになるとは。この世界が『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』なのだと改めて実感する。
そしてここが『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』の世界だと意識するほどに、自分の命が残りわずかであることを突き付けられる気がした。
アエルバートが私に婚約破棄を言い渡すのは、おそらく今度開かれる夜会になるはず。この夜会に出なければ大丈夫……かな。
そんな希望は次の日にお父様の言葉で砕かれた。
「えっ、結婚式の日取り発表ですか?」
「ああ。今度の夜会で公に報せることが決まった」
こんなの夜会に参加しないなんて言えるわけがないよ!
頭の中にあった『逃げる』の選択肢に大きくバツが付けられる。
別のルートだとセラフィンは逃亡中の馬車が崖から落ちて死んだんだけど、アエルバートルートではどういう死に方をするのか分からない。死に方さえ分かれば身構えることができるから、何とかなるかもしれないのに……。
他に私が見たことあるセラフィンの最期は剣で斬られるというものもあった。あのときはまさか、自分がセラフィンの立場になって悩むことになるなんて想像もしてなかった。
前世でもう少し長生きできれば他のルートもできたのに! 学校の勉強なんてしてないで、時間全部乙女ゲームに費やせばよかった!
そんな風に嘆いたところで意味はない。
有効な対策を立てることができないまま夜会の日は刻一刻と迫っていた。
せっかくのおめでたい発表なのだから、といつもよりも華やかな赤いドレスを着せられて、髪も入念にセットされる。輝く金髪に真っ赤なドレスというのは映えるものだ、と鏡に映った自分の姿を見てぼんやりと思った。そのうえで、これは一種の現実逃避なのだとも理解している。
馬車に乗って城に着く。夜会の会場にはすでに多くの招待客たちが集まっているみたいで、中に入っていないのににぎやかな声がここまで聞こえてくる。
このまま逃げてしまったらどうなるのかしら。
馬車から降りて走って逃げ出す。そんな妄想を頭の中で繰り広げてみる。
「セラフィン」
馬車の扉が開くと、そこには正装姿のアエルバートの姿があった。彼は白い衣装を身に纏い、腰に飾りのようなレイピアを帯剣している。
予定では先に城に行ったお父様がいるはずだったのに。
「今夜のエスコートは僕にさせてもらえるかな?」
「……えぇ」
断る理由が見つからなかった。婚約破棄の通達を受けていない以上、まだ彼は私の婚約者だから。それに相手は王子様で、逆らったり意見することは身分上不可能。
アエルバートにぎゅっと手を握られて、もはや逃げられないのだと諦めるしかなかった。
馬車から降りた私はあくまでも平静を装う。
「こうして結婚に向けて前向きに動いてくださって、驚いております。このあいだアエルバート様を怒らしてしまいましたから、婚約が白紙になるのではないかと怯えていましたの」
馬車から会場までの短い距離でアエルバートの真意を確かめるべく、私は何気なさを装って話しかけた。
「……そう。でもこうして結婚式の日取りを皆に発表するんだから、もうその心配はないよ。だから安心して」
心なしか繋がれた手の体温が上がった気がした。手袋越しだからはっきり分からないけど、緊張してる……?
それに、これから結婚しようという顔ではない。まったくこちらを見てくれないせいで目も合わない。
結局、会場に着くまでのあいだにアエルバートが私の方を見てくれることはなかった。
そんな経緯のせいで記憶にはほとんど残っていなかった人だけど、まさか町で出会うことになるとは。この世界が『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』なのだと改めて実感する。
そしてここが『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』の世界だと意識するほどに、自分の命が残りわずかであることを突き付けられる気がした。
アエルバートが私に婚約破棄を言い渡すのは、おそらく今度開かれる夜会になるはず。この夜会に出なければ大丈夫……かな。
そんな希望は次の日にお父様の言葉で砕かれた。
「えっ、結婚式の日取り発表ですか?」
「ああ。今度の夜会で公に報せることが決まった」
こんなの夜会に参加しないなんて言えるわけがないよ!
頭の中にあった『逃げる』の選択肢に大きくバツが付けられる。
別のルートだとセラフィンは逃亡中の馬車が崖から落ちて死んだんだけど、アエルバートルートではどういう死に方をするのか分からない。死に方さえ分かれば身構えることができるから、何とかなるかもしれないのに……。
他に私が見たことあるセラフィンの最期は剣で斬られるというものもあった。あのときはまさか、自分がセラフィンの立場になって悩むことになるなんて想像もしてなかった。
前世でもう少し長生きできれば他のルートもできたのに! 学校の勉強なんてしてないで、時間全部乙女ゲームに費やせばよかった!
そんな風に嘆いたところで意味はない。
有効な対策を立てることができないまま夜会の日は刻一刻と迫っていた。
せっかくのおめでたい発表なのだから、といつもよりも華やかな赤いドレスを着せられて、髪も入念にセットされる。輝く金髪に真っ赤なドレスというのは映えるものだ、と鏡に映った自分の姿を見てぼんやりと思った。そのうえで、これは一種の現実逃避なのだとも理解している。
馬車に乗って城に着く。夜会の会場にはすでに多くの招待客たちが集まっているみたいで、中に入っていないのににぎやかな声がここまで聞こえてくる。
このまま逃げてしまったらどうなるのかしら。
馬車から降りて走って逃げ出す。そんな妄想を頭の中で繰り広げてみる。
「セラフィン」
馬車の扉が開くと、そこには正装姿のアエルバートの姿があった。彼は白い衣装を身に纏い、腰に飾りのようなレイピアを帯剣している。
予定では先に城に行ったお父様がいるはずだったのに。
「今夜のエスコートは僕にさせてもらえるかな?」
「……えぇ」
断る理由が見つからなかった。婚約破棄の通達を受けていない以上、まだ彼は私の婚約者だから。それに相手は王子様で、逆らったり意見することは身分上不可能。
アエルバートにぎゅっと手を握られて、もはや逃げられないのだと諦めるしかなかった。
馬車から降りた私はあくまでも平静を装う。
「こうして結婚に向けて前向きに動いてくださって、驚いております。このあいだアエルバート様を怒らしてしまいましたから、婚約が白紙になるのではないかと怯えていましたの」
馬車から会場までの短い距離でアエルバートの真意を確かめるべく、私は何気なさを装って話しかけた。
「……そう。でもこうして結婚式の日取りを皆に発表するんだから、もうその心配はないよ。だから安心して」
心なしか繋がれた手の体温が上がった気がした。手袋越しだからはっきり分からないけど、緊張してる……?
それに、これから結婚しようという顔ではない。まったくこちらを見てくれないせいで目も合わない。
結局、会場に着くまでのあいだにアエルバートが私の方を見てくれることはなかった。
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