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6.空の色
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「あー、楽しかった」
「……そうか。それはよかった」
商店街の店を見て回り、いくつか気に入ったものを買った。さすがに18000タルを使い切ることはなかったけれど、予想よりも色々買ってしまった気がする。
「もういいだろう。時間も時間だ」
「分かってますわ。付き合ってくださって、どうもありがとうございます」
紙袋を胸に抱えて、眼帯の彼の方を振り返る。少し距離があるのが見えた。
これは一緒にいる間ずっと感じていたこと。万が一にもハイタッド公爵令嬢だとバレて醜聞にならないようにと、気を遣ってくれているらしい。
この人の言動は端々に知性と品性を感じさせる。公爵家までとはいかなくとも、位の高い貴族か何かかもしれない。……もしかしたら、私と同じでお忍びとか。
そんなことを考えていると視界の端から黒い影が飛び出してきた。
「きゃあ!」
ドン、とぶつかられて尻もちをつく。
「いたた……」
「大丈夫か⁉ すまない、近くにいながら……」
すぐに彼が手を引いて助け起こしてくれる。
「大丈夫。けがは…………ないっ!」
「それならいいが」
「違いますっ! 買った荷物がないんですっ!」
手の中にあった紙袋が忽然と消えていた。ぶつかる直前までは持っていたのだから、ぶつかって来た相手が取っていったのは明らかなこと。
視線を遠くにやって、逃げる後ろ姿を見る。
「どうやら引ったくりだったらしいな。ちょっとここで待っていてくれ」
「え……」
眼帯の男は返事も待たずに走り出す。残された私はどうしようかと、一瞬迷った後に一緒に付いて行くことにした。
「ま、待ってくださいな。あ、いえ……待たなくていいですわ!」
距離は引き離されながらも、見失わないよう後を追い掛けた。走って着いた先は、あまり治安が良くない町のはずれ。
記憶を取り戻す前も、ここへは来たことがない。危ないからと意図して避けていた。
「もう逃げられないだろう。さあ、荷物をこちらに返せ」
「嫌だね。取ったらもうこれは俺の物なんだよ」
引ったくりの男は追い詰められているというのに余裕のようなものを見せている。
「俺は力づくは趣味じゃない。大人しく荷物を返せば、余計な怪我をせずに済む」
邪魔にならないように少し離れた場所から二人のやり取りを観察する。
そういえばあの眼帯の男は戦えるのかしら。背は高いけど、強そうには見えない。
二人のにらみ合いは十秒ほど続いた。どちらも相手の隙を伺っているようだ。
「ん? ……危ない!」
眼帯の男の斜め後ろの塀の上に、別の男が姿を見せる。引ったくりの仲間だ、瞬間的にそう感じ取って叫んでいた。
「なるほど、仲間がいたのか」
塀の上の男は気付かれたことで、間髪入れずに眼帯の男へ飛び掛かる。けれど眼帯の男は足首を掴んでそのまま地面へと叩きつけた。
「……ックソ……」
生じた隙を狙って引ったくりの男が蹴りを繰り出し、眼帯の男の眼帯を切り裂く。
「……ッチ」
見ているこちらがヒヤッとしたのに、眼帯の男(今は着けてないけど)は冷静に反撃して相手の男の腹へと拳を叩きこむ。
とても素人の動きじゃない。訓練を受けた人間の動きだった。
引ったくりの男二人が地面で動かなくなったのを見て、私もその場へと近づいて行く。
「よく飛び出して来なかったな」
「こういう場で私が飛び出していけば不利になることくらいわきまえてますわ。それにしてもあなたお強いんですね」
「俺が強いんじゃなくて、こいつらが弱いだけだ。それより、ほら」
取り戻した荷物を渡されて、それをしっかりと抱える。お礼を言おうと上を向いたとき、ちょうど彼と目が合った。
「あら、オッドアイでしたのね」
「……ッ!」
戦いでは動揺を見せなかったのに、彼はひどく狼狽えて手で左目を覆ってしまった。
「綺麗な夜空の色なのに、隠してしまうんですか?」
「……不気味だろう」
この世界でオッドアイの人間は今までに会ったことがない。そうなると左右で目の色が違うというのは異質として扱われるとしても納得できる。
でも、それは他の人が恐れを抱くのが理解できるというだけで、私が忌避する理由にはならない。
「不気味だと同意して欲しいんですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ遠慮なく本心を告げます。とても綺麗でとても素敵な色だと思います。ほら見てください、私の瞳。空色なんです。なんか私たちの瞳って昼の空と夜の空って感じがして親近感が湧きませんか?」
「………………」
湧かなかったのかな? ちょっと残念だけど仕方がない。
私は紙袋の中に手を入れて、先ほど商店街で買った品物を取り出す。
「気になるようですので、こちらをどうぞ」
「これは?」
「ハンカチです。付き合ってくれたお礼にお渡ししようと思っていたので、遠慮せずに受け取ってください。切れてしまった眼帯の代わりにどうぞ」
彼は何も言わなかった……口では。しかし目からは不審なものを見るような理解不能な生き物を見るような、そんな不名誉な視線がこちらに寄越されている。
ズボンのポケット付近を数回叩いた後、私の手からハンカチを受け取った。どうやら自前のハンカチは持ち合わせていなかったらしい。今までの行動から貴族だと思っていたので、少しだけ意外だった。
眼帯代わりにハンカチを巻いた彼に連れられて、家路に就く。言っていた通り、家の近くまで送ってくれた。
なんとかお母様の目を盗んで部屋に戻ることに成功し、無事にお出かけを終えた。
思い出されるのは今日出会った眼帯の男。どこかで見たような気がしてならない。この世界での出会いでないとすれば、前世のゲーム出てきたか……。
「あっ! 思い出した! あの人、『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』に出てきたNPCの薬師だ!」
「……そうか。それはよかった」
商店街の店を見て回り、いくつか気に入ったものを買った。さすがに18000タルを使い切ることはなかったけれど、予想よりも色々買ってしまった気がする。
「もういいだろう。時間も時間だ」
「分かってますわ。付き合ってくださって、どうもありがとうございます」
紙袋を胸に抱えて、眼帯の彼の方を振り返る。少し距離があるのが見えた。
これは一緒にいる間ずっと感じていたこと。万が一にもハイタッド公爵令嬢だとバレて醜聞にならないようにと、気を遣ってくれているらしい。
この人の言動は端々に知性と品性を感じさせる。公爵家までとはいかなくとも、位の高い貴族か何かかもしれない。……もしかしたら、私と同じでお忍びとか。
そんなことを考えていると視界の端から黒い影が飛び出してきた。
「きゃあ!」
ドン、とぶつかられて尻もちをつく。
「いたた……」
「大丈夫か⁉ すまない、近くにいながら……」
すぐに彼が手を引いて助け起こしてくれる。
「大丈夫。けがは…………ないっ!」
「それならいいが」
「違いますっ! 買った荷物がないんですっ!」
手の中にあった紙袋が忽然と消えていた。ぶつかる直前までは持っていたのだから、ぶつかって来た相手が取っていったのは明らかなこと。
視線を遠くにやって、逃げる後ろ姿を見る。
「どうやら引ったくりだったらしいな。ちょっとここで待っていてくれ」
「え……」
眼帯の男は返事も待たずに走り出す。残された私はどうしようかと、一瞬迷った後に一緒に付いて行くことにした。
「ま、待ってくださいな。あ、いえ……待たなくていいですわ!」
距離は引き離されながらも、見失わないよう後を追い掛けた。走って着いた先は、あまり治安が良くない町のはずれ。
記憶を取り戻す前も、ここへは来たことがない。危ないからと意図して避けていた。
「もう逃げられないだろう。さあ、荷物をこちらに返せ」
「嫌だね。取ったらもうこれは俺の物なんだよ」
引ったくりの男は追い詰められているというのに余裕のようなものを見せている。
「俺は力づくは趣味じゃない。大人しく荷物を返せば、余計な怪我をせずに済む」
邪魔にならないように少し離れた場所から二人のやり取りを観察する。
そういえばあの眼帯の男は戦えるのかしら。背は高いけど、強そうには見えない。
二人のにらみ合いは十秒ほど続いた。どちらも相手の隙を伺っているようだ。
「ん? ……危ない!」
眼帯の男の斜め後ろの塀の上に、別の男が姿を見せる。引ったくりの仲間だ、瞬間的にそう感じ取って叫んでいた。
「なるほど、仲間がいたのか」
塀の上の男は気付かれたことで、間髪入れずに眼帯の男へ飛び掛かる。けれど眼帯の男は足首を掴んでそのまま地面へと叩きつけた。
「……ックソ……」
生じた隙を狙って引ったくりの男が蹴りを繰り出し、眼帯の男の眼帯を切り裂く。
「……ッチ」
見ているこちらがヒヤッとしたのに、眼帯の男(今は着けてないけど)は冷静に反撃して相手の男の腹へと拳を叩きこむ。
とても素人の動きじゃない。訓練を受けた人間の動きだった。
引ったくりの男二人が地面で動かなくなったのを見て、私もその場へと近づいて行く。
「よく飛び出して来なかったな」
「こういう場で私が飛び出していけば不利になることくらいわきまえてますわ。それにしてもあなたお強いんですね」
「俺が強いんじゃなくて、こいつらが弱いだけだ。それより、ほら」
取り戻した荷物を渡されて、それをしっかりと抱える。お礼を言おうと上を向いたとき、ちょうど彼と目が合った。
「あら、オッドアイでしたのね」
「……ッ!」
戦いでは動揺を見せなかったのに、彼はひどく狼狽えて手で左目を覆ってしまった。
「綺麗な夜空の色なのに、隠してしまうんですか?」
「……不気味だろう」
この世界でオッドアイの人間は今までに会ったことがない。そうなると左右で目の色が違うというのは異質として扱われるとしても納得できる。
でも、それは他の人が恐れを抱くのが理解できるというだけで、私が忌避する理由にはならない。
「不気味だと同意して欲しいんですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ遠慮なく本心を告げます。とても綺麗でとても素敵な色だと思います。ほら見てください、私の瞳。空色なんです。なんか私たちの瞳って昼の空と夜の空って感じがして親近感が湧きませんか?」
「………………」
湧かなかったのかな? ちょっと残念だけど仕方がない。
私は紙袋の中に手を入れて、先ほど商店街で買った品物を取り出す。
「気になるようですので、こちらをどうぞ」
「これは?」
「ハンカチです。付き合ってくれたお礼にお渡ししようと思っていたので、遠慮せずに受け取ってください。切れてしまった眼帯の代わりにどうぞ」
彼は何も言わなかった……口では。しかし目からは不審なものを見るような理解不能な生き物を見るような、そんな不名誉な視線がこちらに寄越されている。
ズボンのポケット付近を数回叩いた後、私の手からハンカチを受け取った。どうやら自前のハンカチは持ち合わせていなかったらしい。今までの行動から貴族だと思っていたので、少しだけ意外だった。
眼帯代わりにハンカチを巻いた彼に連れられて、家路に就く。言っていた通り、家の近くまで送ってくれた。
なんとかお母様の目を盗んで部屋に戻ることに成功し、無事にお出かけを終えた。
思い出されるのは今日出会った眼帯の男。どこかで見たような気がしてならない。この世界での出会いでないとすれば、前世のゲーム出てきたか……。
「あっ! 思い出した! あの人、『治癒能力者(ヒーラー)の選ぶ未来』に出てきたNPCの薬師だ!」
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