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4.気分転換
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ハイタッド公爵家は由緒ある家系であり、王城からそれほど離れていない場所に領地を持っている。
今日はお父様は仕事で留守、あとはお母様の目を誤魔化せれば……と頭の中で逃走ルートを確認した。
人目を引く金の髪を邪魔にならない位置にお団子にまとめて、帽子をかぶる。服も町娘のような軽装にすれば準備は万端。
「ちょっとくらい……いいわよね」
ここ最近ストレスと不安ばかりが膨らんでいた。気分転換くらいさせて欲しい。
こっそりと屋敷を抜け出して、私は城下町へと繰り出した。
元々のセラフィンは気が強く活発な女性だった。記憶を取り戻した今の私とは全然性格が違う。でも、こうしてふらりと家から抜け出したくなるという点のみ一致しているのがなんだか可笑しい。
街中の賑わいを楽しみつつ、セラフィンは露店に並んでいる商品を眺めた。
「お嬢さん、その木彫りの人形が気に入ったのかい?」
「え……?」
大柄で髭を蓄えた店主が店から出てきて、細かな装飾の人形を近づけてくる。
「30000タルのところを、美人なお嬢さんだから特別に25000タルでいいよ」
「い、いえ私は……」
見てただけ……正確には順番に色々な商品を見ている中で視界に入った商品の一つというだけ。
早くこの場を離れたいと思い、話題を切り上げるように誘導する。
「お嬢さん! 交渉上手だねぇ! じゃあもう少し下げて23000タルでどうだい?」
に、逃げられない!
でもそんな大金持って来てないし、買えるわけもない。
「あの……私……」
前はどうやって断ってたっけ? えーっと、「そんな安物を高い値段で売りつけようなんて、私の目は節穴じゃなくってよ」とか言ってたような。む、無理……今となってはそんな傲慢な態度取れるわけもない。
以前のセラフィンとの差を感じつつ……店先でほとほと困り果ててしまった。
「お嬢さん、いくらまでなら出せるんだい?」
「えーっと……18000タルなら」
何か目ぼしい物があればと思って多めに持ち出してきた。全部使うつもりはない。
「仕方ないね。18000タルでいいよ。じゃあ包んじゃうね」
「え、え……」
なぜか買うことになってしまった。
困った、違う、買わないのに。
包み終えた店主がこちらに人形を差し出した。
「あの……私……いらな……」
「あ? 何? はっきりしゃべってくれないと分からないよ!」
「っ!」
大声にかき消されてしまって、言葉が途切れてしまった。
この人、怖い。さっきまでニコニコしてたのに。
「ほら、さっさと18000タル渡して、早くっ!」
「でも……私、これいらない、です」
「はぁ? 人に包ませておいて今更何言うの? 18000タルで買うって言ったよね?」
「言ってな」
「あのね、ここでは商売してんの。遊んでんじゃないんだよ。買うって言ったんだから責任をもって買う。こっちだって30000タルを18000タルまで値引いてんだよ? 早く財布出して」
店主は苛立ちを隠さずに詰め寄って来る。
買うなんて一言も言っていない。それどころか、買わないと言わせなかったのは店主の方だ。
話しても埒が明かないと思い、不義理で申し訳ないけど、無視して立ち去らせてもらうことにする。
「もう結構です。さよなら」
「待ちな!」
「痛っ!」
二の腕を強く掴まれて痛みが走る。
「結構とかはこっちが言うセリフなんだよ! 何自分に決定権があると勘違いしてんだクソガキ! 金払わずに帰れると思ってんのか、泥棒め!」
「そんな……」
商品を受け取っていないのに、泥棒呼ばわりは筋違いだ。
「――そこまでにしとけ、オッサン!」
「ひぎっ! いて、いてててて!」
掴まれていた二の腕から、店主の手が離れる。
見上げると、隣に背の高い男の人が立っていた。陽に透かされて輝く緑色の髪は宝石のエメラルドのようで、目を奪われるほど美しい。はちみつ色の右目は素敵だけど、左目には黒い眼帯をしていて目の色よりもそちらが目立つ。年齢はアエルバートと同じかもう少し上くらいだろうか。
それにしても、どこかで見たような……。
「大丈夫かよ?」
「あ……」
見惚れている場合じゃなかった。けどあまりにも絵になりすぎる。
「はい。ありがとうございました」
「そうか。それならいい。ところでオッサン、どういうつもりだ」
「どういうつもりも何もねぇよ! 商売の邪魔すんな!」
眼帯の男の腕を振り払い、店主はなおも食い下がった。
「金を払わねぇから捕まえてただけだろう! あんた商売ってもんを分かってないのか! 買ったら金払うなんて当たり前だろうが!」
「商品はまだおまえが手に持っているようだが? この娘に無理やり押し売りしようとしてただけじゃないのか」
興奮する店主とは対照的に眼帯の男は淡々と返す。その温度差がさらに店主を苛立させたようだ。
「クソッタレェェ!」
「きゃっ!」
「おっと」
手に持っていた包みをこちらに向かって投げつけてきた。
眼帯の男に肩を抱き寄せられて、間一髪当たらずに済んだ。しかし不幸にも、道の向こうを歩いていた野良犬に命中してしまった。
低く唸りながら野良犬は店主めがけて突進する。
「逃げるぞ」
「え、は、はい!」
野良犬に噛まれてうぎゃあと悲鳴を上げる店主を置いて、私たちは駆け出した。
今日はお父様は仕事で留守、あとはお母様の目を誤魔化せれば……と頭の中で逃走ルートを確認した。
人目を引く金の髪を邪魔にならない位置にお団子にまとめて、帽子をかぶる。服も町娘のような軽装にすれば準備は万端。
「ちょっとくらい……いいわよね」
ここ最近ストレスと不安ばかりが膨らんでいた。気分転換くらいさせて欲しい。
こっそりと屋敷を抜け出して、私は城下町へと繰り出した。
元々のセラフィンは気が強く活発な女性だった。記憶を取り戻した今の私とは全然性格が違う。でも、こうしてふらりと家から抜け出したくなるという点のみ一致しているのがなんだか可笑しい。
街中の賑わいを楽しみつつ、セラフィンは露店に並んでいる商品を眺めた。
「お嬢さん、その木彫りの人形が気に入ったのかい?」
「え……?」
大柄で髭を蓄えた店主が店から出てきて、細かな装飾の人形を近づけてくる。
「30000タルのところを、美人なお嬢さんだから特別に25000タルでいいよ」
「い、いえ私は……」
見てただけ……正確には順番に色々な商品を見ている中で視界に入った商品の一つというだけ。
早くこの場を離れたいと思い、話題を切り上げるように誘導する。
「お嬢さん! 交渉上手だねぇ! じゃあもう少し下げて23000タルでどうだい?」
に、逃げられない!
でもそんな大金持って来てないし、買えるわけもない。
「あの……私……」
前はどうやって断ってたっけ? えーっと、「そんな安物を高い値段で売りつけようなんて、私の目は節穴じゃなくってよ」とか言ってたような。む、無理……今となってはそんな傲慢な態度取れるわけもない。
以前のセラフィンとの差を感じつつ……店先でほとほと困り果ててしまった。
「お嬢さん、いくらまでなら出せるんだい?」
「えーっと……18000タルなら」
何か目ぼしい物があればと思って多めに持ち出してきた。全部使うつもりはない。
「仕方ないね。18000タルでいいよ。じゃあ包んじゃうね」
「え、え……」
なぜか買うことになってしまった。
困った、違う、買わないのに。
包み終えた店主がこちらに人形を差し出した。
「あの……私……いらな……」
「あ? 何? はっきりしゃべってくれないと分からないよ!」
「っ!」
大声にかき消されてしまって、言葉が途切れてしまった。
この人、怖い。さっきまでニコニコしてたのに。
「ほら、さっさと18000タル渡して、早くっ!」
「でも……私、これいらない、です」
「はぁ? 人に包ませておいて今更何言うの? 18000タルで買うって言ったよね?」
「言ってな」
「あのね、ここでは商売してんの。遊んでんじゃないんだよ。買うって言ったんだから責任をもって買う。こっちだって30000タルを18000タルまで値引いてんだよ? 早く財布出して」
店主は苛立ちを隠さずに詰め寄って来る。
買うなんて一言も言っていない。それどころか、買わないと言わせなかったのは店主の方だ。
話しても埒が明かないと思い、不義理で申し訳ないけど、無視して立ち去らせてもらうことにする。
「もう結構です。さよなら」
「待ちな!」
「痛っ!」
二の腕を強く掴まれて痛みが走る。
「結構とかはこっちが言うセリフなんだよ! 何自分に決定権があると勘違いしてんだクソガキ! 金払わずに帰れると思ってんのか、泥棒め!」
「そんな……」
商品を受け取っていないのに、泥棒呼ばわりは筋違いだ。
「――そこまでにしとけ、オッサン!」
「ひぎっ! いて、いてててて!」
掴まれていた二の腕から、店主の手が離れる。
見上げると、隣に背の高い男の人が立っていた。陽に透かされて輝く緑色の髪は宝石のエメラルドのようで、目を奪われるほど美しい。はちみつ色の右目は素敵だけど、左目には黒い眼帯をしていて目の色よりもそちらが目立つ。年齢はアエルバートと同じかもう少し上くらいだろうか。
それにしても、どこかで見たような……。
「大丈夫かよ?」
「あ……」
見惚れている場合じゃなかった。けどあまりにも絵になりすぎる。
「はい。ありがとうございました」
「そうか。それならいい。ところでオッサン、どういうつもりだ」
「どういうつもりも何もねぇよ! 商売の邪魔すんな!」
眼帯の男の腕を振り払い、店主はなおも食い下がった。
「金を払わねぇから捕まえてただけだろう! あんた商売ってもんを分かってないのか! 買ったら金払うなんて当たり前だろうが!」
「商品はまだおまえが手に持っているようだが? この娘に無理やり押し売りしようとしてただけじゃないのか」
興奮する店主とは対照的に眼帯の男は淡々と返す。その温度差がさらに店主を苛立させたようだ。
「クソッタレェェ!」
「きゃっ!」
「おっと」
手に持っていた包みをこちらに向かって投げつけてきた。
眼帯の男に肩を抱き寄せられて、間一髪当たらずに済んだ。しかし不幸にも、道の向こうを歩いていた野良犬に命中してしまった。
低く唸りながら野良犬は店主めがけて突進する。
「逃げるぞ」
「え、は、はい!」
野良犬に噛まれてうぎゃあと悲鳴を上げる店主を置いて、私たちは駆け出した。
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