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3.手遅れ
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目が覚めたとき、私は城内にある客室のベッドに寝かされていた。
「おお、セラフィン。気付いたようだね」
「……お父様……」
心配性なお父様のことだから、私が倒れたことでだいぶ取り乱したのだろう。首元のブラックタイが緩んでいる。
すっかり頭痛は収まっていたのでそのまま体を起こす。
「セラフィン、まだ寝ていないと……」
「いいえ、大丈夫ですわ」
記憶が戻ったにも関わらず、こちらの世界にもずいぶん馴染んでいたので口調がそのままだった。
「そうかい? セラフィンが倒れたと聞いたときには心臓が止まるかと思ったよ。いったい何があったというんだい?」
「……少々頭が痛くて……眠ったらすっかりよくなりましたから。もう心配はいりません」
前世の記憶が戻りましたー、とは言えない。お父様を騙してるみたいで申し訳ないけど。
「そうか、それならよかった……」
「お父様?」
あんまりよかったという顔ではないわ。
「何かあったのですか?」
私が気を失っている間に何かあったのかと聞くと、お父様は力なく頷いた。
「ああ、アエルバート様がセラフィンの目が覚めたら呼んで欲しいとおっしゃっていてね」
「あら? それが何か問題ですの?」
アエルバートは婚約者。セラフィンのことを心配するのは当然のはず。
「それが、どうも怒っているようなんだ」
「怒っている?」
優しい……悪く言えば気が弱いアエルバートが怒りを見せることはあまりない。いったいどういうことだろうか……。
「……構いませんわ。お父様、アエルバート様を呼んできてくださいな」
心配そうな顔をしながらも、お父様はアエルバートを呼ぶために部屋を出て行った。
時間が経過すればアエルバートはセラフィンの敵になる。それはセラフィンがブレアナに対して執拗に攻撃を繰り返すからという理由だった。けれどまだセラフィンは動いていない。今の時点でアエルバートがセラフィンの敵になることはないはず……。
ノックの音がして、セラフィンが返事をすると、アエルバートが名乗った。
「どうぞお入りになってください」
入って来たアエルバートは眉間にしわを寄せていて、確かにいつもとは様子が違う。
「僕はキミのことを誤解していたらしい」
「……?」
首をかしげると、アエルバートは溜息を吐いて首を振った。
「とぼけるのはやめてもらいたい。キミはブレアナにわざとワインを掛けたね?」
「え?」
ワイン? そうだわ、ワイン!
猛烈な頭痛が起こる前、私……というかセラフィンはブレアナにワインを掛けようとしていた。頭痛のせいでそれどころではなくなってしまったけれど。
「自分の思い通りにならなかったからといって、そういう行為に出るのは許せないよ」
「ま、待ってください、アエルバート様。私、気を失ってしまって……あまり覚えていませんの。その……ブレアナ様にワインが掛かってしまったのですか?」
「知らないフリも大概にしないか!」
強い口調で怒鳴られて、きゅっと目を閉じて首をすくめる。
「綺麗なドレスに紫色のシミを付けたブレアナを見たときは、何があったのかと肝が冷えたよ」
「ドレス……」
真っ先に出てくる言葉がドレスということは、ブレアナの頭や顔にはかからなかったということだろう。
記憶を取り戻す前の自分がやろうとしたこととはいえ、酷いことをしようとしたものだ。被害がドレスだけだったのは私としてもホッとした。後日お詫びにブレアナの家にドレスを贈ろう。
「それにわざとやったことがバレないように気絶したフリをするなんて……卑怯以外の言葉では表せない」
「そんな言い方……」
断じて気絶したフリなんかはしていない。本当に気を失ってしまっていた。おそらく記憶が戻るその反動のせいだ。
結果的には意図してではなく事故になってしまったけれど、セラフィンがワインを掛けようと企てた事実は消せない。誰が知らなくとも、私だけはその真実を知っている。
でも、気絶したことまで嘘と断定されるのは堪える。
アエルバートから向けられる冷たい視線が痛い。
……もうダメなのね。
きっとここからアエルバートを説得することはできない。
「婚約を破棄されますか?」
「っ! 何を……!」
波風立てない婚約破棄はもう無理だと悟って、直接アエルバートに聞いてみる。
「驚くことでしょうか? そこまで私をお嫌いなのでしたら、仕方がありません」
「そ、それは僕が決めることだ!」
煮え切らない態度に、心の中で溜息を吐いてしまった。嫌いなら嫌い、婚約破棄なら婚約破棄と言ってくださればいいのに。
「とにかくだ、今後一切ブレアナに危害を加えることは僕が許さない。いいな」
明らかに私よりもブレアナ優先の言葉に絶句してしまう。まだ婚約者のはずなのに、ここまで蔑ろにされるなんて思わなかった。
「返事は?」
「……ええ」
「おお、セラフィン。気付いたようだね」
「……お父様……」
心配性なお父様のことだから、私が倒れたことでだいぶ取り乱したのだろう。首元のブラックタイが緩んでいる。
すっかり頭痛は収まっていたのでそのまま体を起こす。
「セラフィン、まだ寝ていないと……」
「いいえ、大丈夫ですわ」
記憶が戻ったにも関わらず、こちらの世界にもずいぶん馴染んでいたので口調がそのままだった。
「そうかい? セラフィンが倒れたと聞いたときには心臓が止まるかと思ったよ。いったい何があったというんだい?」
「……少々頭が痛くて……眠ったらすっかりよくなりましたから。もう心配はいりません」
前世の記憶が戻りましたー、とは言えない。お父様を騙してるみたいで申し訳ないけど。
「そうか、それならよかった……」
「お父様?」
あんまりよかったという顔ではないわ。
「何かあったのですか?」
私が気を失っている間に何かあったのかと聞くと、お父様は力なく頷いた。
「ああ、アエルバート様がセラフィンの目が覚めたら呼んで欲しいとおっしゃっていてね」
「あら? それが何か問題ですの?」
アエルバートは婚約者。セラフィンのことを心配するのは当然のはず。
「それが、どうも怒っているようなんだ」
「怒っている?」
優しい……悪く言えば気が弱いアエルバートが怒りを見せることはあまりない。いったいどういうことだろうか……。
「……構いませんわ。お父様、アエルバート様を呼んできてくださいな」
心配そうな顔をしながらも、お父様はアエルバートを呼ぶために部屋を出て行った。
時間が経過すればアエルバートはセラフィンの敵になる。それはセラフィンがブレアナに対して執拗に攻撃を繰り返すからという理由だった。けれどまだセラフィンは動いていない。今の時点でアエルバートがセラフィンの敵になることはないはず……。
ノックの音がして、セラフィンが返事をすると、アエルバートが名乗った。
「どうぞお入りになってください」
入って来たアエルバートは眉間にしわを寄せていて、確かにいつもとは様子が違う。
「僕はキミのことを誤解していたらしい」
「……?」
首をかしげると、アエルバートは溜息を吐いて首を振った。
「とぼけるのはやめてもらいたい。キミはブレアナにわざとワインを掛けたね?」
「え?」
ワイン? そうだわ、ワイン!
猛烈な頭痛が起こる前、私……というかセラフィンはブレアナにワインを掛けようとしていた。頭痛のせいでそれどころではなくなってしまったけれど。
「自分の思い通りにならなかったからといって、そういう行為に出るのは許せないよ」
「ま、待ってください、アエルバート様。私、気を失ってしまって……あまり覚えていませんの。その……ブレアナ様にワインが掛かってしまったのですか?」
「知らないフリも大概にしないか!」
強い口調で怒鳴られて、きゅっと目を閉じて首をすくめる。
「綺麗なドレスに紫色のシミを付けたブレアナを見たときは、何があったのかと肝が冷えたよ」
「ドレス……」
真っ先に出てくる言葉がドレスということは、ブレアナの頭や顔にはかからなかったということだろう。
記憶を取り戻す前の自分がやろうとしたこととはいえ、酷いことをしようとしたものだ。被害がドレスだけだったのは私としてもホッとした。後日お詫びにブレアナの家にドレスを贈ろう。
「それにわざとやったことがバレないように気絶したフリをするなんて……卑怯以外の言葉では表せない」
「そんな言い方……」
断じて気絶したフリなんかはしていない。本当に気を失ってしまっていた。おそらく記憶が戻るその反動のせいだ。
結果的には意図してではなく事故になってしまったけれど、セラフィンがワインを掛けようと企てた事実は消せない。誰が知らなくとも、私だけはその真実を知っている。
でも、気絶したことまで嘘と断定されるのは堪える。
アエルバートから向けられる冷たい視線が痛い。
……もうダメなのね。
きっとここからアエルバートを説得することはできない。
「婚約を破棄されますか?」
「っ! 何を……!」
波風立てない婚約破棄はもう無理だと悟って、直接アエルバートに聞いてみる。
「驚くことでしょうか? そこまで私をお嫌いなのでしたら、仕方がありません」
「そ、それは僕が決めることだ!」
煮え切らない態度に、心の中で溜息を吐いてしまった。嫌いなら嫌い、婚約破棄なら婚約破棄と言ってくださればいいのに。
「とにかくだ、今後一切ブレアナに危害を加えることは僕が許さない。いいな」
明らかに私よりもブレアナ優先の言葉に絶句してしまう。まだ婚約者のはずなのに、ここまで蔑ろにされるなんて思わなかった。
「返事は?」
「……ええ」
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