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第2章 神々の運命
第21話 邂逅
しおりを挟む決闘終了後、優香は自室に戻り千里の力によって傷を治療してもらっていた。
「はい、これでもう大丈夫ですわ」
「ありがとうございます、千里さん」
空実との戦いによって優香の体には切り傷や擦り傷、打撲があったが一番酷かったのが凍傷だった。
空実の力によって空の天気は急変し、凍えるような寒さに襲われた。直接攻撃を受けたわけではないのにも拘らず、その冷気だけで怪我を負っていたのだ。
「少しの間は安静にしててくださいね?」
「はい、わかりました」
しかしそんな怪我も千里の力によって、傷跡残さず綺麗に治されていた。
千里は体から黄色い光のオーラを発し、その光を優香の傷の患部に当てることで治療していた。その光はとても暖かく、まさに癒しのオーラだった。
「凄いですね、千里さんの力は」
「いえいえ、そんなことありませんよ?それを言うなら優香さんの力は凄まじかったですわ。あの空実と対等に渡り合うことができるのは、軍部にもそうはいないんですから」
空実は政務総長であり、軍部には所属していない。それでも幹部として必要な戦闘力は持っていた。そんな相手に優香は戦い抜くことができたのだ。
「そ、そうなんですか」
「でも、あまり無理してはいけませんよ?優香さんに何かあったら神斗さんが……あら、噂をすれば」
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。千里がドアを開くとそこには、神斗の姿があった。
「神斗!?」
「やあ、優香。怪我の具合はどうだ?」
「はい、酷い怪我でしたがしっかりと治しましたわ。しかし少しの間は無理な運動等は控えた方がよろしいかと」
「そうか、わかった。ありがとう千里さん」
神斗は千里に優香の容体を聞くと、優香の横になっているベッドに腰掛ける。
「まったく、あんなに無理して戦わなくても良かったのに」
「だ、だって……空実さんに負けたくなかったんだもん」
「あのな、あいつは神殺しの国の幹部だぞ?それなりの力と経験を持ってる。そんな相手を力に目覚めたばかりの優香がまともに相手するのがどれだけ危険かわかってるのか?」
「うぅぅ、だって……」
神斗は怒っていた。確かに二人の決闘を許可したのは神斗自身だった。しかし、まさかあのような大きな戦いに発展するとは思ってもいなかった。優香と空実、二人が躍起になって力をぶつけ合った結果、マーゼラが止めに入るほどの戦いになってしまったのだ。
「はぁ、わかっていませんわ神斗さん」
「ん?何が?」
「優香さんと空実さんが一体何のために戦ったのか、ご理解していますか?」
「それは、優香が俺のことを想ってくれてるからなのはわかってるけど、空実は王に従う幹部として優香を試したってとこだろ?それか優香への俺の待遇に嫉妬したからとか」
二人の決闘は空実の申し出によって始まった。それは優香を特別に扱った神斗に対して、空実は文句があったのだ。それはあくまで政務総長として、国の幹部としての申し立てだと神斗は判断していた。
しかし、神斗は二人の決闘について理解していない部分があった。特に空実の抱いている想いには全く気がついていなかった。
「わかってませんわ、全くわかっていません!」
「うん、神斗何にもわかってない」
「え、え!?何だよ二人して」
千里はその妖艶な雰囲気の中に怒気をはらんでいた。対して優香は怒りこそしていないが、何かに呆れたような表情をしていた。
二人がそんな表情と言動をする意味が神斗には理解することができなかった。
「た、確かに私は神斗への想いがそうでもないって言われて、腹が立って、神斗への想いを証明したくって戦ったんだけどさ……」
「そ、そうか……ありがとう優香」
「うん……」
「あらあら、なんてウブなのかしら。私みたいなオバさんは邪魔者ですかね」
優香と神斗がお互いに照れていた時、千里はそそくさと部屋を出ようと再びドアを開ける。その顔はどこか羨ましそうな、寂しそうな表情をしていた。
「あ、千里さん!怪我を治していただいて、本当にありがとうございました!」
「いえいえ。でも年頃だからって、今はまだ激しい運動はダメですよ?するなら優しくですよ神斗さん?」
「なッ!?なんの話だよ!?」
「うふふ、それでは空実さんの方も見てきますので、失礼しますね」
神斗は動揺し、優香は顔を真っ赤にさせていた。そんな二人の表情を楽しそうに眺めた千里は部屋を後にした。
千里が退出し、二人きりとなった優香と神斗の間には少しぎこちない空気が流れていた。
「ま、まあ、とにかく怪我が治って良かったよ」
「う、うん!そうだね!」
「でも、もう無理はしちゃダメだからな?」
神斗は優しく優香の頭を撫でた。
「あ……うん、わかったよ神斗」
神斗の暖かくて優しい手に撫でられた優香は、顔を赤くして照れながらも嬉しそうに目を細めた。
「ねぇ、神斗」
「うん?」
「このまま、私が眠るまで一緒にいてくれないかな?」
「……ああ、勿論だよ。ゆっくり休みな」
決闘による疲労、緊張状態からの解放、そして神斗の手に撫でられたことで安心したのか、優香は眠たくなっていた。
「ありがとう神斗、大好き」
「俺もだよ優香」
優香は神斗に優しく撫でられながら、ゆっくりと眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
優香と空実の決闘から数日後、その日優香と神斗は人間界にいた。
神殺しの力に目覚めたが、優香は人間界での生活を捨て切ることが出来なかった。そこで神斗と相談し、高校卒業までは人間界でも生活をしていくことになったのだ。
「神斗ー、そろそろ帰ろう?」
「あー、ごめん優香。まだやることがあるから、先に“家”に帰ってて」
「そっか、わかった。でも無理しないでね?」
「わかってるよ」
神斗の言った“家”とは、神殺しが人間界に持っている拠点のことを指していた。キリスト教の教会や仏教の寺のように、神殺しもこの人間界にいくつか拠点を持っていた。
その拠点は主に人間界の情報を収集する場所であったが、人間界とイデトレアを繋ぐ転移門が配置されている。イデトレアの王である神斗はいつでもどこからでもイデトレアへの転移門を開くことができるのだが、神斗以外の神殺しはそれが出来ない。つまり人間界からはその拠点の転移門からでなければカテレア神殿の転移門に行くことが出来ないのだ。
「俺よりも先に向こうからの迎えが来たら一緒にイデトレアに行っててくれ」
「はーい」
その拠点のある場所は二人の通う学校から歩いて数分の場所にあった。優香は一人、その拠点に向かって歩いて行った。
大通りから人気のない路地に入り、もう少しで拠点に着くというところで、優香は足を止めた。それは優香が学校を出てからずっと後をつけてくる者の気配に気がついていたからだ。
「……誰?」
優香は後ろを振り返った。そこには道路のど真ん中で立ち尽くす美青年だった。黒髪に眼鏡をかけたいたって普通の人間だった。
『ああ、すまんすまん。つい嬢ちゃんのことが気になって、後つけてしもうたんや』
「意味がわかりません。ストーカーじゃないですか」
『ほんま、堪忍!別にやましい気持ちなんかこれっぽっちもないねん!』
普通の見た目とは裏腹に彼の口調は軽いものだった。
しかし、優香は気が気でなかった。目の前の青年から異質な力を感じ取っていたからだ。
『まぁ、お近づきにはなりたいなぁーっていう気持ちはあるけどな。ヒッヒッヒ』
「それ以上近づいてこないでください。近くに私の友人や仲間がいます。あなたが何かすれば、すぐに呼びますから!」
優香がわざわざここまでこの青年に後をつけさせたのは、何かあっても拠点に仲間がいるからだった。
しかし見た目と口調に違和感のあるこの青年は、優香の脅しを気にしていない様子だった。
『うーーん、それは別に構わへんけどな。どーせたいした力も持っとらん人間、神殺しやろ?』
「ッ!!やっぱりあなた、ただの人間じゃない!」
『それになぁ、もう手は打ってんねん』
「え?それって……」
優香はその時に気がついた。周囲の様子がいつもと違う、空は紫色に濁り、近くの大通りを走る車の音どころか風の音もしない。まるで人間界にそっくりな別世界にいるかのようだった。
「え!?何……ここ」
『ここは俺様の力で現実世界から切り離した世界や。ここで何が起ころうが、現実の世界には何の影響もない。つまり、お前さんが仲間を呼ぼうとしても気がつくことはないっちゅうことや!……嬢ちゃんの側におった奴はちと厄介そうやったしな』
「そ、そんな!?」
つまりそこは人間界のようで人間界でない、別の世界ということだった。 優香はその世界に閉じ込められ、外との連絡を断たれてしまったのだ。
青年は、ゆっくりと優香に近づいていく。
「こ、来ないでッ!」
『ヒッヒッヒ!そう邪険にせんでええって。悪いようにはせん。ちょっとばかし、お前さんの持つ力を返してもらえればええんや』
「うぅぅ……ッ!こうなったら!」
優香は後ろに飛び退き、青年との距離を取った。その手にはすでに光の槍を生み出していた。
『ほう?年頃の女の子にしては威勢がええやんか!』
「そう簡単に諦めてたまるか!たとえ一人でも、戦い抜く!」
優香は走り出し、青年に向けて両手の光の槍を投擲した。その瞬間転移魔法で青年の背後を取り、左手に風、右手に炎を生み出した。
『……ッ!』
「はあぁぁぁッ!!!」
前方から二つの光の槍、後方からは風によって激しさを増した炎が青年を襲った。その威力は高く、周囲の家々や道路を吹き飛ばしてしまった。
優香は炎で攻撃した直後に再び転移魔法を発動し、元いた位置に戻っていた。
「き、効いたかな?」
優香の前方は砂煙と黒煙によってよく見えなかった。
優香は気を抜かずに集中した。相手がどんな力を持っているかわからないが、別の世界を作り出し、優香を強制的にその世界に閉じ込めるほどだ。この程度で倒せるとは思っていなかった。
やがて砂と煤の煙は晴れていった。
『……ヒッヒッヒ!!やるやないか嬢ちゃん!!』
「くっ!全く効いてない……」
そこには青年がさっきと全く変わらないように立っていた。あれだけの攻撃を受けてもなお、平然としていた。
『いやいや、ええ攻撃やったで?俺様には効かんけどな?ヒッヒッヒ!』
「ど、どうすれば……」
『ほな、次はこっちの番やで?覚悟はええか嬢ちゃん?ヒッヒッヒッヒッヒ!!!』
青年は優香に近づいていく。すると青年の体は少しずつ変化していった。服は派手さを増していき、髪は黒から紫に変化し変な帽子を被った。眼鏡は消え、顔に色鮮やかな模様が浮かび上がる。
そこに現れたのは、ピエロのような服を着た美青年だった。顔は変わっていないが、明らかに雰囲気が変わっていた。
『すまんなぁ嬢ちゃん、これも“運命”のためなんや』
「くっ!……神斗ッ」
その時、二人のいた世界の空に亀裂が走った。やがて亀裂は大きくなり、空は割れたガラスのように粉々に砕け散った。すると優香たちは先ほどのような世界ではない、元の世界に戻っていた。
『なッ!!何やて!!?俺様の作った世界が崩壊した!?そう簡単に壊せるはずが……』
「何が……起こったの?」
その世界を作り出した青年ですらその原因がわからなかったが、その答えはすぐに二人の前に現れた。
優香と青年の間に一人の女性が上空から降りてきた。美しく輝く白い髪を短く切り揃え、何かの制服のようなものをきっちりと着こなした凛々しい女性だった。その腰には日本刀を提げ、両手を後ろで組み真っ直ぐに立っていた。
『お、お前さんは!!……そうか、お前さんが俺様の作った世界を壊したんか。それなら納得や』
「あ、あなたは?」
その女性は優香の方へクルッと反転し、敬礼をした。
「お初にお目にかかります。私、イデトレアにて治安面統括公務総長を務めております、鈴奈カレンと申します。奴を追っていたのですが突然気配が消えてしまい見失っていたところ、仲間からの情報によって別世界にいるのを発見し、こうして参上した次第です。これより、あなた様の助太刀に入らせていただく!」
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