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招かざる来訪者

退魔師の告白

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「「あ」」レオと長谷川が、同時に足元を見下ろす。

「慌てており、すっかり失念いたしておりました。大変、失礼いたしました」

サラは高い黒のピンヒールを片手を翳して消し去った。

「粗暴で野蛮な長谷川くん、手を離しても暴れないでくれると約束してもらえるかな。でないと「魅了」で、君を押さえておかないと、靴も脱げない。こんな不作法を、するなんて、私の沽券に関わる話だよ、全く」

レオは不満顔で長谷川を睨む。


長谷川は、しばらく唇を噛んで考えていたが、大きく息を吐くと、諦めたように身体の力を抜いた。

「……っああ。わかった。今は手出ししないと約束するから、とにかく手を離せ」

「長谷川さんと……レオさんは、お知り合いだったんですか?」

私は、由希人から、2人に視線を移して不思議そうに尋ねた。

この2人に接点があるなんて意外だ。全く別の世界の住人のようなのに。いや、今まで知っているつもりだった長谷川も、全く別の顔を持っていた。私が知らなかっただけだ。

レオは苦々しそうな表情を浮かべて肩を竦めて、羽交い締めにしていた長谷川から手を離す。

「まあ、顔見知りだね~。長谷川くんは若手の退魔師の中では、群を抜いて強い力を持っているから色々無視出来ないかな。こうやって、生まれたての弱い子を、やたらと消しちゃおうと、するくらいだし」

軽く指先を動かすと、サラと同様に、気品のあるブラウンの革靴を消してしまう。


「…………っ。ソイツは弱くなどないだろう。レオ。貴様の魔力が、ベッタリ付いているじゃないか。貴様の「お手付き」の強力な淫魔だ」

そう言いながら、長谷川も黒い革靴を脱ぐと玄関に、ダンッと音をたてて揃えて置いた。


「え、ええと、と、取り敢えず、皆さん、居間の方へどうぞ」

私は、ヨロヨロしながら、皆を居間に誘導した。まだ、ぐったりしている由希人を、レオが抱えて居間のソファに横にする。サラは、横たわった由希人の胸の辺りに手をあてた。私は、心配でそれを覗き込むように身体を屈めた。私に気付くとサラは穏やかに告げた。

「命に別状は、ありません。強い退魔術に当てられて、動けなくされただけですから。時間が経てば自然に治りますが、迅速な回復を促す為、こうやって手のひらから、魔力を流して乱れた魔力を、在るべき状態に戻しているのです」


そんな難しい事は出来ないけれど、思わず、由希人の手を両手で握り締める。多分、キスしたりしたら、もっと元気になるんだろうけれど、流石に、これだけギャラリーが居る中で、そんな事が出来る程、勇者ではない。

「由希人くん、大丈夫?」

小さな声で、尋ねた。

由希人は一度、目を開けて

「はい、大丈夫です。急に身体が麻痺して動けなくなってしまって……。随分、楽になってきました」

そう言って、再び目を閉じると、私が握っていない方の手の甲を額に当てた。

「弱っちくて………ホント、情け無いです」

ひとり言みたいに、そう呟いて、由希人は悔しさに歯を食いしばった。



テーブルを挟んで、ソファの向かいの椅子に、レオが座り、長谷川は少し離れた場所の壁に背を預けて立っている。

すっかり寛いだ様子で、レオは長谷川に向かって声をかけた。

「これ、見たら解るでしょ、2人は、出来たてホヤホヤの恋人同士なの」

「人と淫魔で、恋人同士など有り得ない。それに、ソイツは見た目は子供じゃないか。子供と恋人など、それこそ有り得ない。山口さんは、正常な判断が出来なくなっている」

長谷川は真っ直ぐ、私を見つめ眉を潜めて言いつのる。

言われている事は、よくわかる……多分、大まかな部分で、それは正しいのだろう。でも………。

「山口さん。目を覚ましてくれ。君はソイツの手練手管に惑わされて、騙されているんだ」

ゆうきは由希人の手を握ったまま、長谷川を見つめ返すと、ひとつ深呼吸した。

「あの…………長谷川さん。私、知っていました。由希人くんが人で無い事。だから、騙されたり、してません」

「………っ。淫魔に取り憑かれた人は、正気を失ってしまう。ソイツの言葉、行動、全てが君を惑わせる手口なんだ。人に言えない事をされているはずだ。そのガキに」

忌々しそうに長谷川は唇を噛む。その言葉に、私は赤くなって俯いた。

気の毒そうに、様子を見ていたレオが見兼ねて口を挟む。

「だーかーら。2人は恋人同士なんだよ。そーゆー事するでしょ。第三者が口を挟まないで放っておいてあげてよ。無粋だね」

「………俺の問題でもある」

長谷川は、そう言って、ゴクリと唾を飲み込んで

「山口さん、こんな状況で言うのも何だが、前から、あなたの事が好きだった。淫魔に、毎夜、好きなように弄ばれているなんて耐えられない。淫魔の気配が日に日に強くなり、昨夜、魔力が爆発的に増加したのを感じた。どんな異常な酷い事をされているのか想像するのもおぞましく、気が狂いそうだった。昨夜は眠れなくて、朝一に駆け付けて来たんだ」

一気に、そう言って長谷川は片手で顔を覆った。


しばらく、場がシーンと静まり返った。


レオが「わぁ、嫉妬かぁ………なるほどね」と、呟いた。

私は、大きく目を見開いて、パチパチと瞬きをした。すごく驚いた。長谷川さんが、そんな風に想ってくれていたなんて思ってもいなかった。

「…あの、…あの、長谷川さん、私、今まで、長谷川さんを………そういう風に考えた事なくて………あの……ごめんなさい。」

告白なんて初めて、されたのに、ほとんど考えもせず断りの言葉が自然に出てきて、自分でも、びっくりした。

レオが「うわ、速攻フラれた」サラも無表情で「フラれましたね」と言った。

「…………外野は黙ってろ」

長谷川は憮然とした表情で2人を睨みつけた。


確かに、少年の姿の彼との関係は、異常だと思う。けれど、嫌ではなかった、むしろ好ましくすら思っていた。これは、彼に騙されて、惑わされているから、なの?完全に否定出来ない、それでも、これだけは言っておかなくては、いけない気がして、言いよどみながら言葉を紡ぐ。

「私、彼に………酷い事とか………おぞましい……こと、とか、されて……ません」

「だが、人に言えないような淫らな事は、されてる。こんな子供に。それが、おぞましく、酷い事ではないと。それを、俺に信じろというのか」



「大人に…………なります」

それまで黙っていた由希人が、初めて口を開いた。

「僕は生まれつき魔力が足りなくて、大人の姿になれなかった。ゆうきさんは、そんな僕の命の恩人です。酷い事なんてできるはずがない。とても、大切な人です。あなたより、僕の方がずっと彼女を好きだ」

ソファに横になっていた身体を起こして、由希人は、私を見つめた。

「ゆうきさん、僕、大人になりますから、ちゃんと貴女の恋人になりたい」

そう言うと、由希人は目を閉じて激しい白い光に覆われゆく。眩しすぎて、目を閉じた。包むように握っていた由希人の手が、温かく、さらに熱く感じられる。みるみるうちに、大きさ固さ、皮膚の感触が劇的に変化していく。子供から大人へと。

光が収まって、ようやく目が慣れた時、目の前には、20代前半のサラサラの黒髪を襟足まで伸ばした、吸い込まれそうな黒目の涼やかな顔をした、どこの芸能事務所の方ですか?と、尋ねたくなるような整った顔立ちの、細いけれどキチンと筋肉ついている絶妙なプロポーションを持った男性が、両手を包み込んで、艶やかに微笑んでいた。


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