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僕とおねぇさん
フェアリー・シーズン前夜に
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困った……。
彼女は自分が精霊だって自覚がまったく無い。
僕が色々説明しても、いまいち通じない。それ所か、異世界転移かー! 本当にあったんだ。なんて言い出すし……ここは妖精界で、異世界とか言うものではないと思うんだけどなぁ。
そもそも、僕だって産まれてから色々教えてもらって、自分が精霊の伴侶だって事を理解したんだから、最初から何も知らない状態で、長い間人界で生まれ育った彼女に、僕らの常識を理解しろと言う方が無理なんだ。
ここで生まれて育った精霊と伴侶なら、生まれた時からそんなもんだと理解しているから、精通と生理がきたら性行為をして繁殖期になったら成長して大人になる。それが当たり前だと思っているけど、彼女は違う。
僕は彼女に会うまで……ちょっと不安だった。
いくら伴侶として産まれたとは言え、ずっと離れて生きてきたんだから、本当に彼女と会ったら、好きになれるのだろうか?
昔は伴侶に夢を見ていたから、会ったらきっと一目で好きになって僕らは愛し合うものだと信じて、疑ってもいなかった。
けど、単純な考えを盲目的に信じるには、時間が経ちすぎた。
26年も離れていれば当然だと思う。
そんな不安も、僕に関して言えば……杞憂だったみたい。
一目惚れとまでは行かないけど、僕は彼女をすぐに好きになった。
真面目そうに見えて、思い込みが激しくて空回りする所や、感情が素直に顔に出る所。キビキビして頼りがいのある所や、優しい所、意外と気を使うまめな性格。
姿形は、人界に居た時のままなので僕らとは違う感じだけど、短く整えられた栗色の髪に形の良い頭。クリーム色の肌に、紅茶色のキラキラした瞳。すっと涼しげな目元が知的なのに、笑うと目尻が下がって甘くなる。
つんっとした小さな鼻に、ぽってりとした厚い唇はイチゴジャムを塗ったみたいにツヤツヤしていて……何だか美味しそう。
あ、あと……おっぱいが大きくてふわふわしている。
全体が細身なのに、おっぱいだけ大きいから、目立つと言うか……。
とにかく、僕は彼女の全部が好ましくて、見ていると幸せで、胸が苦しくなる。
二人で暮らすようになってから1週間も経たない内に、好ましいと言う思いが変化した。心を急がせるような、何だか悲しいような嬉しいような複雑なものに変わって、これが恋なのかも……と思い至った。
何より身体の方が正直で、時々彼女に触れると勝手に勃起してしまう事があって、焦ったし、恥ずかしかった。
僕って単純なんだなーって、ちょっと呆れた。
こんな状態だったから、浮かれていたんだ。
けど僕らには……重大な問題があった。
彼女が大人になっていると言う事だ。
一体どうして彼女だけ大人になれたのか……原因は良く分からないけど。
大人の彼女は残念ながら僕を可愛がってくれるけど、性的な魅力は感じてくれない。
どんなにアプローチしても、ぜんぜん気付いてくれない。
フラウがくれた人界の本で読んだけど、きっとロリコン? とか、そーゆー趣味の人じゃないと、受け入れてもらえないんだ……。
それでも僕は毎日、彼女に気に入ってもらおうと頑張った。
肉体的な接触を多くして、彼女がしたいと言う事は、恥ずかしくても受け入れるし、抱っこしてもらったり、甘えたふりしておっぱいに顔を埋めたり……。
いや、おっぱいに顔を埋めるのは、何だか僕の方が興奮しすぎて大変な事になるので、控えた方がいいのかもしれないけど。
ある時ふと気付いてしまったんだ。
人界に、好きな人がいたり、恋人がいたり、結婚してたり……人間の身体を持っていたんだから、子供がいたり……は、多分ないと思うけど。そんな可能性もあるんじゃないかと。怖くてとても聞けない。
そんな人が好きになってくれるのだろうか?
ただの子供でしかない僕を……。
最初の日以降、僕は彼女にこの世界の事を説明しなくなった。
はじめは理解してもらえない歯がゆさで、どう説明していいのか分からなかったからだけど、次第に恐ろしくなってしまったのだ。
彼女に真実を話すのが。
何だか疲れてしまって、もうこのまま1万日を迎えて、一緒に死んで生まれ変わってもいいかなって思えてきた。
彼女の常識では、僕は性行為の相手になりえない。
無理に関係を迫って彼女に嫌われるくらいなら、いっそ……。
だって、彼女は僕にすごく優しい。いっぱい褒めてくれる。たくさんお話ししてくれるし、美味しいご飯も作ってくれる。
二人でいると、それだけで幸せなんだ。
彼女も幸せだって言ってくれる。
僕を大好きだって言ってくれる。
だから、もういいかなって。最後の瞬間に一人じゃないんだから、もうそれだけでいいかな……って。
何も知らない彼女には本当に申し訳ないけど、僕は自分の事でいっぱいいっぱいになって、とても自分勝手になっていた。
……そんな後ろ向きな事を考えていたら、フラウが彼女に会いたいって言ってきた。
僕はちゃんと覚えている。フラウは最初に彼女を見た時「おっぱいがでかい」って言ってたから、きっとおっぱいが目当てなんだ。
しかも、フラウは大人だから、万が一……もしかすると……彼女を誘惑するつもりじゃないか……それで彼女はフラウを好きになってしまうんじゃないか……。
考えれば考えるほど、不安で不快でどうしようもなくなる。
胸がズキズキして、お腹がムカムカしてきて、居ても立ってもいられなくなってきた。
自分ばかり大人になって、ちゃんと伴侶もいるのに、フラウはいつも人界の女性がえっちなポーズをとってる絵本を持ってたり、ノームの伴侶のスターにちょっかい出して、土に埋められたりする無節操な女好きだ。
僕はフラウの申し出を断固お断りした。
ついでにウンディーネに言いつけてやった。
実はノームやサラマンダーも、シルフに会いたいと連絡をくれている。
でも、彼女はまだこの世界に慣れていないから、会いに来ないでって断っていた。
フラウに聞いて、彼女が一人で大人になっている事を知って、心配しているのだろう。僕たちがちゃんと最後の繁殖期で性行為が出来るのかって。
心配なのは分かるけど、あまり干渉されたくない。
特に、大人の男は絶対に来ないで欲しい。
僕と彼女の空間に入らないでもらいたい。
今までは、誰の訪問でも嬉しかったのに……。
心配してくれているのに、それを鬱陶しいと思う自分に自己嫌悪する。
僕は自分勝手で我侭な子供だ。
いつの間にか、最後の繁殖期はすぐそこまで迫っていた。
繁殖期の前夜、突然フラウが家にやってきた。
幸い彼女はお風呂に入っていて、居間には僕一人だったので「シルフいるかー」と暢気に家に入ってきたフラウを視界に入れた瞬間、全力で体当たりして、家の外に連れ出した。
シルフに会うまで梃子でも動かないと玄関前でふんぞり返るフラウに、問答無用で「繋ぐ」力を使い、僕は家から離れた草原まで全速力で走った。
もしさっきの声を、彼女が聞いていたらどうしよう。
僕以外の誰かがいると彼女に知られたら……どうしよう。
ここは僕と彼女だけの場所なのに、何で突然来るんだ!
「フラウ! どう言うことなの!」
僕の凄い剣幕に、驚いたような顔をしたフラウは、肩を竦めて悪びれない仕草で「わるいわるい。怒ってるの?」なんて聞いてきた。
当たり前だ! 何度も僕の家に来ないでって言ったのに。
彼女には会わせないって言ったのに……。
肩で息をしながら訴える僕を軽く往なそうとする、その態度も気に入らない。
向かい合って立っていると、僕が首を直角に曲げて見上げなきゃいけない、この身長差も憎らしい。
今すぐどこか遠くに行って欲しい。
「でもさ、俺視えちゃったんだよな……お前、死ぬ気だろ」
何でフラウに、未来を視る力なんてあるのだろう。本当に、鬱陶しい!
無言で睨みつけていると、フラウの眉間に深い皺が出来てきて思い切り怒鳴られた。
「何にもしないとか、ありえないだろ。26年も放置されてたんだぞ? シルフの気まぐれってやつで! お前、何やってんだよ。ちゃんとヤることヤれよ!」
「彼女は何も知らないんだ! 彼女が悪いわけじゃない……」
僕の言葉に、今度は呆れたような溜め息を吐かれた。
でも、本当に彼女は何も知らないんだ。たとえシルフの気まぐれで人界に産まれようとも、選択したのは産まれる瞬間のシルフで彼女じゃない。
「だったら、オレが話をつける!」
そう言ってフラウは踵を返した。
「や、だ……だめ! フラウ!」
胴に体当たりして止めようとするけど、僕の身体では力が無さ過ぎて止めれない。僕は「繋ぐ」力を使ってフラウの足を地面に縛り付ける。
見えない紐で繋がれたフラウは、それでも歩みを止めないとばかりに、ギリギリと歯を食いしばって抵抗した。
綱引きしているような状態で膠着状態になり、お互いの出方を探り合う。フラウの力は僕よりもずっと強い。このままでは、良くて1分持つか持たないか……。
額から目の縁に汗が伝い落ちる。少しでも気を抜くと、フラウに力を断ち切られてしまいそう。……そうなったら、僕にはもうフラウを止める手段がない。そして……。
「……おねがいフラウ……彼女に会わないで……僕からおねぇさんを取らないで……!」
汗がぼたぼた落ちて、しがみついてたフラウの白いシャツに染みを作った。しばらくしてフラウの胴体に回していた手が、ぎゅっと握られた。
見上げると、フラウはやっぱり怒った顔をしている。
「そんなに……泣くほど好きなら、何でちゃんと説明してないんだよ!」
僕が汗だと思っていたのは、どうやら涙だったみたい。そんな事はどうでもいいけど、何で説明しないかって、彼女の常識と僕らの常識は違うんだから、説明して理解してもらえると思えないし、下手したら彼女に嫌われてしまうかもしれない。
「フラウには分からないよ! 何の苦労も無く伴侶に出会えたんだから!」
生まれたときから伴侶と一緒で、ちゃんと大人になれて、しかも伴侶がいるのに別の女性に手を出そうとするようなフラウに、僕の気持ちなんて分かりっこない!
「……じゃあ、大好きなおねぇさんが、もっとお前と生きていたいって思ってたら、どうなんだ? ちゃんと聞いたことあるのか? ずっと一緒にいたいかって、聞いたことあるのか?」
「それ、は……」
一緒にいると楽しいと言って貰った。好きだと言って貰った。でも、僕の好きとは違うから……。
「全部話して理解させるのが無理なら……せめて一緒にいたいのか聞け。その後は薬でも何でも盛ってヤっちまえよ。2,3発ヤればかなり育つだろ? それ見て決めてもらうとか……とにかく、何も知らないシルフを勝手に殺すな」
僕が彼女を殺す? そんな事する訳ない。フラウは何を言っているんだ。
「同じだろ。選択肢をお前が握ってるんだから、シルフが死ぬってことは、お前が殺すって事だ」
「……僕、そんなつもりじゃ……」
フラウの癖に、フラウの癖に! ……僕だって本当は気付いていたんだ。何も言わないのは間接的に彼女を殺すのと同じなんじゃないかって。でも嫌われたくない。
彼女の好きなリーシュは、天使みたいな子供なんだ。彼女に性行為を強要するような……子供でも大人でもない、人間でもない僕じゃないんだ。
明日の夜までに、天使でもなんでもない、ただの馬鹿な男だってどうやって伝えればいい? 彼女は僕の事を好きだって言ってくれるの? それとも、死にたくないから仕方なく僕を受け入れるの?
死んでも嫌だって拒絶されたら、どうしたらいいの?
でも、僕が何とかしないと彼女が死んじゃう。ちゃんと説明しなかったせいで、彼女が考えて選択する機会を与えなかったせいで、僕が彼女を殺してしまう。
「ほら、ウンディーネが暴れた時用の薬。お前にやるよ」
フラウはしがみついたまま、シャツの染みを見ていた僕に、小さな陶器の箱をくれた。僕はこの中身が何か知っている……だって。
「これ僕が作った薬……でも、これじゃ7回持たない」
箱の中には、フラウに頼まれてウンディーネ用に色々ブレンドした「気持ちよくなって動けなくなるお薬」が入っている。
「7回もマグロとやんのかお前は」
「まぐろ……?」
フラウの言うとおり、今更説明なんて難しいのだから、開き直って彼女に一服盛って、実際に僕の変化を見せながら説明したほうが早いのかもしれない。
その上で、絶対に受け入れられないって嫌われたら……うぅぅ、辛い。
いっそバッサリ嫌われた方が、好きになってもらえるかもと、希望を持つより楽なのかもしれないけど。そしたら僕は死ぬ瞬間まで、彼女に好きになってもらいたいって、泣き叫びそう。何だか思考があちこちバラバラで、まとまらない。
……彼女に、それとなく聞いてみよう。ずっと一緒にいたいのかって。
その答えを聞いたら、僕は満足できるのかな……。いや、もう考えないでおこう。
駄目だったら死ぬだけだ。さっきまで彼女と死ぬ覚悟だったんだし、すぐ死ぬ訳じゃないし。あと5ヶ月は一緒にいれるんだし……明日から嫌われてるかもしれないけど……。
「とにかく、ヤる時は相手に自分が今、何をして、次に何をするのか言葉で伝えろ。動けない相手にアレコレするんだから、ちゃんと相手が気持ちよくなるまで時間をかけろ」
そう言って、フラウは僕の腕を解いて踵を返し、家とは逆の方向に歩き出した。
僕は力を入れすぎて震える手を、ぎゅっと握り締めて決意を固める。
「……わかった。何でも言葉で伝えて、時間をかけるんだね」
何故かフラウが肩を震わせて笑った。
くるっと振り返ったフラウが、右手の指で輪を作って左手の人差し指をその輪に入れて見せた。
「がんばれよー」
とにかく、一回「僕と結婚して子供を作って欲しい」と言ってみよう。
頷いてくれたら、薬は使わず何とか頑張る。
断られたら、ずっと一緒にいてくれるか確認して、一緒にいてくれるなら……この薬でフラウの言う通りやってみる。
……その前に、今夜は彼女が気持ち良さそうな場所をこっそり探っておこう。
僕は本番に弱いから、ちゃんとできるか心配だし……悔しいけどフラウがくれたえっちな本で予習しないと。
彼女は自分が精霊だって自覚がまったく無い。
僕が色々説明しても、いまいち通じない。それ所か、異世界転移かー! 本当にあったんだ。なんて言い出すし……ここは妖精界で、異世界とか言うものではないと思うんだけどなぁ。
そもそも、僕だって産まれてから色々教えてもらって、自分が精霊の伴侶だって事を理解したんだから、最初から何も知らない状態で、長い間人界で生まれ育った彼女に、僕らの常識を理解しろと言う方が無理なんだ。
ここで生まれて育った精霊と伴侶なら、生まれた時からそんなもんだと理解しているから、精通と生理がきたら性行為をして繁殖期になったら成長して大人になる。それが当たり前だと思っているけど、彼女は違う。
僕は彼女に会うまで……ちょっと不安だった。
いくら伴侶として産まれたとは言え、ずっと離れて生きてきたんだから、本当に彼女と会ったら、好きになれるのだろうか?
昔は伴侶に夢を見ていたから、会ったらきっと一目で好きになって僕らは愛し合うものだと信じて、疑ってもいなかった。
けど、単純な考えを盲目的に信じるには、時間が経ちすぎた。
26年も離れていれば当然だと思う。
そんな不安も、僕に関して言えば……杞憂だったみたい。
一目惚れとまでは行かないけど、僕は彼女をすぐに好きになった。
真面目そうに見えて、思い込みが激しくて空回りする所や、感情が素直に顔に出る所。キビキビして頼りがいのある所や、優しい所、意外と気を使うまめな性格。
姿形は、人界に居た時のままなので僕らとは違う感じだけど、短く整えられた栗色の髪に形の良い頭。クリーム色の肌に、紅茶色のキラキラした瞳。すっと涼しげな目元が知的なのに、笑うと目尻が下がって甘くなる。
つんっとした小さな鼻に、ぽってりとした厚い唇はイチゴジャムを塗ったみたいにツヤツヤしていて……何だか美味しそう。
あ、あと……おっぱいが大きくてふわふわしている。
全体が細身なのに、おっぱいだけ大きいから、目立つと言うか……。
とにかく、僕は彼女の全部が好ましくて、見ていると幸せで、胸が苦しくなる。
二人で暮らすようになってから1週間も経たない内に、好ましいと言う思いが変化した。心を急がせるような、何だか悲しいような嬉しいような複雑なものに変わって、これが恋なのかも……と思い至った。
何より身体の方が正直で、時々彼女に触れると勝手に勃起してしまう事があって、焦ったし、恥ずかしかった。
僕って単純なんだなーって、ちょっと呆れた。
こんな状態だったから、浮かれていたんだ。
けど僕らには……重大な問題があった。
彼女が大人になっていると言う事だ。
一体どうして彼女だけ大人になれたのか……原因は良く分からないけど。
大人の彼女は残念ながら僕を可愛がってくれるけど、性的な魅力は感じてくれない。
どんなにアプローチしても、ぜんぜん気付いてくれない。
フラウがくれた人界の本で読んだけど、きっとロリコン? とか、そーゆー趣味の人じゃないと、受け入れてもらえないんだ……。
それでも僕は毎日、彼女に気に入ってもらおうと頑張った。
肉体的な接触を多くして、彼女がしたいと言う事は、恥ずかしくても受け入れるし、抱っこしてもらったり、甘えたふりしておっぱいに顔を埋めたり……。
いや、おっぱいに顔を埋めるのは、何だか僕の方が興奮しすぎて大変な事になるので、控えた方がいいのかもしれないけど。
ある時ふと気付いてしまったんだ。
人界に、好きな人がいたり、恋人がいたり、結婚してたり……人間の身体を持っていたんだから、子供がいたり……は、多分ないと思うけど。そんな可能性もあるんじゃないかと。怖くてとても聞けない。
そんな人が好きになってくれるのだろうか?
ただの子供でしかない僕を……。
最初の日以降、僕は彼女にこの世界の事を説明しなくなった。
はじめは理解してもらえない歯がゆさで、どう説明していいのか分からなかったからだけど、次第に恐ろしくなってしまったのだ。
彼女に真実を話すのが。
何だか疲れてしまって、もうこのまま1万日を迎えて、一緒に死んで生まれ変わってもいいかなって思えてきた。
彼女の常識では、僕は性行為の相手になりえない。
無理に関係を迫って彼女に嫌われるくらいなら、いっそ……。
だって、彼女は僕にすごく優しい。いっぱい褒めてくれる。たくさんお話ししてくれるし、美味しいご飯も作ってくれる。
二人でいると、それだけで幸せなんだ。
彼女も幸せだって言ってくれる。
僕を大好きだって言ってくれる。
だから、もういいかなって。最後の瞬間に一人じゃないんだから、もうそれだけでいいかな……って。
何も知らない彼女には本当に申し訳ないけど、僕は自分の事でいっぱいいっぱいになって、とても自分勝手になっていた。
……そんな後ろ向きな事を考えていたら、フラウが彼女に会いたいって言ってきた。
僕はちゃんと覚えている。フラウは最初に彼女を見た時「おっぱいがでかい」って言ってたから、きっとおっぱいが目当てなんだ。
しかも、フラウは大人だから、万が一……もしかすると……彼女を誘惑するつもりじゃないか……それで彼女はフラウを好きになってしまうんじゃないか……。
考えれば考えるほど、不安で不快でどうしようもなくなる。
胸がズキズキして、お腹がムカムカしてきて、居ても立ってもいられなくなってきた。
自分ばかり大人になって、ちゃんと伴侶もいるのに、フラウはいつも人界の女性がえっちなポーズをとってる絵本を持ってたり、ノームの伴侶のスターにちょっかい出して、土に埋められたりする無節操な女好きだ。
僕はフラウの申し出を断固お断りした。
ついでにウンディーネに言いつけてやった。
実はノームやサラマンダーも、シルフに会いたいと連絡をくれている。
でも、彼女はまだこの世界に慣れていないから、会いに来ないでって断っていた。
フラウに聞いて、彼女が一人で大人になっている事を知って、心配しているのだろう。僕たちがちゃんと最後の繁殖期で性行為が出来るのかって。
心配なのは分かるけど、あまり干渉されたくない。
特に、大人の男は絶対に来ないで欲しい。
僕と彼女の空間に入らないでもらいたい。
今までは、誰の訪問でも嬉しかったのに……。
心配してくれているのに、それを鬱陶しいと思う自分に自己嫌悪する。
僕は自分勝手で我侭な子供だ。
いつの間にか、最後の繁殖期はすぐそこまで迫っていた。
繁殖期の前夜、突然フラウが家にやってきた。
幸い彼女はお風呂に入っていて、居間には僕一人だったので「シルフいるかー」と暢気に家に入ってきたフラウを視界に入れた瞬間、全力で体当たりして、家の外に連れ出した。
シルフに会うまで梃子でも動かないと玄関前でふんぞり返るフラウに、問答無用で「繋ぐ」力を使い、僕は家から離れた草原まで全速力で走った。
もしさっきの声を、彼女が聞いていたらどうしよう。
僕以外の誰かがいると彼女に知られたら……どうしよう。
ここは僕と彼女だけの場所なのに、何で突然来るんだ!
「フラウ! どう言うことなの!」
僕の凄い剣幕に、驚いたような顔をしたフラウは、肩を竦めて悪びれない仕草で「わるいわるい。怒ってるの?」なんて聞いてきた。
当たり前だ! 何度も僕の家に来ないでって言ったのに。
彼女には会わせないって言ったのに……。
肩で息をしながら訴える僕を軽く往なそうとする、その態度も気に入らない。
向かい合って立っていると、僕が首を直角に曲げて見上げなきゃいけない、この身長差も憎らしい。
今すぐどこか遠くに行って欲しい。
「でもさ、俺視えちゃったんだよな……お前、死ぬ気だろ」
何でフラウに、未来を視る力なんてあるのだろう。本当に、鬱陶しい!
無言で睨みつけていると、フラウの眉間に深い皺が出来てきて思い切り怒鳴られた。
「何にもしないとか、ありえないだろ。26年も放置されてたんだぞ? シルフの気まぐれってやつで! お前、何やってんだよ。ちゃんとヤることヤれよ!」
「彼女は何も知らないんだ! 彼女が悪いわけじゃない……」
僕の言葉に、今度は呆れたような溜め息を吐かれた。
でも、本当に彼女は何も知らないんだ。たとえシルフの気まぐれで人界に産まれようとも、選択したのは産まれる瞬間のシルフで彼女じゃない。
「だったら、オレが話をつける!」
そう言ってフラウは踵を返した。
「や、だ……だめ! フラウ!」
胴に体当たりして止めようとするけど、僕の身体では力が無さ過ぎて止めれない。僕は「繋ぐ」力を使ってフラウの足を地面に縛り付ける。
見えない紐で繋がれたフラウは、それでも歩みを止めないとばかりに、ギリギリと歯を食いしばって抵抗した。
綱引きしているような状態で膠着状態になり、お互いの出方を探り合う。フラウの力は僕よりもずっと強い。このままでは、良くて1分持つか持たないか……。
額から目の縁に汗が伝い落ちる。少しでも気を抜くと、フラウに力を断ち切られてしまいそう。……そうなったら、僕にはもうフラウを止める手段がない。そして……。
「……おねがいフラウ……彼女に会わないで……僕からおねぇさんを取らないで……!」
汗がぼたぼた落ちて、しがみついてたフラウの白いシャツに染みを作った。しばらくしてフラウの胴体に回していた手が、ぎゅっと握られた。
見上げると、フラウはやっぱり怒った顔をしている。
「そんなに……泣くほど好きなら、何でちゃんと説明してないんだよ!」
僕が汗だと思っていたのは、どうやら涙だったみたい。そんな事はどうでもいいけど、何で説明しないかって、彼女の常識と僕らの常識は違うんだから、説明して理解してもらえると思えないし、下手したら彼女に嫌われてしまうかもしれない。
「フラウには分からないよ! 何の苦労も無く伴侶に出会えたんだから!」
生まれたときから伴侶と一緒で、ちゃんと大人になれて、しかも伴侶がいるのに別の女性に手を出そうとするようなフラウに、僕の気持ちなんて分かりっこない!
「……じゃあ、大好きなおねぇさんが、もっとお前と生きていたいって思ってたら、どうなんだ? ちゃんと聞いたことあるのか? ずっと一緒にいたいかって、聞いたことあるのか?」
「それ、は……」
一緒にいると楽しいと言って貰った。好きだと言って貰った。でも、僕の好きとは違うから……。
「全部話して理解させるのが無理なら……せめて一緒にいたいのか聞け。その後は薬でも何でも盛ってヤっちまえよ。2,3発ヤればかなり育つだろ? それ見て決めてもらうとか……とにかく、何も知らないシルフを勝手に殺すな」
僕が彼女を殺す? そんな事する訳ない。フラウは何を言っているんだ。
「同じだろ。選択肢をお前が握ってるんだから、シルフが死ぬってことは、お前が殺すって事だ」
「……僕、そんなつもりじゃ……」
フラウの癖に、フラウの癖に! ……僕だって本当は気付いていたんだ。何も言わないのは間接的に彼女を殺すのと同じなんじゃないかって。でも嫌われたくない。
彼女の好きなリーシュは、天使みたいな子供なんだ。彼女に性行為を強要するような……子供でも大人でもない、人間でもない僕じゃないんだ。
明日の夜までに、天使でもなんでもない、ただの馬鹿な男だってどうやって伝えればいい? 彼女は僕の事を好きだって言ってくれるの? それとも、死にたくないから仕方なく僕を受け入れるの?
死んでも嫌だって拒絶されたら、どうしたらいいの?
でも、僕が何とかしないと彼女が死んじゃう。ちゃんと説明しなかったせいで、彼女が考えて選択する機会を与えなかったせいで、僕が彼女を殺してしまう。
「ほら、ウンディーネが暴れた時用の薬。お前にやるよ」
フラウはしがみついたまま、シャツの染みを見ていた僕に、小さな陶器の箱をくれた。僕はこの中身が何か知っている……だって。
「これ僕が作った薬……でも、これじゃ7回持たない」
箱の中には、フラウに頼まれてウンディーネ用に色々ブレンドした「気持ちよくなって動けなくなるお薬」が入っている。
「7回もマグロとやんのかお前は」
「まぐろ……?」
フラウの言うとおり、今更説明なんて難しいのだから、開き直って彼女に一服盛って、実際に僕の変化を見せながら説明したほうが早いのかもしれない。
その上で、絶対に受け入れられないって嫌われたら……うぅぅ、辛い。
いっそバッサリ嫌われた方が、好きになってもらえるかもと、希望を持つより楽なのかもしれないけど。そしたら僕は死ぬ瞬間まで、彼女に好きになってもらいたいって、泣き叫びそう。何だか思考があちこちバラバラで、まとまらない。
……彼女に、それとなく聞いてみよう。ずっと一緒にいたいのかって。
その答えを聞いたら、僕は満足できるのかな……。いや、もう考えないでおこう。
駄目だったら死ぬだけだ。さっきまで彼女と死ぬ覚悟だったんだし、すぐ死ぬ訳じゃないし。あと5ヶ月は一緒にいれるんだし……明日から嫌われてるかもしれないけど……。
「とにかく、ヤる時は相手に自分が今、何をして、次に何をするのか言葉で伝えろ。動けない相手にアレコレするんだから、ちゃんと相手が気持ちよくなるまで時間をかけろ」
そう言って、フラウは僕の腕を解いて踵を返し、家とは逆の方向に歩き出した。
僕は力を入れすぎて震える手を、ぎゅっと握り締めて決意を固める。
「……わかった。何でも言葉で伝えて、時間をかけるんだね」
何故かフラウが肩を震わせて笑った。
くるっと振り返ったフラウが、右手の指で輪を作って左手の人差し指をその輪に入れて見せた。
「がんばれよー」
とにかく、一回「僕と結婚して子供を作って欲しい」と言ってみよう。
頷いてくれたら、薬は使わず何とか頑張る。
断られたら、ずっと一緒にいてくれるか確認して、一緒にいてくれるなら……この薬でフラウの言う通りやってみる。
……その前に、今夜は彼女が気持ち良さそうな場所をこっそり探っておこう。
僕は本番に弱いから、ちゃんとできるか心配だし……悔しいけどフラウがくれたえっちな本で予習しないと。
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ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
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