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Scene04 赤ちゃんの十戒

39 パパがいなくなった

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 夜、目が覚める。
 誰もいない孤独な夜。

 私が泣きたくなっても「大丈夫」と言ってくれるパパはもういない。
 私は、我慢した。

 ママは夜もお仕事。

 昼もお仕事。

 私と由香は、お留守番。

 パパ。

 私、ミルクの入れ方上手になったよ。
 私、おしめの交換も上手になったよ。

 報告したいな……
 会いたいな……

 そんな事を考えた夜。

 ママは、1人の男性をマンションに連れてきた。
 私は、怖いので寝ているフリをした。

「この子が、俺の子……?」

「そうよ……」

「俺に全然似てないな……」

「そう?
 眼なんて武君にそっくりよ……」

 ママは、少し切なそうな声で言った。

「ふーん」

 男の人は、興味なさそうに頷いた。

「で、このガキは?」

 男の人は、私の方を見た。
 私と目が合う。

 男の人は、ニヤリと笑う。

「私の子よ……」

「ふーん」

 男の人は、そう言って私の頬を突く。
 痛い……

 でも、怖い。
 怖くて、怖くて、声が出せなかった。

「やべ。
 頬っぺた柔らかい」

 男の人がケタケタ笑う。
 私は、ママの方を見た。
 ママ、助けて……!
 由香の泣き声が聞こえる。

「由香。
 起きちゃったみたいね……」

 ママは、そう言って私の方を見る。

「この人誰?」

「この人は、武さん。
 貴方の新しいパパよ」

 ママは、そう言って笑う。

 パパ?

 パパは、パパだけだよ?
 この人は、パパじゃない!

 私には、ママが何を言っているのかわからない。

 パパは、パパだけ。
 この人はパパじゃない。

 私は、泣きたくなった。
 でも、泣きたくなかった。
 負けるのが嫌だから……
 だから、私は泣かなかった。

「理香。
 きちんと挨拶なさい」

 ママが、そう言って私の方を見る。

「こんばんは……」

 私は、簡潔に挨拶した。

「……ふん。
 俺、子供嫌いだから……」

 男の人は、そう言うと再びケタケタと笑う。

「武さん、そんな事言わないで……」

 ママが、男の人にそう言った。

 そっか……
 この人は、『武』って言うんだ。

 私は、この人の事を『武さん』って、呼ぶ事にした。
 絶対、パパなんて言わない。
 パパは、パパ1人だけだから……

 私は、決めたんだ。

 パパが戻ってくるまで、私はパパを待つと……
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