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12月

12月1日

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 あれから一週間後、私達兄弟のいる群れは巣穴を放棄し拠点を変えるらしく移動を開始した。
 雪が無くなった森の中を大人達に付いて進む。
 母や子守をしてくれた大人の狼はもちろんだが、見た事がなかった狼もいた。
 その先頭を歩く一回り大きな狼を私は警戒していた。
 群れの仲間なのに警戒してたのは、母に目を付けられないよう注意されたからだ。
 私は特に……。

 昨日の夜の事だ。
 私はまた夜空を眺めていた。

「少しいい?」

 そこへ、母が隣に座り話しかけてきた。

「どうしたの?」
「昼に、明日ここを放棄して拠点を変えるという話をしたのは覚えてるわね?」
「もちろん」
「おそらく、その時に今の群れのリーダーに会う事になるのだけど。あなたにはその事で注意をしておこうと思ったの」
「注意ってどういう……?」
「今のリーダーは賢さや経験という物を評価しない狼なの。力がすべて、そして体が丈夫な事が重要。そんな狼……。あなたはまだ子供だからまだ気にする必要ないでしょうけど、大人になったらそうもいかない。だから、今のうちからリーダーには目を付けられないようにしておきなさい」

 私にとって最悪な情報だった。
 体が小さく兄弟達に比べて力も弱い、そんな私が群れに貢献する術は頭を使い知恵をひねり出す事が前提だ。
 それをリーダーがまったく評価しないらしい……。そうなると、いよいよ私は群れの中で邪魔なお荷物扱いされかねなかった。

「……もしかして、それがリーダーというものだったり?」

 母は頭を軽く左右に振った。

「違うわ。今のリーダーがそういう狼なだけね。実際あなた達の父は今のリーダーより力は劣るし、体も他の狼と変わらないくらいよ。でも、そんなあなた達の父がリーダーだった事に今のリーダーは納得がいかずに不満を持ってた。それが、今の方針に繋がったのでしょうね」
「そういう事か……」

 もしかしたら、私はその父の血を色濃く受け継いでいるのかもしれない。見た目的に。
 加えて、私は小柄でそれ相応で力も強くないときた。
 私の兄の事もあるし、目を付けられたら群れにいる事が難しくなる事が容易に想像できた。
 目を付けられるわけにはいかない事を、私は夜空を眺めつつ理解した。

 そして今。
 私は母の言葉を思い返しながら、新たな拠点を目指して森の中を進む。
 時折リーダーが足を止め周囲を警戒するように首を動かし見るのだが、その度に私は母の影に隠れた。
 だが、代わりに体格の良い兄からの視線が私に突き刺さってきてつらい……。
 そんな調子で森の中を歩いていくと、ザァーっとした少し強めの音やカラカラなのかチャラチャラなのかなにやら柔らかい音が聞こえ、時折チャポンッ!とした音が聞こえた。
 私はすぐに音の正体に気が付く。そう音の正体は川だ。

「なんか楽しくなる音がするねー」
「僕はなんか飛び込みたくなったよ!」
「私はなんか飲みたくなったけど?」

 私は音の正体に気が付き、なぜこんな事を私は知っているのかって不思議になるわけだが、今回ばかりは兄弟達も本能で川である事を察しているようだった。
 もしかしたら、私の訳の分からない知識も本能なのだろうかと思いそうになる。

 だが、そんな訳はない。
 だが、そう思うと気が少し楽なる。

 私はもう本能という事にしておこうと思った。なにせどれだけ考えようが答えは出てくれず、もやもやだけが残ってしまうからだ。
 そして付いた先は川の流れがやや緩やかになっていた所だった。
 しばらくはこの周辺を活動の拠点にするらしかった。
 今までは巣穴の中だったが、今度は少し大きな木の近くに大人達が少し掘った程度の窪みを寝床にしていくようだった。
 今までに比べれば大分雑な寝床だが、私達兄弟がそれだけ大人に近づき丈夫になってきたって事でもあるんだろう。

「うわっ!冷たーい!」
「ペロペロ。透明で味はないのになんかおいしーかも」
「ねぇ、このちっさいの何だろう?」
「小さいクセに生意気だな!やっつけてやる!!」

 兄弟達は新しい環境に興味津々のご様子だった。
 私にとってはその方が気楽で良かった。
 変に絡まれることもないし。

「いってぇー!!なんか鼻を噛みやがったぞ!!」

 体格の良い兄は小さな蟹に鼻を挟まれビックリしていた。

「なんかあっちにもこっちにも同じのがいるんだけどー!」
「よし!撤退だーーー!!」

 あと、余談だが水面を鏡にして自分の姿を見たのだが、私はどうやら兄弟達とは違い母と同じ白い毛の狼のようだ。
 父親似でない事にちょっと安心した。父には悪いが。
 ちなみに、他の兄弟達は頭の上から背中にかけて灰色がかった毛並みをしていた。

 それから2週間ほどするとゲロもんじゃを卒業する時期に来ていた。
 苦手だった私には有難い事だった。なんせ一週程前から小型の蟹を既に生食いしてたくらいだ。
 生だし、殻ごとだから硬いし、うまいとは思わなかった。が、酸味の効いたぐちゃまぜのゲロよりはかなりマシとだけ言っておく。

「へへーん!これ僕の戦利品ー!」
「いいなぁ!私にもちょっと頂戴よ!」

 兄弟達はまだ生肉がうまく食い千切れない為か、まだまだ苦手なようだった。
 だが、肉辺のこびり付いた骨を遊び感覚で貰ってきては、歯でガリガリと表面の肉辺をそぎ落とすようにかじり付き、肉辺が無くなってもまだ骨を噛み噛みしてた。
 たぶんだが、そうしながら顎の力をつけてくのだろうと思われた。あと、歯に付いた歯垢を落とす意味もあるのかもしれない。
 深く考える事無く遊びと本能で力を付けていく様は、さすが野生の狼といった感じだった。

「それ!いただきぃ~!!」
「あー!僕のなのにー!!」
「残念俺が貰った!!」
「くやしぃ~~~~!!」

 さらには、遊びながら上下関係も築かれているようだ。それがやがて群れの社会性になっていくのだろう。
 私は当然の如く兄弟の中で一番下の状態だ。
 なんせ兄弟達のマネをして顎の力をつけようと骨を貰ってきたのだが、すぐに体格のいい兄に横取りされてしまうのだ。
 結局のところ骨を諦めて、爪楊枝を意味もなく噛み噛みするがごとく折れた木の枝を齧った。
 爪楊枝なんて見たこともないけども……。

 それから一月ほど後の事だ。
 まだ成長の余地を残しているものの、兄弟達の体は大人とあまり変わらない大きさにまでなり、肉も普通に食えるようになっていた。
 体格の良かった兄に至っては普通の大人よりも一回り大きく、11頭の群れの中では上から3番目くらいの大きさだ。

 そんな時だった。
 私達兄弟は森の中で危険な状況に陥っていた。

「グゥォォォォ!!」

 黒く大きな体に太い腕に太い足そしてとても短い尻尾、基本は4足歩行だが後ろ足だけで立つ事もできるデカイ生き物に遭遇していた。
 これは私の目測でしかないが、体長約1.8mくらいだったと思う。
 私はこのデカイ生き物を知っていた。
 なぜなら、私の謎本能もあるが小さかった頃に母が教えてくれた危険な生き物でもあるからだ。

「あれは熊だ!とてもじゃないが勝てる相手じゃない!!逃げるべきだ!!」

 私は即座に逃げる事を体格のいい兄に提案した。
 普段仲が良いとは言えない間柄だが、共通の危険な敵の前では些細な事であり自然と協力する気になる。

「馬鹿言うな!臆病チビがっ!!あれを俺達で仕留めて強さを証明すんだよ!なんの為にココまできたと思ってんだ!!」

 私達はもう既に大人扱いされるようになっている。
 当たり前だが群れの中では若輩者であり、群れの中の順位は当然下のワースト5だ。
 まぁ、雄と雌別々の順位があったり、混合の順位があったりして面倒に思ったりしたが、どちらにしろ全員ワーストである事は間違いない。
 私は当然だが兄弟達もそれを自然と受け入れていた。ただ一匹を除いて……。
 体格の良い兄は今の順位に納得がいかず、群れの中での存在感を高める事に闘志を燃やし、手下扱いの私を含めた兄弟達を引き連れて大きい獲物を仕留めようとしていたのだ。

「グゥォォォォォ!!」

 熊は威嚇をしていた。
 すぐに襲ってこないのは、こちらが複数だったから下手な事は出来ないと、警戒しているのだろうと思われた。
 私の予測だが、今逃げれば見逃す可能性が高いだろう。焦って背を見せて走り出すような逃げ方をしなければだが。

「ね、ねぇ、ほんとにやるの?」
「ちょっと怖いね……」
「こっちは5頭もいるんだし。大丈夫よ。きっと……」
「そうだ!俺達はもう立派な大人だ!あれくらい余裕だって!!」

 体格の良い兄が熊に向かって勢い良く走り出した。
 少し遅れて他の兄弟達も、仕方なくだが当然私も走り出した。

「グルゥゥゥ!!」

 熊の右前足による攻撃を、体格の良い兄は素早く避けて懐に入り熊の右肩に噛み付いた。
 熊は痛みからか思わず立ち上がり、そこに兄弟達が続いて熊を囲うように襲い掛かり噛み付いた。
 私は熊の後ろから背中に噛み付いた。
 危険な熊でも背中なら反撃されないだろうと思っての事だ。
 だが、欲を言えば首を狙いたかったのだが、立ち上がられては届かない。

 当然だが決定打には遠く及ばない。

 熊の皮膚は思った以上に厚く、そしてその下の肉もしっかりしていた。
 それでも私も兄弟達も噛み付き肉を食い千切ろうとするも、臭みの強い匂いのする毛が歯の下でクッションと化していて邪魔し、体格の良い兄ですらうまくいかない。
 倒すならばやはり、肉の薄い急所である首を狙わなければ勝ちはない。

「グゥォォォォォ!!」

 熊は噛み付いたままの兄弟達を手足ごと振り回し暴れだした。
 私はこのままでは無理だと判断し、すぐに熊から離れ遠吠えで仲間の大人達に助けを求めた。
 すると、兄がまさに熊と戦っている最中だというのに、熊から離れて私に詰め寄ってきた。

「くそっ!お前!!何勝手な事やってやがる!!!!」
「このままじゃ、兄弟達が死ぬかもしれない!だから他の仲間の手も借りるべきだと判断したんだ!!」
「俺達だけで大丈夫だと言っただろうが!!順位はお前等より俺が上なんだから従っていればいいんだよっ!」
「ぐあっ!!」

 体格の良い兄はそう言って私の首に噛み付き投げ飛ばした。
 今の兄ならば、私の首を噛み切る事も可能だろうから加減はしたのだろうが、私の首からはまたしても赤い血が流れ、さらには近くの木に体を強く強打してしまった。
 私は痛みですぐには立ち上がれず、足をじたばたさせた。

「きゃあっ!!」
「うぐっ!!」
「あぅ……」

 私と兄が熊を前にそんな無駄なやり取りをしている間に、噛み付いていた兄弟達が暴れる熊に投げ飛ばされてしまった。
 そして、体格の良い兄の後ろにはその熊がいた……。

「グゥォォォォォ!!」
「がぁぁっ!!」

 体格の良い兄は不意をつかれ、熊の右腕による振り下ろし攻撃をモロにうけて地面を転がっていった。
 そしてその熊は動きを一旦止め、鼻をしきりにヒクヒクさせて何かの匂いを嗅ぐ。
 私は死を覚悟した。
 何故覚悟したか?それは体格の良い兄に噛まれた首が原因である。……そう熊は血の匂いに反応し鼻を鳴らしたのだ。
 そして、私はすぐには動けそうもない状態でもはや絶望的だった。

「グゥォ……」

 熊の鼻が私にドアップで近づいてきた。
 私は食われる事を覚悟しつつも前足に意識を集中し、いつでも思い通りに動かせるように指先をグーパーし感触を確かめた。
 食われて死ぬとしてもただで死ぬ気は無い。
 噛み付いてきた瞬間に相手の熊の片目だけでも爪で潰してやるつもりだった。
 血の匂いで興奮し食欲が刺激されたのだろう。熊の口がゆっくり開くと唾液が垂れて糸を引いた。

「私の子を食わせてなるものですかぁーーー!!!!」

 死を覚悟していた時だ、そう言って熊に襲い掛かったのは私の母だった。
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