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Scene.02 影のない男

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 虫の鳴き声が聞こえそうな梅雨の河川敷。
 早良とブリ男はゆっくりと歩く。
 早良は、男とこういう風に歩くのははじめてだった。
 なので、早良は何を話したらいいのかわからない。
 暫くの沈黙のあと……
 ブリ男が、楽しそうに口を開ける。

「手巻き寿司って楽しいですね」

「え?」

「大勢で会話しながら食べる食事は美味しいです」

「そうだね。
 ブリ男さんは、家族と食事したりしないの?」

「家族ですか……」

 ブリ男の表情はどこかさみしげだった。

「家族いないの?」

「いますがいないようなものです。
 兄弟は僕を含め3人います……ですが仲は良い方ではありませんね」

「そっか……」

「はい。
 ましてや家族揃って食事をするなんて滅多にありませんでした」

「ごめん……なさい……」

「ん?なにがですか?」

「嫌な過去を思いださせたみたいで……」

「気にしなくて大丈夫ですよ。
 過去は過去、今は今。
 さっきの手巻き寿司非常に楽しかったです。
 楽しい思い出は僕を強くする。
 僕は、その貴重な思い出を大事に――」

 ブリ男がそこまで言いかけると足を止める。

「あ……」

 早良も足を止める。

「伊藤……ここが、早良さんの家じゃないんですか?
 大きいですね」

「あ……はい」

 早良が、うなずくとすぐに早良の父親が玄関を開けた。

「早良。
 おかえり」

「あ、お父さん。
 ただいま」

「そちらの男性は?」

「これはこれはお初にお目にかかります。
 私、鰤谷 ブリ男と申します。
 今日から早良さんのクラスメイトになりました――」

「早良のお友だちかい?」

「友だち?」

 ブリ男が首を傾げる。

「クラスメイトなんだろう?」

「そうですね。
 友だち、いい響きですね」

 ブリ男が小さく笑う。

「家にあがっていくかい?」

 早良の父親がブリ男にそう言うとブリ男は首を横に振った。

「いえ、夜も遅いことですし僕はこれで失礼します」

「そうかい、それは残念だ」

「では、早良さんお父上殿、おやすみなさい。
 僕はこれにて失礼します」

 ブリ男は深くお辞儀をするとその場を去った。

「なかなかの好青年じゃないか。
 早良、結婚するのならああいう人にするんだな」

 早良の父親がそう言うと優しく笑った。

「結婚て、お父さん気が早いよー」

「そうでもないさ……
 と言うか、清空ちゃん以外にも友だちが出来てお父さん嬉しいよ」

「……うん」

 早良は、小さく笑った。

「さぁ、家に入りなさい。
 早良の友だちのこともっとお父さんに話してくれ」

「うん」

 早良は、家に入ると手巻き寿司パーティの出来事を話した。
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