6 / 8
あるクリスマスの話
5 優太の想い
しおりを挟む
いつものように尻尾にちょっかいをかけてあしらわれた後、優太はコタツに突っ伏して一人反省会の真っ最中だった。
(兄ちゃんは、尻尾気持ちよくないのかなぁ?)
考えながら、ふりっふりっと自分の尻尾を左右に振る。
ちょっと捕まえて、軽く絞るように撫で上げてみると、背中がぞわぞわして尻尾の付け根のさらに奥の方がくすぐったい、気持ちいいような、不安になるような、何とも言い難い感覚が広がっていった。
エロ本に書いてあった通りだ。
シチュエーションは違えど、尻尾を弄られて発情してしまった二人が、男同士でありながら一線を越える。
そういったパターンをいくつも読んだ。
だからそれを真似て何度も信慈を誘っているのだが、まったく上手く行かない。
(あ、でも、尻尾が気持ちいいのって"受け"の才能がある人なんだっけ?)
思い出した一文にピンと来て、顔を上げる。
性感帯が近いとかなんとかで、お尻で気持ちよくなるタイプの人は尻尾が敏感だとか、そういうことが書かれているエロ本があった。
あんなに体格の良い大人の男が、"攻め"にいいように遊ばれてヒンヒン鳴いている姿など想像もできない。
(だから上手く行かなかったんだ!)
と、優太は一人で勝手に納得する。
そうとわかれば頭の中にあるエロ本の知識を総動員させて、新しい作戦を練り直さなければ。
フィクションの展開がそのまま使えるはずなどないのだが、優太にとっては男同士の恋愛の教科書はそういう本しかなかったのである。
(今日は絶対、負けないもんね)
むっふっふと鼻息を荒くして拳を固める。
なぜなら今日はクリスマス。
クリスマスと言えば、恋人がそういうことをする日。
だからいつも以上に優太は気合が入っていた。
最初はただ、ホモと聞いても嫌な顔をしたり揶揄してこない大人の人に安心感を覚えただけ。
だから何度もここに足を運んで、不愛想だけど隠し事をせずに話せる彼と過ごす時間が癒しになっていた。
そのうちに、この人が寛容なのは同じ趣味をしているからじゃないかと感じ始める。
ただの思い込みだとしばらく言い出せなかったが、恥ずかしいのを堪えて子供っぽく甘えて確かめようとしたとき、抱き着いて見上げた拍子に、見下ろした彼の鼻と自分の鼻がうっかりくっついた。
犬人同士の鼻と鼻のキス。
口と口は恋人のものだが、鼻のキスは幼い子供や家族が稀にするありふれた信愛表現の一つ。
なのに耳を赤くして慌てて顔をそらしたのを見て、確信した。
そうとわかった後は早かった。
恥ずかしいのを我慢して体をくっつけて甘えてみると、信慈はいつも何も言わずに受け入れてくれる。
特別なことは何もなかったけど、普通じゃないこの気持ちは一生報われないんだと思い込んでいた優太には受け入れてもらえただけでも嬉しくて、嬉しさに反比例して恥ずかしさは消えていった。
その嬉しさの名前が恋だとわかるころには、スキンシップはキスまで進んでいた。
『恋人ができた時の練習』と称して強引に口を合わせて、繰り返して、大人のキスまで教えてもらえるほどまで進んだ。
初めてのキスの日は飛び上がるほど嬉しくて、初めてのディープキスを教えてもらったときにはもう、思い出すたびにニヤニヤが止まらない日が何日も続いた。
今は遊びに来るたびに『練習』を繰り返す関係になっている。
でも、もうそれだけじゃ足りないのだ。
体は小さくても男は男。
先走り燃え広がる欲望は、日に日に膨れ上がるばかり。
だから今日という特別な日、優太は必ずや、二人の関係を先に進めてみせると硬く心に決めていた。
そのとき、急に後ろから抱きしめられた。
「わ……」
突然のことに思わず小さく体が跳ねる。
振り返ると、信慈が後ろから優太を抱きしめるようにしてコタツの同じ席に入ろうとしていた。
「兄ちゃん?」
尋ねてみるが、答えはない。
代わりに優太を見つめる金の瞳は今まで見たことがないほど穏やかに緩んで、優しい目つきをしていた。
「優太」
初めて聞く優しい声音で囁かれる、自分の名前。
太くて大きな大人の腕が、優しく優太の体を抱きしめてくれた。
今まではずっと優太のほうから迫るばかりで、こんなに積極的な信慈は初めてだ。
予想外のことに頭がテンパり、心臓だけが急激に鼓動を加速する。
もしかしてもしかすると、ついに思いが叶うのだろうか。
生唾を飲み込んで、コタツからはい出しながら大人の腕の中で体を反転させる。
向かい合う形になって、大きな胸の中に体を預けると、背中に回った手が優しくポンポンと背中を叩いてくれた。
尻尾がぶんぶんと振れる。
期待と興奮に輝く目を上げると、再びあの優しい金の双眸と目が合った。
もう、自分の心臓の音しか聞こえない。
目を閉じ、体を伸ばして顔を近づけると、口と口が触れ合った。
つんつんと数回、口の先を触れ合わせ、少し顔を傾かせて、お互いの口に噛みつくように唇を重ねる。
今までいっぱい練習した、大人のキス。
互いに開いた口の隙間から大きな狼の舌が絡みついてきて、負けじと小さな舌を絡ませる。
ちゅ、くちゅ、と、口の中に収まりきらない湿った音が、時折漏れ出していた。
嬉しい。嬉しい。
壊れたように尻尾がブンブンと回るのを止められない。
優太の手が、ゆっくり下のほうに伸びていく。
服の裾から忍び込み、発達した腹筋をまさぐろうとした瞬間、その手を捕まえられた。
「……これはキスの練習だろう?」
ゆっくりと離れていく狼の顔が、ぴしゃりと告げた。
残酷な一言を。
激しく震え続けていた小犬の尻尾が、一瞬でしゅんと垂れ下がった。
「でも……」
「約束したはずだ。大人になるまで、そういうことはしないって」
「でもオレ、寂しい」
またしても中途半端に投げ出されて、優太は信慈の胸に頬を摺り寄せて訴える。
「もっと触って欲しいんだ。寂しいんだ。オレ、本気だよ。本気で兄ちゃんの事が」
「もし本気なら、優太の初めては俺が必ず貰う。だから大人になるまで待つ。そう約束したはずだ」
「そんなこと言って!」
思わず声を張り上げた。
「子どもの本気が本気じゃないみたいに言うなよ! 兄ちゃんのほうこそ、好きな人ができたらヤるんだろ!?」
「それは……」
「だったらオレにも、同じことしてくれたっていいじゃんか!」
肩で息をして、涙を浮かべた目で睨むように信慈を見上げると、緩んだ目元は初めて会ったときに見た、寂しそうな形になっていた。
思わず癇癪を起してしまった自分に気付く程度に頭が落ち着いて、次の句を失う。
じっと信慈の瞳を見つめたまま彼の言葉を待っていると、信慈は目を閉じて、そっと抱きしめてくれた。
「ごめんな……」
抱きしめてくれる大きな体に、優太も両手をまわして抱き返す。
とんとん、と、なだめるように背中を叩いてくれる大きな掌の感触が、悔しいけど、心地よかった。
(兄ちゃんは、尻尾気持ちよくないのかなぁ?)
考えながら、ふりっふりっと自分の尻尾を左右に振る。
ちょっと捕まえて、軽く絞るように撫で上げてみると、背中がぞわぞわして尻尾の付け根のさらに奥の方がくすぐったい、気持ちいいような、不安になるような、何とも言い難い感覚が広がっていった。
エロ本に書いてあった通りだ。
シチュエーションは違えど、尻尾を弄られて発情してしまった二人が、男同士でありながら一線を越える。
そういったパターンをいくつも読んだ。
だからそれを真似て何度も信慈を誘っているのだが、まったく上手く行かない。
(あ、でも、尻尾が気持ちいいのって"受け"の才能がある人なんだっけ?)
思い出した一文にピンと来て、顔を上げる。
性感帯が近いとかなんとかで、お尻で気持ちよくなるタイプの人は尻尾が敏感だとか、そういうことが書かれているエロ本があった。
あんなに体格の良い大人の男が、"攻め"にいいように遊ばれてヒンヒン鳴いている姿など想像もできない。
(だから上手く行かなかったんだ!)
と、優太は一人で勝手に納得する。
そうとわかれば頭の中にあるエロ本の知識を総動員させて、新しい作戦を練り直さなければ。
フィクションの展開がそのまま使えるはずなどないのだが、優太にとっては男同士の恋愛の教科書はそういう本しかなかったのである。
(今日は絶対、負けないもんね)
むっふっふと鼻息を荒くして拳を固める。
なぜなら今日はクリスマス。
クリスマスと言えば、恋人がそういうことをする日。
だからいつも以上に優太は気合が入っていた。
最初はただ、ホモと聞いても嫌な顔をしたり揶揄してこない大人の人に安心感を覚えただけ。
だから何度もここに足を運んで、不愛想だけど隠し事をせずに話せる彼と過ごす時間が癒しになっていた。
そのうちに、この人が寛容なのは同じ趣味をしているからじゃないかと感じ始める。
ただの思い込みだとしばらく言い出せなかったが、恥ずかしいのを堪えて子供っぽく甘えて確かめようとしたとき、抱き着いて見上げた拍子に、見下ろした彼の鼻と自分の鼻がうっかりくっついた。
犬人同士の鼻と鼻のキス。
口と口は恋人のものだが、鼻のキスは幼い子供や家族が稀にするありふれた信愛表現の一つ。
なのに耳を赤くして慌てて顔をそらしたのを見て、確信した。
そうとわかった後は早かった。
恥ずかしいのを我慢して体をくっつけて甘えてみると、信慈はいつも何も言わずに受け入れてくれる。
特別なことは何もなかったけど、普通じゃないこの気持ちは一生報われないんだと思い込んでいた優太には受け入れてもらえただけでも嬉しくて、嬉しさに反比例して恥ずかしさは消えていった。
その嬉しさの名前が恋だとわかるころには、スキンシップはキスまで進んでいた。
『恋人ができた時の練習』と称して強引に口を合わせて、繰り返して、大人のキスまで教えてもらえるほどまで進んだ。
初めてのキスの日は飛び上がるほど嬉しくて、初めてのディープキスを教えてもらったときにはもう、思い出すたびにニヤニヤが止まらない日が何日も続いた。
今は遊びに来るたびに『練習』を繰り返す関係になっている。
でも、もうそれだけじゃ足りないのだ。
体は小さくても男は男。
先走り燃え広がる欲望は、日に日に膨れ上がるばかり。
だから今日という特別な日、優太は必ずや、二人の関係を先に進めてみせると硬く心に決めていた。
そのとき、急に後ろから抱きしめられた。
「わ……」
突然のことに思わず小さく体が跳ねる。
振り返ると、信慈が後ろから優太を抱きしめるようにしてコタツの同じ席に入ろうとしていた。
「兄ちゃん?」
尋ねてみるが、答えはない。
代わりに優太を見つめる金の瞳は今まで見たことがないほど穏やかに緩んで、優しい目つきをしていた。
「優太」
初めて聞く優しい声音で囁かれる、自分の名前。
太くて大きな大人の腕が、優しく優太の体を抱きしめてくれた。
今まではずっと優太のほうから迫るばかりで、こんなに積極的な信慈は初めてだ。
予想外のことに頭がテンパり、心臓だけが急激に鼓動を加速する。
もしかしてもしかすると、ついに思いが叶うのだろうか。
生唾を飲み込んで、コタツからはい出しながら大人の腕の中で体を反転させる。
向かい合う形になって、大きな胸の中に体を預けると、背中に回った手が優しくポンポンと背中を叩いてくれた。
尻尾がぶんぶんと振れる。
期待と興奮に輝く目を上げると、再びあの優しい金の双眸と目が合った。
もう、自分の心臓の音しか聞こえない。
目を閉じ、体を伸ばして顔を近づけると、口と口が触れ合った。
つんつんと数回、口の先を触れ合わせ、少し顔を傾かせて、お互いの口に噛みつくように唇を重ねる。
今までいっぱい練習した、大人のキス。
互いに開いた口の隙間から大きな狼の舌が絡みついてきて、負けじと小さな舌を絡ませる。
ちゅ、くちゅ、と、口の中に収まりきらない湿った音が、時折漏れ出していた。
嬉しい。嬉しい。
壊れたように尻尾がブンブンと回るのを止められない。
優太の手が、ゆっくり下のほうに伸びていく。
服の裾から忍び込み、発達した腹筋をまさぐろうとした瞬間、その手を捕まえられた。
「……これはキスの練習だろう?」
ゆっくりと離れていく狼の顔が、ぴしゃりと告げた。
残酷な一言を。
激しく震え続けていた小犬の尻尾が、一瞬でしゅんと垂れ下がった。
「でも……」
「約束したはずだ。大人になるまで、そういうことはしないって」
「でもオレ、寂しい」
またしても中途半端に投げ出されて、優太は信慈の胸に頬を摺り寄せて訴える。
「もっと触って欲しいんだ。寂しいんだ。オレ、本気だよ。本気で兄ちゃんの事が」
「もし本気なら、優太の初めては俺が必ず貰う。だから大人になるまで待つ。そう約束したはずだ」
「そんなこと言って!」
思わず声を張り上げた。
「子どもの本気が本気じゃないみたいに言うなよ! 兄ちゃんのほうこそ、好きな人ができたらヤるんだろ!?」
「それは……」
「だったらオレにも、同じことしてくれたっていいじゃんか!」
肩で息をして、涙を浮かべた目で睨むように信慈を見上げると、緩んだ目元は初めて会ったときに見た、寂しそうな形になっていた。
思わず癇癪を起してしまった自分に気付く程度に頭が落ち着いて、次の句を失う。
じっと信慈の瞳を見つめたまま彼の言葉を待っていると、信慈は目を閉じて、そっと抱きしめてくれた。
「ごめんな……」
抱きしめてくれる大きな体に、優太も両手をまわして抱き返す。
とんとん、と、なだめるように背中を叩いてくれる大きな掌の感触が、悔しいけど、心地よかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)


家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる