あるクリスマスの話

なきいち

文字の大きさ
上 下
3 / 8
あるクリスマスの話

2 二人の出会い

しおりを挟む
その日、信慈はバイトを早めに上がって、ぼんやりと家路を歩いていた。
夜の闇とともに肌寒い冷気が町を包み始める。
吹き抜けていく風は乾いていて、夏の終わりを告げる、うら寂しい哀愁をにおわせていた。
いつもと変わらない道をいつものように歩いていると、家の近くまで来たところで、変わったものを見つける。
塀と電柱の影に隠れるようにしてうずくまっている、一人の子供だった。
「どうした?」
今考えれば、ものぐさな自分がどうして子供なんかに声をかけようとしたのだろう。
不思議な縁としか言いようがなく、気が付いたら自然と声をかけてしまっていた。
驚いて顔を上げた少年の目元は赤く腫れていて、可愛らしい大きな瞳は潤んでいる。
思わず反応してしまった後で自分の顔に気づいたのだろう。
少年は慌てて腕で目元を隠すようにこすると、また俯いてしまった。
何も話さない少年に、信慈は困って頭の後ろを掻く。
黙って通り過ぎればよかったのに、一度話しかけてしまった手前、今から置き去りにするというのはどうにも居心地が悪い。
まだ温かさの残る季節とはいえ空は暗くなり始めているし、信慈はしばらく空を見上げた後、少年を自分の家に誘った。
何も話してくれない少年をとりあえず保護した後で、この後はどうするのがいいのか、警察に連絡したほうがいいのだろうかなどと考えながら、手持ち無沙汰な時間にとりあえず飲み物でもとホットミルクなどを作る。
話題もないので無言でマグカップを置くと、少年はしばらくマグカップと信慈の顔を交互に見比べていたが、恐る恐るカップを手に取った。
甘く温かい液体を口にすると、張りつめた気持ちが少しは落ち着いたのか、みるみるうちにマグカップの中身を飲み干していく。
「……ありがとう」
「少しは落ち着いたか?」
「……」
こくり、と首だけで答える少年。
「名前は?」
「ゆうた。……ひいらぎゆうた」
最初に聞いた優太の声は、泣きはらして掠れたものだった。
家出ではなく、嫌なことがあったから帰りにくかったということ。
家はすぐ向かいのマンションだということ。
両親は共働きだから心配するとしても夜遅くになってからだ、など。
家に誰もいないという話で、ますます厄介な拾い物をしてしまったと信慈は頭を抱えた。
もしこの子が帰りたくないなどと駄々をこねたら迎えに来てくれる人はやってこないということだ。
なるべく穏便に帰りたいと言い出してくれることを祈りつつ、ポーカーフェイスで適当な話題を探す。
「なんであんな場所で泣いてたんだ?」
優太は空になったマグカップを両手で抱えて、じっとカップの底を見つめていた。
この質問は地雷だったかもしれない。もっと遠回しに聞くべきだったと今更後悔するが、口から出た言葉は戻らない。
また泣き出してしまわないだろうかとハラハラしながら見守っていると、優太はポツリポツリと話し出した。
その話をまとめると、原因は失恋だったそうだ。
それも相手は、同じ男の人。
ずっと憧れていた先輩だったそうだ。
フラれたショックももちろん大きいが、自分がそういう性癖だったことを知ったこと、そしてそれを拒絶されてしまったことが、どうやら一番こたえたようだ。
自分の中に初めて芽生えた恋愛感情が、それまで自分が知っていた普通とは違うものだった。
その衝撃は、幼い子供を混乱させるのには十分すぎるものだった。
「男の人を好きになるって、やっぱ、おかしいことなのかな?」
すがるように見上げられた、子犬の目。
信慈はその目を正面から受け止めて、受け止めきれずにまた、天井を見上げてしまった。
やっぱり自分は気持ち悪いんだ。
と、子供はまた顔を伏せる。
信慈は、自分でもわからないその答えをしばし考えて、
「別に、普通が正しいってわけじゃねぇだろ」
ぼそりと、一番当たり障りのない言葉を選んで答えた。
予想外に穏やかな声に優太は虚を突かれて、大きな狼の顔を見上げる。
力のない無表情で自分を見つめている顔がそこにあった。
嘲りも侮蔑もなく、ただ優太を見ている。
その顔は優太には、すごく寂しそうな微笑みに見えた。

そこから、二人の関係は始まった。
初めての失恋で砕けた心を何も言わず、励ますこともなく包んでくれた無関心な優しさが心地よかったのだ。
以来、優太は信慈の帰りを待つように表の通りを見張ったり、時には待ち構えたりして、ずいずいと一方的に距離を詰めていった。
幼く寂しい心が選んだ新しい拠り所。
そんな強引な付き合いを続けているうちに、このお兄さんも自分と『同じ』なのだと、敏感な子供は感じ取る。
自分でも受け入れられなかった気持ちを共有してもらえる人物の登場に、優太はますます信慈の部屋へ通い詰めるようになっていった。
学校の話、友達同士の愚痴、聞いてもいない身の上話や、狭い部屋で二人で並んでするゲーム。
信慈からすれば迷惑な話だったが、同時に、一方的に懐いてくる小動物を見ているような、不思議と胸が温かくなる気持ちもあって、親戚の子供を預かるようなものだろうと、次第に何も言わず部屋に上げるようになる。
合鍵まで作って渡したところで、優太の両親がやって来たのにはさすがに肝を冷やした。
だが予想外にも二人は信慈に向かって深々と頭を下げ、親として不甲斐無いがこれからも息子を見守ってくれないだろうか、等と菓子折りを渡してくるではないか。
状況を飲み込み切れずに断り切れないでいると、それが了承という形で受け取られて、いつの間にか二人は両親公認の仲になっていた。
しかし、両親は夢にも思っていないだろう。
一人息子がまさか、このように大きな男の人に恋心を抱いて通っているなどとは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...